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April 29, 2007

おかえりなさいませ

 いやあ、出た出た。吉田秋生『海街diary 1 蝉時雨のやむ頃』(2007年小学館、505円+税、amazonbk1)であります。

 そりゃね、吉田秋生のアクションもの、『BANANA FISH』も『YASHA夜叉』『イヴの眠り』も、一応読んでましたよ。人気があったし世評が高かったのも知ってます。でもねー、実をいうとそれほど感心してたわけじゃありません。ああいうのはほかにも描くひとがいるだろうし、だいたいがわたしゃ男ですからね。非日常的な美少年が主人公だからといって、うれしいわけでもなんでもないし。

 吉田秋生作品は、なんつっても和物につきます。男といわず女といわず、ひとの心の微妙なゆれの表現こそ、いいんだよすごいんだよ読みたいんだよ。

 やーっと『BANANA FISH』が終わって、おー『ラヴァーズ・キス』だと思ってたら、すぐ『YASHA夜叉』とか始めちゃうし、ちぇっちぇっ。これがもう10年前のことであります。

 で、10年ぶりの和物が今回発売されました。鎌倉の一軒家に住む20代三姉妹のところに、腹ちがいの妹、中学生が同居し始めるお話。展開されるエピソードは重いものばかりですが、基本的にコメディ・タッチ。おちゃらけとシリアスの緩急が名人クラスですな。

 登場人物はみんな本心を見せません。そうそう、おとなも子どもも、みんな何かしら心に秘めて生きているのですよ。でもそれはなんとなくにじみ出てしまうもの。それをすくいとるのがストーリーであり、表現です。吉田秋生は、ここがあいかわらずうまいっ。

 以前から絵柄がころころ変わるひとですが、今回、ずいぶん眼が大きくなってみんな丸顔、今風になりました。『ラヴァーズ・キス』読み直してたら、これ誰やねん、というくらい顔長の登場人物ばっかりで、これも10年前は今風だったのかな。

 いずれにしても、この路線で、どうかひとつ描き続けていただきたい。おかえりなさいであります。

 ひとつだけ。長女のさち姉、ベテランの看護師さんで寝言でも後輩を叱っておりますが、救急処置でアシクロビルの静注はしませんので、そんなにせかしちゃいけませんよ。

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April 27, 2007

教科書にのっていない沖縄

 とか書いてますが、わたしの沖縄の歴史に関する知識も、新里堅進『まんが首里城ものがたり』やTV・映画などによるものがほとんだったりして、実はあんまりよく知りませんのです。

 比嘉慂『美童物語(みやらびものがたり)』(2007年講談社、638円+税、amazonbk1)について。

 舞台は戦時下の沖縄。日中戦争のさなかですが太平洋戦争はまだ始まっていない、のかな。美童(みやらび)とは少女、乙女の意味。主人公はノロ(世襲の女性司祭者)の家に生まれた海里カマル、高等女学校一年生13歳です。

 中編四作品が収録されています。『風葬』は沖縄に伝わる風葬と洗骨、『ジュリ馬』は沖縄のジュリ(芸妓・遊女)の話。『方言札』は、戦時下の沖縄方言がテーマで、『仁政叔父さん』は琉球古武道の使い手である叔父の物語。『方言札』のときカマルは小学生、『仁政叔父さん』では就学前で、主人公カマル一家の年代記ともなっています。

 戦争の醜さを真正面から描いた前作『カジムヌガタイ』とは違って、今回はちょっと静かな物語。戦時下の沖縄の風俗と、戦争、日本沖縄の関係、いろいろなものが複雑にからみあっていて、物語背景は重層的です。

 沖縄の風葬についても、こういうものだったんだなあとほとんど初めて知りました。かつての沖縄の死生観、というか宗教的なアプローチを加えたことで、前作とは印象が少し変化しました。絵もさらにプリミティブになってますが、それがいい感じ。著者の描くマンガは、アクション場面やひとが叫ぶシーンもとつとつとした口調、とでもいう雰囲気を持っています。一歩引いた視点から、一歩引いた語り口で。

 南米に移住した叔父さんのその後も、きっとえらいこと苦労するんだろうと予想されずいぶん気になります。カマルが登場するこのシリーズは、もっと描き続けて欲しいなあ。すごく大きな物語になる可能性を十分秘めていると考えます。

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April 25, 2007

お久しぶり、大友克洋

 ご近所の書店に行くと、めずらしくマガジンハウスの雑誌「BRUTUS」のバックナンバーが並べられてて、あれれ、こんなのが出てたのか。

 2007年1/1・15合併号の特集は「クール・ジャパン!?」と題され、別冊付録が「大友克洋新解説」。これに大友克洋の新作マンガ『公園』が掲載されてました(一応アマゾンにリンクしておきますが、欲しいかたは書店でバックナンバーを注文すれば普通に定価680円で手にはいると思います)。

 昨年発売の雑誌ですので、古い話でスミマセンねえ。大友のマンガ、ずいぶん久しぶりに読んだ気がします。最後って何だったっけ。「COMIC CUE」の時代劇マンガ? それともバットマン?

