« July 2006 | Main | September 2006 »

August 30, 2006

フルカラーで読む「ぼくのそんごくう」

 本日買ったマンガは、谷口ジロー「シートン第3章サンドヒル・スタッグ」や、ついに刊行されたシンガポールの作家、FSc(フー・スウィ・チン)の「ナイトメア アンド フェアリーテイル」など、計6冊。でもそれは置いといて、どうもあんまり話題になってないような気がする、手塚治虫の「オールカラー版ぼくのそんごくう」についてであります。

 手塚マンガの復刻は、少女クラブカラー完全版と題した「リボンの騎士」がジェネオンエンタテインメントから2004年に発行。昨年2005年には講談社から、もう絶対読むことは不可能と思われていた「バンビ/ピノキオ」が発行されたわけですが、今回、ジェネオンエンタテインメントから、「オールカラー版ぼくのそんごくう」が刊行されました。

 3000部限定で6500円とたいへんお高い本ですが、600ページ近い大著ですし、なんせこの作品、ほとんどが四色カラーか三色カラーで描かれてますので、カラー率がこれまでの復刻よりずっと多くなっておりまして、お得感あります。ただし作品自体が「リボンの騎士」のようなビッグヒットじゃないから、あんまり話題になってないのかな。

 これまでわたしの持ってたのは講談社全集版の全8巻のやつ。もちろんモノクロ。先週末にカラーのこの本が配達されてから、両方を見比べながらぽつぽつと読んでいるのですが、いやー、カラーはいい。とくに手塚のカラーは、いい。

 「ぼくのそんごくう」は秋田書店「漫画王」1952年~1959年連載。わたしはこの時期の漫画王はまったく知りませんので、「ぼくのそんごくう」のカラー版は初めて見ました。

 同時期の少女クラブの「リボンの騎士」は、カラーでもなぜか主線が青で描かれていて奇妙に感じたものですが、「ぼくのそんごくう」はきちんと主線が黒。こっちのほうがよほど読みやすいですね。雑誌からの復刻ですが、きれいなものです。手塚はページごとに統一感のある色づかいを心がけているようです。

 ただし、「ぼくのそんごくう」は回によってカラー印刷の出来不出来の差がけっこうあります。色ずれもあたりまえにあって、時代ですなあ。あと後半になるにつれてべったりした原色が多くなって、わたしの知ってる「マンガの色つきページ」の印象に近くなります。「少年」の末期とか初期「少年ジャンプ」の巻頭カラーのハデハデな色です。もっと中間色が多いと美しいのに。印刷の問題なのかしら。

 「ぼくのそんごくう」は、指定着色でカラー化されていたそうです。当時はコピー機がないからモノクロで描かれた原稿を清刷に複製して、色鉛筆で着色して色指定がされています。この色指定原稿が一枚掲載されていますが、色鉛筆で色をぼかしたりする細かい指示もできたんですね。

 この作品、他人の手が何回かはいってるそうですが、「月兎姫の巻」はなんと関谷ひさしが代筆しています。こりゃ絵柄からいってちょっとムリがあるでしょ。しかも描きなぐり状態。いつもは読者に隠されるはずの代筆ですが、この回は絵がちがいすぎるからか、「今月号は、関谷ひさし先生におてつだいいただきました」とハシラにあります。さすがに講談社全集版には収録されていません。

| | Comments (9) | TrackBack (0)

August 28, 2006

受賞作を買いますか

 週末はずっと、大森望/豊崎由美「文学賞メッタ斬り!リターンズ」を読んでけらけらと。芥川賞、直木賞などの文学賞の権威を(選んだほうも選ばれたほうも)嗤うという本。言っちゃアレですが悪口は楽しいなあ。ネタにされたかたは、むちゃ怒ってるでしょうけど。

 マンガの賞には、まだまだそれほどの権威がない。だもんで、「メッタ斬り」みたいに権威にケンカ売るような企画は立てられませんね。

 小説などの文芸で賞が重視されるのは、それが商売につながるから。芥川賞、直木賞だけじゃなくて、新人公募の賞でも乱歩賞などは新聞記事になりますし売れるみたい。

 映画でも、各製作会社がアカデミー賞をめざして工作するのは、それが大きな商売になるからでしょ。アメリカで公開が終わってても、アカデミー賞受賞の看板があるとないでは、海外での収益が相当ちがうと聞いたことがあります。

 ところがテレビドラマあたりになると、少なくとも日本では賞を取ったときには放映が終わってるのがほとんどだから、あんまり商売としては意味がないのじゃないかな。視聴者も、受賞したから見てみようか、なんて行動はしないでしょ。

