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September 29, 2006

スーパーマンのトリビア

 小学館プロダクションの出してるアメコミの「パーフェクト・ガイド」シリーズも、スパイダーマン、X-メン、バットマンに続いて今年は、「スーパーマン パーフェクト・ガイド」が発売されてます。もちろんすべて映画公開に会わせての発行です。

 ここ数日この本を食卓に広げて読んでたところ(でかい本なので寝っ転がって読めません)、ウチの小学生から質問が。

 スーパーマンの服は誰が作ったの。

 以前に、スパイダーマンはコスチュームを自分でちくちく縫ってた、という話をしてたからこういう質問が出てくるのですが、この本ではこういう問いにも答えてくれます。

 実はスーパーマンのコスチュームは、クラーク・ケントの育ての母親、マーサ・ケントがミシンで縫ってくれたものでした。そしてあのSのマークは、クラークと育ての父親、ジョナサン・ケントが頭をひねって考えたもの。というわけで、あの有名な青赤黄のコスチュームは、ご家庭内でデザインされたものでした。

 さらに、Sのマークにはオリジナルがあって、ネイティブ・アメリカン、イロコイ族のブランケットについていたマークを真似たもの。ケント家の祖先がこのブランケットを手に入れていたのですね。で、ホントはあれはSじゃなくて、蛇の姿だったのです。イロコイ族は蛇を偉大なる医術の象徴として崇拝していたらしい。

 でも、ミシンで縫えるコスチュームが、なんで拳銃の弾をはね返したりできるの。

 さあ、そこだ。この本によりますと、コスチュームの素材にはなんの加工もほどこされておりません。スーパーマンの細胞から目に見えないオーラが発せられ、彼の皮膚だけじゃなくて、コスチュームも守っているのでありました。おお、そうだったのか。

 さすがの彼のオーラもマントには及ばないから、マントはいつも戦いのあとぼろぼろに破れてるでしょ。という説明であります。

 さて、この設定、1986年のジョン・バーンの手によるリニューアルのときになされたものであります。スーパーマンは1938年に誕生しましたが、あまりに長く続いたもので、設定の矛盾がいっぱい出てきました。そこで1986年に一度がっさりと仕切り直し。このパーフェクト・ガイドもその後の設定に従っています。

 以前の設定では、少年時代のスーパーマンは育った田舎の街、スモールヴィルですでにスーパーボーイとして、コスチュームを着て活躍していました。育ての両親が死んだのをきっかけにメトロポリスに出て大学に入学します。新設定では、両親は死んでないし、スーパーボーイの活躍もなかったことになりました。

 というわけで、かつての設定で、スーパーボーイの服を作ったのは誰かというと。

 これがやっぱり、マーサ・ケントだったのですね。

 かつて日本で発行されてた「月刊スーパーマン」1978年1月創刊号によりますと、スーパーマンは生まれてすぐ、ロケットに乗せられクリプトン星から地球に運ばれてきたのですが、赤ん坊のスーパーマンをくるんでいた毛布、これがまあスグレモノ。

 青い毛布はスキで突いてもビクともしない、赤い毛布は弾丸をはね返し、黄色い毛布はダイナマイトでも平気。毛布はあまりに丈夫でハサミで切ることができないので、マーサはこれを糸にほぐして、編み棒でもってスーパーボーイのコスチュームを編んだのでした。糸を切るのはスーパーボーイのヒートビジョンっていう目から出る光線ね。この服、伸縮自在なもので、スーパーボーイからスーパーマンに成長しても、サイズ直しの必要なし!

 スーパーマンの場合も、コスチュームは手編みなのでした。

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September 27, 2006

読書感想文はむずかしい

 このブログを読んでくださってるかたは気づいてるかもしれませんが、わたし、読書感想文がおもいっきり苦手です。

 マンガレビューのまねごとをすることもあるのですが、自分がおもしろいと感じて、そのとおり「おもしろい」と書いてしまったら、あとはどうすりゃいいんでしょ。ああ悩ましい。

 わたしの考える正しい読書感想文とは、

(1)作品のどこがおもしろいのかを分析して
(2)それが自分のどの部分に響いたのかを書き
(3)さらにその作品-読者関係のポイントが自分だけじゃなくて、世間一般にも通じる普遍的なものであることを論考する

ものであります。

 でも毎度毎度、そんなめんどうなことできるわけないじゃないかよー。世間にはこれを軽々とやってのける文章の名人もたくさんいらっしゃるのですが、自分で書くと、たいてい(1)だけとか、(2)だけで終わってしまいます。あるいはそこまでも行き着かなかったり。でも、ひとこと「よかった」だけというのもねえ。

 というわけで、こんな正しい書き方はめったにできませんから、実際のところ何を書いているのかといいますと。

(4)ストーリーの要約
 これは便利。プロでもやってます。というか文庫本の解説のほとんどがこれです。さらにところどころに引用文をいれておくと、すごく字数が稼げます。

(5)絵について
 マンガが対象の場合は絵にも言及しておくことを忘れてはいけません。とはいえ、絵を文章で表現するのには限界があることはみなさん、お互いわかってらっしゃるでしょうから、「うまい」とか「気品がある」とか「あらあらしい」とかいうありふれた形容でも、なま暖かい目で許してあげてください。

(6)作品の構成を語る
 プロットやストーリー、あるいはコマ構成を解剖して作品を語り直す。たまにやりますが、すごく時間がかかるのが難点。作品を評価することとは別のことをしてますから、気分的には楽でおもしろい作業です。ただし、要は作品の深読みをしてるわけで、まったくのマチガイを書いてるかもしれないという覚悟が必要。

(7)著者の過去の作品
 著者略歴でもいいですし、著者がベテランならその作品名を並べるだけでも長い文章になります。著者の過去の作品と比較することで、文章がふくらんでくれる可能もあります。ただ、本気でこまごまと始めると膨大な作家論になってしまうかもしれませんので要注意。

(8)世間の評判を書く
 自分以外のヒトの評価を引用するのは、あまり考えずにすむのでラクです。最後に「わたしもそう思う」と書いておけばいいし。身近な家族、友人の意見を書く手もあります。

(9)限りなく自分に近づけて書く
 感想文を書くと言うよりも、ただただ自分およびその周辺を語る方法。わたしは恥ずかしがりなのでめったにしませんが、これはうまく書きますと感動的な文章になる可能性があります。ただしその逆になる危険性も大なので、上級者向けと心得ておくべきでしょうか。

(10)ウンチクを語る
 べつにウンチクのネタはなんでもよくて、作品内にコーヒーが登場すれば、「ブルーマウンテンといえばジャマイカでいちばん高い山」てなことを書いておきます。わたしがよく使うのがこのスタイル。というか、こればっか。

(11)けなしてしまう
 奥の手がこれです。どんなものでも誉めるのはむずかしくて、ケナすのは楽。人間、誉めるときは一行しか書けなくても、悪口なら長々と書けちゃうものです。ただし、いつもいつもけなしっぱなしというのもアレですので、けなしたいっ、という悪の欲望がめらめらと燃え上がって、どうしても抑えきれなくなったときだけにしておいたほうがよろしいようです。


※今回のエントリは、紙屋研究所のこの記事にインスパイヤされて書いたものです。

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September 24, 2006

切ったり貼ったり「手塚治虫 原画の秘密」

 新潮社とんぼの本シリーズで、手塚プロダクション編「手塚治虫 原画の秘密」という本が発行されました。手塚治虫のマンガ原画を写真撮影したものでして、これがおもしろいったらない。

 手塚治虫の場合、原画が切ったり貼ったり、分解され再編集されるてるのがよくわかります。紙を貼っての描き直しも多く、この本では透過光撮影でもとの絵を見せてくれます。ブラック・ジャックの下にはヒョウタンツギがいたり、ブッダの頭の形がくりかえし描き直されてたり。