 17ページの短編ですが、ストーリーはないも同然。公園でぐだぐだ話をする男子高校生三人と、公園清掃のジジイ三人の対決、が起こりそうで起こらない。長編のプロローグっぽい感じ。

 四色カラーなのにセピアふうに少し色をつけてあるだけで、白色に残してある部分のほうが多いです。センスいいなあ。それとも、そう見せて実は手抜きだったりして。視点移動はあいかわらずスゴクて、突然、天空の神の眼視点に移動したりします。今で言うならグーグルアース視点か。

 ヘンな実験をしてまして、このマンガ、右から左に進む通常の右開きの日本マンガなのですが、高校生がしゃべるフキダシが横長で、セリフも横書き。老人たちのフキダシは縦長で、セリフ縦書き。会話が通じてない、という表現なのかしら。

 大友マンガが読めない21世紀読者は不幸だ。作者にとっては映像のほうがおもしろいのでしょうけど、もう本格的にマンガに戻ってくることはないのかしら。

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April 23, 2007

マンガと映画『ゴーストワールド』

 オルタナティヴ・コミックスの秀作として有名な、ダニエル・クロウズ『ゴーストワールド』。1993年から断続的に描き継がれ、一冊にまとまったのは1998年。日本語版はプレスポップギャラリーより2001年に出版されてます。日本語版は一時出版元からしか買えなくなってましたが、最近日本アマゾンでも取り扱いを再開したようです(→アマゾン)。

 主人公イーニドは黒髪オカッパでメガネをかけた女の子、高校を卒業したばかりです。父親とふたり暮らしでけっして裕福ではありません。何をするでもなく、幼なじみで親友のレベッカとうだうだする毎日。食堂で見かけた変なカップルのあとをつけたり、新聞広告でガールフレンドをさがすオヤジにニセデートをしかけたり。

 彼女はあらゆることが不満で気に入らない。雑誌を見ては、ダサくない? テレビを見ては、クソ女! ヤードセールに客が来ても、気に入らないから売ってやんない。

 イーニドは美術大学受験に落ち、就職したレベッカともうまくいかなくなり、ひとり街を去ります。とくに後半、イーニドが周辺に受け入れられなくなって孤立していくようになってからが読者の共感をよぶところ。彼女の悩みは、自分がまだ何者でもないから。何にでもなれるという可能性は、何者でもないということと同義です。

 就職してるとか、学生である、だけではまだ何者でもないのですが、イーニドはその段階ですらなく、自分の将来がわからずさまよっているだけ。誰かの友達である、誰かの恋人である、というだけでも何者かになりえます。でも彼女は自分がそういう存在であるとの自信もなくなっています。

 主人公の名前イーニド・コールスロウ(Enid Coleslaw)は、作者ダニエル・クロウズ(Daniel Clowes)のアナグラムです。つまりイーニドは性別をこえて作者であり、そして読者自身でもあります。青春の普遍的な悩み、微妙な心のゆれを描いたこの作品は読者を感動させることに成功しており、リアルという意味で高いレベルにあると思います。

 ただし。日本人読者にとって障壁となるのはその絵です。アメリカアマゾンにリンクしますので、アメリカ版の書影をごらんください。LOOK INSIDE! で内容も少し立ち読みできます。

 1ページを縦3段あるいは4段に割った定型的なコマワリ。お話は静的に展開されます。そしてカワイイとは言えない登場人物たち。眼鏡っ娘のイーニドは美人じゃないという設定ですからともかく、金髪美人系のはずのレベッカも、日本人読者にはカワイク見えない。つまり、彼女は美人なのだと脳内で置き換えて読み進める手間が必要です。

 戦後日本マンガ60年は、女の子をいかにカワイク描くかに腐心してきた歴史でもあります。で、現在の萌え絵にいたるわけですが、日本マンガ読者は、どんな内容のマンガでも、カワイイ女の子が登場するのに慣れてしまっています(ごく一部、根本敬とかの例外を除いて)。オルタナティヴ系アメリカンコミックスには日本マンガふうのカワイイが出てこないので、どうしてもとまどってしまう。ここがアメリカンコミックスが日本読者の手にとってもらえない最大の問題点かなあ。カワイクないと読んでくれない。敷居が高いね。

