汗は減っていくのか
いろいろな漫符が発明され、そして消費されていく中で、もっとも古くからあり今も繁用されているものといえば、「汗」につきるのじゃないかしら。
かつてどこででも使われていた空中に飛び散る汗はすでに古典的で、リアルな描写をするマンガにはあまり使われなくなりました。しかし、コメカミをつたう汗、「アセる」表現としての汗は、今も多くの作家が使っています。はなはだしい例では、物理的な汗以外の汗が全ページに登場したり。「カイジ」とかね。脱水症になるぞ。
アメコミで描かれる汗は今でも、古典的な空中に飛び散る汗か物理的な汗ばっかりで、アセる汗ってほとんどないんですよねー。どうもアメコミには汗に「アセる」意味はないらしい。最近のマンガスタイルのアメコミはどうなのかな。
コメカミの汗は日本マンガの偉大な発明であり、すごく便利な表現であることはわかるのですが、汗の多用はあまりに安易な気がして、わたし個人的には好きじゃないんですよ。でも、絵のうまい小畑健も井上雄彦も谷口ジローも、物理的な汗以外の汗をけっこう描いてます。五十嵐大介あたりになると、ほとんど見られなくなりますが。
で、今日買ってきた「AERA」のムック「ニッポンのマンガ」掲載のマンガ群。浦沢直樹、高野文子、吾妻ひでお、諸星大二郎、谷口ジローの五作品のうち、高野文子と谷口ジロー作品には汗がない。
もちろん高野文子作品は汗を必要とする内容じゃないからですが、谷口ジロー作品では、いつもなら汗を描いてもいいかな、と思うシーンにも汗がない。さらにもうひとつ、サスペンスフルな浦沢直樹作品にも、物理的な汗が三コマに登場するだけなのです。この作品、いくらでも「アセる」汗を描くことのできる内容ですが、これは意識して抑えていると見た。
今後マンガが大人向け老人向けになるにつれ、静かなマンガも増えるでしょうし、表現としても日本マンガの汗は減っていくのじゃないかと思うのですが、さてどうなるか。
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