 手塚治虫は雑誌掲載のトビラページ原画の人物をまるまる切り抜いて、文庫用トビラページに流用したりもしてます。原画に対する考え方は、以前はみんな素材としか考えてなかったのでしょうが、手塚治虫の場合、また極端ですね。これはもう、切り貼りしたり修正したりするのが、好きで好きでたまらないとしか思えません。

 雑誌原稿の完成までにも、すでにくりかえし修正されてるのですが、その後の単行本発行のときにさらに修正される。彼にとって作品の完成という言葉は存在しないのかもしれません。ただし、手塚ほどの作家が、昔の絵と今の絵というまったくタッチの違うものの混在を許したのは、やっぱ謎ですね。今読めるジャングル大帝は、どう考えても珍妙なものです。

 しかしこの本、貴重なものを見せていただきまして、眼福でございました。ありがたやありがたや。

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September 22, 2006

マンガの中の外国語

 最近続けて映画を二作、「SAYURI」と「頭文字D」をレンタルで借りて見たのですが、「SAYURI」は、祇園のようなそうでないような、不思議な街で英語がとびかうファンタジー。どこやねーん、誰やねーん、とツッコみまくるのもなかなか楽しい映画でした。この世界では、日本人の間ですら英語でしゃべっていますから、当然ながら、アメリカ軍人と日本人芸者さんはフツーに英語で意思の疎通が可能です。

 「頭文字D」のほうは、日本を舞台にした香港映画。群馬県人が全員広東語でしゃべりまくるという作品です。舞台はまちがいなく日本ですので、これはこれでかなりシュールな光景でしたね。

 二作とも映画のウソなわけでして、映画の中では、たとえ古代中国人であっても英語や日本語をしゃべってもOKということになっています。演劇でも同じことですが、演劇よりも背景や小道具がリアルなぶん、映画のほうが違和感が強くなるのかもしれません。

 マンガではどうでしょうか。

 ベルばらみたいに登場人物がフランス人ばっかりであるならばともかく、作品内で複数の言語が混在するときどうすればいいのでしょう。そんなとき、マンガでどんなくふうがあったか。

(1)デタラメを書く
 無意味なことばをしゃべらせる。ただし、宇宙人がしゃべってるのならともかく、これで外国語と思わせるのは今ではムリでしょう。この方法ではセリフの内容が不明ですから、かつては「ハチニンコ」「ウヨハオ」なんて、日本語を逆に書くやり方がありましたね。最近見ないなあ。

(2)カタカナでしゃべらせる
 これはけっこうメジャー。たとえばアメリカ人が「ナントイウコトダ」なんて、カタカナでしゃべれっていればこれは英語でしゃべっているのだ、ということになっています。でもたとえば、「オー、ワタシワカリマセーン」てなぐあいにつたなくしゃべらせると、これは「日本語のあまりうまくないアメリカ人が日本語をしゃべっている」表現でありまして、このあたりが微妙。

(3)横書きにする
 日本マンガのフキダシ内はたいてい縦書きなので、横書きにすればこれはもう、読者としては外国語だな、と予測するわけです。今の日本人マンガ読者なら、これくらいはわかってね、という作者からのメッセージがこめられているのですが、マンガ表現としてはあまり親切とは言えませんね。

(4)フキダシの形を変える
 最近でも山下和美「天才柳沢教授の生活」でやってました。日本語は普通のフキダシ、英語は二重枠のフキダシで表現されます。何の説明もありませんが、読者のほうがきっとそうだろうと考えてくれます。これも読者の読解力に期待した方法。

(5)その国のことばで書く その1
 もう英語やらフランス語やら、そのままのセリフをそのまま書いちゃうわけです。たいていカタカナで。アメリカ人が「グッドモーニング」と言ってるなら、そのとおり英語でしゃべっているのですからまちがいようがありません。さらに進歩すれば↓

(6)その国のことばで書く その2
 英語やフランス語なら、カタカナじゃなくてアルファベットでセリフを書いちゃう。ただしひとことふたことならともかく、長文をしゃべらせるならば、完全にバイリンガル向けの作品となります。先例がないわけではありません。昭和初期に描かれ、アメリカで販売されたヘンリー木山義喬「漫画四人書生」は、このスタイルでした。かなり読者を選ぶ作品になってしまいます。

 さらに、韓国語ならハングル、中国語なら簡体字、ロシア語ならロシア文字でセリフを書いちゃう。最近この方法ときどき見かけるようになりました。さすがにここまでやると、セリフの内容は欄外にでも書いてくんなきゃわかりません。

(7)言語のちがいはなかったことにする
 ウルトラCのようですが、最も多いのがこれじゃないでしょうか。日本人は日本語でしゃべってるはず。アメリカ人は英語でしゃべってるはず。だけど、そんなことは無視してシームレス。登場人物はフツーに意思の疎通がとれてしまう。その作品世界では、言語のちがいはあるようでなかったことにしてしまうやり方です。「沈黙の艦隊」も「PLUTO」もこのスタイル。最近の代表作というなら、「デスノート」ですか。

 エルは日本人かもしれないから日本語でしゃべってるとしても、ニアやメロは日本人じゃないでしょ。連中とライトはいったい何語でしゃべってるのでしょうか。英語だとして、そうすると、ライトのまわりの刑事たちもみんな、そうとうに語学に堪能な人材がそろってることになります。松田ってそんなに優秀なやつだったのかっ? 日本語だとすると、ニアの周辺の部下も日本語ぺらぺら。のはず。このあたりあいまいにされてます。映画のウソに最も近い方法であると言えますね。


 『マンガの中の外国語:「のだめカンタービレ」の場合』に続きます。

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September 19, 2006

佐川美代太郎のことを話そう

 かつて初めて中島敦の小説「李陵」を読んだときのわたしの感想は、なーんだ、佐川美代太郎のほうがスゴイじゃん、というものでした。

 わたしの持ってる中島敦の本は、講談社文庫の「山月記・弟子・李陵ほか三編」というやつで、1973年の発行です。今、引っ張り出してきましたが、あんまりくりかえし読んだ気配がありません。おそらく、読んだのは一回きり。

 中島敦「李陵」は、匈奴に投降した漢の武将・李陵の生涯を描いた短編で、李陵に対する人物として、李陵を弁護して宦官になる刑を受けた司馬遷と、匈奴に捕らえられても屈しなかった蘇武が配されています。中島敦の作品の中でも、名作として有名ですね。でも、わたしはこれより先に、李陵を主人公とするマンガ、佐川美代太郎「望郷の舞」をすでにくりかえし読んでいました。しかも、これがまたオールタイムベストワンと思えるほどの傑作でありました。

 佐川美代太郎「望郷の舞」は、1969年「週刊漫画サンデー」に連載されたあと、1972年に翠楊社から出版されました。B5版ハードカバーモノクロ218ページ、当時でも2000円。わたしがなんでまたこの本を手に入れたのか、今ではまったく記憶にありませんが、この本を読んでからしばらくは興奮して周囲の人間にしつこく読め読めとすすめてたことはしっかり覚えています。

 「望郷の舞」の主人公、李陵は漢の武将。匈奴と戦うのに騎馬を使わず、歩兵だけで立ち向かうという無謀なことをしてしまいます。結果、五千の軍は全滅、幕僚の韓延年も戦死。李陵以下七人は匈奴に投降。以後、彼らは悩みながら一生を送ることになります。