 『ゴーストワールド』は、2001年に同じタイトルで映画化されています。実はねー、この映画、原作よりデキがいいんじゃないかと思えるんですね。

 監督/脚本は『クラム』のテリー・ツワイゴフ、原作者のダニエル・クロウズも脚本参加してます。ツワイゴフはのちに『Art School Confidential』でもダニエル・クロウズ作品を映画化してます。主人公イーニドは、『アメリカン・ビューティー』でチアリーダーでゴスっ娘、という役をしてたソーラ・バーチ。レベッカがスカーレット・ヨハンソン。映画公開時のサイトがこちら

 原作と違うのはまず、原作にはちらっとしか出てこない、ニセデートをしかけられたオヤジ(スティーヴ・ブシェミ)とイーニドを交際させるようにしたこと。レコードマニアで独身、女性と口もきけないダメ中年シーモアは、これもまたある種の観客の共感を呼びます(←共感したくないんだけど)。ただしラスト近く、シーモアのほうからイーニドを求めるようになっちゃうと、イーニドの孤独が薄まったかな。

 もひとつはラスト、イーニドが街を去るために乗車するバス。これを映画では、「路線廃止で来るはずのないバス」としました。ですからこの幻想のバスの乗客は彼女ひとりだけです。このあたり、原作ラストでは「Ghost World」の落書きがイーニドの見る幻覚のようにあちこちに現れますが、バスそのものは普通のバスみたいに描かれてました。これは映画のほうがずっといい。原作より一段レベルが上がってる気がします。

 しかしなんつっても映画では、全編をささえる主役のイーニド=ソーラ・バーチが日本人観客にはそれなりにカワイク見えるのですよ。これが原作と大きく違うところ。彼女は「something different」でパンクな娘でありますが、奇妙な趣味の服もなかなか魅力的。

 作品本来の趣旨からは主人公はカワイクてはいけないのかもしれませんが、観客の感情移入を拒否せずに長時間興味をつなぐにはそれなりの容姿が必要となるのでしょう。そのぶん映画は、原作より受け入れられやすくなっているのじゃないか。カワイクないアメリカンコミックスは不利だなあ。少なくとも日本人読者/観客としてはそう感じてしまいました。

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April 20, 2007

重い買い物

 最近洋書づいてるので、またその話。

 アメリカアマゾンをぶらぶらしていて、こんな本を見つけました。

■Paul Gravett 『Manga: 60 Years of Japanese Comics』(→アメリカアマゾン

 リンク先で表紙イラストを見てほしいのですが、アトム、かっこいいです。1945年以来の日本マンガの歴史を書いた本らしいのですが、そうかー、やっぱ戦前のマンガは無視されてて、手塚治虫をメインにした史観になってるみたい。ま、今は日本でもそういうことになってますから当然といえば当然ですね。アメリカアマゾンの読者レビューを見ると、かなり評判いいです。それにしても日本人でもなかなか書けない『日本マンガの60年』なんていう本をざっくり書いちゃうんだからなー、アッチの人は。


■Fred Patten 『Watching Anime, Reading Manga: 25 Years of Essays and Reviews』(→アメリカアマゾン

 こっちは日本アマゾンでも買えますが、リンク先はアメリカのほう。著者による日本アニメと日本マンガに関するエッセイ・レビューを集めたものです。これがなんと25年(!)ぶん。フレッド・パッテンというこの1940年生まれのオッサンは、1977年にアメリカ初のアニメファンクラブを主宰した、筋金入りのオタク。その筋では「神!」みたいなひとらしいです。最近はアニメアメリカ版のスクリプト・エディターなんかもしてます。


■Jonathan Clements, Helen McCarthy 『The Anime Encyclopedia, Revised & Expanded Edition: A Guide to Japanese Animation Since 1917』(→アメリカアマゾン

 日本アニメのエンサイクロペディア。867ページもある大著です。1917年から、というのがすごくて、ちょっと学術的なのかな。今のブックデザインは黒地に赤丸の前を飛ぶアトムですが、旧版の表紙イラストは白地に赤丸とアトムで、まんま日の丸を背負ったアトム。アトムが右向きと左向きの2バージョンがありました。


 で、アメリカアマゾンのマーケットプレイスに注文してて、船便でやっと届いたのがこちら。

■Maurice Horn 『The World Encyclopedia of Comics』

 小田切博『戦争はいかに「マンガ」を変えるか アメリカンコミックスの変貌』で、「基礎文献」と紹介されてたので買っちゃいました。

 ただしこの本、初版以来やたらといろんなバージョンが出てまして、1976年にはハードカバーの一巻本とか二巻セットとかがあって、これがその後ペーパーバックになったあと、1983年には図書館用に分冊の六巻セットが発売されてます。1998年には加筆された新版がハードカバーで発売され、図書館用のものは七巻セットに変更された上にバラ売りもされたりして。しかもすべてが新刊では手に入らなくて古書で買うしかないので、これらの古書がずらっと出てくるともう、どれを買ったらいいのかわからなくなります。

