ゴージャス!「マキの口笛」
牧美也子「マキの口笛」が、小学館クリエイティブより復刻されています。ぶ厚いです、重いです、マクラのようです。手に持って読めません。
1960年から1963年まで「りぼん」連載。これまでの単行本化は、虫コミックス版も講談社文庫版もトレスをもとにしたものだったそうですので、この有名な作品にして初のちゃんとした単行本となります。ただし、「りぼん」ですからカラーページや二色ページも多いのですが、完全復刻版とは言いながらそこはモノクロ。さすがにほとんどモノクロのこの本でさえ税別3800円です、お値段を考えるとしようがないでしょう。そのかわりカバー裏に、カラーでトビラページ一覧が掲載されてます。
わたし、この作品初めて読んだのですが、いやー、おもしろいわ。バレエ! 白血病! 出生の秘密! とかいろいろあるのですが、いちばんびっくりしたのが、金持ち!
1960年といえば、まだまだしょぼい時代でありまして、わたしのイメージとしてはまさに「貸本版墓場鬼太郎」の世界、青空と貧乏が同居してる感じ。
その同時期、少女マンガの世界ではオシャレな夢いっぱいの生活が描かれていたようです。こないだ復刻された高橋真琴のマンガでも、少女の「自分の部屋」には机とベッド、ポータブルレコードプレーヤーとラジオがあるじゃないですか。「マキの口笛」ではもっとすごくて、なんせ主人公のマキ(♀、小学校高学年)は日本一の女優の娘にして由緒正しい旧家の孫。ただし本人はそれを知らないという設定です。
広く美しい庭を持つ一軒家に、姉とふたりだけで住むマキの食事は洋食ばっか。お箸を使うことはありません。朝もパンとかサンドイッチと紅茶。なんつっても、誕生日ごとに真珠を一個買ってもらってるてのがスゴイ。テレビは洋室にあったり和室にあったりしてますから、2台以上は持ってるらしい。皇太子ご成婚で急速にテレビ普及が進んだのは1959年です。
彼女は将来のプリマですから、当然バレエの練習に通ってます。でまたマキの毎日着てる普段着が、小学生のくせにちゃんとオシャレなんだよ。革靴なんか履いちゃってるし。
友人は銀行支店長の娘で、その家には暖炉があって猟銃が壁に掛けてある。レジャーは友達をさそってスキー。マキの母親は自宅にバレエの個人用練習場を持っていて、マキに個人レッスンをしてくれる。そこで音楽を流すために使ってるのが、おお、オープンリールのテープレコーダー!
国立科学博物館のサイトで調べてみると、ソニーのでっかい「G型テープコーダGT-3」が1950年。トランジスタ使用でコンパクトな「テープレコーダーTC-777」の発売が1961年で85000円。ちなみにマキのお姉さんが銀行でもらってる月給が13000円(牧美也子もかつて銀行で働いていたそうです)。
だいたいがマキのパパはパリで事故死してるし、金髪のいとこがフランスからやってくるし、マキのお姉さんは結婚してドイツからニューヨーク行っちゃうし、ママもローマの映画祭に行ってるし、まだ海外渡航が制限されていた時代にして、絢爛豪華、華麗な生活であります。よくぞここまで貧乏を完全に拒絶したものです。どう考えても、すべての読者の上を行く生活レベル。
実を言いますと、当時のマンガは、ビンボと切っても切れぬ関係、上流階級を描いてもビンボがにじみ出るものと思っておりました。少女マンガでも、とくに男性作家作品はそういうにおいを持ってたし。これが解消されたのは、1974年の一条ゆかり「デザイナー」あたりかな、と考えておったのですが、いやいやそんなことはなくて、水野英子や牧美也子は、とっくに貧乏とおさらばしてたのね。日本がまだ貧しかった時代、みんなの夢を一手に引き受けていたのです。とくに「マキの口笛」は舞台が日本。金持ち生活描写が楽しゅうございました。
Comments
大昔、日本アニメのちゃぶ台にはフリカケの容器しか置いてなくてビンボくさい、と誰かが批判してましたが、創作者はみんなビンボだったからしょうがない。その点、少女マンガは健闘してたということですね。
Posted by: 漫棚通信 | December 16, 2006 11:37 PM
わたなべまさこ先生の講演で伺ったことがあるのですが
「夕食のおでんなんか煮ながら(わたなべ先生はデビュー蒔すでに結婚されてお子さんもおられました)夢のようなゴージャスな世界を構想していました」とのことです。
Posted by: 流転 | December 16, 2006 01:43 AM