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February 27, 2007

きみは酒井七馬を知っているか

 中野晴行『謎のマンガ家・酒井七馬伝 「新宝島」伝説の光と影』(2007年筑摩書房、1900円+税)読みました。

 酒井七馬と言われても、今は知らないひとのほうが多いのでしょうか。確かに謎のマンガ家で、これまで知られていた(というか、わたしがこれまで知ってた)酒井七馬のエピソードも、あくまで歴史上の「点」であるにすぎませんでした。

○戦前京都でアニメーションを作っていたことがある
○戦後すぐ、すでに関西マンガ界の大御所であった
○関西で『まんがマン』『ハロー・マンガ』を主宰
○手塚治虫と『新宝島』を共作
○赤本ブームで多数の作品を執筆
○三邑会で紙芝居を執筆
○TVアニメ『オバケのQ太郎』などに参加
○西上ハルオと組み、『マンガのかき方』『ストーリーマンガのかき方』『ジュンマンガ』を刊行
○晩年、マンガショーで若きみなもと太郎と会ったことがある
○貧困のなか死亡

 『酒井七馬伝』は、上記の歴史上の「点」=エピソードや伝説の間を埋めて、彼の連続した人生を書こうとする試みです。著者の調査は多岐にわたり、この本は新発見の驚きに満ちています。

 まず「貧困のなか死亡」というのがマチガイというのがわかりました。戦前の酒井七馬については、ほとんどの読者がはじめて知ることばかりでしょう。さらに『新宝島』40万部という話についても疑問あり。『新宝島』奥付には酒井七馬の名だけで、手塚治虫の名がなかったことからトラブルになり、ふたりは絶縁したと思われてました。ところが実はそうでもなく、一応は手打ちとなり、手塚の宝塚時代まではふたりはそれなりのつきあいをしていたそうです。

 さて、本書でいちばんスリリングなところは、『新宝島』はどのように描かれたか、という点。以前から言われていたように原作・酒井、絵・手塚なのか、それとも酒井が絵コンテまで作っていたのか、さらに原作の原型が手塚作品『オヤヂの宝島』なのか。著者の推測は、『新宝島』製作過程でふたりに濃密な師弟関係があったというものです。

単なる師弟関係ではない、七馬と手塚の間の緊張関係がそれぞれの力を超えた作品を生み出した。(略)手塚は七馬と出会うことで手塚たりえた、とでも言おうか。アニメーターであり、アメリカ風のバタ臭いタッチにあこがれた酒井七馬が目指した新時代のマンガを、若き手塚治虫の手で具現化したのが『新寶島』であり、その後、手塚はよりドラマ性を追求するようになり、七馬は絵にこだわっていく。ふたりの方向性が偶然ひとつになった奇跡とも言える合作だったといえるだろう。

 オリジナル『新宝島』の映画的手法は、アニメーター出身の酒井七馬と、ディズニーばりの絵を描くの手塚治虫の合作で可能になったという説。酒井七馬は、アマチュア手塚が真にプロになるための「師」であったに違いない。なるほどっ。

 緻密な調査と考察で、酒井七馬の人生を通してマンガ史を概観し直す試み。いい本でした。それにおもしろい。今後あちこちで引用される基礎的文献となるでしょう。

 ただし現在、ほとんどの日本人が『新宝島』を読むことができません。

 手塚治虫はのちに講談社全集版『新宝島』というリメイクを描きましたが、これはもうまったくの別作品。この作品が世に出ることで、オリジナル『新宝島』は封印されてしまいました。酒井七馬の業績とともに。酒井七馬を「謎」にしたのは、手塚治虫であるとも言えます。

 サブタイトルの『「新宝島」伝説の光と影』とは、もちろん、光は手塚治虫、影は酒井七馬を意味しているのでしょうが、手塚治虫自身の内面の光と影を指しているのかもしれません。

 オリジナル『新宝島』こそ、日本マンガ史における最大の封印作品。戦後マンガの出発点であるはずの手塚/酒井版『新宝島』を、現代のわたしたちが読めないという状況が、不幸です。本書の出版をきっかけに、復刻してくんないかしら。

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Comments

TBさせていただきました。

日本の漫画の発展の様子もよく描かれていたと思います。

Posted by: タウム | July 19, 2007 06:26 AM

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Tracked on July 19, 2007 06:35 AM

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