 で、わたしが買ったのがこのバージョン(→日本アマゾン、→アメリカアマゾン)。1998年発行、Comprehens Editionの総1061ページのものです。日本アマゾンでは法外なマーケットプレイス価格がついてますが、これはちょっとなあ。わたしはアメリカアマゾンのマーケットプレイスで13ドルで買いました(送料がプラス10ドル)。ただし「PALM BEACH COUNTY LIBRARY」なんつーハンコが押してあったりして、大丈夫なのか、これ。

 受け取った同居人が、オマエハ何ヲ買ッタノカーッ、と職場のわたしに電話をかけてきたくらい、でかくて重いです。ハードカバーで3.5kgあります。

 内容は、作家・作品をアルファベット順に並べた、まさに百科事典。項目は1400以上。日本人作家・作品も多く含まれてて、突然ちばつやとか杉浦茂とか園山俊二の絵がでてくるのが楽しいです。

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April 18, 2007

アレな絵の横綱

 いやー、雁須磨子『かよちゃんの荷物』1巻はスゴイ。

 何がスゴイかというと、著者は絵をうまく描こうという意識を捨てているノデハナイカ。というか、うまい絵を描くことを積極的に拒否しているノデハナイカ。はっきり言いましょう、マンガの絵のレベルがかつてなく上がっているこの現在、日本マンガ商業出版の中で、もっともアレな絵であると。

 わたしの中で、アレな絵のマンガ、現在ナンバーワンは柳沢きみおなのですが、ううーむ、雁須磨子はそれに対抗してるなあ。西の横綱といったところか。人物に関節はあるのやらないのやら、人物以外の小物は必要最小限しか描かれず、背景はないも同然。

 実はわたし、雁須磨子作品について二年前にも同じような感想を書いたことがあります。ただし今回は、もっと積極的にアレな絵を評価したい。

 『かよちゃんの荷物』の主人公かよちゃんは、無職30歳。仕事を辞めてごろごろしています。友人とだべりながらカバンの中身を披露したり、野放図な腹の肉をつかんだり、再就職先の店長と合コンの不毛さをグチりあったり。これがなかなかに楽しい。

 このゆるゆるの楽しさは、手書き文字がごちゃごちゃとあってまったく整理されていないアレな絵があってこそ。浦沢直樹や一条ゆかりの絵ではだめなんだよ。しかもこの絵でありながら、著者は登場人物の感情の微妙な揺れを描くことができている。ならば絵はこれでOKでしょう。洗練とは逆方向に進むマンガがあってもいいじゃないか。

 今回、新手法がひとつ。かよちゃん、頭にバッテンのバンソウコウを貼って登場しますが、これは「目にみえる痛手」だそうです(←ちゃんとそう書いてある)。流行るかな。

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April 15, 2007

日記のようなもの

 めずらしく日記らしきことを書いてみます。

 本日はわたしも休日でした。だらだら寝ていると8時半に地元の図書館から電話がかかってきまして、同居人がリクエストしていた本が着きましたから借りにに来るようにと。仕事熱心なのはけっこうですが、日曜の朝だよー。でもほぼ同時に選挙カーがやってきてお願いされてしまいました。そうか、市議選か。

 食事のあとにさっそく同居人と図書館に出かけて、返却が数日遅れてた図書を返して、今日借りてきたのはわたしとしてはめったにないことですが小説でして、ヴォネガット『タイムクエイク』(←これは持ってなかった)と、スティーヴン・ミルハウザー『三つの小さな王国』。

 一時間ほどで帰ってきて、今日は読書の日と決めてましたので、スコット・マクラウド『REINVENTING COMICS』(←洋書のマンガ)をこつこつと読み進め。いつもは書籍の形の英和辞典を使うのですが、今回はパソコンにはいってる「MICROSOFT BOOKSHELF」を使ってみました。これがまたけっこういい感じで、ページをめくって辞書をひくより、よっぽど速くひけるものだなあ。

 昼は近くのうどん屋。わたしは梅わかめうどんの大盛。帰宅して午後もひたすら洋書マンガ。パソコンを辞書がわりにずっと食卓の前に腰掛けて本読んでたものですから、腰が痛くなってきちゃいました。それでウチの中学生が持ってるカシオの電子辞書を借りて、これを片手にソファに移動。腹の上に電子辞書を乗せてひくという、すごく怠惰なカッコウで読み続けた結果、いつのまにやら居眠りしてしまいまして、結局今日は20ページ進んだだけで、トータル50ページ程度。200ページ超の本ですからいつになったら読み終わることやら。

