ジャック・コールとプラスティックマン
『Playboy: 50 Years: The Cartoons』(2004年Chronicle Books)という本がありまして、アメリカの雑誌『Playboy』の50周年記念出版のうちのひとつ。プレイボーイ誌に載ったヒトコママンガを集めた豪華本です。その巻頭に掲載されてるマリリン・モンローふうの美女のマンガ、これを描いたのが、ジャック・コール。
400以上の作品を集めたこの本でも、ジャック・コール作品は10作品にのぼり、1950年代のプレイボーイ誌を代表するマンガ家であったことがわかります。
ジャック・コールはプレイボーイ誌でおとな向けヒトコママンガを描く以前、別の顔を持っていました。彼は子ども向けスーパーヒーロー「プラスティックマン」の創造者。プラスティックとは、石油から作られたプラスティック製品のことじゃなくて、伸び縮みするという意味ね。1941年にジャック・コールにより生み出されたプラスティックマンは、その名のとおりゴムのような体を持ったヒーローです。ファンタスティック・フォーのミスター・ファンタスティックや映画『Mr. インクレディブル』のママのモトネタであり、かつて神話時代の水木しげるがマネしたマンガでもあります(書影はコチラのページ、上から三つめ。『マンガ古書マニア』などの著者である江下雅之氏のサイト)。
はじめてプラスティックマンの名を知ったのは、『SFマガジン』1972年12月号、小野耕世のエッセイ『プラスティック野郎』でした。のち『バットマンになりたい』(1974年晶文社)に収録されました。それ以来、わたしはこのマンガが読みたくて読みたくて。
精神的にはまともなミスター・ファンタスティックらと違い、ほとんどすべてのコマで体のどこかを伸ばしたり変形してなきゃ気がすまない、どこか狂的とも言えるプラスティックマン。アメリカのWikipediaにリンクしておきます、こんなやつね。プラスティックマンにつかまっていっしょに飛んでるのは、相棒のWoozy Winksです。コッチはLambiek Comiclopediaのコールのページ。
で、2001年に発行されたジャック・コールの評伝を読んでみました。作者は、『マウス』を描いたアート・スピーゲルマンと、デザイナーのチップ・キッド。
・Art Spiegelman and Chip Kidd 『Jack Cole and Plastic Man: Forms Streched to Thier Limits!』(2001年Chronicle Books)
今、日本のアマゾンから買うと高くつくので、アメリカアマゾンでペーパーバックをマーケットプレイスに注文しました。そっちのほうが、送料含めてもお安い(到着に日数はかかりますが)。
内容は評伝と、マンガの復刻。マンガの復刻の主なものは、プラスティックマンが「The Eyes Have It」(Police Comics #22, 1943)、「Sadly-Sadly」(Plastic Man #26, 1949)、「The Plague of Plastic Peaple」(Plastic Man #22, 1950)の3つと、Woozyを主人公にした番外編「Woozy: Dopi Island」(Plastic Man #22, 1950)、そしてクライム・コミックの「Murder, Morphine and Me!」(True Crime, 1947)の計5本。その他にもコールの描くポップな絵がいっぱい見られます。
ところがねー、こちらはプラスティックマンにポップで笑える作品を期待しておったのですが、なんつっても編著者がひねくれ者のアート・スピーゲルマン。最初の「The Eyes Have It」でびっくり。
誰もがかわいがらずにはいられない、すっごく可愛い目を持った幼児、彼はなぜか精神的ショックで口がきけなくなっています。彼をしつこく追い回して殺そうとしているのが悪人スフィンクス。あれこれあってたくさんの殺人が行われたうえ、スフィンクスもでっかい熊罠に頭を挟まれて死んじゃう。一応のハッピーエンディングで、しゃべれるようになった幼児が明かす真相は。
幼児の父親は、狂気におかされ自分の妻を毒殺。息子を鎖で監禁し虐待をくり返します。これを知った近所のひとたちが、父親を襲い沼に沈めてしまう。助けられた幼児ですが、養子に行った先で物乞いに利用されます。さらにスフィンクスが幼児を金で譲り受けるのですが、実はスフィンクスは、生きていた父親であった! どうです、この陰惨な話。プラスティックマンの最初にこんな話を持ってくるなよー。
