今日のマンガいろいろ
■「江口寿史の正直日記」に、コミックキューを作ってたころの「編集長日記」も収録されてます。1994年から1996年に書かれたものですが、ここで久しぶりに冬野さほの名を見ました。そう言えば彼女のマンガ、一冊も持ってなかったなあ、と買ってみたのが、マーガレットコミックス「ポケットの中の君」。なんと1993年12月発行、わたしの買ったのが2004年9月で17刷。売れ続けてます、ロングセラーだ。
で、この本をそのあたりに放り出しておいたら、同居人が先に読んじゃって、わけわからんわーと言う。
どこがムズカシイかというと、この時期の冬野さほのマンガでは、ひとつのコマの中にかなりたくさんのフキダシが存在するのですが、コマの中のふたりの人物が交互にセリフをしゃべってても、単純な言葉の羅列だったりして、どっちのセリフやらわかりにくい。さらにいっぱいのフキダシがあったとき、コマの中の人物がしゃべってるのじゃなくて、コマに切り取られた画面の外で誰かがしゃべってる、というシーンも多い。こうなると、フキダシを「読む」ことに相当な集中力が必要です。
フキダシがキャラクターのセリフを担当するようになったとき、そもそもは、その風船みたいなものに犬のシッポみたいなのがくっついて登場人物を指し示し、誰がしゃべってるのかを明らかにする装置のはずでした。
ところが、画面外の人物の声とか、内面の声とか、いろいろな演出が加えられるにつれて、フキダシは人物と乖離して浮かんだり、解体されたりするようになる。少女マンガではとくにその傾向が強く、わたしたちもけっこう鍛えられてきたつもりだったけど、いやー、冬野さほは難物だわ。
でもこれロングセラーなんだから、みんなすらすら読んでるんだろうなあ。
■各方面で絶賛の豊田徹也「アンダーカレント」読みました。でも、わたしはどうしてもノレませんのですよ。
なんといっても、銭湯の孤独な女主人に謎の男が雇われる、という設定が、これ、まるきり2002年の日本映画「水の女」です。映画は暗ーいタッチの作品で、ラストシーンでは、銭湯の煙突に登る男がカミナリに撃たれて炎上します。空からカエルが降ってくるというオチの映画に比べれば、これくらいの展開では驚きませんけど。
ベタの少ない「アンダーカレント」と、暗い映画「水の女」の印象はまったく違うものですが、どうしても設定の類似点が気にかかってしまう。
さらに、このマンガをハートウォーミングにしている登場人物が探偵の山崎です。ひょうひょうとした人を食った性格ですが、実は腕が良くて人情深い。魅力のあるキャラクターです。
でも、“心優しい私立探偵”といえば、「Shall We ダンス?」の柄本明、さらにその原型である「フォロー・ミー」のトポルを思い浮かべちゃうんですね。
主人公の少女時代の記憶が突然よみがえる→トラウマが隠されていた、というオチ。うーむ、いろんな作品でこの展開を見てきたような気が。
とまあ、いろいろと。とくに物語を語るタイプのマンガだけに、一度、気にし始めるとなかなかオハナシに没入できないのでした。
■知らない作家は、誰かが誉めてるから読んでみるというのが多くなります。萩尾望都「ラララ書店」でオススメの、ハン ヘヨン「彼女たちのクリスマス」。
韓国女流作家の短編集で、クリスマス・ストーリーばかり集めたもの。後半、絵がレディース・コミック調に変わっちゃいますが、そっちじゃなくて漫符を描かない素朴な絵のほうに魅力あります。本国じゃどっちの絵柄に人気あったのかしら。
地味な絵のほうは、女同士の友情とか母娘の関係がテーマで、ストーリーもひねりがなくてストレートでいい感じ。集中線や、顔の汗・斜線を描くと、とたんに日本マンガと変わらなくなるのが、なかなか興味深いっす。
Comments
コメントありがとうございます。「映画的」なのはプロットやストーリーだけじゃなくて、たとえば「アンダーカレント」p186-188の車中会話シーン。男女のアップ、車中から見た夜の窓外の繰り返し、そして最後に車を上方から俯瞰。明らかにマンガ的というより映画の定番的演出です。ラストシーンのバスがやって来て止まり、人が降りて発車、残された男の動作をゆっくり描写。こののんびりした演出も「映画的」。現在のわれわれはこれらの表現を心地よく感じるのですが、どうしても「どこかで見たような」印象も持ってしまいます。
Posted by: 漫棚通信 | January 22, 2006 09:30 AM
「アンダーカレント」
私はまさに「フォロー・ミー」を想い出しました。
孤独な女性に、あの私立探偵(役柄はまさにトポルそのもの)。
といっても1970年代の名画(キャロル・リード最後の作品)でビデオ化もDVD化もされておらず、サントラまでも無いので、昔に録画したビデオ・テープが宝物状態です。残念ながら今のところ若い方は見れません。
「アンダーカレント」に話を戻しますと、淡々とした展開で、台詞も少なく、内面語りも少なく、場面の説明も少なく、状況の設定なんか無闇に語らない紙面は、日本映画や古いヨーロッパ映画を想起させます。ラスト・シーンなんか「第三の男」に似てますね(意味的には真逆になっとりますが)。
キャラクターやモチーフやプロットや文法など、案外、オーソドックスなドラマなのでしょうね。それゆえ、年齢を重ねた人ほど、いろいろとデジャ・ヴを感じる事が多いのかも。
最近はひねりとケレンの利いたマンガが多くなったので、ある意味では、これほどマンガ的でないマンガもないよなあ、と感じました。
Posted by: トロ~ロ | January 21, 2006 12:16 PM