 でも『REINVENTING COMICS』は、おもしろいっ。スコット・マクラウドはずいぶんアタマの中が整理されてるひとで、論旨が明快ですねえ。つくづく日米間のマンガ貿易不均衡は、日本にとっても不幸なことだなあと。

 いつものことなのですがもう記憶力が最低のところまで落ちてますので、同じ単語を何度も調べることをくり返してます。さっき調べた単語をもう一度ひきなおすのはバカみたいですが、これはどうにもしょうがありません。

 中学生用の電子辞書ははじめて使いましたが、これも紙の辞書よりは速くひけますね。ただし、さすがに語彙が少なすぎるかな。で、自分用のカシオかシャープの電子辞書購入を検討し始めまして、値段をネットでチェック。パソコン収納の辞書のほうがいいのかもしれませんが、わたしが読む英文は、ネット上のものよりも雑誌か本の形が多いからなあ。

 夕方になって、昨日ビデオ録画していた「ケロロ軍曹」見ました。主題歌の「帰ってきたケロッ!とマーチ」を歌ってるのは、小倉優子と、なーんと財津一郎じゃあーりませんか。先週聞いたときも「やめてーチョーダイッ」とか「ひじょーにキビシーッ」とかいう声が聞こえてまして、まさかと思ってたら本人が歌ってるのでありました。歌詞はコチラ

 夕食でビール飲んじゃったので、もう洋書はさすがに読めませんのです。で、酔っぱらってこれを書いてる、と。

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April 13, 2007

業務連絡、とヴォネガット

 毎日毎日、スパムなトラックバック(ほとんどエロ系かバイアグラ系)を削除するのもなあ。で、トラバは基本的に「保留」とさせていただき、公開の是非はこちらで検討させていただきます。トラバはもうダメになってるのかしら。けっこう使えるシステムだと思ってたんですけどねー。

 コメント欄はまだ開放しておきます。これも将来的にはどうなるかわかりませんです。

 ヴォネガットが亡くなりました。わたし、もっとも好きな作家はヴォネガット、と言ってた時期もあったぐらいでして、そういう時代の子なのですね。エッセイなどもけっこう読んだし。これもひとつの時代の終わりでしょうか。プーティーウィッ?

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April 11, 2007

つれづれに

 今日はぼーっとマンガ読んでます。

○岡野玲子『妖魅変成夜話』4巻(2007年平凡社、900円+税)

 おおっと、李成潭と龍玉将軍が、牽牛と織女だったとは。って『陰陽師』に登場したツタンカーメンと同じく、難解すぎるよー。

 以前にテレビで紹介されてた、見開き2ページが絵の上半分、次の見開き2ページが下半分。という連続4ページでひとつの大きな絵を表現するという実験が見られます。この絵にもきっと暗喩をいっぱい込めてあるはずと思うのですが、すでにマンガの域じゃなくて図像学の知識が必要。『陰陽師』最終巻も含めて、荒俣先生に解説してもらいたいなあ。


○こうの史代『街角花だより』(2007年双葉社、724円+税)

 著者の商業デビュー作『街角花だより』とそのリメイク作品、あと短編を集めた本。近作ではよくわかんなくなってますが、1995年のデビュー作品を読みますと、そのふくらはぎ、その手首、その手、その足首。こ、これはもしかして。著者の絵の源流は、モンキー・パンチではあるまいかっ。


○黒田硫黄『セクシーボイスアンドロボ』1巻2巻(2002年、2003年小学館、933円+税)

 

 TVドラマ春の新作「セクシーボイスアンドロボ」をウチの中学生が見るというので、それならこっちも、と手渡した本。ついでにわたしも読み直し。

 いやー、つくづく傑作ですねえ。主人公の女子中学生ニコの造形、この場合は性格や言動ですが、これは他に類を見ないほど斬新。残念ながらTVドラマのお茶の間正義感の枠内では、原作の魅力に遠くおよばない、かな?

