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January 31, 2006

復刻いっぱい

 先日書店でマンガを買ったとき、一万円近くの値段になっちゃって店員に言われてサイフを出すと、なんと入ってるはずの一万円札がないっ。落としたとかそういうわけじゃなくて、わたしがつかっちゃってたんですけどね。

 いいオッサンがマンガどっさり買うのもアレな上に、金がないのは恥ずかしい。「あっ」とか言って、千円札を集めてみても足らず、咄嗟にカード使えますかと聞いてみると、これが使えるので驚きました。巨大書店というわけでもないのに、最近はカード使えたりするのね。

 支払いが意外な値段になったのは、小学館クリエイティブからの復刻本シリーズ、今回は松本零士が松本あきら名義だったころの作品、「宇宙作戦第一号」「緑の天使」のせいであります。前者が2200円、後者が2400円だ、いやどうも。復刻が高価になるのは承知だったけど、「緑の天使」はソフトカバーなんですよー。

 小学館クリエイティブも、楳図かずお、松本零士など戦後マンガの復刻を始めてますが、マンガショップからの復刻はドトーのペースで進んでまして、この2月にはなんと、高野よしてる「13号発進せよ」まで出版されることになりました。いやーこれが商売になるんだなあ。

 マンガショップの本は一律1890円ですから、これも発行されるペースで全部買うのは、フツー財政的に無理、てなはずはなくて、全部買ってる人が日本中にいっぱいいるに違いない。さらにコミックパークのオンデマンド出版もありますしね。

 最近は元になる本をバラさずに復刻することが可能になったそうですが、復刻もここまで増えるとウレシイようなツライような。それにしても石ノ森章太郎全集はバラ売りしてくんないかなあ。とか言いながら、今日が予約の締め切りでしたね。

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January 28, 2006

「格闘探偵団」と自閉症

 小林まことがデビューから延々と描き続けている、プロレスラー東三四郎の物語。今回同時発売された「格闘探偵団」4・5巻で、探偵編終了です。

 プロレスがしたいのに、心ならずも私立探偵となってしまった三四郎、相変わらず暴れさせたら地上最強です。今後またレスラー復帰するみたいですけど、今、格闘技ブームだからなあ、も一度リングに上がった三四郎は見てみたい。

 4・5巻は「走れ!タッ君」とサブタイトルがついてます。今回三四郎とタッグを組むのが、10歳の自閉症児、タッ君です。

 タッ君はセンメンキとしかしゃべらない。一日二時間走らないと機嫌が悪くなる。水を飲むのが大好き、だけど飲みすぎると吐いちゃう。彼が誘拐されて三四郎が絡む展開です。

 自閉症の少年をマンガに登場させて、気負いなく、ごく普通に笑わせ、泣かせ、感動させる。手練の技であり、かつココロザシが高い。小林まこと、エライ。

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January 25, 2006

グレムリンの誕生

 マンガの話じゃありません。

 グレムリンと言えば、ジョー・ダンテの狂騒的な映画「グレムリン」(1984年)がよく知られてます。この映画、クリスマス映画でもありましたから、オープニングからフィル・スペクター/ダーレン・ラヴの「クリスマス/ベイビー・プリーズ・カム・ホーム」が流れて楽しい気分が盛り上がるんですよねー。

 あの映画で描かれたモグワイは毛むくじゃらのカワイイ怪物。どうも中国出身らしい。飼ってる人間がタブーを犯すとモグワイが凶悪な子供グレムリンを生み出すという設定で、本来のグレムリンとは別物です。

 じゃもともと、グレムリンとはどんなヤツだったのでしょう。

 辞書などによるとグレムリン「gremlin」は「飛行機に故障を起こさせると言われる小鬼」であり、「もっとも新参の妖精。第二次世界大戦中の原因不明の飛行機事故は、すべてそのせいにされた」。

 ジョー・ダンテも参加してたスピルバーグ製作のオムニバス映画「トワイライトゾーン」(1983年)の中の一作、ジョージ・ミラー監督の第4話「2万フィートの戦慄」に出てくるヤツがそれです。

