ミー・ターザン! ユー・ジェーン!(その2)
(前回からの続きです)
映画の中のターザンは、すでにその最初、エルモ・リンカーンの時代から、「類猿人」で「蛮人」でした。なんせ毛むくじゃらですし。ターザン映画はこのイメージを再生産していきます。
その後ワイズミュラーによるターザン映画が世界じゅうで大ヒットして、ターザンのイメージがワイズミュラーによってほぼ固定されてしまいます。どちらかというとぼーっとした顔、たどたどしくしゃべり、正義感にあふれ、ジャングルの守護者、子どものように無垢なヒーロー。
実は、バローズによる原作のターザンは、グレイストーク卿という本名が示すとおり、イギリス貴族で金持ちのインテリ。語学の天才で、ジェーンに会う前から英語はしゃべれなくても読み書きは完璧(←絵本で独学したのね)、フランス語もあっというまに習得してしまいます。
あーあーと叫びながらツタにぶら下がったりはしません。ただし、戦いに勝ったときは、こんな感じ。
かれは強力な敵の死骸の上に片足をおき、大きく胸を張り、若々しく引き緊った顔をぐっと後ろへそらして、類人猿の勇者の勝利の雄叫びを、声高らかにとどろかした。その野獣の勝利の賛歌ははるか遠くの密林にまで響き渡った。(「類猿人ターザン」高橋豊訳)
彼は、文明世界にもジャングルにも自分の居場所を見つけられない疎外された存在であり、常に暴力と殺人を辞さない哲学の持ち主とされています。だいたい、最初にジェーンを猿人から助け出したとき、彼女と会話もせずに、まず荒々しくキスしちゃうような男であります。たくましいけど、どこかカワイイ、という映画ターザンとは違いますわね。
原作とまったく違う映画のターザン像は、原作のバローズ・ファンがいつもフンガイするところでありますが、映画も原作も、基本的にセックスアンドバイオレンスを秘めているのは大人にも子どもにもわかっていたはずです。
映画でのジェーン役、モーリン・オサリヴァンも、これはもう裸で泳いだり、ほとんど裸のエッチなコスチュームを着てたりしてました。中学生時代にターザン映画を見た筒井康隆は、「あの恰好の為にぼくなど何回自慰衝動を触発させられたことか」なーんて書いてます。
原作のほうでも、ジェーンはいっつも誘拐されては危機に陥ってるし、その他の女性キャラもけっこうエッチ。
たとえば原作ターザンのうち「野獣王ターザン Tarzan the Untamed」を見てみましょう。ハヤカワSF文庫の表紙カバーイラストは武部本一郎の手によるもので、服がやぶれてオッパイほりだしたおねえちゃん(なんと乳首見えてます)とターザンが対峙しているというもの。このシーンは以下のように書かれています。ちょうど第一次大戦中が舞台の作品なので、ドイツ人は敵です。
彼女と向き合って立っていたかれは、はじめて彼女をまぢかに見る機会を得た。美人だった。しかし、彼女の美貌はまったくターザンの心を動かさなかった。うわべだけきれいでも、魂はきっと罪悪で真っ黒なんだ──ドイツ人のスパイなんだから。かれはキルヒャーを憎んだ。ぬけるように白い首を咬みつぶして殺してやりたかった。(略)
かれはヌマ(←引用者注・ライオンの名です)に上着の前を引き裂かれて素肌を露わに見せている彼女の胸へ目をやった。その白いなめらかな肌の上に垂れ下がっているものを見たとき、かれは思わずあっと驚きの声をあげ、表情を変えた。(「野獣王ターザン」高橋豊訳)
なかなかにエロチックなシーンですが、さすがに戦前作品なのでこんなもの。ただし、ターザンの心情がすごく荒々しい。実は、彼、妻のジェーンを殺されたと思って、頭に血が上ってるのです。
さらに、ターザンがドイツ軍と戦うシーン。これがスゴイ。
野獣と化したかれの爪がドイツ将校の肩をつかむと同時に、かれの牙が太い首にがっとかぶりついた。それから、ローデシア連隊の兵士たちは終生忘れ得ぬ凄惨な光景を目撃した。人間の姿をした巨獣が、大男のドイツ将校をくわえて、はげしくふりまわしたのだ──まるで獲物をくわえた雌ライオンのように。兵士たちはドイツ人の目玉が恐怖のあまり白くふくれあがり、両手をもがかせて巨獣の大きな胸や首をむなしく叩くのを見た。やがて巨獣は大男をぐるりと反転させ、片腕を首にまわし、片方の膝を大男の背中にあてがって、ぐっと肩をそらした。ドイツ人の足が崩れ、巨獣はその上にのしかかったが、腕と膝の力はゆるめなかった。ドイツ人は一瞬喉のつぶれたような苦悶のうめき声をあげた。とたんに、なにかがぼきっとおれる音がした。(「野獣王ターザン」)
現代のバイオレンス小説もかくや、というくらいの描写です。これが映画になると、かなり生ぬるいターザンに変化します。しかし、もともとターザン物語の底に流れているのは、このようなセックスアンドバイオレンス風味でありました。
ターザンの魅力は、もちろんアフリカやジャングルのエキゾチシズムが第一なのですが、このセックスアンドバイオレンスがあったからこそ、世界じゅうでヒットしたのでしょう。これこそが、お子様向けのジャングル・ブックとちょっと違うところ。