 あと、浅丘ルリ子が演じてた黒幕。ありゃまるきり「傷だらけの天使」の岸田今日子ですな。

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April 09, 2007

マンガ雑誌の将来

 今ごろでもうしわけないのですが、NHKで今年の1月18日に放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」の浦沢直樹の回を、やっとこ見ました。録画してあったビデオをようやく発掘したのですね。

 『20世紀少年』の中途半端な中断に対する読者の不満に対してあれほど作者サイドが敏感になってるとは、ちょっと驚きました。読者の声はネット時代になって届きやすくなったのかしら。さらに『20世紀少年』が犯人当ての推理ものとして読まれることに、作者が不本意であることも意外。あの作品は謎で読者の興味をひっぱる展開をしてるとしか思えないんですが。

 それにしても、作者が毎回毎回の雑誌連載に全力投球する姿は感動的でありました。で、気になったのが雑誌連載というマンガのシステム。

 日本マンガの代表作品は雑誌連載の形で描かれてきました。マンガ雑誌あっての日本マンガ文化です。しかし現在、マンガ雑誌は売れなくなってきているそうです。マンガ家および出版社の双方で、雑誌連載では採算がとれなくなっている。

 マンガ家も出版社も、雑誌だけの収支ではとんとん、あるいは赤字。単行本でやっと黒字になるそうです。雑誌は安価で提供されており、マンガ原稿料もけっして高いものではない。これはすでにマンガ出版の構造的な問題となっており、各現場での努力でどうなるものでもないらしい。

 この状況に対して、中野晴行『マンガ産業論』では、「雑誌が元気にならなくてはいけない」と雑誌再生に期待し、竹熊健太郎『マンガ原稿料はなぜ安いのか?』では、描き下ろしマンガ出版の可能性を提言しています。

 わたし自身は、実はマンガ週刊誌の将来には悲観的であります。少女マンガ誌が週刊から月二回刊になってきた経緯を見ると、少年マンガや青年マンガもどうなるか。そもそもが週刊少年マガジンや週刊少年サンデーの創刊自体が週刊マンガが求められたものではなく、単に週刊誌創刊ブームにのったものでした。

 牧歌的な月刊マンガ時代を知ってる者として、そして現在の月刊マンガ誌のおもしろさを認めている者として、マンガは月刊でもええやん、とも考えてしまいます。

 しかし、作者そして読者の熱気に浮かされたような作品は週刊誌だからこそ描かれたもの。そうなるともう、『巨人の星』、『あしたのジョー』、『ドラゴンボール』、『20世紀少年』のような作品は存在しなくなるかもしれません。でも違った何かが描かれることに期待しましょう。かつての関谷ひさし『ストップ!にいちゃん』のような傑作は、月刊誌だからこそ生まれた作品なのですから。そして描き下ろしでも何か新しいものが生み出されることになるといいなあ。

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April 07, 2007

世界アニメーション映画史

 アタマがアニメーション方面に行っちゃってますので、ついでにこれもご紹介。

 かなり古い本ですが、伴野考司/望月信夫『世界アニメーション映画史』(1986年ぱるぷ)。監修が森卓也、編集と発行がアニドウの並木孝。ハードカバーのでかい本でして、定価は税別6500円でした。目次を引用しますと、こんな感じの本。

第一部 漫画映画の誕生
 序章 アニメーションの発祥
 第1章 サイレント期のアメリカ漫画映画
 第2章 グレートアメリカンムービー/W.D
 第3章 ディズニーの競争者たち
 第4章 アヴェリー派(スクール)
 第5章 UPA
第二部 新しいアニメーションの流れ
 第6章 抽象アニメーション
 第7章 人形アニメーション/チェコスロバキア
第三部 世界アニメの時代
 第8章 アメリカ[UPA以後]
 第9章 カナダ[マクラレン以後]
 第10章 フランス
 第11章 ドイツ/ベルギー
 第12章 イギリス/イタリア
 第13章 東欧諸国
 第14章 ソビエト連邦
 第15章 中国およびその他の国々
 第16章 日本(アニメ超々大国への道)
 補章 コンピュータ・アニメーション

 わたしこれ、いつどこで手に入れたのかなあ、新刊だったか古書だったか記憶がないのですが、日本にはこの手の類書がほとんどありません。ですから調べものには重宝させていただきました。横書きの造本で、文字が小さくて一行が長いものだから、ちょっと読みとおすにはつらい本でした。もとは雑誌「アニメージュ」に1978年創刊号から1981年まで連載されてたものです。

 で、先日、新聞に紹介されてて知ったのですが、このようなDVDが発売されております。

世界アニメーション映画史 第1集全5巻セット(アニドウ・ライブラリー/コロムビアミュージックエンタテインメント/紀伊國屋書店、税込210000円)

【Vol.1】エミール・コール「ファンタスマゴリア」他、計19作品
【Vol.2】ウィンザー・マッケイ「恐竜ガーティ」他、計8作品
【Vol.3】ラディスラフ・スタレビッチ「映画カメラマンの復讐」他、計8作品
【Vol.4】パット・サリバン「フェリックスの初恋」他、計15作品
【Vol.5】マックス&デイブ・フライシャー「ココと中国人」他、計17作品

