日本におけるタンタンの現在(その1)
エルジェの「タンタン」シリーズが、日本に初お目見えしたのが1968年のこと。主婦の友社から「ぼうけんタンタン」というシリーズ名で、「ブラック島探検」「ふしぎな大隕石」「ユニコン号の秘密」の3冊が刊行されました。
これは日本人にとって、タンタンとの不幸な出会いでした。
まず、横長の変則的な版形。そして、時代から考えてしょうがないのですが、カラーは一部のページで、ほとんどのページがモノクロ印刷でした(そのかわり値段は当時の新書版マンガ単行本よりちょっと高いだけの250円)。さらに、ちょっとどうかと思われる阪田寛夫の翻訳。「ウキャキャのウキャキャのワッホッホ! こりゃまびっくりぐうぜんのイッチッチ!」などのセリフが頻発します。
このシリーズのライバルは、当時日の出の勢いであった日本人作家の作品群、「巨人の星」や「あしたのジョー」です。当然ながら、このタンタンのシリーズはあまり人の目に触れずに消えてしまいました。このため、「ユニコン号」の直接の続編である「かいぞくラカンのたから」(こういうタイトルで予告されていました)は訳されることなく、宝捜しの結末は謎のまま。
タンタンの本格的な邦訳は、エルジェが亡くなった1983年、福音館書店「タンタンの冒険旅行」の刊行開始まで待たなければなりません。現在も流通しているこの版は、大判のハードカバー、オールカラーで、世界標準の版形。書店ではマンガとしては販売されず、絵本の棚に置かれました。その結果、タンタンは日本でも、たいていの図書館で読むことができるようになりました。
1983年4月に「黒い島のひみつ」「ふしぎな流れ星」、1983年10月に「なぞのユニコーン号」「レッド・ラッカムの宝」が刊行されました。この刊行順序は原著の発行順序とは異なり、主婦の友社版を踏襲したもので、ここでやっと、続編の刊行を待ちわびていた日本人読者(わたし以外にそんなひとがいたかどうか知りませんが)は、15年ぶりにハドック船長のご先祖の宝は何か、どこにあるのかを知ることができたのです。
以後、福音館書店は「タンタンの冒険旅行」シリーズをのんびりと1~2年毎に刊行し続けます。ただし1999年の17作め「オトカル王の杖」から2003年の18作め「金のはさみのカニ」までは、4年も間があいて、もう刊行しないのじゃないかと心配する時期もありましたけど。
エルジェのタンタン・シリーズは未完成作品も含めて全24作。2003年以後は順調に刊行が続き、2005年には21作めとして、エルジェがカラー化しなかった雑誌モノクロ掲載時そのままの第一作「タンタン ソビエトへ」まで刊行されました。かつては、英語版やフランス語版では本来のシリーズに含まれなかった作品ですが、近年ベルギーでのタンタン全集の一巻として発売されるようになり、日本でもこれにならったらしい。
そして、残るは3冊。次回発売は、制作順でいうと「ソビエトへ」に続く第二作「タンタン コンゴへ」です。
1930年のベルギー領コンゴを舞台にしたこの作品は、のちにカラーで描きなおされました。しかし、その植民地主義的内容や黒人の表現のため、今にいたるもカラーの英語版は発売されていないという作品です(カラーのフランス語版やスペイン語版は普通に発売されています。またモノクロ英語版は存在します)。
この作品について、かつてわたしは、きっと日本語では読めないであろう、と書きましたが、いやー、福音館書店やってくれます、えらいぞっ。
そして、タンタンがニッカボッカを捨ててジーパンになったので有名な最終作「タンタンとピカロたち」と、未完成の「タンタンとアルファアート」を足して、合計全24作。シリーズ刊行開始から23年、初の邦訳から38年。やっと完結が見えてきました。
さて、フランスBDの代表作であるタンタン。全世界で2億部が売れているというこのベストセラーは、日本マンガとどのような関係があるのでしょうか。
これが、まったく関係ないと思われるのですね。
戦前の海外アニメ、ミッキー、ポパイ、べティは当時の日本マンガに影響を与えたのは明らかですが、タンタンが日本にはいってきた気配はない。アメリカのコミックブック、スーパーマンやバットマンは戦後の子供マンガや絵物語のお手本になりましたが、この時期もタンタンは知られていなかった。
大友克洋らの日本人作家がBDに興味を持つようになったのは、メビウスらの新時代になってからで、タンタンとエルジェはすでに過去のひと。
1968年の主婦の友社版などは、知ってる人のほうがめずらしい、ってなぐあいで、1983年以前、タンタンが日本マンガに与えた影響は皆無と言っていいでしょう。
1983年以後すでに20年以上経過、ほとんどの作品が邦訳され、さらにアニメまで放映されて(たしかNHK-BSだったかな)、じゃあ日本でタンタンがどれだけ有名になったかというとこれが。
熱心なファンはいるのでしょうが、一般的な人気や知名度はどうか。日本でのタンタンは本来のマンガと離れて、猫のフェリックスやベティ・ブープと同様、マグカップやノートに描かれた単なるかわいいキャラと化してるんじゃないかしら。
タンタンって知ってる? ああ、あの犬を連れたハゲのコドモ? ハゲてんのとちゃうわいっ。金髪やねんぞ。
以下次回。
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Comments
タンタンは大貫妙子の歌で名前を初めて知った、という人が俺ぐらいの世代だと意外に多いんじゃないかと思いました。
メトロポリタンミュージアムとか名曲だったなあ。
Posted by: mgkiller | May 16, 2006 01:24 PM
消費社会においては、キャラクターがストーリーから遊離して、再度キャラとして消費される、というところでしょうか。昨年のモノクロオリジナル版タンタンの発行は、映画化にさきがけて、ということらしいですよ。
http://www.c-garage.co.jp/info/info_050223.html
Posted by: 漫棚通信 | May 14, 2006 04:45 PM
仰るとおりタンタンは日本では「マンガ」だと思われてない気がしますね。
マンガ家にまったく影響がないとは思いませんが、ピーナッツなんかと同様に、一般的には完全にマンガの市場とは別な市場のプロダクトだと思われていて、児童向けの絵本として以外では、他の海外絵本や『エミリー・ザ・ストレンジ』辺りと同種の女性向けのファッションアイテムとして流通している感じでしょう。
たぶん映画化でもされればまた状況が変わってくるのでしょうが(『おさるのジョージ』まで映画化される時代なのでそのうちタンタン映画も実現するでしょう)。
しかし、日本版完結しそうなんですか、知らなかった……
Posted by: boxman | May 13, 2006 08:04 PM