 無料に近い(と感じさせる)テレビ放映のうち、どの番組を選ぶかは、視聴者のカンとクチコミにまかされているわけです。しかし、けっこうなお金を払う映画や小説の場合は当然ちがった選び方になります。しかも、映画ならくだらなくても2時間をムダにすればすみますが、小説ならへたすると、オレの数日間を返せー、てなことになっちゃいますし。

 金と時間がからむと、消費者は慎重になります。限られた資金と時間の中でできるだけ満足を得るためにまず選ばれるのが、

(1)すでに人気があるもの
(2)ブランド

 セカチュー、はやってるから読んでみようか。はやりものには目を通しとかなきゃ。ゲド、見てみようか。やっぱジブリだし。

 結果、売れてるものはますます売れます。過去の作品で信用されてるブランドも強い。

 次に来るのが、

(3)賞

かな。このミス1位なら読んでみよう、アカデミー賞なら見てみよう、という行動をとることはよくあります。

 そのあとが、

(4)新聞、雑誌、ネット上の作品評

ですか。ところが、新聞や雑誌の批評は、どうも何らかの利害関係があって書かれてるんじゃないかという疑いを捨てきれない。なんせヨイショ記事多いっすから。ポピュリズムと言われながらも、作品と利害関係がない(と思われる)ネット上の批評に目がいっちゃうのも、ごもっともな傾向でしょう。
 
 で、マンガの話になりますが、マンガの賞って商売として機能してるのでしょうか。

 マンガは、映画や小説より比較的安価。費やす時間もそれほどでない。しかも立ち読みで無料サンプルを見ることが可能。だから消費行動としては、小説・映画と、テレビの中間に位置する形になるのかな。

 わたしに限って言いますと、オルタナティブ系が賞をとったなら、おおっと思って買うでしょうが、もともとメジャー系の作品は、賞をとる以前に取捨選択が終わってるような気がします。だから、好みじゃないメジャー系マンガが賞を取っても、あえて買わない。講談社や小学館のマンガ賞は、もともとかなりのヒット作品に与えられますが、あれって受賞で新規の読者が開拓されてるのかしら。

 小説や映画が、上記(1)(2)(3)(4)の順で選ばれるとするなら、マンガ購入の選択を決定する要素としては、そうですね、(2)(4)(1)(3)かな。

 いつも買い続けてる作家は買いますし、その次はネットや雑誌のレビューを参考にします。賞はあまり重要視しないなあ。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

August 25, 2006

悪罵毒舌無頼の日記

 かつて1996年に、塩山芳明『嫌われ者の記 エロ漫画業界凶悪編集者血闘ファイル』という本が出版されました。

 エロマンガ編集プロダクションの代表であるところの著者の日々をつづったもので、いろんな雑誌を渡り歩いた連載をまとめた一冊。

 何にぶっ飛んだかと言いますと、口がねー、悪いんですよねー。歯に衣着せぬ毒舌。公開を前提とした日記なのに、実名出して罵詈雑言の嵐。

 で、この本が『出版業界最底辺日記 エロ漫画編集者「嫌われ者の記」』のタイトルでちくま文庫から刊行されました。原著のほうの表紙カバーは複数のマンガ家による美少女集合イラストで、ページを開けば中にもエロいカットがけっこうあるもんだから、まず電車の中で読めるようなものではありませんでした(今も食卓の上に出してたら、同居人から冷たい視線)。でも、ちくま文庫なら、もう安心。

 とは言いながら、原著に収録されたのが1988年から1996年まで、今回の文庫ではその部分はかなりの抄録。1996年以降、2005年末までの部分が主ですから、実質上の続編となります。2冊まとめて読めば、エロマンガ業界、18年間の記録ですね。

 それだけじゃなくて、ときどきの社会状況も。1989年4月に幼女連続誘拐事件についての雑談をして、1989年8月にM君の報道が始まってマスコミ襲来、1996年5月にはフロムAへの広告で「オタク」「マニア」は差別語だからと修正させられる。こういう記述は日記だからこそです。将来、役に立つかな。

 エロマンガ誌の下請け編集者である著者には、ともかく敵がいっぱい。作品や印刷の出来を左右するマンガ家や印刷会社だけじゃなくて、成年マーク、売り場規制、ビニール綴じ、都の不健全図書指定、さらに警視庁などなど。さらに読んだ本の作者、仕事のできないアルバイト、居酒屋の店員、騒音公害をまき散らす市役所、電車でケータイ使うやつまで、ことごとく著者にどなられまくってます。