 中島敦「李陵」と大きく違うところは、李陵以外のキャラクターの多彩さです。一緒に投降した李家の老臣、赫光(カクコウ)。死んだ韓延年の家来、樸偉(ボクイ)。匈奴の将軍、邪母陳(ジャボチン)らが生き生きと描写される。なかでも下級兵士、愚好(グコウ)はその名のとおり、ちょっとぼーっとした男として描かれますが、気は優しくて力持ち。興安嶺の東の国、東胡まで流れて行き、のちに「片足の王(ワン)」と異名をとる魅力的な登場人物です。

 これらの人物が、古代モンゴル草原を駆けめぐる物語。

 佐川美代太郎の絵は、古典的おとなマンガの絵です。等身は小さく、顔は大きくデフォルメされ、写実には遠い。

 ただこの作品では、線はあえて荒々しく描かれ、ベタはいっさい使用されず、すべて斜線、カケアミで濃淡が表現されます。おそらくアシスタントもいないでしょうから、どれだけ手間がかかっているか。

 セリフはカギカッコで囲まれフキダシはありません。擬音もありません。そのかわり、コマのなかに地の文があって状況説明がされます。文字はすべて手書き。動線や殴られたときの☆などの古典的漫符は存在します。

 1ページを縦4段に分ける古典的コマワリが数ページ続いたあと、1ページあるいは見開き2ページを使用した大ゴマがどーんと描かれ、これが繰り返されるパターンでお話が語られます。

 で、なんといってもこの絵がむちゃくちゃうまいのです。絵を見せるために物語があり、物語のためにうまい絵が存在する。

 おそらく佐川美代太郎の絵を知らないひとのほうが多いと思いますので、少し見てもらいましょう。

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 さあどうだ。こういう絵を前にすると、文章で絵を説明することに意味があるのか、という感じですな。

 (1)のように馬がデザイン的に処理されてるのは、全編を通してのことです。(4)の人物もそうですが、絵のうまさってのはつくづく写実とは別のものですね。

 (3)は李陵を含め、匈奴に投降した男たちが望郷の念を込めてモンゴルの草原で歌い踊るシーン。中島敦「李陵」では蘇武との別れの宴で李陵ひとりが踊りましたが、これを戸外の大人数、しかも儀式としての舞としたことで、「望郷の舞」というタイトルにふさわしい名シーンになりました。

 (2)の虎狩りのシーンなどでは、カットバックも使用され、コマ構成は従来のおとなマンガより一歩踏み出しています。登場人物は斬られれば死にます。そして、傷口から黒澤の椿三十郎のごとく血が吹き出る描写もいっぱいあって、これも従来のおとなマンガにない表現でした。

 このマンガに笑いの要素は、まったくないとは言いませんが、きわめて少ない。感動させることを目的に物語を語るマンガです。しかし、そのためにはそれまでのおとなマンガとはまったく別のことをしなければならない。1960年代末にお手本になるのは「劇画」でした。

 この本のオビにある推薦文にも劇画ということばが出てきて、みんな意識しています。

小島功「これは、男の世界を描いた新しいタイプの漫画であり、従来の劇画やマンガを超越した作品です」

手塚治虫「今の劇画に充分対抗できる、これこそ大人のための大河漫画です」

 劇画と違うタイプの絵で物語を語るマンガ、というくくりで言うと、モンキー・パンチ、棚下照生もそうかもしれませんが、佐川美代太郎とは方向性がかなり違います。佐川美代太郎は、一枚絵の完成度に強くこだわりました。これはおとなマンガの伝統の上に描かれたマンガだからでしょう。こういうタイプのマンガは、日本ではまさに空前でした。ただし世界に目を向ければ、絵を重要視するバンド・デシネには似たものがあるでしょう。


 佐川美代太郎は1923年生まれ。日経新聞に「ホイキタ君」(のち「へいきの平ちゃん」、1956年~1964年)などのナンセンスマンガを連載したのち、40歳を越えてから東洋大学大学院の聴講生となり、また絵画研究所でクロッキーを勉強し直します。

 1968年の夏、軽井沢にこもって描き上げた作品が、「汗血のシルクロード」でした。

 漢の武帝の命による西域への第一回大苑征伐を描いたものですが、この遠征は名馬=汗血馬を手に入れることが目的でした。主人公はインテリの若者、楊徳(ヨウトク)。彼が下級兵士としてこの遠征に参加するお話です。さんざんな負け戦となり、仲間の下級兵士が次々と倒れていきます。

 「望郷の舞」の前作となる「汗血のシルクロード」も、スタイルとしては「望郷の舞」とほぼ同じ。ただ人物が「望郷の舞」よりマンガっぽく描かれていて、等身も小さめです。「汗血のシルクロード」から「望郷の舞」を続けて読めば、人物の等身は大きくなり、ナンセンスマンガの絵から独自の絵へどんどん完成されていくのがよくわかります。

 この作品は「週刊漫画サンデー」に連載されたのち、1970年に高樹書房/こぐま社から単行本化されました。B5版ハードカバーモノクロ96ページ、800円。

 わたし自身がこの作品を読んだのはかなり後年になってから。大苑征伐は史実では二回行われていますが、著者の当初の構想でも第一回遠征と第二回遠征の二部構成になるはずだったそうです。それを、冗長に流れるのをきらって短くまとめたと。そのせいか、ヒロインの扱いなどがややもの足りなく、絵以外の部分でも「望郷の舞」ほどの完成度に欠けます。

 てなこと書くのは、わたしが「望郷の舞」を先に読んだから。「望郷の舞」でさらに進化していると言うべきですね。


 2002年に発行された「夏目&呉の復活!大人まんが」というアンソロジーには、「もう一つの劇画」と題して、佐川美代太郎「冒頓単于(ボクトツゼンウ)」という16ページの短編が収録されました。「漫画読本」1969年8月号掲載。

 冒頓単于と漢の高祖の戦いを描いた作品ですが、物語を語るというより、絵を見せるタイプの作品になっていました。絵は「望郷の舞」よりさらに洗練に向かっています。人物の等身はさらに大きく、大ゴマが多用され、すでに新聞連載ナンセンスマンガの面影はほとんどありません。

 佐川美代太郎に対する夏目房之介の評価。

戦後の子供マンガから発達した青年マンガや劇画は 主観的つーか圧倒的な感情移入の画面で物語をつくり 大人まんがもまたいくつかの挑戦を残した 佐川美代太郎もその一人 洗練されていながら荒々しい描線は… もうひとつの大人「劇画」への可能性を感じさせます

 呉智英の評価。

 日本の現代マンガは、手塚治虫が、マンガの絵は絵文字のような一種の表現記号だと言ったことに象徴されるように、絵自体の美しさはさほど追求しない。それよりも、コマからコマへの流れ、物語の構成に重きが置かれる。これが成功し、一九六〇年代後半から、ストーリーマンガ・劇画が繁栄するようになった。
 しかし、必ずしもこの系統に属するわけではないナンセンスマンガを描く人も、当時たくさんいた。こうしたマンガ家も、自分たちの絵で劇画を描こうと試みた。絵そのもの美しさ、コマの構成のおもしろさ、その中に物語を織り込もうとした。
 そのうち一人、というより、全マンガ界で事実上たった一人、そうした大胆な冒険をしたのが佐川美代太郎である。

 発表当時の評価がどうだったかはあまり知らないのですが、峯島正行「ナンセンスに賭ける」によりますと、「汗血のシルクロード」が雑誌に掲載されたとき、

これが誌上に出ると、一種のセンセーションを巻き起こした。読者の反響も大きかったが、漫画界の人たちも驚愕し、多くの先輩漫画家から激賞された。

とあります。しかし、その後佐川美代太郎は、このタイプのマンガを描き続けることはありませんでした。カケアミに徹し、かつ絵の完成度にこだわっていては量産できません。そして雑誌連載の娯楽作品として、あまりに重厚にすぎる作風であったことは確かでしょう。


