よっぽど無視しておこうかと思ったのですが、読んでいてあまりにあきれてしまったので、ひとつきっちり書いときます。
竹内一郎「手塚治虫=ストーリーマンガの起源」読みました。著者は、「さいふうめい」の名でマンガ原作を手がけ、短大などの非常勤講師もされている人物。手塚治虫が先行するどのような文化や作品に影響されてストーリーマンガをつくったか、というテーマの本、だと思います。
私にとっては「何故日本にストーリーマンガが生まれたのか」は、非常に大きな謎であった。
先行する西洋文化であるフレンチコミックやアメリカンコミックの影響を受けていないとはいえないが、やはりストーリーマンガは、日本独自の文化である。
これがまず前提です。
これに読者はまず困ってしまう。著者はストーリーマンガを「日本独自の文化」と言いきってます。著者の考えるストーリーマンガはアメコミやBDとは違うものとしていますが、コマがあり、フキダシがあり、主に物語を語るという意味で、海外マンガと日本マンガのどこが違うのか。
著者の考えるストーリーマンガとは何かを、まず定義してから論を進めるべきなのですが、そこは曖昧にされたまま。著者の考えるストーリーマンガが、「日本で描かれているマンガ」のことだとしたら、「日本独自」になるのはあたりまえじゃないですか。
ストーリーマンガの定義がされるのは、なんとこの本の巻末です。
ストーリーマンガは、まず物語ありきの、絵と文字を使った読み物である。
これが、なぜ、日本独自の文化なのか。何も説明されない。この本はこういう雑な前提で始まっています。
次に著者は、「ストーリーマンガは、一色刷りという特徴を持つ」と書きます。その理由は何か。
東洋には「墨絵」の伝統があった。
ちょっと待てーっ。
これで納得する人がいるのかしら。ここでは、アメリカでなぜカラーマンガが主流になったかについて何も触れられませんし(洋書を苦労して読まなくても、秋田孝宏の著書に書いてあるぞ)、日本の子供マンガの多くが二色刷りであった歴史はまったく忘れられています。
突然に墨絵を持ち出すのは何なんだろうなあ。帰納でも演繹でもなく、こういうのは単なる思いつきにすぎません。
ここまでで「はじめに」の3ページが過ぎただけです。あなたがこの本を読むにはどれだけの忍耐を必要とするか、相当の覚悟で読み進めてください。
さて、著者が考える、手塚に影響を与えた先行文化とは。
マンガなら北澤楽天、岡本一平、田河水泡、新関青花、大城のぼる。紙芝居。ディズニー・アニメ。映画的技法のマンガへの導入。宝塚歌劇。演劇。歌舞伎。
何でも書いときゃどれか当たると思ってないか。それぞれについてこまかい検証があるわけでもなく、かつて誰か(多くは手塚本人)が言ったことをそのまま書き写してるか、テキトーな思いつき。
「手塚は新関青花(健之助)の漫画が好きだった」と書いて、実際にどのような影響があったかを説明することをしない。
手塚に影響を与えた多くの作品を紹介しているくせに、なぜか手塚自身も語っている海野十三に対する言及は全くない。
劇画についての歴史を語る時、劇画側の文献をまったく無視して、手塚の文章だけを頼りにして書くこの態度は何なのか。
この本には多くの文献から引用がされていますが、その文献の多くは、というか、ほとんどは手塚治虫自身の文章や対談です。著者は、それだけにたよって論を進めています。手塚の言葉には韜晦が多く、そのまま信用しちゃならんと、あれほど言われてるにもかかわらず、その言葉を絶対の真実として書かれたこの本は、研究書なのか。
ラスト近く、手塚の「ささやかな自負」というエッセイが引用されています。それに対する著者の感想。
天才の自己陶酔と孤独がよく表れた文章である。手塚のいってることはおおむね正しい。
わたしが以前に「どん底のころの手塚治虫」というエントリで指摘したように、この文章は手塚の低迷期に書かれたものでした。発言が「いつ」なされたものかに対する意識は、著者には存在しないようです。
内容については、見られるところも、なくはない。現代の映画技法を利用して、初期の手塚作品の表現を解説するところなど、的外れと考えられるのものを多く含んでいるにもかかわらず、ここをきっちり書けばもっと良かったと思わせます。
手塚が同業者に嫉妬深かったのはよく知られてますが、むしろ彼はライバルを必要としていたという指摘もなかなかです。
ただし、この本のあまりに粗雑でひとりよがりな仮説の提出と論の展開は、評論・研究書としての形をなしていません。ところが、なんとこれ、学位論文を書き直したものだそうです。なんだろねえ。
紙屋研究所では、ケンカ売ってんのかな、と書かれてましたが、いえいえそうじゃありません。
私は、子どものころから夥しいほどマンガを読み、マンガ原作を仕事にしている人間である。
ああ、やっぱり、マンガばっかり読んでるとバカになるんだそうなんだ。悲しい本でした。
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