 歯に衣着せぬとはこのこと、というくらいの毒舌ですが、読んでいてやーな気持ちになるかというとそうでもなく、このかた、基本的に正義の士です。怒ってる対象がいちいちごもっともで、むしろ共感することが多い。当然ながら同意できない部分もあちこちにありますが(なきゃヘンでしょ)。

 ただし、今回原著のほうも読み返してみましたが、はっきり言って密度が濃いぶん、文庫よりおもしろいです。文庫化でかなり薄まってますね、もったいない。

 ずっと読んでると、この文体、中毒になりますな。口調とか考え方が影響されて、ちょっと乱暴な気分になるのが難点。福田和也による解説は中学生の読書感想文かよ、まったく内容なし。とかね。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

August 23, 2006

「新パズルゲーム☆はいすくーる」髪形の謎

 野間美由紀「パズルゲーム☆はいすくーる」は、1983年に連載開始。現在も「新パズルゲーム☆はいすくーる」として20年以上連載が続いているミステリマンガです。先日、「新」の4巻が発売されました。わたしもしつこく買ってますな。

 もともと主人公、香月は1980年代の女子高校生だったのですが、2002年に連載誌を変更して「新」が開始されたのをきっかけに、設定をリセット。現代のおはなしとなり、ケータイなども登場するようになりました。

 だが、しかーし。主人公の髪形がねー。

 4巻の表紙ではわかりにくいのですが、いちおう著者のサイトにリンク。

 長髪で、「前髪よこっちょくくり、一部たらし」。のびた前髪を横でくくり、これじゃかっこ悪いから一部前にたらす。言ってみれば、じゃりン子チエと同じ髪形でありますね。主人公の髪形は「新」になっても変更されませんでした。さすがにこれ変えちゃうと、同一人物キャラとわからなくなっちゃうか。

 現代、こういう髪形の高校生は、ぜーったい、いません。だからやっぱりヘン。

 なぜ1980年代、高校生がこういう髪形をしていたかといいますと、これはワンレンへの準備だったのですね。今思えば、あの、ゲゲゲの鬼太郎のようなヘンな髪形が、なんでまたハヤってたんでしょうね。みんなラーメン食いにくそうだったぞ。

 あの時期の女子高校生にとってワンレンの髪形とは、おとなの階段のぼるためにかかせないものでした。というか、猫も杓子もみんなワンレン。

 だから、高校卒業してすぐワンレンにするため、彼女たちはみんな前髪をのばし始めてました。でも、のびかけの前髪がうっとうしいっ。だもんでマンガの主人公、香月のような髪形が開発されたのであります。

 というわけで、このマンガ、出自が1980年代というのがバレバレなのでありました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 20, 2006

ここじゃないどこか

 堀淵清治「萌えるアメリカ」に続いては、パトリック・マシアス「オタク・イン・USA 愛と誤解のAnime輸入史」であります。

 こっちは、アメリカン・オタクであるところの著者が、アメリカが日本オタク文化をいかに受け入れてきたかをアメリカ側から語ったもの。「萌えるアメリカ」とはちょうど裏オモテの関係になる本です。

 この本で取り扱われるのは、著者のもうひとつの専門である日本ヤクザ映画については封印されてて、日本の特撮・アニメ・マンガが中心。これらを輸入して、作り直して、商売したひと。これらにハマったひと。多くのアメリカ人が登場して、いろいろ語ってくれます。日本人にとっては、オリジナルとアメリカで流通したものがいかに違うか、というのを知るのもオモシロイ。ヘンなもの、ヘンなひとがいっぱい出てきて笑えるったら(→オマエにだけは言われたないわ、とツッコまれそうですが)。

 以前に清谷信一「ル・オタク フランスおたく事情」なんて本もありましたが、日本人は、青い目のおねーちゃんたちがセーラームーンのコスプレしてるだけで、驚いちゃうのです。でも、彼らにとっては日本のオタク文化はクールでポップで、とってもステキな何からしい。

 デザインがかっこよくて、セックスアンドバイオレンスにあふれてて、しかも深い精神世界を持った、何か。伝統文化と先端技術という相反するものを組み合わせてできた、何か。

 彼らがトーキョーにあこがれているのを見ると、日本人としてはなにかこそばゆい。アメリカにあこがれ続けてきたのが戦後の日本でした。「萌えるアメリカ」の著者の堀淵清治も、ヒッピー文化にあこがれてアメリカに渡ったひとり。これはかつてのわたしの思いでもあります。