 「汗血のシルクロード」「望郷の舞」の二作を残して、1973年、佐川美代太郎は京都精華大学(当時は短大)美術学部デザイン科漫画コースの教授に就任しました。マンガ家としては一線を退いた形になります。

 峯島正行の前掲書によると、大学教授としての佐川美代太郎は、「独裁者として、学生にウムをいわせず、気ちがいのように、デッサンとスケッチをやらせ」るという、そうとうにコワい先生だったようです。

 さらに自分は仏教大学文学部仏教学科の三年生に入学。二年で卒業したのち、さらに仏教大学国文学科に再入学、三年間かけて卒業しました。後年、仏教マンガで日本漫画家協会賞を受賞しています。

 以後の佐川美代太郎の作品を、子ども向け絵本で見てみました。1977年の「しろいらくだ」は中央アジアのお話で、「望郷の舞」のタッチが残っていますが、1986年「ぽつんこかっぱ」になると、絵の具を大胆に塗った上から針でひっかいて輪郭線を描いたもので童画ふう。1992年「さけのおおすけ」では、馬場のぼるのような古典的子どもマンガタッチに回帰しています。


 絵のうまさと物語性を両立させた佐川美代太郎のマンガは、残念ながら、日本では十分な評価を受けたとは言えません。むしろ多くのおとなマンガがそうであるように、現在では忘れられているかもしれない。しかし「望郷の舞」はまちがいなく、日本マンガが到達した傑作のひとつと考えます。できれば多くのひとに読んでもらいたいものです。


【付記】「汗血のシルクロード」や「望郷の舞」は現在でも古書としてときどき見かけますし、比較的安価です。また佐川美代太郎作品はマンガながら図書館にけっこうはいってます。たとえば「東京都の図書館横断検索」で調べると、「汗血のシルクロード」は6館で、「望郷の舞」も6館で所蔵してることがわかります。お近くの図書館にないときも、公立図書館同士の貸し出しサービスを利用すれば、読むことだけは可能です。

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September 17, 2006

ふたりでマンガ夜話やってます「あしたのジョーの方程式」

 島本和彦/ササキバラ・ゴウ「あしたのジョーの方程式」読みました。

 全190ページ、ひたすら「あしたのジョー」について「だけ」、島本和彦とササキバラ・ゴウが語りつくすという本でして、いや、ほんとひっさしぶりにマンガ夜話を見た気分。楽しい楽しい。

 あしたのジョーの謎と言えば、

(1)ラストシーン、真っ白になったジョーはどうなったか。

がまず出てきますが、わたしにとっては、

(2)なぜ、ジョーは葉子にグラブを渡したのか。

 こっちもよくわかんなかった。愛の告白? にしても何だかなあ。

 さらにこの本で検証される大きな謎が、

(3)なぜ、少年マンガなのに、ジョーは力石・カーロス・ホセに負けたままなのか。

であります。言われてみるまで気づかなかったけど、確かに少年マンガとして異例の展開です。実際に勝ったり負けたりのスポーツマンガを描いている、島本和彦ならではの疑問であり、設問設定です。著者自身が、編集者に「もっとライバルを出せよ。力石みたいな奴」と言われても、力石がマンガの登場人物としていかに特殊であるかを、身をもって知っているからこそ書けた本でありましょう。

 この本では、これらの謎や、(4)ジョーにとって『あした』とは何か、という大問題を、快刀乱麻を断つがごとく解き明かしてくれます。連載終了後、33年目にして。ずーっと頭の片隅で考え続けていたのですね。

 なんといっても、わたしにとって衝撃だったのは、(2)に対する回答でして、おおっ、そうなのか。葉子は腹の底では、ホセとの試合を望んでいたのかっ。葉子も、ジョー、力石、カーロスらと同じ、壊れた連中の一味だったのかっ。この解釈には驚いた。全「あしたのジョー」読者、必読。

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September 15, 2006

トシのせいかしら

 世評の高い作品に対して、自分の評価がズレることが多くなってきました。もちろんそういうのは以前からあったのですが、最近、その原因がトシのせいなのかなあ、なんてね。昔よりアタマが固くなってきてるのはマチガイナイところ。もう先端のものはよくわかりませんです。

 というわけで、以下は単なるつぶやき。


■羽海野チカ:ハチミツとクローバー:10巻で完結しました。
卒業シーズンで別れの季節→別れない→卒業シーズンで別れの季節→別れない→卒業シーズンで別れの季節→別れない、とえんえんと繰り返したあげく、卒業シーズンで別れの季節→やっと別れた。同じところをぐるぐると。スミマセン、もともと恋愛モノあきまへんのだす。

■若杉公徳:デトロイト・メタル・シティ:1巻
それなりにおもしろいのですが、なんでこんなに売れてんの? このバンド、コミックバンドなのかしらんと感じるところが、もうトシやね。

■哲弘:椿ナイトクラブ:1巻
少女戦士バトル、ショタ風味。これは笑った。

■倉島圭:24のひとみ:1巻
久米田康治風味。ウソつきというワンパターンで、つっぱりとおすか、飽きられるか。

■古屋実:わにとかげぎす:1巻
前作に比べて悪意が抑えぎみ。なのがちょっと不満。今後のさらなる悪意に期待。

■入江亜季:群青学舎:1巻
第1話「異界の窓」の遠景、パースが思いっきり狂ってます。そこだけじゃなくて、全体に透視図がアマイところも70年代少女マンガふう。

■萩尾ノブト/原田 重光:ユリア100式:1巻
わたしにとって、寸止めはエロじゃないので。

■植芝理一:謎の彼女X:1巻
吾妻ひでお風味。これはいい。別に女の子の唾液が好きなわけではないですが。

■神仙寺瑛:動物のおしゃべり:1巻
ウチの同居人に大ウケ。

■村上もとか:龍-RON-:42巻で完結しました。
完結まで15年、大長編でしたね。ただわたし、各国がねらう秘宝=放射性物質が登場してから、どうものれなくて。このマンガにマクガフィンは必要なかったんじゃないかしら。

■武富健治:鈴木先生:1巻
登場人物が給食ごときで真剣に悩んでる、などとあちこちで評判ですが、わたしにはこの作品、フツーに、まじめに、リアルを描いてるだけに見えます。中学校教師と生徒ってこんなものですよ。著者にはあまりたくらみはなくて、天然だと思うんだけどなー。

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September 13, 2006

「刺繍」とは何でしょか

 昨年発売されたマルジャン・サトラピ「ペルセポリス」1・2巻は、戦争下そして宗教圧力の強い社会で生きるイラン人女性の自伝的マンガで、それはまあ考えさせる、かつ感動の作品であったわけですが、今回、彼女の別の作品が翻訳されています。「刺繍 イラン人女性が語る恋愛と結婚」(原著は2003年)であります。

 前作の14年にわたる暗く重い展開と違いまして、「刺繍」では9人のイラン人女性がお茶をしてるだけ。彼女たちの多くは親戚で、ふたりだけご近所の女性がまじってるのかな、年齢も経歴もバラバラ。ただし、イランではインテリで金銭的に余裕のある階層に属します。

 家庭での女性だけのおしゃべり。テーマはタイトルにあるとおり、恋愛と結婚(とセックス)。自分や知り合いのセックスと結婚を、セキララと言いますか、ホンネで語ってみんなで大笑い。「初夜に処女を装う話」「56歳上の男性と結婚する話」「好きな男と結婚するためのオマジナイの話」「美容形成の話」などなど。

 んで、タイトルの「刺繍」でありますが、イランではやってる女性の趣味か、伝統工芸かと思うでしょ。ところがこれは、かつては日本にもありましたな、「○○膜を縫いなおす手術」のことであります。おーい。これがタイトルかよ。わたしゃ腰がくだけました。

