ここじゃないどこか
堀淵清治「萌えるアメリカ」に続いては、パトリック・マシアス「オタク・イン・USA 愛と誤解のAnime輸入史」であります。
こっちは、アメリカン・オタクであるところの著者が、アメリカが日本オタク文化をいかに受け入れてきたかをアメリカ側から語ったもの。「萌えるアメリカ」とはちょうど裏オモテの関係になる本です。
この本で取り扱われるのは、著者のもうひとつの専門である日本ヤクザ映画については封印されてて、日本の特撮・アニメ・マンガが中心。これらを輸入して、作り直して、商売したひと。これらにハマったひと。多くのアメリカ人が登場して、いろいろ語ってくれます。日本人にとっては、オリジナルとアメリカで流通したものがいかに違うか、というのを知るのもオモシロイ。ヘンなもの、ヘンなひとがいっぱい出てきて笑えるったら(→オマエにだけは言われたないわ、とツッコまれそうですが)。
以前に清谷信一「ル・オタク フランスおたく事情」なんて本もありましたが、日本人は、青い目のおねーちゃんたちがセーラームーンのコスプレしてるだけで、驚いちゃうのです。でも、彼らにとっては日本のオタク文化はクールでポップで、とってもステキな何からしい。
デザインがかっこよくて、セックスアンドバイオレンスにあふれてて、しかも深い精神世界を持った、何か。伝統文化と先端技術という相反するものを組み合わせてできた、何か。
彼らがトーキョーにあこがれているのを見ると、日本人としてはなにかこそばゆい。アメリカにあこがれ続けてきたのが戦後の日本でした。「萌えるアメリカ」の著者の堀淵清治も、ヒッピー文化にあこがれてアメリカに渡ったひとり。これはかつてのわたしの思いでもあります。
オタク的な文化に限っても、映画「スター・ウォーズ」以後、雑誌旧「スターログ」が紹介していたのは、日本よりお金と時間をかけたゴーカなアメリカ製SF映画のかずかず。アメリカがコンピュータ制御で宇宙船を撮影してるときに、日本は「伝統の技、吊り」でミニチュア飛行機を撮影していたのですからね。やっぱアッチはスゴイと思うでしょ。
全世界のほとんどは田舎からできていて、田舎の日常は退屈なものです。日本人にしてもアメリカ人にしても、ここじゃないどこかにあこがれる。でも、それは正しいことです。彼らの考えが誤解に満ち満ちていたとしても。
ドメスティックに安住するより、よほど健全だと思いますよ。
いやー、それにしてもピンク・レディーがアメリカで出演してたのはこんな番組だったのかー。なるほどー。
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