 オタク的な文化に限っても、映画「スター・ウォーズ」以後、雑誌旧「スターログ」が紹介していたのは、日本よりお金と時間をかけたゴーカなアメリカ製SF映画のかずかず。アメリカがコンピュータ制御で宇宙船を撮影してるときに、日本は「伝統の技、吊り」でミニチュア飛行機を撮影していたのですからね。やっぱアッチはスゴイと思うでしょ。

 全世界のほとんどは田舎からできていて、田舎の日常は退屈なものです。日本人にしてもアメリカ人にしても、ここじゃないどこかにあこがれる。でも、それは正しいことです。彼らの考えが誤解に満ち満ちていたとしても。

 ドメスティックに安住するより、よほど健全だと思いますよ。

 いやー、それにしてもピンク・レディーがアメリカで出演してたのはこんな番組だったのかー。なるほどー。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 18, 2006

「萌えるアメリカ」 歴史書ですよ

 マンガはカルチャーかビジネスか。

 別に対立する概念じゃなくてその両面を持つのですが、大衆文化てのはこの二者が、いんぐりもんぐりしながら発展していくものなのでしょう。そのことを強く考えさせられたのが、この本。

○堀淵清治「萌えるアメリカ 米国人はいかにしてMANGAを読むようになったか」

 著書は、1986年ビズ・コミュニケーションズが設立されて以来、その中心となってアメリカで日本マンガを出版し続けてきた人物です。この本、発行が日経BP社ですからアメリカでの成功を書いたビジネス書なんだろう、とあまり期待してなかったのですが、とんでもない、これはまじめな歴史の本でありました。

 日本マンガがいかにアメリカで出版され、受け入れられていったかを、著者の経験に基づき経年的につづったものです。

 かつて1980年代、アメコミ・バブルと言われるコミック・ブームがありました。コレクターが投機目的にコミックスを買っていた時代。ビズはバブルの絶頂期に小学館の100%子会社として設立され、日本マンガのアメリカでの出版を始めます。

 以後、バブル崩壊でコミック不況。流通の見直し。ポケモンブームで息を吹き返す。集英社の資本参加で「SHONEN JUMP」の創刊。「SHOJO BEAT」の創刊。

 先日コミックファウストで、「SHONEN JUMP」初代編集長、成田兵衛のインタビューを読みましたが、わかってるつもりでもちゃんと歴史を知ってるかどうかで理解が異なるものですね。いやー、今回勉強させていただきました。知らないことばっかり。とくにアメリカでの本の流通がこんなに複雑だとは。

 日本マンガをどういう形式で英訳するか、雑誌にするか、本にするか、流通をどうするか。日本のものを持って行って、ぽんとそこに置くだけで読んでもらえるわけではありません。著者たちが形式を整えることで、現在のMANGAが成立しました。

 成功者の自伝というより、現在進行形のビジネスの話。「SHONEN JUMP」が創刊されてまだ四年、今後どう転ぶか誰もわからない。あくまでビズという会社から見た日本マンガ輸出の歴史ですが、現場の証言として貴重だと思います。

 基礎知識を得るのに最適。好著です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 16, 2006

これは楽しみ

 おおっと、こんなマンガ評論がもうすぐ出版される予定。

島本和彦「あしたのジョーの方程式」

 打倒!夏目房之介、だそうです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

三周年

 ネット上で文章を書き出してから、まる三年がたちました。

 最初はさるさる日記で開始、ブログがブームになってからココログに引っ越して二年とちょっと。ブログの平均寿命からいっても、そこそこの年齢にはなったかしら。

 初期の半年ぐらい、訪問者数が日にひとりかふたりという状態がずっと続きましたが、そんなとき、記事に言及していただいたり、リンクしていただくことがあり、どれほどうれしかったか。読んでるひとがいたんだ。ご恩はけっして忘れません、うるうる。

 最近の訪問者数は右下のカウンタにあるとおり、ほとんど変化がありません。ただしあれですな、一度プチ炎上を経験しちゃいますと、たまに訪問者数が増えたりするとドキッとして心臓によろしくないです。

 えー、日常雑記をできるだけ書かずに、マンガおよびその周辺について「だけ」をテーマにするようにつとめています。今後も基本的にはこの方針のつもりですが、ネタがいつまで続くやら。

 あと、いつまでたっても文章うまくなりません。心余りて言葉足らず、乱文ご容赦。今後ともよろしくお願いします。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 14, 2006