 イランではけっこう普及してて、全面刺繍と部分刺繍があるらしい。ホントかっ。

 基本的にお気楽な展開ですから、絵もゆるい。コマの枠は描かれず、背景もほとんどなし。人物とフキダシだけが宙に浮いてるページがほとんど。前作と違って楽しく読めるのでありました。

 ただし、わたし、日本人男性高年齢オタク読者として、こういうお話はちょっとひっかかるところがありまくりなのですが、これはわたしが男のせいなのか、イラン-日本の距離のせいなのか。この作品、国籍を越えて女性にとって普遍的なものかどうか、よくわかんなくなって、同居人に聞いてみますと、少なくとも彼女はじゅうぶん共感できるぞと。

 じゃあ、これはどうだ、日本人女性のホンネ(多くはオシャレ系諸問題について)を語った、岡崎京子「女のケモノ道」。これをイラン人女性に読ませたとすると、共感を得られるのかどうか。同居人はこれもOKなんじゃないかと。

 うーむ、もしかすると、男と女の間に流れる河の幅は、国籍のそれより大きいのかもしんない。

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September 11, 2006

安野モヨコ「よみよま」

 太田出版から、「スーパーバイザー松尾スズキ」と記された「hon・nin 本人 vol. 00」という雑誌(マンガ誌じゃありません)が発売されてまして、これを立ち読みしてました。と、この巻頭に、安野モヨコ「よみよま 黄泉夜間」という8ページの短編マンガが掲載されておりました。

 不覚にも、書店の店頭で目頭が熱くなってしまった。

 主人公は、安野モヨコの分身と思われるマンガ家。「あたしは1人の女の子を養っている」というモノローグで始まります。

 この少女は、主人公の幼なじみで親友で、今は心の病で病院に入院しているけど、20歳までに傑作マンガをたくさん描いたらしい。

 主人公は、彼女が復活するのを祈りながらマンガを描く。

「早く早く描かないと」「遠くで眠る本当の天才が目覚める前に」「描かないと」

 主人公の耳に聞こえるのは、「こんなものを読まされるのはもう沢山だ」「つまんねーから早く終わってくれ」などという読者の声。それでも主人公はマンガを描き続けます。

 どうしても思い浮かぶのは、岡崎京子のことです。これはわたしの的外れな連想なのかもしれません。この作品はまったく別のものを語っているのかもしれない。それでもわたしにはこれ以外に考えられなくなってしまいました。

 こういうのをツボにはまると言うのかな。泣けた。

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September 10, 2006

サザエさん論アンソロジー

 1992年に発売された「磯野家の謎」は、その後の謎本ブームのきっかけとなる大ベストセラーとなりましたが、内容も優れたもので、いやおもしろかった。それに、この本で示された「設定の裏読み」は、その後のマンガの読み方に大きな影響を与えたのじゃないかしら。現在でもネットでこういった形でマンガ紹介がされることがけっこうあります。

 この1992年は「サザエさん」の作者、長谷川町子が亡くなって国民栄誉賞を授与された年でしたから、サザエさんについてかなり語られた時期でもありました。

 サザエさんは1946年に夕刊フクニチで連載開始。1951年から朝日新聞朝刊連載。ラジオドラマになる、映画になる、テレビドラマになる、アニメになる、というメディアミックス。1974年に朝日新聞の連載終了(というより、休載からいつのまにや終了)後は、「サザエさんうちあけ話」(1978年)と「サザエさん旅あるき」(1987年)が描かれただけですが、1979年にはNHK朝の連続ドラマで、田中裕子が長谷川町子を演じた「マー姉ちゃん」が放映されました。

 連載中の人気だけじゃなく、その後も読者に愛されたのは、やっぱ、そのころまでどの本屋にもバックナンバーがそろってた姉妹社の単行本のおかげと、1969年からえんえんと続いているTVアニメがあったからこそでありましょう。

 こないだ、テレビでぼーっと「ちびまる子ちゃん」と「サザエさん」を連続して見てたんですが(いつもはめったに見ません)、サザエさんがいまだにけっこうおもしろく見られるのに驚きました。

 鶴見俊輔・齋藤愼爾編「サザエさんの<昭和>」という本を読みました。サザエさん論のアンソロジーで、1967年の草森紳一から1994年の関川夏央まで(追記:ゴメンナサイ、新藤謙「サザエさんとその時代」は1996年、吉田守男「サザエさんの<社会的関心>」は2005年でした)の14編と、朝日新聞の社説と天声人語。

 サザエさんは「国民的漫画」ですから、サザエさんを語ることはすなわち日本の戦後を語ることになります。家族を語り、愛情を語り、ヒューマニズムを語り、女性を語り、戦後民主主義を語る。通常のマンガ論とはそこが大きく違うところです。大上段に振りかぶらないサザエさん論は難しいなあ。

 しかも、長くベストセラーを続けてきた作品だから、批判することはきわめて難しい。ですから、草森紳一にしても、「このへんでやめるべきではなかったか」とは書きながら、「『サザエさん』ほど笑わせるマンガはそうざらにはないのだ」と締める文章になってます。

 このなかで異彩を放ってるのが、寺山修司「サザエさんの性生活」(1970年)、「サザエさんの老後のために」(1991年)でして、思いっきりひねくれてます。なんせマスオさんは「手淫常習癖」で、タラちゃんの家庭内暴力を予言する文章。のちの「磯野家の謎」や、ネット上のマンガ論、マンガパロディの先駆けであります。

 それにしても、このサザエさん論の本、サザエさんの画像引用がただのひとつもありません。ですから、わかりにくいところもいろいろと。この点、1992年の「磯野家の謎」のときとまったく同じです。

 かつてサザエさんはディズニー並みに著作権にうるさかった。しかし、ここ10年で、批評のためのマンガ引用は正当であるとの知見が周知されてきたというのに、この腰が引けた姿勢はどんなもんざんしょ。

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September 09, 2006

右上にありますのは

 とんがりやまさんとこで教えてもらった、Official Seal Generatorで作ったシールです。かんたんになかなかのモノができてうれしい。

 あとタイトル下のは、クレージー・キャッツの「五万節」ですが、いくらなんでも5万冊は持ってません。

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September 07, 2006

おとなマンガはどこへ行くのか

 竹熊健太郎/相原コージ「サルまん 21世紀愛蔵版」を読んでいて、現在いちばんわかりにくいだろうなと思った箇所は、仮想敵として風刺マンガをパロった部分。横山泰三ふうに顔に字で「庶民」とか描いてあるやつね、それが例にあげられているのですが、横山泰三が朝日新聞に「社会戯評」を描いていたのは1992年まで。今の読者には、原典がもうわかんないんじゃないかしら。

 かつて雑誌「COM」1968年10月号に、峠あかねこと真崎守が「峯島正之氏への公開書簡 劇画ブームは斬れたか」という文章を寄せたことがありました。「中央公論」1968年8月号に掲載された、峯島正之「劇画ブームを斬る」という文章に対する反論です。

 峠あかね=真崎守は、虫プロのアニメーションディレクターであり、マンガ家であり、マンガ評論も手がけ、「COM」のマンガスクールの評者。この時期のマンガ家志望少年たちにとって指導者的立場の人物でした。彼は当時から、マンガの未来はコマ構成にあり、と先進的な考えを表明していました。

 いっぽうの峯島正之は、1959年から1970年まで「週刊漫画サンデー」編集長。漫画サンデーはおとなマンガの老舗でしたし、峯島正之もガチガチのおとなマンガ主義者でした。峠あかねの文章を受けて、「COM」1968年11月号に、峯島正之「峠あかね氏への再反論 漫画とはなにか」という文章が掲載されました。

