実験は限りなくギャグに近づく
こんな本を見つけました。
・マット・マドン『コミック文体練習 99 Ways to Tell a Story: Exercises in Style』(2006年国書刊行会、大久保譲訳、1900円+税)
レーモン・クノー『文体練習』(1996年朝日出版社)は、あの『地下鉄のザジ』の作者が、ひとつのエピソードを99の文体で書きわけるという超絶的な実験をして有名になった本。書くほうも書くほうですが、日本語に訳した人もたいしたものです。けどすみません、わたし読んでません。
で、この本はそれをマンガでやってみたもの。原著は2005年。アマゾンに飛びますと、中身がすこしだけ立ち読みできますのでどうぞ。
ひな形となるマンガはこういうもの。ノートパソコンで仕事をしていた男が、立ち上がってリビングへ行く。階上からガールフレンドの声がして「いま何時?」 男が答えて「1時15分だよ」 「ありがとう!」 男は冷蔵庫を開けてながめるのですが、「いったい何を探していたんだっけ」 これが1ページ8コマで表現されています。
さて、これをいかにマンガ文体を変えて表現するか。なんせ99とおりだからなあ。
著者も最初は地味にまじめにやってたのですが、こんなコトを延々と続けてますと、いつしかギャグに近づいていきます。著者があえて意識したものではないでしょうが、どうしてもそうなっちゃう。日本でも実験マンガといえば、赤塚不二夫から江口寿史らを経て現代のとり・みきや唐沢なをきまで、ギャグマンガ家の専売みたいになってますしね。
以下は描かれたマンガをわたしがテキトーに分類し直したものです。
最初は視点の変化が多い、これはけっこう思いつきます。
・一人称視点(古典的実験マンガ)
・カメラを二階に固定(ガールフレンド視点ですね)
・カメラを冷蔵庫内に固定(CMとかにありそう)
・カメラを戸外に固定
・クロースアップだけ
・室内固定カメラ(複数あり)
・宇宙の果てから超拡大までズームイン
・部屋の中央に回転カメラ
絵の実験、もっといくらでもありそう。
・線が無く影だけで描く
・シルエットのみで描く
・極端に単純化
・線を多く(ガロ系マンガのように)
マンガ的記述の実験。おなじみの技法ではあります。
・漫符の多用(これを英語ではエマナータEmanataと言うそうです。はじめて知りました)
・登場人物が読者に話しかける
・心の声の多用(複数あり)
・写真マンガ(日本なら久住昌之。ヨーロッパやラテンアメリカには商業的に存在するそうです)
・ヒトコママンガ
・30コママンガ
・手と記号のアップだけ
・コマの外を描いてみる(これはおもしろい、コマの外には異世界が広がってるのね)
・無機物がしゃべる(いかにもマンガ的)
・主人公の表情が笑ってる、セリフは同じ
・主人公の表情が不機嫌、セリフは同じ
・横長のコマだけ(石森章太郎『ジュン』ですな)
・縦長のコマだけ(石森章太郎『ジュン』ですな)
・ドールハウスを横から見たコマワリ
ホントに実験、ここが腕の見せどころ。
・音だけ、絵なし
・構成要素のカタログ、動きなし
・シナリオ、鉛筆の下書き、ペン入れなど、作品の完成までを見せる
・時間の逆行
・自制の変化(日本語ではちょっとムリ)
・回文で時間の逆行(何がおもしろいんだか)
・アナグラム(何がおもしろいんだか)
・地図(何が……もうやめます)
・カラーの実験
・クノーの『文体の練習』のストーリーを組み込む
・デジタル(0と1だけで描く、わけわかりません)
・グラフ(もう何が何やら)
・交通標識ふう絵記号
・映画ふう絵コンテ
・カリグラム
・コマの中に字だけ、絵なし
・円環構造→モニタを見ている男が映っている写真を見ている男が映っているモニタを見ている男
・時間が止まっているなか、カメラだけが移動(時間よとまれ)
・まちがいさがし
いちばん日本人にもなじみがあって簡単なのが、既成作家、あるいは既成ジャンルのスタイルのパロディです。言っちゃ何ですが、やろうと思えば、いくらでもできます。
・バイユーのタピストリー(マンガの歴史をふりかえって)
・ロドルフ・トプファー(小野耕世に準じた表記)
・イエロー・キッド
・リトル・ニモ(たのみますから訳でネモと書くのはやめていただきたい。日本語訳が確立されてる固有名詞はそれに従ってくださいよ)
・クレイジー・キャット
・タンタン
・怪奇コミックス
・アメコミ・ヒーロー
・ジャック・カービィ(カービィのスタイルはモノクロでも迫力あるなあ)
・戦争マンガ
・恋愛マンガ
・ファンタジー
・エド・ウッド
・西部劇
・探偵マンガ
・子どもマンガ
・擬人化された動物マンガ(黒いネズミのパロディマンガが描かれないのは日本もアチラも同じですな)
・ロバート・クラム
・デイヴィッド・マッツケーリ、ベン・カッチャー、アート・スピーゲルマンなどオルタナティブ系
・スコット・マクラウド
・新聞マンガ(コミック・ストリップ)
・政治風刺
・広告マンガ(複数あり)
・コンドームの公共広告(こんなのがあるんですねえ)
・宗教勧誘マンガ(こんなのもあるんですねえ)
・ジャパニーズ・マンガ・スタイル(やっぱ現代の本にはこれがなくちゃ)
作品自体がパロディ→風刺になってるもの。
・メタレベルでマンガを批評(これには笑いました。「突然、冷蔵庫の扉を開ける手の主観的なショットに切り替わるために」「読者は否応なしに他者/作者の立場に置かれ同一化を強いられる」)
・過剰なキャプション→絵を圧迫(手塚もやってましたね)
意味不明のもありまして、「Opposite(正反対)」てのは、何が描いてあるのかさっぱり。
演出を変化させる、マンガ的じゃなくて映画的、小説的だったりもします。
・独白
・回想
・ドッペルゲンガーの登場
・翌日の物語
・語り手が次々に変化していく
・酒場での笑い話にしてしまう
・赤ん坊から老人まで時間が経過(複数あり)
・超古代から現代まで時間が経過
・神の視点
・世界じゅうをカメラが移動
・カメラの前のオーディションにしてしまう
・絵は同じでセリフを変化させる
・セリフは同じで場面、登場人物を変化させる
・冷蔵庫をなくす(おいおい)
・ガールフレンドがいなくなる(こらこら)
・主人公がいなくなる(これが全編のオチです。ここまでくると意識したギャグとしか思えません)
実験マンガのカタログといった感じの本です。おもしろいかと言われれば正直ビミョー。日本ではギャグマンガ家が日常的にやってることでもあります。でも、海の向こうにも同じようなこと考えてる連中がいることがよくわかる。一部には感心するようなネタもありました。スコット・マクラウド『マンガ学』(1998年美術出版社)に興味のあるようなかたなら、読んでみてもいいんじゃないかしら。
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