ブログのデザイン

 夏目先生のブログでウェブデザインの話になってますが、わたしのような絵心のない人間にとって、ブログのデザインはやっぱたいへんむずかしいっすね。

 現在のこのブログのデザインは、出来合いのごく簡単なレイアウトを選んで、地の色だけ変更するという、ほんのちょっとだけ手を加えたものです。以前は地の色がショッキングピンクだったものですから、ちょとアレかなと。

 でも試行錯誤してるうちに、どこにでもある色になっちゃって、特徴に乏しいったらない。それになんだかなー、画像も何にもなくて、愛想がないなー。

 しかも字の大きさが、デフォルトではやっぱ小さくて読みにくい。とくに自分が最近小さめのノートパソコンに買いかえたものですから、よけいに。

 フォントも気になるところで、ウィンドウズの明朝体はあんまりカッコよくないので、どうしてもゴシックを選んじゃいます。でも、はてなのデフォルト設定の文字は、ウィンドウズではゴシックで表示されますが、マックOSXではなぜか美しい明朝体で表示されてて、OSXの仕様なのかもしれませんが、あれっていいよなー。などと思うのは、わたしも印刷媒体に慣れた古い人間だからかしら。

 覗かせていただいてるあちこちのブログは美しいデザインが多いので、けっこう劣等感あります。ココログのベーシックでも、CSSを勉強すればなんとかなるのでしょうが、そこまでの根性がないのが問題。

 美しいヒラギノ書体を使って、マンガのフキダシみたいに、かなは明朝、漢字はゴシックというのが理想ですが、それはさすがに無理かな。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 12, 2006

お盆につき小ネタで

 ↓こんな発言がおもしろかった。

■祖父江慎
 もはや、普通の本を出したくても出せない体になっちゃってますね。
 (デザインノート2006年8号)


■吾妻ひでお
 ハッキリ言ってシリアスは楽です
 バカでも描けます
 (吾妻ひでお作品集成 夜の帳の中で)

 
 ↓こんな映画をテレビでぼーっと見てました。

■映画「妖怪大戦争」
 以前にも見たことあるんですが、TVでやってたので再見。小豆一個にやられちゃう加藤保憲ってどうよ。帝都物語のころにくらべて落ちぶれちゃったなあ。田舎に出没してドサまわりしてるし。水に弱くてバットで殴り殺されちゃう、あの映画の宇宙人よりカッコ悪いぞ。でもGOGO夕張はすばらしい。水木先生はいつまでもお元気ですね。


 ↓で、こんなことを考えてました。

■映画を最後まで見ずに映画評を書くことはありえない。本を最後まで読まずに書評を書くことはありえない。でも、マンガは連載第1回だけで評価されてあたりまえになってるんですよねえ。

 しかもその評判によって、それからの展開ががらっと変わることが普通にある。作者も読者もそのことをアタリマエに受け入れている。しりあがり寿も書いてましたが、インタラクティブといえばそのとおりで、読者の反応が創作現場に強くフィードバックされる。

 連載マンガの作り方は、映画や小説、テレビドラマよりも、テレビのバラエティ番組に似てるようです。あるいは、野球やサッカーの、ファンと監督の関係に近いのかな。

| | Comments (3) | TrackBack (1)

August 10, 2006

ちょっと希望を言ってみる

 「スタジオ・ボイス」2006年9月号のマンガ特集で、ちょっとどうかなあと思ったのが、「コミック誌(ほとんど)全レヴュー!」というもの。これがたったの(!)35誌しか紹介されていないのですね。

 ジャンプ、サンデー、マガジン、チャンピオン、ヤンマガ、スピリッツ、モーニング、ヤンサン、ヤンジャン、ゴラク、アクション、オリジナル、ビッグコミック、ヤングアニマル、イブニング、バンチ、ヤングキング、ガンガン、別マ、フィールヤング、花とゆめ、フラワーズ、コーラス、コミックビーム、IKKI、アフタヌーン、ヤングキングアワーズ、コミックフラッパー、ウルトラジャンプ、サンデーGX、電撃大王、少年エース、エロティクスF、アックス、メガストア。

 もちろんそんなはずはなくて、ここには「ちゃお」も「なかよし」も「コロコロ」もないし、わたしがときどき買ってるホラー系マンガ誌もないし、「週刊漫画」も時代劇誌も四コマ誌もない。レディコミ系のぶ厚い雑誌もない。エロ系雑誌で紹介されてるのが「メガストア」だけ。この程度で、「これが、現在進行形コミックの現場である」てのは、どうか。