 嵐の夜のフライト、旅客機に乗った神経症のジョン・リスゴーが窓から外を見ると、翼の上で小さな怪物が飛び跳ね、エンジンを壊そうとしている。驚いて皆に訴えても誰も信用してくれない。この怖ーい怪物がグレムリンでした。

 この作品は、1963年にアメリカで放映されたTVシリーズ「トワイライトゾーン」(日本での放映時タイトル「未知の世界」「ミステリーゾーン」)のエピソード「Nightmare at 20,000 Feet」のリメイクで、オリジナルは脚本がリチャード・マシスン、監督リチャード・ドナー、出演はカーク船長ことウィリアム・シャトナー。コレがTV版のシャトナーとグレムリン。ご存じのダンテ版とはずいぶん違うでしょ。

 一般の日本人は飛行機を落とすこの小鬼グレムリンの存在を、TV「ミステリーゾーン」、あるいはそのリメイクである映画版「トワイライトゾーン」で知ったのです。もちろんわたしは後者ね。


 最近、グレムリンについての文章をふたつ、連続して読みました。それぞれで、この新しい妖怪であるグレムリンの故事来歴についての説明があります。

 ひとつは、町山智浩「<映画の見方>がわかる本 80年代アメリカ映画カルト・ムービー篇 ブレードランナーの未来世紀」(ああタイトル長い)。前作「<映画の見方>がわかる本 『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで」に続いて、完成した映画を眺めてるだけじゃわからないウラの事情を教えてくれる名著であります。

 この本の第2章にとりあげられてるのが映画「グレムリン」。

もともとグレムリンというのは第二次世界大戦中の飛行機乗りたちの言い伝えで、パイロットたちは飛行中に原因不明の故障が起こるとグレムリンという緑の子鬼の仕業だと考えた。『チョコレート工場の秘密』の作者ロアルド・ダールは英国軍のパイロットだった頃にグレムリンのことを知り、それを子ども向けの話として書き上げてディズニーの出版社から絵本として発売した。この本はディズニーでウォータイム・カートゥーン(第二次大戦中の戦意高揚アニメ)になる予定だったが、結局ディズニーは製作せず、企画は『メリー・メロディーズ』のアニメーター、ロバート・クランペットに譲り渡された。

 『メリー・メロディーズ』はワーナー・ブラザースのアニメ『ルーニー・テューンズ』の別シリーズです。ワーナーは、バックス・バニーの乗る爆撃機をグレムリンが墜落させるアニメ「Falling Hare」(「墜落する野ウサギ」=「バックス・バニー対グレムリン」=「バニーの急降下」、1943年)を製作。リンク先の絵を見ていただくとわかりますが、後年のグレムリンよりかなり小さくて、カワイイ感じ。

 続いてロシアを攻撃するナチスの爆撃機をグレムリンが落としちゃう「Russian Rhapsody」(「クレムリンから来たグレムリン」=「クレムリンのグレムリン」、1944年)も製作されました。

 町山智浩の著書では、グレムリンの起源は、まず戦争中にグレムリンの伝説が自然発生し、ダールがそれを小説に書いたとされています。伝承説ですね。実は、グレムリンについての解説の多くがこの立場を取っています。「product of folklore」であると書いてある。


 もひとつは、荒俣宏のブログ「荒俣宏のオークション博物誌 グレムリンの謎 お年玉ブログ」です(ムチャ重いサイトですが)。さすが荒俣先生、こんなものにまで手を出されてましたか、いっぱいのグレムリン・コレクションが見られます(画像が開くまでやたら時間がかかりますが)。

