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June 14, 2006

コピーの話

 1977年の松本零士といえば、「銀河鉄道999」はあるわ、「宇宙海賊キャプテン・ハーロック」はあるわ、「惑星ロボダンガードA」はあるわ、「大純情くん」はあるわ、当時は松本零士ブームだったから、死ぬほど忙しかったころ。

 そのころの松本零士のマンガでは、一回宇宙船を描くと、それを二十回以上コピーして使用するというような例もありました。縮小コピーして、切って、貼って、修正して、と、マンガの描き方が、現在のデジタル時代にモニタ上でする行為と近づいてきていた。コピー機がマンガの描き方を変化させたことになります。

 ここでいうコピー機とは、現在使用されている普通紙複写機のことです。これ以前には、通常「青焼き」と呼ばれるジアゾ式複写機がありました。現在も、コストが安い、精度がよい、などの理由で、建築設計図などに使用されています。

 現在のコピー機の元祖がアメリカのゼロックス社で製品として開発されたのが1950年代末。マンガ・アニメ方面では、まず、1961年公開のディズニー「101匹わんちゃん」がゼロックスを使用して動画→セルへの転写をしました。

 多くの犬が登場するので、トレスの手間を省くためだったのでしょうが、ゼロックスの使用で、セル上で鉛筆の線が再現できることになり、線の勢いとか味が出せるようになりました。ただ、線が荒い印象にはなってしまいますが。

 日本では、1969年東映動画の「タイガーマスク」がゼロックスを使った荒々しい線で有名。ただし、ゼロックスはランニングコストが高く、時間もかかるので、日本ではあまり普及せず、そのかわりトレスマシンが使用されることが多かったそうです。動画とセルの間にカーボン紙をはさんで転写するのですが、ゼロックスのような線の強弱は出せないらしい。

 これより昔のトレスは、もちろんハンドトレスですし、今はデジタルですね。

 日本で、富士ゼロックスがコピー機を発売したのが1962年。国産の製品の発売は1970年以降だそうです。

 松本零士のマンガ作品でいうと、ぱらっと探してみた感じで「男おいどん」(1971~1973年週刊少年マガジン)には、コピーは使用されてなかったようですが、そのあとの「ワダチ」(1973~1974年週刊少年マガジン)になって使われ始めてます。

 まず最初は、モブシーンだったみたい。そして、回想シーンにも使われてます。

 これが数年たつと、とくに宇宙船は、コピーがアタリマエみたいにまでなってきてます。ま、メカは描くの面倒ですからね。アニメ方式をマンガに導入したのかもしれません。

 そのころになると、コピーが一般的にも普及してきて、ひとのノートを写すとか、同人誌とかがコピーでされるようになってきます。1970年代後半、でしょうか。本棚あさってたら、ひとから借りたレコードの歌詞カードを、わたしが手書きで写したのが出てきました(←ちょっと恥ずかしい)。これ、1974年。どうもそのころ、ウチ周辺ではコピー機は一般的じゃなかったみたいです。

 これ以外のマンガでのコピーの使用法というと、コピーをわざとブレさせて、不気味な効果を出すとか。怪奇マンガで、つのだじろうあたりがやってたでしょうか。

 連載末期の「弐十手物語」(神江里見/小池一夫)になると、毎ページのように同じ顔がくりかえし登場し、すごく変でした。口の形とか、眉が少しずつ違うのね。こういう使用法は、ちょっとどうか。

 今は、カラー原稿のときにコピー使用が多いのかな。ただし、いずれこれらもデジタルに移行して、モニタ上ですべて完結することになるのでしょうか。

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Comments

> コピーの使い方

向こうので最近見た例としては
「ペン画(だと思う)を拡大コピーしてわざと線の質を荒らし、それを取り込んでさらにPC上で加工する」
みたいなことをやってるのがありました。
いしかわじゅんの『まんがの時間』では「手抜き」として激しく批判されていたコピーですが、デジタルツールが標準化しちゃうとコピー機の使用自体は逆にこういう加工のためのアナログな画面効果テクニックのひとつになってくような気がします。
ご指摘のように純粋なコピーやブレならデスクトップ上で恐ろしく簡単にできちゃいますからね。

Posted by: boxman | June 15, 2006 11:35 AM

石ノ森章太郎氏も、さいとうたかを氏も、コピー多様派ですよね。

Posted by: momotarou | June 15, 2006 03:03 PM

コピペが簡単にできるデジタル時代になって、ますますコピーは手抜きじゃなくて表現であるっ、というところを見せる必要が出てくるのでしょうか。でも今のコピー機って、デジタルとアナログの中間の微妙な存在になっちゃいましたね。

Posted by: 漫棚通信 | June 15, 2006 05:32 PM

拙著『赤塚不二夫 天才ニャロメ伝』(マガジンハウス)に
描きましたが、赤塚不二夫は「フジ・クイックコピー」を
使用しました。
青焼きではなく、ブラックで線が複写できる小型機で
湿式のものでした。十二社池の下のスタジオゼロ時代
ですので、70年には入っていません。

その後、下落合のひとみマンション時代には
アメリカ製の大型「スタットキング」とかいう
器械を使用しています。
四畳半部屋をそっくり占領してしまう250万円
だったか?もした、コピー機というよりは、カメラで
撮ったフィルムを自動現像し、紙焼きを作る機器です。

操作が面倒で、使う気になれませんでした。それで
アニメのプロダクションにあずけ、アニメーターに
焼いてもらっていました。
講談社フェーマスの紹介で購入したんです。
赤塚はメカにだめなくせに、新しいものに大金を使う
のが好きでした。
ビクターが試作した、東京では力道山しか持っていない
ビデオレコーダーを購入したり…。これもほとんど使用
せず、奥さんが彼がTVに出た番組を録画したようです。

Posted by: 長谷邦夫 | June 16, 2006 05:44 PM

コメントありがとうございます。実はネットでフジ・クイックコピーの説明も読んでみたのですが、仕組みがよくわかりませんでした。そうですか、黒ですか。青焼きでもなくゼロックス型の乾式コピーでもないという機械なんですね。あの時代に簡単に使えるコピー機があれば、バカボンとかでもっとギャグに利用してたでしょうね。

Posted by: 漫棚通信 | June 16, 2006 05:59 PM

>クイック機
エンピツ原稿をこれでコピーし、マンガ短編を入稿したことが
ぼくは1回あります。
古谷三敏さんは何回かあるんです。

便利には便利ですが、エンピツ線が勝負なので
アシスタントが使えず、結局時間がかかって
しまうんですね。
でも、最初からスピードでシャープな下絵線が
描ける人だったらOKでしょう。
ただ、当時はペン線は「入り」「抜き」「膨らみ」
といった筆線的なものがいいと言われていたので
やはり、エンピツ・タッチには抵抗がありました。

Posted by: 長谷邦夫 | June 16, 2006 10:48 PM

考えてみれば、ペンという本来字を書く道具を、いまだに絵の道具として使ってるのも変な話で、おそらくアマチュアなら10人中9人が鉛筆の方がうまく描けると考えてるんじゃないでしょうか。デジタル時代、いよいよペン画が消えるかも。

Posted by: 漫棚通信 | June 16, 2006 11:15 PM

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» Manga and Photocopiers: A Brief History [ComiPress]
- http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_3698.html The Mandana Tsushin (Manga Bookshelf Transmissions) blog has an article regarding the advent of the Xerox machine (photocopier) and its effect on manga, primarily relating to one o... [Read More]

Tracked on June 17, 2006 01:59 PM

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