 もちろん個人ですべてのマンガ雑誌を読むことは不可能なので(限りなく近いことをやってるかたはいらっしゃいますが)、こういう特集でこそ、すべてのマンガ雑誌レビューをやってくれるとどれだけうれしいか。将来、2006年という時代の重要な証言にもなるはずなんですけど。

 さらに目を広げて、マンガはマンガ雑誌だけに掲載されてるわけじゃなくて、一般雑誌にも連載マンガがあります。書評誌にも、ヤンキー誌にも、パソコン誌にも、注目に値するものがいっぱいあります。こっちも紹介してくれないなあ。

 今、国友やすゆきが週刊ポストのエッチマンガでどれだけムチャな展開を好き勝手にやってるか、オヤジ連中しか知らないのですから、こういうのを読者に教えてくれなきゃ。

 もちろん、古典的に新聞にもマンガは連載されてるし、今はネットマンガにも目配りが必要なんで、たいへんな仕事になるでしょう。さすがに同人誌まで手を広げるのは無理だと思いますが。

 現在のほとんどすべての日本マンガに目を向けるような記事を、どこかが載っけてくれないかしら。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

August 08, 2006

本を愛でてみる

 「月館の殺人」の記事をおめあてに「ダ・ヴィンチ」2006年9月号を買ったところ、「天才・祖父江慎 嫌われブックデザイナーの一生」という特集がありました。これは楽しい、そして驚いた。

 祖父江慎の装丁した本の紹介もあるのですが、いやー、こんなところまで凝ってますか。気づいてなかったなあ。というわけで、手持ちの祖父江慎装丁の本をもっぺん眺めてみました。

■喜国雅彦「傷だらけの天使たち」

 おなつかしや、キクニの初単行本です、1988年発行。表紙カバーは赤と青のはでな地にヘビメタ男の顔のアップ。鼻たらしてますけど。「HEARTBREAK ANGELS」と光沢のある文字、さわると盛り上がってます。ともかくハデ。

 カバーをはずすとカバーの裏におまけマンガあり。一色でインクはピンク。表紙もテカってて、紫にオレンジででかでかと「HEARTBREAK ANGELS」。ともかくハデ。

 扉も光沢のある紙で、天使の後ろ姿。本文は全部二色。

 この本は四コマ作品集なのですが、1ページに四コマを二本ならべる定型的な掲載もありますが、

1コマ目:見開き2ページ
2コマ目:見開き2ページ
3コマ目:見開き2ページ
4コマ目:1ページ1コマ

などというとんでもない載せ方もある。しかも作品がシモネタ全開の下品このうえないものばかりですから、いやー、ハデな本でした。

■吉田戦車「伝染るんです。」1巻

 有名なこの本が1990年発行。

 まずオビが長方形じゃない。広げると台形の紙で、不安定なこと。文章の印刷はかたよってるし、折りかえしの面積も表と裏では違います。コピーは「'75年は吉田のものだ!!」 しつこいようですが1990年発行です。

 カバーも広げると長方形じゃなくて、ソデの部分をわざわざ一部切りとってあります。しかも表と裏でソデの面積が違います。

 中を開けると、「伝染るんです。」というタイトルがない。いきなりマンガから始まります。それでも普通、数ページめくるとタイトルがばーんと出てくるはずですが、いつまでたっても出てこない。結局タイトルが現れるのは、奥付のさらにあとです。

 この本もオール二色ですが、なぜか1ページだけが四色。意味がない。そして、なぜかノンブルだけの空白の見開き2ページがはさまっています。

 ノンブルの場所はページの上下に移動するし、マンガのコマの大きさは一定しないし、コマが傾くことも。

 著者あとがきは、文章の途中から始まり途中で終わってる。奥付のあとにタイトルがあって、そのあともノンブルだけは続き、ついに表3にもノンブルが書いてあります。意味がないなー。

■佐々木倫子/綾辻行人「月館の殺人」上下巻

 カバーは型押しで絵が浮き上がってて、でこぼこしてます。さわって気持ちいい。下巻の裏カバーには浮き上がった主人公の絵が。

 カバーをめくると、上巻は黒、下巻は白の表1。地模様のごとく「つきだてほんせん」「TSUKIDATE」がデザインされた繰り返し模様が描いてあります。とくに上巻は黒に近いグレーに赤と緑で印刷してあるものだから、模様が見にくいったら。上巻の表紙絵は冬の原野を走る幻夜号ですが、こんなシーンはマンガにはないはずで、これもミスディレクションかしら。

