サザエさん論アンソロジー
1992年に発売された「磯野家の謎」は、その後の謎本ブームのきっかけとなる大ベストセラーとなりましたが、内容も優れたもので、いやおもしろかった。それに、この本で示された「設定の裏読み」は、その後のマンガの読み方に大きな影響を与えたのじゃないかしら。現在でもネットでこういった形でマンガ紹介がされることがけっこうあります。
この1992年は「サザエさん」の作者、長谷川町子が亡くなって国民栄誉賞を授与された年でしたから、サザエさんについてかなり語られた時期でもありました。
サザエさんは1946年に夕刊フクニチで連載開始。1951年から朝日新聞朝刊連載。ラジオドラマになる、映画になる、テレビドラマになる、アニメになる、というメディアミックス。1974年に朝日新聞の連載終了(というより、休載からいつのまにや終了)後は、「サザエさんうちあけ話」(1978年)と「サザエさん旅あるき」(1987年)が描かれただけですが、1979年にはNHK朝の連続ドラマで、田中裕子が長谷川町子を演じた「マー姉ちゃん」が放映されました。
連載中の人気だけじゃなく、その後も読者に愛されたのは、やっぱ、そのころまでどの本屋にもバックナンバーがそろってた姉妹社の単行本のおかげと、1969年からえんえんと続いているTVアニメがあったからこそでありましょう。
こないだ、テレビでぼーっと「ちびまる子ちゃん」と「サザエさん」を連続して見てたんですが(いつもはめったに見ません)、サザエさんがいまだにけっこうおもしろく見られるのに驚きました。
鶴見俊輔・齋藤愼爾編「サザエさんの<昭和>」という本を読みました。サザエさん論のアンソロジーで、1967年の草森紳一から1994年の関川夏央まで(追記:ゴメンナサイ、新藤謙「サザエさんとその時代」は1996年、吉田守男「サザエさんの<社会的関心>」は2005年でした)の14編と、朝日新聞の社説と天声人語。
サザエさんは「国民的漫画」ですから、サザエさんを語ることはすなわち日本の戦後を語ることになります。家族を語り、愛情を語り、ヒューマニズムを語り、女性を語り、戦後民主主義を語る。通常のマンガ論とはそこが大きく違うところです。大上段に振りかぶらないサザエさん論は難しいなあ。
しかも、長くベストセラーを続けてきた作品だから、批判することはきわめて難しい。ですから、草森紳一にしても、「このへんでやめるべきではなかったか」とは書きながら、「『サザエさん』ほど笑わせるマンガはそうざらにはないのだ」と締める文章になってます。
このなかで異彩を放ってるのが、寺山修司「サザエさんの性生活」(1970年)、「サザエさんの老後のために」(1991年)でして、思いっきりひねくれてます。なんせマスオさんは「手淫常習癖」で、タラちゃんの家庭内暴力を予言する文章。のちの「磯野家の謎」や、ネット上のマンガ論、マンガパロディの先駆けであります。
それにしても、このサザエさん論の本、サザエさんの画像引用がただのひとつもありません。ですから、わかりにくいところもいろいろと。この点、1992年の「磯野家の謎」のときとまったく同じです。
かつてサザエさんはディズニー並みに著作権にうるさかった。しかし、ここ10年で、批評のためのマンガ引用は正当であるとの知見が周知されてきたというのに、この腰が引けた姿勢はどんなもんざんしょ。
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