新書版おとなマンガ
1966年にコダマプレスが刊行開始した「KODAMA DIAMOND COMICS」(ダイヤモンド・コミックス、あるいはダイアモンド・コミックスと呼ばれます)というシリーズが、新書版コミックスの始まりといわれています。実際は小学館のゴールデン・コミックスの刊行開始とほぼ同時だったみたいですが。
コダマプレスは翌1967年5月に倒産するまで、わずか1年の間に50冊以上の新書版コミックスを発行し、新書版ブームのさきがけとなりました。
コダマプレスに続いて各社から新書版コミックスが発行され、やっと雑誌連載マンガをまとめて所有し、読むことが可能になりました。それまでは、連載マンガが単行本にまとめられるのはごく一部でしたし、高価なハードカバーが中心。
雑誌で長編連載→新書版単行本でまとめて読む、という現在の形式ができたのがこのあたりからです。また、こうしてまとめられることで、マンガが評価されることも可能になったと言えます。
ダイヤモンド・コミックスのリストを不完全版ながら作っていてちょっと驚いたこと。
新書版コミックスといえば、初期はほとんど子どもマンガか青年マンガ。それも男の子向けばかりだと思ってたのですが、コダマプレスのダイヤモンド・コミックスは、それだけじゃありませんでした。
もちろん、シリーズ最初のころの目玉作品は、手塚治虫「ロック冒険記」、白土三平「真田剣流」、赤塚不二夫「チビ太くん」などで、もちろん子ども向けなのですが、ダイヤモンド・コミックスでは初期からおとなマンガも多く発行されていました。
加藤芳郎「オンボロ人生」、サトウサンペイ「スカタンC.O.(カンパニー)とランチ君」、岡部冬彦「アッちゃん」、小島功「OH!大先輩」、富永一朗「ピコ」、鈴木義司「コーフン・カンゲキ全集」「俺はジャマスケ」、坂みのる「ピンカラキリちゃん」、改田昌直「ミステリー・カクテル」などが、そのラインナップ。
これはけっこう意外でした。この時点では、もしかすると、おとなマンガも新書版ブームにのって隆盛したかもしれないという、歴史のイフがあったのか(というほど、オオゲサなものではありませんが)。
しかし、その後、新書版おとなマンガの流行はありませんでした。おとなマンガにとっても、作品が新書版にまとめられることはチャンスだったはずなのですが、残念ながら、子どもマンガ、さらに劇画のエネルギーの前に吹き飛ばされる形になってしまいました。
この日本でのおとなマンガ凋落の原因のひとつは、おとなマンガそのものの問題もあるでしょうが、新書版で子どもマンガや劇画をまとめて読めるようになったことも要因のように思われます。新書版で読む長編マンガが、読者にマンガの魅力を発見させ、その力をさらに増したのかも。そして相対的におとなマンガの地位が低くなっていったのじゃないでしょうか。
1954年に創刊されたおとなマンガの牙城、文藝春秋「漫画讀本」が休刊するのが、1970年です。
Comments
みなもと太郎様 漫棚通信様
こんにちは。うっちーさんに導かれてやってまいりました。
コダマプレス、たしか長尾みのる先生も一冊出されていたような気がします。
私は姉がいて、小学校低学年の時に最初に認識したコミックスがみなもと先生の「どろぼうちゃんシリーズ」一巻でした。死ぬほど読み返していたので「作画グループ」の説明ページとかをかなり覚えています。大学生になってやはり姉が買っていた雑誌で「風雲児たち」を知ってへえーっと驚いた記憶があります。
長尾みのる「バサラ人間」「革命屋」共に、一冊あたり原価を下げなければならないので三千部作ってます。今、これだけ売るのはなかなか困難です・・。
夏には牧美也子先生の大人漫画「星座の女」第一弾が出せそうです。
よろしくお願い致します。
Posted by: よるひる | June 09, 2006 06:25 PM
まったく同感です。
Posted by: みなもと太郎 | June 09, 2006 04:42 PM
コメントありがとうございます。
日本のおとなマンガは、それはそれで、世界の中でも特異なものに発展してるんじゃないか、という気がするのですが(たとえば東海林さだおに似たものが世界のどこかにあるのか?)、これについてはまったく勉強が足りませんので、いずれまた。
Posted by: 漫棚通信 | June 09, 2006 02:32 PM
「流転」さんへ
はい、その通りです。