 上巻の表2と見返しは真っ黒。でもよく見ると「つきだてほんせん」の繰り返し模様が。ところが表3と裏の見返しは黒でも模様なしなのね。

 下巻のほうの表2と見返しは、いきなり上巻の最終ページから始まります。見返しの端っこに「月館の殺人」とタイトルの一部がうっすら見えているという趣向。これをめくると、右側のページにはまた「つきだて」の繰り返し模様(すごく見えにくいですが)。左ページがトビラでタイトルがどーん。ただし、タイトルから血が流れ出ていまして、うーむ、ミステリっぽい。

 そして前にも書きましたが、謎解き部分になると紙がグレーに。カラーページもグレーに統一されてて、暗ーい気分が続きます。

 表3と裏の見返しには黒い紙に黒インクで、原作者あとがき。読みにくいぞっ。というか、まるで隠しコマンドです。その前のページには黒い紙に黒インクで主人公の絵。幽霊のようであります。

■楳図かずお「恐怖」1巻

 カバーのソデやカバーの裏、さらに小口に、こわーい絵が描いてあるのはともかく、表2に点描のごとくうっすらと、こわーい顔が浮き上がるのは許せんっ。気づいてました?

 さらにこの巻、一部にやたらに悪い紙を使っていてそこだけインクがにじんでるものだから、乱丁じゃないのかなんて不安になって、書店に他の本を確認に行ってしまいましたよー。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

August 06, 2006

日本が沈没してからもう33年

 小松左京「SF魂」を読んでから、もうすっかり自分内部でSF気分(というか小松左京気分)が盛り上がってしまいまして、今、小松左京/谷甲州「日本沈没 第二部」を読んでる最中です。この本、「日本沈没」第二部、じゃなくて、「日本沈没 第二部」と第二部まで含めてタイトルなんですよ。知ってました?

 かつてベストセラー「日本沈没」を読んだとき、あれほど引き込まれた作品はなくって、読んでる最中、現実とフィクションの区別がつかなくなるくらいでした。テレビでおバカをやってる連中を見て、いずれ滅びる日本、今のうちに楽しんでおくがよいわ、なんて気持ちになったりね。

 かつての映画版は劇場で見てますが、ガキんちょが走り回って「早く変身しろー」などと叫ぶ(藤岡弘が主演でしたからねー)、最悪の環境でした。ああ思い出し怒りが。

 今、映画のリメイクも公開されてますし、マンガ版「日本沈没」もあるし、徳間からは「日本ふるさと沈没」なんてパロディマンガのアンソロジーも刊行されてます。各県それぞれが沈没するのですな。

 執筆陣が、吾妻ひでお、いしいひさいち、唐沢なをき、寺田克也、とり・みきなどやたらと豪華ですが、なんつっても、カバーイラストも描いてる鶴田謙二がおよろしい。主人公、小野寺が女性化されております。

 筒井康隆「日本以外全部沈没」にしても、「日本沈没」はベストセラーでみんな知ってるし、小説も映画もキャラ立ってるし、これほどパロディにしやすいものはなかった。今、はどうなのかな。もう年齢限定パロになってますか?

| | Comments (0) | TrackBack (1)

August 03, 2006

清水おさむの自伝マンガ「JUKU ジュク」

 アニメ絵が日本マンガのエロを席巻する以前、かつて、「三流劇画」「エロ劇画」あるいは「三流エロ劇画」と呼ばれた作品群がありました(どう考えても、ひどいネーミングですが、この時代のこれら一連のマンガはすでに歴史上のものになってしまってて、この呼称しかないんですよ)。

 「エロトピア」「漫画エロジェニカ」「漫画大快楽」「劇画アリス」らの雑誌に掲載された作品は、どれもアナーキーな魅力に満ち、マスコミにもとりあげられ、短い間でしたがある種のブームとなりました。

 別冊新評が「三流劇画の世界」を特集したのが1979年。ニューウェーブと三流エロ劇画が混在していた時代です。

 その中心人物のひとりが清水おさむでした。

 首は飛ぶわ乳房は切られるわの、過激な作品が特徴。「別冊新評 三流劇画の世界」でも、作家代表として中島史雄とともに座談会に出席していました。

 数年前、清水おさむ/清水ひろ子「劇画 最後の弾左衛門」(批評社)を見つけたとき、おおっと、清水おさむだあ、と思ってこのぶ厚い上下巻を買いました。内容は、江戸時代の被差別民の頭領だった弾左衛門、その最後となる十三代目弾左衛門直樹を主人公としたマンガ。

