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November 19, 2006

滝田ゆう十七回忌

 滝田ゆうは、その和服と丸坊主の風貌もあって、マンガ家というより文士みたいに思われてたのじゃないかしら。田河水泡の弟子→貸本マンガの「カックン親父」→ガロの「寺島町奇譚」。ここまではマンガ家コースですが、有名になったあと活躍したのはマンガ誌よりも文芸誌が中心でした。

 ですから、滝田ゆうを語るのはマンガ誌系編集者じゃなくて、文芸誌の編集者です。校條剛「ぬけられますか-私漫画家滝田ゆう」という評伝が発売されてます。もう亡くなって十七回忌なのですね。著者の校條剛は、もと「小説新潮」編集者で、滝田ゆうと濃密にかかわったひと。飲んでばかりで締め切りをまったく守らない滝田ゆうに、なんとか作品を描かそうと四苦八苦してます。

 編集者の回顧録といったものかと思ったら、これがなんと、作家論、作品論を含んだちゃんとした評伝でありました。滝田ゆうの日記も紹介されており、取材は家族、友人、文壇、マンガ関係者など広範囲に及んでいます。「漫画少年」に掲載された滝田ゆう作品を、1955年夏の増刊号掲載の「クイズ 滝田まん平」ではないかと推理したりもしています。

 実はわたし自身は滝田ゆうのあまりいい読者じゃなかったです。貸本の「カックン親父」(1959年~)はさすがに読んでない(ちなみにタイトルは由利徹のギャグ「チンチロリンのカックン」からのイタダキ。1959年には映画「カックン超特急」なんつーのがありました)。1968年からガロに連載された傑作「寺島町奇譚」のころはまだコドモ。滝田ゆうはすぐに文芸誌を主戦場にしちゃったから、わたしはしばらくしてから過去にさかのぼって「寺島町奇譚」とその他の短編を読んだだけです。この本に大きくとりあげられてる1971年からの「泥鰌庵閑話」あたりはまったく知りません。だって、中間小説誌に連載された酒場の話だもんねー。オトナの、オヤヂのための作品だったはず。

 でも今回、この決定版といえる評伝を読んでから、あのふるふるした線のマンガがやたらと読みたくなりました。いいかげん自分もいい年のオトナですし。でも今買える滝田ゆう作品はちくま文庫の「寺島町奇譚」と「落語劇場」だけみたい。フランスで滝田ゆう作品が訳出されるらしいし、この本がきっかけに「泥鰌庵閑話」再刊してくんないかな。

 著者は、滝田への愛憎混じった複雑な思いを抑え、できるだけ冷静に作家を見つめようとつとめています。そのバランスがいい感じの本でした。

 ただしやや疑問なのが、細かい事実関係。

 さいとう・たか“お”という表記が複数回登場するのは論外としても、山根赤鬼「よたろうくん」が週刊少年マガジンに掲載されたことがあるとはあまり聞いたことがありません。創刊したばかりの少年マガジンに「ロボット“上”等兵」を掲載してほしいという読者の子どもからのリクエストがあった、などというエピソードがありますが、少年マガジン創刊時には「ロボット三等兵」はとっくに少年クラブで大人気連載中だったはずですよ。

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Comments

作家の変化、足跡をたどって行くのは楽しい。
滝田漫画を年代順に読んで来れた読者(たとえば私)は幸せだったと思います。
「サザエさん的ホームドラマ世界」を一歩も超えない「カックン親父」でしたが、それでも絶対数の少ない貸本ギャグ漫画(ギャグという言葉は未だ使われてませんが)の中では最高水準作でした。
それが「ガバチョン紳士」「おかしな連中」といった一連の(泥臭いのに先鋭的)な作品を次々と発表し始めた頃、氏は誰も真似できぬ味「間」を自家薬篭中の物にしており、彼の才能は開花していた、と考えていいでしょう。
雑誌からも声がかかり1・2度、短編を発表しましたが(水木しげる→テレビくん)のような成功に恵まれず、少年読者には聊かハイヴロウだったようでもあり、また「まったくの新人扱い」されている事に私のようなヒネた「長年の読者」は切ない口惜しさを感じたものでした。
このとき氏は児童対象に見切りをつけたのかも知れません。
恐らく最後の貸本単行本「おとなの漫画」(字は違うかもしれない)は例えば
秋竜山的な一コマ四コマ集で、ペイネ風であったり居酒屋風であったりと、
センスがハイなんだかロウなんだか良くわからないけど面白い艶笑コントが
満載されておりました。
それから暫くして「ガロ」に「しずく」が発表され、画風も内容も一新されて、しかも確かに滝田ゆう、であることに驚き「ついにバケた!」と本屋で立ち読みしながら小さく叫んだのを憶えております。

ここからは皆様の研究出来る範疇なので多くは語りませんが、「カックン親父」からいきなり「寺島町」に移行したワケでは無い、というのは皆に知っておいて戴かなくてはなりません。苦闘、試行錯誤の連続期にも(むしろ、その頃に)数多くの優れた作品があり、全く評価、再版されておりません。
後期では「泥鰌庵閑話」もいいけど「ネコ右衛門太平記」が素晴らしい。ギャグも豊富だしね。
短編では私は「植物学入門」を最高峰と見ています。文字でも映像でも表現できない「マンガ芸術」の一つの極地でしょう。
十七回忌本、買ってこなくちゃ…

Posted by: みなもと太郎 | November 19, 2006 at 10:44 PM

深谷考『滝田ゆう奇譚』青弓社という本も出ていますね。17回忌だから同時期に、滝田ゆう関係の本が出たんですね。納得。

Posted by: momotarou | November 20, 2006 at 03:00 PM

>いきなり「寺島町」に移行したワケでは無い
「ぬけられますか」にも書かれていますが、桜井昌一が滝田ゆうの持ち込んだ作品をガロに紹介して掲載が始まり、これが「寺島町」の開始まで30作以上。この間、滝田ゆうはガロに同時期掲載されていたつげ義春作品を研究、「寺島町」に至る、という流れです。水木→つげ→滝田の系譜は興味深いです。

>滝田ゆう奇譚
おお、こっちの本も発売されたばっかり。滝田ゆうブームがくるのか?

Posted by: 漫棚通信 | November 20, 2006 at 08:46 PM

滝田ゆうブーム,来てほしいですな。

>いきなり「寺島町」に移行したワケでは無い
もちろん、一般的風評に対してのべたことです。

滝田ゆうの貸本漫画は古書店でも比較的安価なので
うれしいけれど悲しいデス。

桜井昌一がガロに紹介して…のエピソードはたしか桜井氏の
「僕は劇画の仕掛け人だった」かで読んだ記憶がありますが、
その時どうもA5貸本用原稿をB5ガロ用に全部描きなおしたフシ
があります。してみると「しずく」以下数作の未発表ファースト
原稿があったわけで、それをチョット見てみたいですね。まあ
残っているとは思えないケド。

Posted by: みなもと太郎 | November 21, 2006 at 08:10 PM

「ぬけられますか」によると、「しずく」は東考社「スパイ大作戦」掲載の18ページバージョンと「ガロ」1967年5月号掲載の12ページバージョンがあるそうです。コマ数は貸本版78からガロ版90へ。

Posted by: 漫棚通信 | November 21, 2006 at 10:24 PM

おお「スパイ大作戦」か。持ってなかった、そうですか。
貴重な情報ありがとうございます。

Posted by: みなもと太郎 | November 22, 2006 at 07:06 PM

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