 ここでは、以下のものが紹介されています。

(1)「コスモポリタン」1942年12月号に「グレムリン」という短篇が掲載される。作者は「ペガソス」というペンネーム。
(2)1943年ディズニー絵本「グレムリン」発行。ストーリーは(1)と同じ。作はロアルド・ダール、絵はディズニーのトップ・アニメーター、ビル・ジャスティスであろうと推測されてます。
(3)「ウォー・ヒーローズ」1943年4−6月号にも、ほぼ同じストーリーのマンガが掲載される。
(4)グレムリンのキャラを利用したジグソーパズルやコマーシャルの存在:ミント菓子、ガソリン会社、石油会社エッソ。
(5)その他、ディズニーと無関係の絵本:「グレムリン・アメリカヌス」(エリック・スローン著、1942年←これがちょっと謎なのですが)、「グレムリンのいたずら」(ジュディー・バーガ著、1943年)。

 荒俣宏が、コスモポリタン版「グレムリン」のストーリー要約をしてくれています。

ドーヴァー海峡の上でドイツ軍と戦うイギリス空軍兵士が、ある日飛行中に戦闘機の故障にみまわれる。見ると、翼にたくさんのちいさな妖精が乗っていて、錐で穴をあけたり、計器を狂わせたり、妨害をしている。飛行機は不時着せざるをえなくなった。パイロットは地上でも犯人の妖精と遭遇し、戦闘機にいたずらをしたわけを訊くと、古くから森で平和に暮らしてきたグレムリンが文明や戦争のおかげで暮らせなくなり、人間に復讐しにきたのだと判った。驚いた兵士は、悪いのはドイツだと説明し、グレムリンとともに地球の平和をとりもどすためドイツ軍追討にでかける・・・・・・

 荒俣宏は、ロアルド・ダールが、(1)飛行中の故障事故という自分の体験を活かして、ひとつのファンタジーを思いつき、(2)空軍内に噂をひろめて、(3)仕上げにディズニーの力を借りた、という説を展開しています。つまり、グレムリンの起源は、ダールの創作であるという説です。


 ネットでロアルド・ダール関連のサイトを見てみますと。ロアルド・ダールの公式サイトファンサイトなどがあります。これらによるダールの略歴を読むと、コスモポリタン誌に「グレムリン」を書いたのは確かに彼でした。

 さらにアメリカ版Wikipediaのグレムリンの項によりますと、ダールとディズニーの関係が日時つきでこまかく書かれてますが、基本的には町山智浩の著書と同じで、第二次大戦中の英国空軍の伝承説です。

 ただし、「gremlin」の語源は、英語古語の「grëmian」であるといった冗談みたいな記述もあって、どこまで本気で書かれた文章なのかアヤシイ部分もあります。


 それでは、ディズニー絵本版「グレムリン」を読んでみましょう。荒俣宏が三冊も持っていると自慢してるこの本ですが(ダール自身も一冊しか持ってなかった)、本年2006年にはダークホース・コミックスから復刻されるそうです。しかしそれを待たなくとも、ダールのファンサイトで全ページを読むことができます。いやー、インターネット時代はありがたい。

・主人公は英国空軍のパイロット、ガス。ドーバー上空でドイツ軍のユンカースと空戦中、自機の翼の上に身長6インチのこびとがいるのを目撃します。そのこびとは両手でドリルを持って(!)、翼に穴を開けていました。

・墜落をまぬがれたガスは、機体を調べた軍曹にこう言います。「それは銃痕じゃない。グレムリンがやったんだ」 このとき、新しい言葉が誕生しました。

・この新しい言葉はまたたく間にヨーロッパ、アフリカ、アジアの英国空軍に広まり、とても有名な言葉になりました。

 というわけで、このお話では、グレムリンという言葉を作ったのは物語の主人公、ガスであります。なぜこびと一族の名がグレムリンなのか、さすがにこれは子ども向けの絵本ですから説明はありません。

 その後ガスが友人と酒を飲んでいると、グレムリンが現れます。こんなヤツね。イチゴのような鼻と短いツノが特徴。メスはフィフィネラと呼ばれ、こんな感じで色っぽいったらない。彼らの食べ物は使用済み郵便切手で、とくに大西洋横断特別配達航空郵便のスタンプが大好物。彼らは自然破壊で自分たちの生活がおびやかされていると訴えます。ガスはグレムリン・トレーニング・スクールを作って彼らを教育し、グレムリンと共生しようとします。

