1969年の風林火山
ことしのNHK大河ドラマは「風林火山」。主人公は山本勘助。彼は武田信玄の名軍師として知られ、日本の諸葛孔明、みたいな感じで語られる人物です。すでに江戸時代には有名キャラクターになってたそうですが、ホントは「軍師」じゃなかったらしい。
かつて武田信玄/上杉謙信ブームというのがありました。それが1969年。NHK大河ドラマで海音字潮五郎原作の「天と地と」が放映された年です。主役の上杉謙信を演じたのは石坂浩二。1969年3月1日には映画「風林火山」も公開されています。
映画は、三船プロ製作、原作は今年の大河と同じく井上靖。山本勘助が三船敏郎、武田信玄が中村錦之助、上杉謙信が石原裕次郎という豪華キャストでした。日本映画は斜陽で映画会社の枠が崩れ、独立プロの勢いがまだあったころ。
映画宣伝の一環として、山本勘助が主人公の「風林火山」もマンガ化されました。これが競作になってまして、ひとつは週刊少年サンデー1968年49号から1969年1号まで連載された、横山まさみち「風林火山」。もひとつは週刊少年キング1969年2号から14号に連載された、平田弘史「片目の軍師」。両方とも、映画公開より前に連載されてます。
今年の大河に合わせて、前者は講談社漫画文庫から別作品といっしょに「風林火山・武田信玄」として昨年9月に刊行、後者は少年画報社からB5判で復刻されていまして、今なら両方読めます。
で、読んでみました。横山まさみち版は堅実な仕上がりなのですが、平田弘史版はこれがまた、あれ? あれれれ? 風林火山ってこんな話だったっけー、とびっくりするような作品でありました。
両作品とも、井上靖原作に沿ったお話、というよりも、映画に沿ったお話で、主人公・山本勘助のカブトや羽織のデザインは、映画そのままです。山本勘助も、原作では異相と書かれており、「身長は五尺に充たず、色は黒く、眼はすがめで、しかも跛である。右の掌の中指を一本失っている。年齢は既に五十歳に近い」のですが、両マンガ作品とも三船敏郎に似た偉丈夫で、貫禄ありまくり。映画の三船敏郎は片目ではありませんでしたが、マンガ版は両作品とも左目を失明してるように表現されてて、ほとんどそっくりに描かれてます。
原作と映画の山本勘助は、信玄の忠実な家来。信玄の側室となる由布姫をひそかに愛してて、その子・武田勝頼の立派な成長を願ってる、という設定です。権謀術数にたけた信玄と対等に会話できる男、という感じで描かれます。
たとえば親戚にあたる諏訪頼重と和議を結んだあとに、宴会の場で暗殺しちゃいますが、これも信玄と山本勘助の共犯関係からなされたこと。いかにも戦国の世、という感じのエピソードですが、後味はよくないなあ。
さらに原作や映画にもありますが、勘助が武田に仕官する計略を仕掛けるとき、自分を恐喝していた浪人をだまして殺してしまう、というエピソードもちょっとアレ。どうもこの山本勘助、もともと主人公らしからぬ怪しげなところを持っていました。
で、平田弘史版山本勘助は、さらにキャラクターをふくらませて、とにもかくにも極悪非道な人物として描かれます。彼はまじめに信玄に仕えようという気がまったくありません。当然ながら、由布姫を慕うなんてこともありません。
訪ねてきた昔の知り合いを、自分の過去を知ってるという理由で殺す。自分を疑ってる武田の重臣・甘利虎泰と戦場で斬り合う。さらに自分をつけねらう甘利の家来も殺してしまう。もうひとりの重臣・板垣信方、彼は勘助を武田に仕官させてくれた恩人なんですが、このひとも戦場で暗殺しちゃう。
彼の秘めたる目的がすごい。(1)武田の盛名を馳せてから、(2)武田信玄を毒殺し(!)、(3)「バカタレ」の武田勝頼を自在に操って、(4)武田の重臣をひとりずつ消してゆく。(5)さらに勝頼も暗殺して、(6)甲斐の国を支配する。(7)そして、臣民に重税を課し死ぬほど働かせ、かつて自分をあざけった世間に復讐することであります。うわぁ、なんという深謀遠慮。いかに戦国の世といえ、これは悪人ですよ。
これではまったく、別の作品。
同じ原作で、しかも映画宣伝の作品でありながら、主人公をここまで極悪でエゴイスティックな現代的人物に改変しちゃう平田先生。すっごいわ。
Comments
わ、これは失礼。修正しました。
Posted by: 漫棚通信 | January 05, 2007 09:04 PM
平田版、読んで見たい気になりました。横山まさみち版は、記憶にあります。ちなみに失礼ながら、三船敏郎さんではないでしょうか?
Posted by: not a second time | January 05, 2007 08:39 PM