二作目の「Sadly-Sadly」は傑作。顔と声があまりにかわいそうで、彼を見る人がみんな金を与えたくなってしまう犯罪者、Sadly-Sadly Sandersの話。彼に会うと、現金輸送車のガードマンも、宝石店の店員も、泣きながら彼に金や宝石をあげてしまいます。プラスティックマンがSadly-Sadlyを逮捕しようとすると、彼をかわいそうに思った街のひとびとが暴徒と化してプラスティックマンに襲いかかる。ひっぱられ、伸ばされ、結ばれ、ぺちゃんこにされるプラスティックマンの姿は、悪夢のようなギャグです。
三作目、「The Plague of Plastic Peaple」では、悪人の作った薬のせいで、街のみんながプラスティックマンと同じ、ゴムの体を手に入れる話。街中のみんな、首がのびたり手がのびたり変形したりして、自分の体で遊んでいる光景、これもまた悪夢です。
このあたりになると、プラスティックマンもまったく落ち着きがありません。すべてのコマで変形をくり返しています。首をのばしたり手や足をのばしたり、車に変形したり、耳を洗濯ひものごとく伸ばしてカラダを洗濯物に変形させたり。カラダをオモチャにしちゃいけませんっ。上司に怒られてるときも首がだらーんと股間のあたりまで落ちてます。おまえホントに反省してるか?
五作目の「Murder, Morphine and Me!」、プラスティックマンのシリーズではありませんが、これが問題作。食堂のウエイトレスがヤクザとつきあいだして、売春、麻薬と転落。ギャングの抗争にまきこまれるという悲惨なお話。ラストは朴訥で親切だと思ってた食堂のオヤジが組織のボスだった、というオチにあぜんとします。
この作品に、主人公(♀)がヤクザに注射器の針で眼球を刺されそうになるアップのシーンが存在するのですが(実は夢オチ)、これがFredric Wertham博士の『Seduction of the Innocent』に取り上げられ攻撃されました。マンガは教育に悪い、というわけですね。これがアメリカのコミックス・コードができる遠因になったらしい。
アート・スピーゲルマンによりますと、ジャック・コールはウィル・アイスナー(『Spirit』の作者でアイスナー賞にその名を残すビッグネーム)とハーヴェイ・カーツマン(『MAD』で活躍、のちプレイボーイ誌で『リトル・アニー・ファニー』)をつなぐミッシング・リンクであるということになるのですが、このあたり、もっと勉強しないとよくわかりません。
ジャック・コールはプレイボーイ誌で活躍中の1958年、43歳のとき突然のライフル自殺でこの世を去っています。わたしこれを知らなかったものですから、読んでてびっくりしました。小野耕世先生、書いてくれてなかったからなあ。どおりでスピーゲルマンがあちこちに不吉な印象を与える文章をちらばめてると思った。プレイボーイ誌のヒュー・ヘフナーにあてた遺書も掲載されてますが、結局死の理由は不明です。
ブックデザインのチップ・キッドが、巻末20ページにわたって、コールの絵をコラージュした「作品」を掲載してます。これはいらなかった……かな。
実は、もっとマンガが掲載されてるかな、もっと笑えるのじゃないかなと期待して買った本でした。しかしコールの暗い部分に注目する編集で、その点欲求不満です。作品そのものをたくさん読んでみなくちゃね。DCコミックスから『The Plastic Man Archives』という復刻シリーズも出てるのですが、ハードカバーでユーズドでも高いからなあ。迷えるところであります。
Comments
編集のAlex Chunというひとはコレクターなのかな、コール以外にもこの手の本を多く作ってて、Bill Wardなどもいいですねー。
Posted by: 漫棚通信 | February 23, 2007 02:39 PM
コールに関しては
『Classic Pin-Up Art of Jack Cole』
http://www.amazon.co.jp/Classic-Pin-Up-Art-Jack-Cole/dp/1560975598/sr=1-5/qid=1172189818/ref=sr_1_5/249-7658694-8637942?ie=UTF8&s=english-books
も洒落ててすごくいい本です。
Posted by: boxman | February 23, 2007 09:21 AM