世界アニメーション映画史 第2集全5巻セット(アニドウ・ライブラリー/コロムビアミュージックエンタテインメント/紀伊國屋書店、税込210000円)

【Vol.6】ウォルター・ランツ「ディンキーと赤ずきんちゃん」他、計12作品
【Vol.7】ウィリス・オブライエン「恐竜とミッシングリンク」他、計11作品
【Vol.8】マックス&デイブ・フライシャー<ビン坊&ベティ>「ベティの白雪姫」他、計16作品
【Vol.9】ヴァン・ビューレン<トムとジェリー>「ねず公の危機」他、計14作品
【Vol.10】ウォルト・ディズニー「長靴をはいた猫」他、計14作品

 前掲書をもとに編集されたDVDです。

 ぐああーっ、欲しいーっ。物欲刺激されまくりですな。あちこちでちらちら見たことがある、あの有名アニメーションが、あなたのお手もとに。一枚4000円ですから、ムチャ高額なわけではありませんが、セットで買うとこれがまたなんと42万円でありますああこりゃこりゃ。

 しかも「著作権処理済(上映権付与)」という注意書きを読むと、もしかしたら個人では買えないのかもしれない。ここは地元の図書館にリクエストしておくだけにするべきなのかどうなのか。

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April 04, 2007

アニメ史をお勉強

 前回の「とことん!あしたのジョー」のエントリに関しまして誤解されてるかたがいらっしゃるようですが、塚本晋也によるスタッフインタビューと、ちばてつや出崎統対談は違う日に放映されてます。井上伸一郎と氷川竜介は同席してません。唐沢俊一と香山リカも別の日に出演してます。わたしの書き方が悪かったかな、ごめんなさいね。

 さて、うしおそうじ『手塚治虫とボク』(2007年草思社、1800円+税)と、津堅信之『アニメ作家としての手塚治虫 その軌跡と本質』(2007年NTT出版、2400円+税)読みました。

 

 いや、おもしろいおもしろい。これって二冊並べて読むべき本ですねー。よくもまあ偶然でしょうけどほぼ同時に発売してくれたものです。うしおそうじの本も三分の一はアニメの話ですし、津堅信之本はもちろんそう。たがいに補完しあう二冊です。

 うしおそうじ『手塚治虫とボク』は、単なる回想録かと思ったら、これがなんとそれだけじゃなくて取材を重ねて書かれた本。中心は雑誌時代、TVアニメ初期の手塚治虫との交友ですが、アニメ草創期のアニメーターの紹介や、著者が体験したこと以外の話も多く書かれています。手塚と両親の関係の話など、ちょっとびっくりするようなエピソードもあります。

 うしおそうじと手塚治虫の出会いは、1952年5月中旬とされてます。鷺巣富雄(←うしおそうじの本名)『スペクトルマンvsライオン丸 うしおそうじとピープロの時代』(1999年太田出版)では1951年とされてましたが、修正されたみたい。

 このとき手塚は「漫画少年」の編集者と一緒に、うしおそうじに連載作品を依頼するために訪れます。この時期、手塚はほんとに学童社の編集者みたいなこともしてたんですね。そしてうしおそうじが二度目に手塚治虫に会うのが1952年6月。うしおが四谷にある八百屋の二階を訪れています。

 手塚治虫は1952年3月末でインターン終了。5月(あるいは7月?)に第12回医師国家試験受験。7月に医師国家試験合格発表があって東京に転居。うしおそうじは手塚治虫が本格的に東京進出する前後に出会っていることになります。

 1961年春、手塚治虫とうしおそうじが、芦田漫画映画製作所の芦田巌を訪ねる記述があります。手塚は1947年8月にも芦田に会っているらしいのですが、今回は手塚が「アニメの肝心なコツを即席に教わりたくて」、芦田とは旧知のうしおそうじに案内を頼んだわけです。このことは『スペクトルマンvsライオン丸』でも触れられていますが、年月日までは書かれていませんでした。

 このとき手塚は芦田に邪険に扱われる顛末となります。このあたりを『アニメ作家としての手塚治虫』を読みながら時系列で見てみると、東映動画「西遊記」制作に手塚治虫が参加したのが1958年~1960年。1960年8月に手塚は横山隆一のおとぎプロ訪問。手塚はこのとき、アニメーションスタジオをつくることをすでに決心しており、そのための見学だったようです。

 1961年6月、手塚治虫プロダクション動画部発足。1962年1月、プロダクション名を虫プロダクションに変更。1962年4月、虫プロダクション新スタジオ完成、引越し。そして1963年1月のTVアニメ「鉄腕アトム」の放映開始となります。