 批評社が発行している塩見鮮一郎の小説「浅草弾左衛門」を参考に描かれたもののようです。時代劇らしく、勢いのある太く荒々しい線で描かれたマンガで、首が飛ぶシーンなどを除けば、かつての清水おさむじゃないみたい。

 この本の著者略歴を見ると、エロ劇画時代の履歴がまったく書かかれていませんでした。この清水おさむは、わたしの知ってる清水おさむとは別人なのか、としばらく悩みましたよ。どうも、清水おさむにとっては、エロ劇画時代には複雑な思いがあるようです。

 彼の自伝マンガ「JUKU ジュク 私の実録新宿歌舞伎町」が発売されています。

 埼玉県に住む白土三平の忍者マンガが大好きな高校生、水町努(美少年!)が、新宿の喫茶店コボタンに行って、怪人・つゆきサブローこと杉本五郎に出会う。その後、アニメーターを経て、ひばり書房で単行本デビューするまで。まだエロ劇画時代には到着していません。

 ところが、その途中で主人公はヤクザに監禁されて覚醒剤を注射されたり、マスクをかぶって夜のショーでダンスをしたり、ヤクザとオカマのクラブママの「コドモ」として女装して遊んだり、どうにもこうにも波乱万丈の人生らしいのですが、このあたり、意外とあっさり流されてて、ヒトコマだけの説明で終わったりします。もっと読ませてくれよう。

 そのかわり、絵の描き込みとセリフの多さがスゴイ。三島由紀夫の切腹シーン、自身の美しい母親の描写、ヤクザの戦争中の体験などが、これでもかと描き込まれます。

 バランスを失した構成もなんのそのの過剰さ。著者の内部でも整理できていないのでしょう。吾妻ひでお「失踪日記」のごとく自身を客観化することがいかに困難なことか、よくわかります。

 傑作ではありません。でも、著者にとっても制御できない思いを読むのは、わくわくするような読書体験でした。

 第一部完ですが、続くのかな?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 01, 2006

しりあがり寿による「マンガ入門」

 今、新書が売れてるそうですね。各社とも新書のタイトルは、マーケティングに基づいて練りに練られてるらしい。

 で、しりあがり寿「表現したい人のためのマンガ入門」。背の部分には「マンガ入門」とだけしか書いてなくて、これも考えられた結果のパッケージなんでしょう。オビにはこうあります。

21世紀の自己表現法!
自分をプロデュースしてみよう まったく新しいマンガ入門書の登場!

 タイトルが懐かしの「マンガ家入門」じゃなくて、「マンガ入門」なのが微妙なところ。プチクリをイメージさせようとしてる?

 マンガ家とキリンビール宣伝部サラリーマンの二足のわらじをはいていたので有名なしりあがり寿ですが、会社員としては、デザイナーに発注する立場。すなわち、彼はクリエイターであり、編集者、プロデューサーでもあったことになります。

 前半は、マンガ論、なんですが、著者の経験を生かした発言が、この本の中心でしょう。

●マンガには「商品」と「作品」という側面があります。「商品」の評価は読者が下します。

●ボクの場合(略)自分の中に「しりあがり寿」という作家と「しりあがり寿」を担当しているマネージャーがいます。作家である「しりあがり寿」いつどこでどんなことを考え出すかわからない、ヘンテコな「ケダモノ」であり、それを担当するマネージャーは、そんなヤヤコシイ「ケダモノ」を担当する「調教師」、あるいは飼いならす「オリ」といったところでしょうか。

●最終的には読者を喜ばすことが目的になるかもしれません。でもその前に必要なのは、発注者を喜ばす、ということです。

 ううーん。読者の立場では、ぼーっと考えてはいたことですが、ここまできっちり指摘されると、なるほどそうかと、膝を打ちます。さすが日々商品として作品を売っている実作者の考えてることは違う。

 著者は笑いについても考えています。笑いを「覚醒」と「麻痺」に分類します。前者は権威を笑うこと、風刺など、どちらかというとイジワルな笑いのこと。後者は失敗やドジを笑ってすます、その場をうやむやにする笑い。そうか、こういうリクツを考えながらマンガは描かれているのか。

 後半は自伝と自作解説。こんなマンガが描きたいんだという心の叫びが表現されてる部分。そしてこう描いてきたという自負もあるところ。ここ、熱く語られてます。

 しりあがり寿はやたらに作品数が多いので、さすがに全部は追っかけきれてないですが、相当数は読んできたつもり。それでもこの本を読むと、作家の全貌はつかめてないなあと思ってしまう。なかなか奥の深いひとです。

| | Comments (5) | TrackBack (1)

« July 2006 | Main | September 2006 »