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September 02, 2006

「虹ヶ原ホログラフ」をじっくり読んでみる(その2)

(前回からの続きです)

 あ、初版持ってるかたにご注意。作中に二か所出てくる「ひより」という名は「有江」の誤植です。と、太田出版のサイトに書いてありましたので、なにぶんよろしく。

 続いて、重要な小道具である、ブリキ缶と蝶のペンダントについて。


■ブリキ缶

 世界を滅ぼすことも可能であるという、最終兵器のようなブリキ缶。このブリキ缶は、タイムトラベルSF的移動によって、閉じた時間の輪の中にのみ存在します。

 虹ヶ原町じゃない町の病院。おそらく東京。小学生の鈴木アマヒコが入院しているときに、老人からブリキ缶をもらいます。この老人は未来の鈴木アマヒコ自身であります。老人の車イスを押して来たのも、青年・鈴木アマヒコです。このシーンでは三つの時間が接しており、三人の鈴木アマヒコが同時に存在しています。

 虹ヶ原町に引っ越した小学生・鈴木アマヒコは、ブリキ缶を虹ヶ原に捨ててしまいます。のちに捜したが見つからない。ところが家出の雪の日、虹ヶ原で倒れた鈴木が病院で目を覚ますと、なぜか自分の手にブリキ缶が戻っている。

 アマヒコが雪の中で倒れたとき、偶然に手にしたものか、それとも、それを見ていた小松崎航太が与えたものか。

 五年生最後の日、ついに鈴木アマヒコはブリキ缶のふたを開けます。このシーンが、このマンガ、第一のクライマックス。

 彼が願ったのは何か。アマヒコの絶望はあまりに深く、人類の幸せなどは口にできません。彼が願ったのは、世界の滅亡。

 そして、ベタで真っ黒に塗られた見開き二ページ。しかし、世界は滅亡せず、人生はこのあとも続くのです。これはアマヒコと世界にとって良いことか悪いことか。

 10年後、青年・鈴木アマヒコが虹ヶ原に戻ってきたとき、小学生・鈴木アマヒコからブリキ缶をもらいます。ここでまた二つの時間が接しています。

 ここで、小学生側の時間がはっきりしません。小学生・アマヒコが日暮兄からペンダントをもらったあとか、あるいはブリキ缶を開けたあとか。前者なら小学生・アマヒコはブリキ缶を持っていない時期なので、後者ということになりますが、これはわかりにくい。

 ブリキ缶を手に入れた青年・アマヒコは、この後、木村有江と再会し、物語は第二のクライマックスを迎えます。

 そしてこのブリキ缶は、アマヒコが死の瞬間まで持ち続け、小学生・アマヒコに手渡すことになります。


■蝶のペンダント

 蝶のペンダントは、もともとは木村母が持っていたもの。このときは四枚羽の普通の蝶でした。これを木村有江がトンネルの中で拾う。木村母が落としたものでしょう。

 プロローグ2で、トンネルの中から「おーい」と呼ぶ声が聞こえます。これはもちろん木村母が木村有江を呼んでいるのです。木村母は、自分の死体を発見してもらうよりも、有江にペンダントを拾ってもらいたかったのかもしれません。

 木村有江は、このペンダントの半分を日暮兄に与えます。有江が二個に割ったわけじゃなくて、彼女が拾ったとき、すでに蝶は二枚羽の半分ずつになっていたらしい。木村母の意思を感じます。

 日暮兄は鈴木アマヒコにこれを譲ります。これでペンダントは本来の持ち主に届いたわけですが、鈴木アマヒコはトンネル内にこれを捨ててしまいます。困った子やね。だもんで、10年後、木村母のしもべであるところの小松崎航太がペンダントを拾い、荒川マキに託して、虹ヶ原町にやって来た青年・鈴木アマヒコに手渡します。