 わたしは、中央公論の峯島正之の文章を読んでいないのですが、峠あかねによる反論は、こどもマンガ・劇画・おとなマンガをすべてひっくるめて「漫画」として論じ、峯島の基礎的知識に誤りがあることを指摘、そして「味方」のはずの峯島からの攻撃に不満をもらすものでした。

 これに対して峯島正之の再反論は、「漫画」をどうとらえるかの入り口ですでに考えが違う。

 峯島正之の考える「漫画」とは、「文学性と絵画性とを兼ねそなえたマスコミ芸術」であり、「笑いを通して、人間の真相に迫る」ものです。コマわりの絵を使用して物語を展開する劇画と、彼の考える「漫画」は、まったく別のものとされます。

 「劇画と漫画とを同日に論じたり、比較対象したり(ママ)、同じはかりにのせてはかることは、例えばテレビドラマと小説とを比べ論ずることと、或いは講談と詩とを比較するのと同じように、ナンセンスなこと」であると。「もし峠さんという方が劇画のファンであり、研究者であり、理論家であられるならば、漫画などには、関係なく劇画の発展に努力されればいいのだと存じます」

 ようは、おとなマンガはその他と違って高尚な別ものなんだから、いっしょに語るんじゃねえよ、と。峠あかねのほうは、すべてひっくるめて「漫画」であり峯島正之もマンガの味方のひとりと考えていたのに、峯島はマンガの多様な可能性などにまったく興味がなく、全然味方じゃなかったわけです。

 というわけで、すれちがいのまま、議論は深まることはありませんでした。マンガの枠がどんどん大きくなるいっぽうで、狭いおとなマンガ村がありました。

 峯島正之は後年、「ナンセンスに賭ける」(1992年青蛙房)という著書のなかでは、

こんにちでは、「漫画」とひと口にいっても、いわゆる旧来のナンセンス漫画、ストーリー漫画、劇画、少年少女漫画等々さまざまな形態のものになっている。

と、さすがにトーンが下がってますが、基本的には考えを変えてはいないようです。この本は、おとなマンガ家、サトウサンペイ・鈴木義司・小島功・富永一朗・馬場のぼる・佐川美代太郎・園山俊二・福地泡介・東海林さだお・砂川しげひさ・秋竜山らの評伝で、たいへんおもしろく役に立つ本なのですが、たとえば馬場のぼるをほめるために手塚治虫を引き合いに出して、

その漫画がもたらす笑いの底から浮かび上がって来るのは、えもいわれぬ、甘い懐かしい情感と人間性の奥底にある何者かへの熱い共感なのである。そういうものは、手塚がいかに知的な構想のもとに壮大な物語を、あの固い線描で描いたところで、絶対に表せないものなのである。そして、究極的に人びとの心をとらえ、愛されるのは、知性と論理で築いた手塚の巨大な作品群より、馬場のほんわかした小さな叙情的な漫画の方かも知れないのである。

とまあ書くわけです。いや、馬場のぼるがすばらしいのはわかるんですけどね。

 峯島正之は、あの、おとなマンガの絵で描かれた劇画とも言える傑作、佐川美代太郎「汗血のシルクロード」「望郷の舞」を世に出した優れた編集者なのに、あるジャンルを愛するあまりに、少しかたよった考えを持っているようです。わたし自身はおとなマンガも大好きで、現在のあまりに無視されている状況が不満なのですが、ここまでのかたくなな態度にはちょっと辟易してしまいますね。

 さて、辻惟雄「日本美術の歴史」(2005年東京大学出版局)という、教科書として使われることを前提として書かれた日本美術通史があります。この本で、おそらく初めて、マンガとアニメが美術として取り上げられました。

 ここで辻惟雄はマンガを、「大衆性と密着した戯画とその同類、とくに物語をともなうもの」と定義しました。物語性を打ち出すことで、従来のおとなマンガは無視されているともいえます。

 この本ではマンガは、「鳥獣戯画」などを始祖として「鳥羽絵」を経て、明治にビゴー、ワーグマンらの影響で近代マンガの成立、というかなり古典的考え方の記述になってます。これが正しいかどうかは別にして、美術本流がマンガを無視できなくなった理由は、なんといっても商業的な成功に加えて、外国から日本文化「MANGA」が認知されたからでしょう。

 浮世絵と同じように、日本の大衆文化を美術として発見するのは、まず外国人なんですねえ。

 この教科書で紹介されるMANGA作家は、手塚治虫、白土三平、つげ義春、大友克洋、萩尾望都です。「漫画」から「MANGA」へ変身するとき、おとなマンガはこぼれていってしまいました。でも、マンガの多様性を支えるいちジャンルとして、ぜひとも生き残ってほしいのです、なんとか。

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September 05, 2006

ロボット三等兵が読みたい

 前谷惟光の描くロボットはいかにもブリキ製。ありゃ何のエネルギーで動いてるんでしょうね。原子力のはずはないし、蒸気にしてはコンパクト。もしかしてゼンマイ? そんなはずはなくて、ちゃんと内部に真空管持ってますし、頭にアンテナがついていて電波を受信できるみたいですので、電気方面のハイテクでしょうか。

 ロボットとトッピ博士は息の長いコンビで、1960年代末ごろまであちこちの月刊誌で見かけてました。登場人物もトニー谷やらローレルとハーディやらのいつものメンバー。秋本治「こち亀」に前谷ロボットにオマージュをこめたロボットが登場したこともありましたね。

 そのなかでも「ロボット三等兵」は前谷惟光の代表作です。お国のために何とか役立ちたいロボットが、陸軍に入隊して三等兵になるお話。

 1952年から描き始められ、貸本単行本として寿書房から1955年から1957年にかけて出版。その後「少年クラブ」1958年6月号から1962年12月号まで連載。雑誌連載のきっかけは、ある少年読者の推薦によるものだったそうです。

 1963年講談社から全六巻の単行本が発売。少年クラブは1962年12月号が休刊号ですから、少年クラブ末期を飾った人気連載でした。少年クラブの最後のころの連載作品といえば、山根赤鬼「よたろうくん」(のち「ぼくら」に移籍)とか手塚治虫「ふしぎな少年」ですね。

 ロボット三等兵がのらくろと大きく異なるのは、彼が所属するのが日本陸軍であるところです。前谷惟光は北中国戦線からビルマ戦線にまわされ、まさに死線をさまよった経験の持ち主。登場人物が怒ってどなります。

「こんな作戦をたてたのはどこのどいつだ」

 これは著者自身の叫びでしょう。

 この作品、学習マンガの側面もありまして、実は戦史のお勉強にもなる。ハッキリ言いまして、わたし、まずこのマンガで第二次大戦史の基本的知識を得ましたね。かつてマンガにはこういう効能もあったわけです。銀輪部隊と呼ばれてマレー半島を走った日本の自転車部隊なんて、このマンガで初めて知りました。

 水木しげるの戦記物でもなく、「0戦はやと」「紫電改のタカ」などの戦記物でもない、戦記マンガ。ロボット三等兵を忘れちゃいけません。

 わたしは、ロボット三等兵が好きで好きでたまらない。

「すごいのがきたね」「ちょいとこんなもんです」「おこりだしたよ」「そうおこるなよ」

など、のんびりしたツッコミ。国境線を30センチとったとらないで始まる戦争のばかばかしさ。悲惨な戦争も笑い飛ばすエネルギー。今もじゅうぶん再読に耐えます。

 ところが、わたしが持ってるのは虫コミックス版(1968年~)全五巻のうち2冊だけ。旧講談社文庫版(1976年~)全三巻のうち1冊だけ。アース出版局版(1995年)全三巻全部。すべて発売当時買ったもので、なんでこんな買い方になったかというと、今ではさっぱりわかりません。きっと書店で目についたものだけ買ってたからですね。

