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January 19, 2007

目覚めないネオの物語「イキガミ」

 なーんかこう、やーな読後感のマンガ、間瀬元朗「イキガミ」について。

 パラレルワールドの現代、日本。国家繁栄維持法は、国民に命の尊さを認識させるため、無作為に選ばれた国民を1000人にひとりの確率で死亡させるという法律。小学校入学時に注射されたナノカプセルが肺動脈にひそみ、18歳~24歳で破裂して若者を突然死させる。本人にその死亡予告証=「逝紙」が届くのは死亡の24時間前です。

 主人公は死亡予定者に「イキガミ」を届ける公務員。24時間後の自分の死を知った若者たちは、どのような行動をとるのか。主人公はそれを目撃してゆきます。

 既刊三巻に描かれたエピソードは六つ。自分をいじめた同級生に仕返しをする男。ラジオで歌うミュージシャン。恋人が帰るのを待つ女性。迷子の老人を捜す介護士。母親を殺そうとする息子。妹に自分の角膜を移植する兄。

 限られた時間の中で生きる若者たちの姿に感動……って、おいっ。

 ヤングサンデーのサイトの広告。

編集部に届いた前代未聞の大反響── “思い切り泣いて、胸をふるわせた…… 明日から強く生きようと思う──”という声、声、声。

 第二巻と第三巻のオビより。

「漫画で初めて泣きました(24歳会社員)」
「“これは凄い!”とホントに思った(19歳学生)」
「命の大切さと生きる意味を教えてくれる(31歳主婦)」
「熱いものが込み上げてきて、生きるということを考えさせられた(19歳学生)」

 うーむ、どうもみんなホントに泣いたり感動したりしてるみたい。

 「イキガミ」の日本は、明らかにアンチ・ユートピアです。法律のおかげで犯罪は減り、出生率も上昇したでしょうが、イキガミを批判する人間は「退廃思想者」として処刑され、報道も規制されている。

 アンチ・ユートピアをテーマにした作品なら、まずオーウェルの「1984年」、そのリメイクともいってもいい映画「未来世紀ブラジル」や、アラン・ムーア/デヴィッド・ロイドのマンガ「Vフォー・ヴェンデッタ」、さらに映画「マトリックス」など。ちょっと方向性が違うけど「バトル・ロワイヤル」もそうか。これらの作品で、主人公たちは巻き込まれ型に国家から追われたり、テロリストとして国家と対立するようになり、個人と国家/社会のかかわりを考えるようになります。

 ところが、「イキガミ」は同じようなアンチ・ユートピア、超管理社会を描きながら、主人公がヘタレ。彼はひたすら忠実に公務をこなす人間です。社会を肯定し、積極的に「イキガミ」を受け入れる。三巻にいたって彼がめざすのは、死亡予定者の心のケアをして安らかな死を与えること。そしてひたすら泣けるお話を読者に提供すること。

 つまり映画「未来世紀ブラジル」で、もし主人公、ジョナサン・プライスがただただ公務を続けていたら。映画「マトリックス」で、主人公・ネオがいつまでたっても目覚めなかったら。「イキガミ」はそういうお話であります。

 自分のできる範囲内で精一杯生きよう、ってのはけっこうですが、このマンガ、いつ社会システム批判に向かうのかと思えば、三巻まで待ってもその気配がありません。この方向性はそれなりに新しいとは言えますが、これは違うやろ。

 マンガ内で描かれるこの社会は、すでに現実の風刺ですらなく、「イキガミ」のせいでゆがめられた奇妙な戯画的世界です。国家が国民を無作為に処刑する、これはフィクション内においても、否定されるべき倒されるべき社会システムでしょう。死亡予定者たちの怒りは、いじめた同級生より冷たい母親より、このシステムに向かうべきじゃないのか。

 もともとシステムを云々する話じゃなくて、もし命があと24時間だったら、という思考実験なんだよ、というエクスキューズがあるのかもしれません。でも、それにしてもこのあまりに納得しづらい世界設定はどうよ。

 ネオは目覚めるべきなのです。こういう世界を設定し、その世界のお話で、泣いたり感動したりしてる場合じゃないだろうと。

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Comments

初めまして。
いつも楽しく拝読しています。
ところで、今回の「イキガミ」なんですが、最初のころはフツーのディストピアもののパターンで行くつもりだったんじゃないでしょうか(「ヤンサン」はぽつりぽつりとそういった作品を載せてますし)。
ところが読者から予想外の反響があったせいで、泣かせものにシフトしていったのではないかと……。