 偶然などではありません。すべては、ペンダントを鈴木アマヒコに渡そうとする木村母の意思によるものです。ここがブリキ缶と違うところ。

 それぞれ半分ずつの蝶のペンダントを持った鈴木アマヒコ、木村有江の兄妹再会シーンが、第二のクライマックスとなります。

 兄妹が再会して何が起きるのでしょう。小松崎航太は「幸せで平穏な時間の流れに」「人は還る」と予言しますが、これは人類の平和を意味しません。木村母はこのように言います。

「神様は言ったわ。こんな世の中はもううんざりだってね」「だからいずれ」「みんな消えてなくなるわ」

 滅びこそ幸せで平穏。世界は滅亡への道をたどることが暗示されます。木村母は「終わりじゃないわ」「だってそれは永遠だもの」なんて言ってますが、これはやっぱ滅びへの道。

 兄妹が再会することで、トンネルの中の怪物が覚醒し、世界を終わらせるのです。


■小松崎航太のその後

 木村母のしもべとして、鈴木アマヒコを導く大きな役目を終えた小松崎航太は、その後どうなったのでしょう。彼はごほうびを手に入れます。

 暗いトンネルを抜けると、そこには光に満ちた、心穏やかな世界が待っていました。晴れた日、恋人がいて、仕事をサボって、花を買いに行く。

 荒川マキが病院で幻視した、小松崎と荒川が木村有江の見舞いに来る光景。これはホントにあったことなのか、それとも幻想の出来事なのか。病室に花束が残されていたからホントにあったことじゃん、と言いたいところですが、それでもなお、このシーン、わたしは幻想と考えます。

 荒川マキと飲んだ翌日、彼女は「今日から君の彼女」なんて言わなかった。彼は彼女と花なんか買いに行かなかった。彼女と病院に見舞いになんか行かなかった。

 すべては、可能性のひとつ。あったかもしれない世界のありようですが、実際にはそんなことは起こりませんでした。小松崎航太は、荒川マキによってアパートで庇護され、この幸せな夢を見続けます。現実世界が滅びつつあっても、彼の幻想世界だけは穏やか。これが彼に報酬として与えられた安住の地です。


■ラストシーンに救いはあるか

 陰鬱なこの物語中、唯一の救いが、ラストシーン、老人・鈴木アマヒコから小学生・鈴木アマヒコに向けて発せられたこの言葉です。

「たとえ世の中がどんなに不毛だとしても」「強い意志を持ちなさい」「君の人生の行く先は」「君が決めていいんだよ」

 老人はこう言い残して蝶となり昇天します。しかーし、ちょっと待ってくれ。これははたして物語と世界を救う言葉なのでしょうか。

 老人は死んでしまいましたが、残された小学生の自分がこれから進むのはいばらの道です。自分のこれからを知っていながら、死の瞬間に「がんばれ」なんぞとテキトーなことを言って去る、老人=未来の自分。コドモの自分は、これからいーっぱいいやなことに会うんだよっ。そんなこと言われたってなっ。意志で何とかならないから、みんな悩んでるんだよっ。

 この言葉は物語にとって、アンハッピーエンドをかろうじて逆転する一手です。ただし、わたしには余分なエクスキュースにすぎないように思われます。なくってもよかったんじゃないか。オビにまで載せるべき、物語の中心となる言葉とは思えないのです。

 これがなければ、ますます救いのない暗い物語になってしまいますが。


■それでは、まとめてみましょう

 あるところに男女の双子がいました。

 男の子は、いじめにあって小学校屋上から転落。転校した小学校でもいじめにあいました。

 女の子は、実の父親の性的対象になり、近所の中学生から強姦され、さらに同級生からいじめられ、眠り続けることになりました。

 世界は双子を傷つけることしかしませんでした。

 双子の母は女王でした。女王は死んだあとも蝶となって双子を見守っていました。女王のしもべは双子を導きます。

 双子が再会したとき、世界は罪を償わなければなりませんでした。世界はもはや滅ぶしかないのです。


 「虹ヶ原ホログラフ」は、このように救いのない、滅びのおとぎばなし、終焉の神話。と、わたしは考えますが、さていかが。

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Comments

そういえば、荒川が日暮兄に渡した絵はどんなものだったんでしょうね。

あと鈴木が榊先生と会話して勃起してたじゃないですか。
アレって先生にも性欲があったってことですよね?