 アース出版局版は貸本単行本の再編集。講談社文庫版は少年クラブ連載に準拠。そして虫コミックス版はかなり改稿されてるらしいので、どうやらバージョンが三つはあるらしい。

 で、このロボット三等兵をきちんと読んでみたいのですが、現在、古書価格がやたらと高価になってますのでたいへんつらい。復刻ブームですし名作だし、どっかで復刻してくんないかなあ。

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September 02, 2006

「虹ヶ原ホログラフ」をじっくり読んでみる(その2)

(前回からの続きです)

 あ、初版持ってるかたにご注意。作中に二か所出てくる「ひより」という名は「有江」の誤植です。と、太田出版のサイトに書いてありましたので、なにぶんよろしく。

 続いて、重要な小道具である、ブリキ缶と蝶のペンダントについて。


■ブリキ缶

 世界を滅ぼすことも可能であるという、最終兵器のようなブリキ缶。このブリキ缶は、タイムトラベルSF的移動によって、閉じた時間の輪の中にのみ存在します。

 虹ヶ原町じゃない町の病院。おそらく東京。小学生の鈴木アマヒコが入院しているときに、老人からブリキ缶をもらいます。この老人は未来の鈴木アマヒコ自身であります。老人の車イスを押して来たのも、青年・鈴木アマヒコです。このシーンでは三つの時間が接しており、三人の鈴木アマヒコが同時に存在しています。

 虹ヶ原町に引っ越した小学生・鈴木アマヒコは、ブリキ缶を虹ヶ原に捨ててしまいます。のちに捜したが見つからない。ところが家出の雪の日、虹ヶ原で倒れた鈴木が病院で目を覚ますと、なぜか自分の手にブリキ缶が戻っている。

 アマヒコが雪の中で倒れたとき、偶然に手にしたものか、それとも、それを見ていた小松崎航太が与えたものか。

 五年生最後の日、ついに鈴木アマヒコはブリキ缶のふたを開けます。このシーンが、このマンガ、第一のクライマックス。

 彼が願ったのは何か。アマヒコの絶望はあまりに深く、人類の幸せなどは口にできません。彼が願ったのは、世界の滅亡。

 そして、ベタで真っ黒に塗られた見開き二ページ。しかし、世界は滅亡せず、人生はこのあとも続くのです。これはアマヒコと世界にとって良いことか悪いことか。

 10年後、青年・鈴木アマヒコが虹ヶ原に戻ってきたとき、小学生・鈴木アマヒコからブリキ缶をもらいます。ここでまた二つの時間が接しています。

 ここで、小学生側の時間がはっきりしません。小学生・アマヒコが日暮兄からペンダントをもらったあとか、あるいはブリキ缶を開けたあとか。前者なら小学生・アマヒコはブリキ缶を持っていない時期なので、後者ということになりますが、これはわかりにくい。

 ブリキ缶を手に入れた青年・アマヒコは、この後、木村有江と再会し、物語は第二のクライマックスを迎えます。

 そしてこのブリキ缶は、アマヒコが死の瞬間まで持ち続け、小学生・アマヒコに手渡すことになります。


■蝶のペンダント

 蝶のペンダントは、もともとは木村母が持っていたもの。このときは四枚羽の普通の蝶でした。これを木村有江がトンネルの中で拾う。木村母が落としたものでしょう。

 プロローグ2で、トンネルの中から「おーい」と呼ぶ声が聞こえます。これはもちろん木村母が木村有江を呼んでいるのです。木村母は、自分の死体を発見してもらうよりも、有江にペンダントを拾ってもらいたかったのかもしれません。

 木村有江は、このペンダントの半分を日暮兄に与えます。有江が二個に割ったわけじゃなくて、彼女が拾ったとき、すでに蝶は二枚羽の半分ずつになっていたらしい。木村母の意思を感じます。

 日暮兄は鈴木アマヒコにこれを譲ります。これでペンダントは本来の持ち主に届いたわけですが、鈴木アマヒコはトンネル内にこれを捨ててしまいます。困った子やね。だもんで、10年後、木村母のしもべであるところの小松崎航太がペンダントを拾い、荒川マキに託して、虹ヶ原町にやって来た青年・鈴木アマヒコに手渡します。

 偶然などではありません。すべては、ペンダントを鈴木アマヒコに渡そうとする木村母の意思によるものです。ここがブリキ缶と違うところ。

 それぞれ半分ずつの蝶のペンダントを持った鈴木アマヒコ、木村有江の兄妹再会シーンが、第二のクライマックスとなります。

 兄妹が再会して何が起きるのでしょう。小松崎航太は「幸せで平穏な時間の流れに」「人は還る」と予言しますが、これは人類の平和を意味しません。木村母はこのように言います。

「神様は言ったわ。こんな世の中はもううんざりだってね」「だからいずれ」「みんな消えてなくなるわ」

 滅びこそ幸せで平穏。世界は滅亡への道をたどることが暗示されます。木村母は「終わりじゃないわ」「だってそれは永遠だもの」なんて言ってますが、これはやっぱ滅びへの道。

 兄妹が再会することで、トンネルの中の怪物が覚醒し、世界を終わらせるのです。


■小松崎航太のその後

 木村母のしもべとして、鈴木アマヒコを導く大きな役目を終えた小松崎航太は、その後どうなったのでしょう。彼はごほうびを手に入れます。

 暗いトンネルを抜けると、そこには光に満ちた、心穏やかな世界が待っていました。晴れた日、恋人がいて、仕事をサボって、花を買いに行く。

 荒川マキが病院で幻視した、小松崎と荒川が木村有江の見舞いに来る光景。これはホントにあったことなのか、それとも幻想の出来事なのか。病室に花束が残されていたからホントにあったことじゃん、と言いたいところですが、それでもなお、このシーン、わたしは幻想と考えます。

 荒川マキと飲んだ翌日、彼女は「今日から君の彼女」なんて言わなかった。彼は彼女と花なんか買いに行かなかった。彼女と病院に見舞いになんか行かなかった。

 すべては、可能性のひとつ。あったかもしれない世界のありようですが、実際にはそんなことは起こりませんでした。小松崎航太は、荒川マキによってアパートで庇護され、この幸せな夢を見続けます。現実世界が滅びつつあっても、彼の幻想世界だけは穏やか。これが彼に報酬として与えられた安住の地です。


■ラストシーンに救いはあるか

 陰鬱なこの物語中、唯一の救いが、ラストシーン、老人・鈴木アマヒコから小学生・鈴木アマヒコに向けて発せられたこの言葉です。

「たとえ世の中がどんなに不毛だとしても」「強い意志を持ちなさい」「君の人生の行く先は」「君が決めていいんだよ」

 老人はこう言い残して蝶となり昇天します。しかーし、ちょっと待ってくれ。これははたして物語と世界を救う言葉なのでしょうか。

 老人は死んでしまいましたが、残された小学生の自分がこれから進むのはいばらの道です。自分のこれからを知っていながら、死の瞬間に「がんばれ」なんぞとテキトーなことを言って去る、老人=未来の自分。コドモの自分は、これからいーっぱいいやなことに会うんだよっ。そんなこと言われたってなっ。意志で何とかならないから、みんな悩んでるんだよっ。

 この言葉は物語にとって、アンハッピーエンドをかろうじて逆転する一手です。ただし、わたしには余分なエクスキュースにすぎないように思われます。なくってもよかったんじゃないか。オビにまで載せるべき、物語の中心となる言葉とは思えないのです。