 となると、芦田巌を訪問したとき、もしかしたら手塚は芦田に自分のプロダクションへの参加・協力を頼みに行ったんじゃないか、なんてね。

 『アニメ作家としての手塚治虫』のほうを読み進んでると、有名な「鉄腕アトム制作費五十五万円受注事件」の検証が出てきます。アニメにおける手塚の功罪のうち、大きな罪として語られる部分ですが、実はこれには裏金があったというのにびっくり。

 その真偽はともかく、うしおそうじ本に戻ると、著者はピープロが「0戦はやと」を制作したとき本来一話500万円必要なところ、350万円にされてしまった、手塚のせいだ、と怒っております。

 「0戦はやと」は1964年からの放映ですから、アトムの一年後。金額については著者の記憶違いもあるでしょうが、業界内ではずっと、制作費に関しては手塚がワルイと言われ続けていたのですね。

 津堅信之『アニメ作家としての手塚治虫』は、関係者インタビューや文献から、手塚治虫および彼のアニメを歴史的にとらえなおした本です。手塚生前には神格化された手塚への遠慮による批評の不在があり、さらに没後には宮崎駿の手塚批判によりそれ以後の批評が不在している、ということが、著者の執筆動機のようです。

 基本的には、宮崎駿の手塚批判以来、ほとんどなされてこなかった手塚治虫と手塚アニメの再評価です。おおすじは同意。

 とはいえ、本書では作品そのものを批評しているわけではありません。わたしとしては、手塚治虫演出とクレジットされてるアニメ作品一覧があるのを期待してたんですけどね。いやね、作品だけを見ますと、手塚演出の実験アニメ、TVシリーズの中の一本、劇場アニメ、TVスペシャル版、どれもあんまり感心しなかった記憶が。

 この二冊でアニメ史をいろいろ勉強させていただきました。わたしこのあたりくわしくないからなあ。今、書庫から引っ張り出してきてそのへんに散らばってる本は、

○鷺巣富雄『スペクトルマンvsライオン丸 うしおそうじとピープロの時代』(1999年太田出版)
○山本暎一『虫プロ興亡期 安仁明太の青春』(1989年新潮社)
○大塚康生『作画汗まみれ』(1982年徳間書店アニメージュ文庫、増補改訂版2001年徳間書店)
○大塚康生/森遊机『大塚康生インタビュー アニメーション縦横無尽』(2006年実業之日本社)
○霜月たかなか編『誕生!「手塚治虫」 マンガの神様を育てたバックグラウンド』(1998年朝日ソノラマ)

 これらのあっちこっちの拾い読みをしておる最中であります。


 あ、そうだ。『スペクトルマンvsライオン丸』読み直してて気づいたんですけど、1959年の週刊少年マガジン創刊号に、吉川英治原作の『左近右近』というマンガを描いた「忍一平」って、うしおそうじだったんですね。言われてみれば、サブキャラの顔はまるきりうしおそうじだ。このマンガ、連載初回のみ忍一平で、二回目からは「波良章」という画家に交代してます。

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April 02, 2007

「ジョー」月旦

 ここのところずっと「とことん!あしたのジョー」見てましたら、主題歌が一日じゅう頭の中でぐるぐると回り続け。

 いちばん良かったのは塚本晋也による、「ジョー」スタッフ(出崎統・荒木伸吾・金山明博・浦上靖夫)のインタビューです。アニメは奥が深いね。ちょっと期待はずれだったのが、ちばてつやと出崎統の対談。やっぱここには梶原一騎がいてほしかった。

 「ジョー」をいかに見るか、という点でいちばん驚いたのが、国生さゆり。「ジョーは愛の物語である」 ジョーを物語の中心となる動かない触媒として考え、ジョーの存在がすべての登場人物の愛情を励起していく、という考え。てなことをきちんとしゃべってくれたわけではありませんが、きっとそういうことを言いたいんだろうと。

 いやー、国生すごいわ。感心しました。そして、島本和彦が熱かった。ジョーのあしたが力石である、という自説を熱く熱く語る語る。

 井上伸一郎も氷川竜介もケッコウでございました。岡田斗司夫は座談がうまいねー。でも聞いてるその場ではなるほどと思っちゃうのですが、あとから考えると、「ジョー」の旧オープニングアニメのできがすばらしい、というのはごもっともですが、力石が死なずに年をとると丹下段平になる、というのはひねりすぎでしょ。

 キレがなかったのが唐沢俊一と香山リカ。唐沢俊一はお疲れなのかな、フツーのことを言ってただけで、香山リカは、高度成長期のジョーと現代の格差社会を比較するのは、ちょっと方向性がどうか。

 いずれにしても、数日間楽しませていただきました。

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