Posted by: ルヒエル | December 30, 2006 12:56 PM

鈴木アマヒコの勃起シーンは、すべての人間が被害者にも加害者になりうることをあらわしているのじゃないでしょうか。あと、双子の母となる榊先生をアマヒコの母に重ねての、近親相姦の暗喩かもしれない。

Posted by: 漫棚通信 | December 30, 2006 07:58 PM

あと、青年アマヒコが妹と再会してからのアマヒコの行動が何を表しているのかと、何故妹を犯したのかがよくわからないんです。 お母さん...と呟いてから逃げて、蝶になるシーンと妹のまえで膝まついているシーン... 全然わからない! 教えてください

Posted by: ルヒエル | January 03, 2007 07:16 PM

ううーん、双子殺し=母親殺し=自分殺し=世界の破滅、だと思うんですけどねー。

Posted by: 漫棚通信 | January 04, 2007 09:40 PM

まとめお疲れ様です。
非常にタメになりました。
私はこのマンガ読んでも全然理解できませんでしたが。

榊先生も死んでますよね。 手首を切って自殺してます。 一つ目の怪物として小松崎にペンダントの在り処を教えてますけど。
主人公と有江の母親も双子の母で、榊と同じ場所で死んでます。 これって何かの隠喩なんでしょうか?

私は有江と有江の母も同一人物じゃないかと思ったんですけど、ますます解らなくなりました。

Posted by: タタソク | September 30, 2007 08:57 PM

このようなサイトがないか検索してよかったです。
読んで「そうだったのか!!」と納得したところがいっぱいあってとてもスッキリしました。ありがとうございます!!

そしてタタソクさんのコメントを呼んで更に。。。

トンネルで手首切って死んだ女は榊先生だったのか!一つ目の怪物=榊先生だったのか!!
言われてみればそうですよね、、、
双子の母で、その双子ヶ原の伝説に絡んでくるんですね。
有江=有江の母は、確かにそんな感じはしました。

Posted by: ぼー | July 07, 2008 05:18 PM

私も読んで見たけど時間軸が複雑に混ざっているせいか
よくわからなかったりしましたが
ここにきて、納得いくことがたくさんありました

それにしても、不思議な作品でした
まさか、最語の最後で双子であることがわかることに
こんな意味があったなんて気づきませんでした

Posted by: 悠紀 | August 03, 2008 10:45 AM

解説、とてもわかりやすかったです。

色んな人が出てきて、色んなことが起きるけど、すべて繋がっている。木村母が世界を終わらせることのできる、神のような存在なら“双子を傷つけた世界に罪を償わせる”という解釈もよくわかります。

ただ、有江と再会したときのアマヒコの行動が何を意味するのか。何故襲ったのか、何故殴ったのか…謎です。

老人アマヒコの存在から彼がその後も生きていくことがわかりますが、再会してどうしたのか?
有江はどうなったの?

青年アマヒコはこれが最後の登場だったので、そこがわかりません。

母や有江の不思議な力を、彼は最後まで知らないままなのでしょうか。

この記事が書かれてからだいぶ時間が経っていますが、良かったらご意見聞かせてください。

Posted by: まめ♪ | October 18, 2009 03:49 AM

アマヒコが再会した有江を襲うのは、
木村父の、実の娘を性的対象としたり
妻の首をしめたりなどの
異常な性癖?DV?を受け継いでいるのではという、
作者の思いというかメッセージというか・・・
そんな解釈しかできませんでした(´;ω;`)
アマヒコは木村父が自分の実の父親と知っているのでしょうか?
もし知っているのならアマヒコ自身が父親の異常な性癖やDV行為などを自分も受け継いでいるのではと葛藤しているのでは、という意見もあるようです。

Posted by: パックン | April 27, 2011 05:54 PM

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