私が子供の頃はマンガ家のジャンル分けが今ほど進んでおらず、少年誌も少女誌も大人マンガも並行して描く作家は珍らしくなかったのです。ところが私がプロになったころから専門化が進み、「この作家は熱血専門」「この作家はギャグ専門」みたいになって来たのでレベルは上がったのですが、各ジャンルの間に「壁」のようなものが出来はじめ、「ギャグ漫画はこういうコマ割、銭で描け」「少女漫画はこんな背景がふさわしい」てな暗黙のセオリーが巾をきかすようになっておりました。私はそれがイヤでイヤで、閉鎖的にも見え、「自分だけでも昔ながらの作家のように、ジャンル構わず描きたい」と思い、実行し、かき回し、中途ハンパな作家になりました。時には全ジャンルをごちゃ混ぜにして「ホモホモ7」のような怪作も生み出しましたが、その後も「少女フレンド」と「快楽号」と「小学五年生」に同時連載することに何のためらいも持たず、ズーッと今日に至っております。ですから当時、青年誌しか読まない読者にとっては、みなもと太郎は「青年誌に描いてるギャグ漫画家」でしょうから、高信太郎のマンガに出てきても違和感は無いでしょうね。単行本になってから「?」と感じる読者も現れるわけで、その一人があなたです。
あすなひろし先生も少女マンガや青年コミックの複数ジャンルに多大な貢献を果たされた方で、水野英子少女漫画もコーシンのギャグ漫画も同等に愛することの出来る方でした。私は一ファンに過ぎませんが、18歳のとき訪ねて行き、そのイキサツは「あすなひろし追悼サイト」の追悼文に寄稿してますから、そちらをご覧ください。
http://www.asunahiroshi.net/
マンガのジャンルに国境など、あってはならない物ですが、それを自在に楽しめる読者は常に極く少数で、その意味でこの「漫棚通信」は貴重です。私のワガママな漫画活動が、はからずもその後のマンガ界に少々刺激を与えられたとすれば、それは望外の喜びですね。
Posted by: みなもと太郎 | June 08, 2006 06:52 PM
みなもと先生の投稿を読んでいて、思い出した事があります。
七十年代中葉くらいに漫画文庫ででたと思うのですが、高信太郎先生の名作パロディーで「ワイの悲劇」と言う作品があり詳しい内容は失念してしまったのですが、オチはなぜか犯人としてみなもと先生が捕まり、「ワイやない!ワイは犯人やない!」と叫んでいる強烈なものでした。
ホモホモ7や世界名作パロディーでみなもと先生のファンだったわたしは同じ漫画家とはいえ、全然別の世界(と、いう感じでした)の高先生の作品にみなもと先生が登場したのを驚いた覚えがあります。
今、考えてみますと、みなもと先生のご友人の故あすなひろし先生(ファンです!)と高先生は旧知の間柄との事ですので、そのご縁ということでしょうか。
Posted by: 流転 | June 07, 2006 01:41 PM
そうそう「長尾みのるイラストストーリー」続々刊行中の「よるひるプロ」儲けは度外視でガンバッておられます。発行部数がトテモ少ないそうなので、興味のある方は早めにご注文されることをオススメします。
Posted by: みなもと太郎 | June 07, 2006 12:20 PM
「大人マンガに肩入れしすぎたのがダイヤモンド・コミックス倒産の原因」と当時からささやかれていましたですね。おかげで後続の「サン・コミックス」や「虫コミックス」はほとんど大人マンガを無視する傾向になり、大人マンガ凋落に拍車がかかったようです。
そんな中「比較的新しい大人マンガ」の健闘もしばらく続き、園山俊二(ギャートルズ・虫コミ)秋 竜山、砂川しげひさ、高信太郎、黒鉄ヒロシらを続々刊行した「奇想天外文庫」の活躍が目立ちました。しかしながら、それら1頁~4頁の「短編大人マンガ」形式そのものが、いしいひさいち、植田まさし等の「新四コマ漫画」によって駆逐されていきます。
…いや~漫棚さん、ここんとこ懐かしい話が続くもんで、しゃしゃり連投してしまい相スミマセン。いえね、古本の通販でダイヤモンド・コミックス(加藤芳郎著、オジサマ大名)入手したばかりなんすよ~。ヤッパこの時代の大人マンガ、無駄のないテンポ、完成しちゃってますね。
Posted by: みなもと太郎 | June 07, 2006 12:08 PM
はじめまして。いつも拝見させていただいてます。
「漫画読本」の休刊号まで連載されてたらしい作品
長尾みのる「革命屋」という作品が最近復刊された模様です。
http://members.jcom.home.ne.jp/yoruhiru/pro_index.html
大人マンガというジャンルではないかもしれませんが、
現代見ても大変新鮮で今後、このような出版が増える事を
期待したいと思います。
ダイヤモンド・コミックスでは「シルバークロス」
(藤子不二雄)の表紙デザインがシャレてて好きです。
当時はまだカバーデザインもマンガ家が手掛けてたようで
後の単行本にはない魅力があるように思います。
Posted by: うっち〜 | June 07, 2006 01:18 AM