戦前から抄訳はされていたバローズの原作ターザンですが、初めて全訳されたのが1954年。「全訳ターザン物語」(1)出生の巻と(2)帰郷の巻が刊行されました。
1巻が第1作「Tarzan of the Apes」、2巻が第2作「The Return of Tarzan」の全訳、出版は小山書店ですが、奥付では生活百科刊行会になってます。訳者はあの、西條八十です。
巻末に推薦文を書いているのが、城戸幡太郎、伊藤整、池部良でして、みんな映画は知ってるけど、原作はこういうものだったのかと驚いてるようです。
1961年には実業之日本社から全六巻のターザンシリーズが発売されたそうですが、今では幻か。
日本で原作ターザンの本格的な刊行が始まったのは、1971年です。これにはいろいろな条件が重なってなされたものでした。
創元推理文庫にSFマークがついたのが1965年。最初はバローズの火星シリーズ第1作、武部本一郎が表紙を描いた「火星のプリンセス」でした。バローズのシリーズは人気を呼びます。
ハヤカワも1966年からハヤカワSFシリーズでバローズのペルシダーシリーズを刊行。この第4作は、ターザンが地下世界ペルシダーで活躍する「地底世界のターザン」で、おお、こんな作品があるのかとみんなちょっとびっくり。
1970年、ハヤカワSF文庫がスタート。創元とハヤカワが文庫で並び立ち、現在まで継続しているライトノベルの出版フォーマットの原型となります。
ジャンルはSF、表紙に美女(まだ美少女じゃなかった)、口絵付き、イラスト付き。読者対象は、背伸びをした中学生から、高校生、大学生あたりで、しかも男性。となると、できれば内容はセックスアンドバイオレンスが望ましいじゃないですか。
アメリカで1962年からターザンが再評価され、空前の売り上げを記録していたこともあり、1971年、ハヤカワ文庫特別版「TARZAN BOOKS」のシリーズ名で、第1作「類猿人ターザン」が刊行されました。以後、ハヤカワで刊行されたのがこちら。
1. Tarzan of the Apes 類猿人ターザン(創元では「ターザン」)
2. The Return of Tarzan ターザンの復讐(創元では「ターザンの帰還」)
3. The Beasts of Tarzan ターザンの凱歌
4. The Son of Tarzan ターザンの逆襲
5. Tarzan and the Jewels of Opar ターザンとアトランティスの秘宝
6. Jungle Tales of Tarzan ターザンの密林物語
7. Tarzan the Untamed 野獣王ターザン
8. Tarzan the Terrible 恐怖王ターザン
9. Tarzan and the Golden Lion ターザンと黄金の獅子
10. Tarzan and the Ant Men ターザンと蟻人間
11. Tarzan and the Tarzan Twins ターザンの双生児
12. Tarzan, Lord of the Jungle (ハヤカワでは未刊、河出書房より「密林の王者ターザン」として刊行)
13. Tarzan and the Lost Empire ターザンと失われた帝国
14. Tarzan at the Eath's Core 地底世界のターザン(創元では「ターザンの世界ペルシダー」)
15. Tarzan the Invincible 無敵王ターザン
16. Tarzan Triumphant ターザンと呪われた密林
17. Tarzan and the City of Gold ターザンと黄金都市
18. Tarzan and the Lion Man ターザンとライオン・マン
19. Tarzan and the Leopard Men ターザンと豹人間
20. Tarzan and the Tarzan Twins with Jad-bal-ja the Golden Lion (「ターザンの双生児」と合本)
21. Tarzan's Quest (日本では未刊)
22. Tarzan and the Forbiden City ターザンと禁じられた都
23. Tarzan the Magnificent ターザンと女戦士
24. Tarzan and "The Foreign Legion" (日本では未刊、悪役日本人多数登場らしい)
25. Tarzan and the Madman ターザンと狂人
26. Tarzan and the Castaways 勝利者ターザン
わたしが読んだことがあるのは、このうちごく一部です。くわしくはバローズのファンサイト「エドガー・ライス・バローズのSF冒険世界」のなかのコチラをご覧ください。いやーごっついサイトです。
ほとんどの日本人はこのハヤカワ版で、やっと原作ターザンのほぼ全貌を知ることができました。
さて、ターザンの映画、テレビ、原作、ときて、残るはマンガです。
以下次回。
Comments