 これがなければ、ますます救いのない暗い物語になってしまいますが。


■それでは、まとめてみましょう

 あるところに男女の双子がいました。

 男の子は、いじめにあって小学校屋上から転落。転校した小学校でもいじめにあいました。

 女の子は、実の父親の性的対象になり、近所の中学生から強姦され、さらに同級生からいじめられ、眠り続けることになりました。

 世界は双子を傷つけることしかしませんでした。

 双子の母は女王でした。女王は死んだあとも蝶となって双子を見守っていました。女王のしもべは双子を導きます。

 双子が再会したとき、世界は罪を償わなければなりませんでした。世界はもはや滅ぶしかないのです。


 「虹ヶ原ホログラフ」は、このように救いのない、滅びのおとぎばなし、終焉の神話。と、わたしは考えますが、さていかが。

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September 01, 2006

「虹ヶ原ホログラフ」をじっくり読んでみる(その1)

 さて、浅野いにお「虹ヶ原ホログラフ」であります。これはきつい。

 全一巻で完結しているとはいいながら、複数の加害者が複数の被害者を傷つけたり殺したりする複雑なプロットが、時系列じゃなくて時空をトビまわりながら語られます。しかも過去や未来の自分と出会うシーンがあるわ、何かの象徴である蝶が飛ぶわ、難解だなあ。

 ただし、絵や構成が破綻しているわけではなく、著者が読者に内容をきっちり伝えようと努力しているのがよくわかりますので、こっちも受けて立とうじゃあーりませんか。


■以下、当然のごとくネタバレしますので、未読のかたはご遠慮ください。というか、読んでないと意味不明だと思います。

■物語はかなり複雑で要約しづらいので、登場人物から攻めてみましょう。便宜上、小学校裏に虹ヶ原がある町を、虹ヶ原町と呼ばせていただきます。

(1)鈴木アマヒコ

 世界を滅ぼすことも可能なブリキ缶を持つ主人公。

 虹ヶ原町で、木村父、木村母の子として生まれる。木村有江とは(おそらく)双子の兄妹。木村母が木村父と離婚して鈴木父と結婚、連れ子となり埼玉へ転居。実の母の失踪後、鈴木父は鈴木母と再婚。以後、血のつながらない彼ら夫婦の子として育つ。

 東京の小学校でいじめにあい、屋上から転落。小学五年生のとき虹ヶ原町に引っ越したが、義母の精神は病んでいる。1年間で再度、他の地区に引っ越し。18歳で義母死亡。その後、義父死亡のあと虹ヶ原町に帰ってきたとき、妹・木村有江と再会。

「…運命によって離ればなれになった蝶が」「ひとつになって」「幸せな平穏な時間の流れに」「人は還る」

と小松崎によって予言されるように、アマヒコと有江の再会がこの作品のクライマックスとなります。


(2)木村有江

 トンネルの中の怪物が世界を滅ぼすことを知る少女。

 鈴木アマヒコとは双子の兄妹。父母の離婚後は、木村父とふたりで生活していた。トンネルの怪物の物語を、日暮兄からもらったノートに書く。日暮兄に強姦されたのち、同級生からのいじめにあい、トンネル内に転落。以後意識がない状態での入院が続く。11年後、意識を取り戻し、鈴木アマヒコと再会。

「トンネルの中の怪物が」「いつか世界を終わらせるよ」

 おそらく彼女は、預言者であるところの偉人=異人です。彼女は世界が滅ぶことを知っており、社会に受け入れられることはありません。


(3)木村父

 実の娘を性の対象にするペド野郎。

 木村父が木村有江に性的欲求を抱いていることは、勃起の描写であきらかです。プロローグで病院内でのSEXが描かれていますが、これはおそらく木村父が意識のない実の娘を犯しているシーン。ぼーっとした風貌ですが、まちがいなく悪人です。

 木村母と離婚後、木村有江とふたりで生活。彼女が意識をなくして入院後、スーパーマーケットに勤務。小松崎がスーパー店長を殺したとき、小松崎から首に傷を負わされる。木村有江が目覚めるのと同時に、自殺。


(4)木村母

 鈴木アマヒコと木村有江の母親。物語の中核となる人物。死後、蝶となって子どもたちを見守る。

 木村父と離婚後、アマヒコをつれて鈴木父と再婚。1年後失踪。さらに5年後、トンネル内で死体で発見される。発見したのは(おそらく)初潮をむかえたときの木村有江。

 死の原因は自殺とされていますが、木村父に殺されたのでないかという疑惑が、作中でくりかえしほのめかされています。


(5)小松崎航太

 もといじめっ子。スーパーナチュラルな能力を持つ。木村母のしもべとなり、予言者かつ殺人者として悪をほろぼす。

 さあ、こいつの要約がむずかしい。この登場人物をどう考えるかで、この物語の理解も大きく違ってくると思います。異論もあるでしょうが、わたしは上記のように考えます。彼の異質な能力が心の病と言われてしまえば、それまでですけど。

 小学生時代はいじめっ子のリーダー。木村有江が好きだった。子分の若松隼人から反撃され、トンネル内に投げ込まれる。以後精神的に不安定となり、成人するまで薬を服用。のち、スーパーマーケット勤務。スーパー店長を殺害、木村父を傷害。以後トンネル内に隠れる。日暮兄が荒川マキを殺そうとする寸前、日暮兄を殺害(に近いほどの傷をおわせる)。

 その後、荒川マキと都会のアパートに暮らすようになる。

 スーパーナチュラルな能力を持っていることは、子ども時代、木村父の黒いオーラを見るところからもわかります。いじめっ子のリーダーから転落した彼は、鈴木アマヒコの行くさきざきに現れ、思わせぶりな言葉をつぶやきます。

 雪の中、倒れた鈴木アマヒコを眺めながら、「…それでも君はまだ生きるんだ」

 木村有江の病室に現れた鈴木アマヒコに対して、「まだだよ」「目を覚ますのはまだ先の話」「その時までしばらくの間」「さようなら」

 プロローグで薬(←きっと精神系)を飲んでいるとき、いないはずの女性の手が彼を導きます。おそらくこれが、木村母が彼を召還したシーンでしょう。


(6)荒川マキ

 小学校時代、木村有江をいじめ、トンネル内に転落させる。成長して日暮兄の喫茶店でバイト。日暮兄に殺されそうになるところを、小松崎航太に救われる。

 以後、小松崎航太と都会のアパートに暮らすようになる。


(7)日暮兄

 純粋な悪人、かつサイコ。

 木村有江と出会い、彼女にトンネルの怪物の話を書かせる。木村有江を強姦しているところ、彼女の担任教師・榊恭子に見つかり、榊恭子に怪我を負わせる。自分の家に放火し、両親と妹を殺害。のちに喫茶店経営をしながら、その二階で木村有江を模した人形と共に、トンネルの怪物の物語を書き続ける。

 荒川マキを殺そうとしたとき、小松崎航太に殺害される(ほどの深い傷を受ける)。


(8)若松隼人

 もといじめっ子。ボスの小松崎航太に反撃して、彼を殴ったのちトンネル内に放り込む。成長してのち、警官になる。荒川マキが好き。


(9)高浜

 もといじめられっ子。成長してのちサイコとなり、小学校に侵入して児童を傷つける。


(10)榊恭子

 子どもたちの担任教師。日暮兄が木村有江を強姦しているのを目撃し、助けようとして日暮兄にブロックで顔を殴られる。のち、同僚の羽鳥と結婚。双子を生むが、自身の子どもを虐待しているらしい。


(11)スーパー店長

 もと小学校教師。スーパーマーケット店長に転身。遠藤父に、指を切断した保険金で借金を返せとせまる。成長した小松崎航太に殺害される。悪人です。


 このように、ほとんどすべての登場人物が、傷つけるか傷つけられるか(あるいはその両方)しています。陰鬱で陰惨な物語であるのも当然ですねえ。でもこれがわたしたちの住む世界の鏡像なのです。

 以下次回。

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