Posted by: SPOOKY | January 21, 2007 01:51 AM

「イキガミ」の嘘っぽさは、「国繁法」があり思想統制までされている「かなり抑圧的な社会」なのに、登場人物達をとりまく「現実問題」は、いま現在の「日本の社会問題」が前提になっているところあたりに漂っていませんか。もしフランス人ならば、何よりもまず、その点が気に障って読むに耐えられないのではないか。

また別の面で考察すると、若き日に読んだ「オメラスから歩み去る人々(U.K.ル=グィン著、『風の十二方位』所載)」と同じ命題を抱えながら、かの佳編を全く半歩も超えない、というあたりに漫画家&編集者の無思索・無思弁を感じます。

参考:言葉の花束.06
http://www.iwami.or.jp/umd/saichi/words/words06.htm

上記の方も仰るように、人気が出て連載が長く続いて単行本が売れてドラマや映画にでもなれば・・・のようなシンプルな意図を感じますね。

Posted by: トロ~ロ | January 21, 2007 03:29 AM

http://www.gyao.jp/drama/switch/
GYAOで放映されている、この「スイッチを押すとき」も同じようなハナシです。
もうベタベタで面白くないながら、一応見ていますが。

Posted by: UG | January 21, 2007 09:34 AM

コメントありがとうございます。
現代日本なのにぶっとんだ奇妙な設定と、泣かせるストーリーのアンバランスさがひっかかります。悪役を設定したなら、相手が個人でも国家でも銀河帝国でも、ファイティングポーズだけでも見せてもらいたい。
紙屋研究所でもこの作品、とりあげられてますのでどうぞ。
http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/ikigami.html

Posted by: 漫棚通信 | January 21, 2007 01:32 PM

こういう設定って、SFの「神」への反乱ですよね。「イキガミ」は若干20歳(だったと思ったが)の山田正紀が書いた「神狩り」や、石川賢の諸作品に遠く及ばないということですか。かなわないまでもゲリラ戦で闘うとか、そういう話にはならないのかな。

Posted by: momotarou | January 22, 2007 12:33 PM

ザミャーチンの「われら」って、「1984年」に先行する作品らしいです。これもリストにいれるべきです。(読んでいませんので大きなことは申せませんが)

都立三図書館の検索http://catalog.library.metro.tokyo.jp/でご確認ください。

Posted by: しんご | January 24, 2007 12:18 AM

連続でごめんなさい。「われら」の内容のよくわかるサイトがありました。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/zamyatin.htm

Posted by: しんご | January 24, 2007 12:24 AM

>ザミャーチン
名前だけは知ってましたが、こんな話だったんですね。これはまたすごいページですねえ。

Posted by: 漫棚通信 | January 24, 2007 04:43 PM

いつも楽しく拝見しております。初書き込みですが。

このネタは星新一のショート・ショートにあったような……
オチは「死ぬ役に自分が選ばれる」だったかと。

タイトルを忘れており、すいませんが。

Posted by: Saitoh | January 28, 2007 01:24 PM

紙屋研究所でも指摘されてますが、わたしも本棚捜してみましたらありました。新潮文庫「ボッコちゃん」に収録されてる「生活維持省」です。人口調節目的で国家による殺人がおこなわれ平和な社会が維持されてる、というお話でした。

Posted by: 漫棚通信 | January 28, 2007 04:53 PM

「生活維持省」
あああー、二十数年前の学生時代、SF研で作ったオムニバス8mm映画で原作にしたー。蘇る思い出、そーかー、なんとなく感じていたデジャヴがこれだったか。

ところで、ホイチョイの本。電話帳クラスの厚さ。スゴイ。
でも、星新一氏の格言が頭から離れません。
(買っておかなきゃ、無くなるぞ~~)
ううーん、迷うナァ。

Posted by: トロ~ロ | January 29, 2007 09:47 AM

はじめまして。
生活維持省はアンソロジーで志村貴子によって漫画化されてますね。
志村さんの生活維持省は私のお気に入りです。

Posted by: lemon | June 10, 2008 09:57 PM

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Tracked on December 19, 2008 05:45 PM

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