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March 17, 2006

タイムマシンにおねがい

 木村カエラが参加して再結成したサディスティック・ミカ・バンドの「タイムマシンにお願い」がTVCMで流れてきてニコニコしちゃうわけですが、さて、旧「タイムマシンにおねがい」は1974年の作品でした。

 マンガ方面で1974年はどんな年だったのか。ええ、そうですよ、単なるわたしのノスタルジーですよ。

・ユリ・ゲラー来日。スプーン曲げブーム。わたし自身は、ンなアホな、てな感じで見てました。ヤなガキだね。

・五島勉「ノストラダムスの大予言」ベストセラー。発行は1973年11月。わたし当時から冷笑してました。ヤなガキだね。

・小松左京「日本沈没」、第27回日本推理作家協会賞受賞。映画は1974年のお正月映画で大ヒット。原作読んですっごくこわかったのを覚えてます。

・TVドラマ「傷だらけの天使」放映。ショーケンの真似して生コンビーフを牛乳といっしょに食べてみました。あんまりオイシイものじゃなかった。

・TVアニメ「宇宙戦艦ヤマト」放映。松本零士のマンガ版は冒険王連載。このためにすっごく久しぶりに冒険王買ってました。

・長嶋茂雄、現役引退。ほとんど興味ありませんでした。

 こういう時代ね。

・大島弓子「ミモザ館でつかまえて」で、第2回日本漫画協会優秀賞受賞。大島弓子は最初マーガレットの人でしたが、途中から少女コミックその他の人となりました。いずれにしても、多くの作品が朝日ソノラマから刊行されたというのが、時代ですなあ。

・萩尾望都「トーマの心臓」、少女コミックに連載。さすがに雑誌では連続しては読んでません。

・一条ゆかり「デザイナー」、りぼんに連載。この時期わたしはりぼんにハマってまして、これは雑誌で読んでました。

・陸奥A子「たそがれ時に見つけたの」、りぼんに掲載。これも雑誌で読みました。

 いよいよ少女マンガがメジャーになりつつあるとき。

・手塚治虫、少年マガジンと和解。「おけさのひょう六」掲載、続いて「三つ目がとおる」連載。マガジンが突然、手塚治虫を特集し始めました。チャンピオンでブラック・ジャックがヒットしてたから、別に不思議には思いませんでしたが。

・山上たつひこ「がきデカ」、少年チャンピオンに連載開始。

・池上遼一、雁屋哲「男組」、少年サンデーに連載開始。映画「燃えよドラゴン」は前年の公開です。日本中(もしかすると世界中)のバカがヌンチャクを自分の頭にあててていた時期であります。ちなみに、梶原一騎/つのだじろうの「虹を呼ぶ拳」の冒険王連載開始が1969年、マガジンの「空手バカ一代」の連載開始が1971年。1973年末には作画が影丸譲也に変更されていました。

・小学館、「少年サンデーコミックス」というレーベルでマンガ単行本刊行開始。それまで存在しなかったのが不思議でしょ。これで、各社が自社雑誌に連載したマンガを単行本化する体制が整いました。

 チャンピオン黄金時代はもうすぐ、といった感じ。あと、わたしの好みとしては下記のようなものもありました。

・諸星大二郎「生物都市」で手塚賞受賞。
・いしいひさいち「Oh!バイトくん」同人誌版の刊行開始。
・小野耕世「バットマンになりたい」刊行。
・ジェラール・ブランシャール「劇画の歴史」刊行。

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Comments

いつも楽しく読ませていただいています。
1974ってことで、嬉しいです。
陸奥A子はりぼんで読みました。あとで、単行本を買うハメになるとは思いませんでした。(笑)。生物都市は衝撃でしたし、新しい時代なのかとも思いました。そのあと連載される暗黒神話は単行本になる内容ではないなあと、思い、古本屋を廻り、さかのぼって買い集めました。多分連載の1年後に単行本は出たと思いますが、ジャンプのスーパーコミックス(?)からだったので、「えー、やっぱり」なんて思いましたが出て嬉しかったことを覚えています。バイト君は1977年京都の本屋で山積みの単行本を発見。もちろん知らない名前だったのですが、長年の勘が(笑)働き、高いのに購入。それ以来大学生活のバイブルだったのです。
当時タブチ君の連載が始まっていたのかもしれませんが、今から考えると山積みはすごいし、私が買ったのは二版でした。ということは私が遅れていた・・・・・

Posted by: not a second time | March 18, 2006 07:13 AM

この時期ジャンプの手塚賞・赤塚賞がまだ一緒に選考されていました。
で、赤塚に候補作品ゲラ(仮)正式製版では
ないが文字校するまえに出したもので)
選考用作品が届けられました。
この<仕事>は、後年もずっとぼくがやって
ましたので、諸星作品には驚かされたのを
良く記憶しています。

当然第一番に押したのが諸星作品!
候補が絞られてから、委員会が開かれ
ますが、ぼくは一切出ていません。(笑)
フジオ先生はカンニングペーパー発言。
ぼくは受賞パーティにも行かなかった。
(1回行ったか…)

読まないフジオ先生、パーティで
手塚先生が受賞者に、コマ割りを
具体的にページを指定して指導
していたのに驚愕!
帰ってきての報告です。
新人に異常に反応する手塚天才。
まるで無関心のフジオ神様。

Posted by: 長谷邦夫 | March 18, 2006 03:37 PM

コメントありがとうございます。
not a second timeさんも長谷先生も諸星大二郎に反応されてます。やっぱり「生物都市」はオドロキでした。手塚賞選考委員だった筒井康隆が海外SF小説にもない斬新なアイデアだと絶賛してたという記憶があります。一般には手塚賞で衝撃のデビューと考えられてますが、COMに2作描いてますし、調べると1973年からアクションやビッグコミックに「生物都市」までに7作発表してます。「不安の立像」とか「肉色の誕生」とか。
それにしても手塚・赤塚の新人に対する態度の差が面白いですね。それでいてアシスタント出身で大成した人が多いのはフジオプロなんですから。

Posted by: 漫棚通信 | March 18, 2006 09:36 PM

>新人
手塚先生は、これは!と思う新人から
吸収してしまう。(笑)
赤塚先生は…売り込む。
新人にネームまで入れてやって。(笑)

Posted by: 長谷邦夫 | March 19, 2006 01:40 AM

「タイムマシンにおねがい」を知ったのは、はずかしながら
自分のサイトをはじめたころ(つまり3年前)でした。
とても74年につくったとは思えず
しばらく夢中になりました。

同時にPUFFYってこのパロディなのか?
とかも思ったわけですが、奥田民生には
そういうことが念頭にあったのでしょうか。

Posted by: 紙屋研究所 | March 19, 2006 12:00 PM

音楽的にも、ヴィジュアル的にも、mikaバンドはとってもクールでした。奥田民生もあこがれたことでしょう。アノ当時髪を金髪やら緑色に染め分ける加藤和彦のHIPなこと。コンサートのコメントで「これ以上髪を染め続けると髪の毛が将来やばい」って言ってましたが、本当に今、やばいみたいですね。
昔トキワ荘のNHK特番で赤塚賞のことがありましたね。「うどまんべ」君だったっけ?彼はどうなったのでしょう。赤塚先生、最初誉めていたけど、あとですっかり忘れていたのが印象的でした。手塚先生は本当に「人間」ですよね。白手塚と黒手塚なのかな。
そうそう、トキワ荘特番で丸山さんも出てたはずなのに、丸さんの本でNHKは自分を見事にカットしていたと書いてあったことを今思い出しました。

Posted by: not a second time | March 20, 2006 06:49 PM

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