 そもそも1942年1月にロアルド・ダールがワシントンに赴任したのも、その前年12月に日本の真珠湾攻撃によって、アメリカが参戦したからでした。グレムリンと戦争は切り離せないものです。この能天気で楽しそうに思える物語も、そもそもは戦争プロパガンダとして誕生したのです。

 グレムリンという妖精が誕生したときが戦争中、舞台が空軍。彼らが飛行機を墜落させるのは困るけれど、味方にすれば心強い。戦争プロパガンダ作品のための原作を探していたディズニーにとって、グレムリンは魅力的な素材に思えたのでしょう。挿絵画家=アニメーターによってグレムリンたちはかわいく造形されました。実際にアニメ化が計画されましたし、「キャラ」として広告にも展開されました。参戦したばかりのアメリカが、グレムリンというキャラを必要としていたのです。


 最後に、ロアルド・ダール自身の証言を。彼は「少年」「単独飛行」という二つの自伝を書いていますが、これは少年時代から1941年まで。「一休み」というエッセイ(「ヘンリー・シュガーのわくわくする話」に収録)で、作家になった当時のことを回想しています。

 1942年1月ダールがワシントンの英国大使館に到着します。このとき26歳。着任して3日後、C・S・フォレスターが訪ねてきます。かのホーンブロワー・シリーズの作者は、ダールが空中戦の経験者であることを知り、サタデイ・イブニング・ポスト誌への「戦争」モノの物語を依頼するために来たのでした。

 ダールはこの依頼に応じて作家としての第一歩を踏み出しました。

 このころ、わたしは子どものための物語も一つやってみた。それは「グレムリン一族」、わたしの創作によるもので、「グレムリン」ということばは、わたしが始めて(ママ)使ったものだ。わたしの物語では、グレムリン一族は英空軍の戦闘機や爆撃機を住いにしている小人で、敵ではないが、戦闘中に受ける銃弾の痕、エンジンの炎上、衝突事故などは、すべてこの小人たちの責任だ。グレムリンたちにはフィフィネェラという妻たちと、ウィジェットという子どもたちがいる。この物語自体は明らかに未熟な作家の手になったものだということが歴然としていたが、この物語をアニメ映画にするつもりになったウォルト・ディズニーが買ってくれた。しかし、最初は、ディズニーの色つき挿画をつけて、(1942年12月)「コズモポリタン誌」に掲載された。グレムリン一族の物語は英空軍や、米空軍の間に急速にひろがって、何か一つの伝説のようになってしまった。(ロアルド・ダール「一休み」、小野章訳)

 この後、ダールは休暇をとってハリウッドに飛び、ぜいたくなホテルに泊まってアニメーションのための脚本を書きました。またディズニーから絵本も出版されましたが、結局アニメ化はされず。ただし、大統領夫人エリノア・ルーズベルトがこの話を気に入り、ダールはルーズベルト大統領にたびたび招待されるというオマケがつきます。

 この文章でダールは、グレムリンが自分の創作で、英空軍に広まったのは作品が発表されてからであると、明確に述べています。というわけで、ダール自身の言葉を信用するなら、グレムリンはダールの創作ということになります。これで決まりでしょう。

 実は、このダールの文章の存在は、1987年刊の森卓也「シネマ博物誌」収録の「妖精伝」ですでに紹介されていました。グレムリンという言葉が何なのか、さっぱりわからない時代にバックス・バニーに登場するグレムリンを見て、グレムリンの正体を探索していく尊敬すべきエッセイです。

 森卓也の「妖精伝」のラストには、なぜグレムリンがディズニーでなくワーナーでアニメ化されたかについても書いてあります。「ファニーワールド」誌17号によると、

タイトル登録委員会とディズニー・スタジオとが、ウォルトの兄ロイ・ディズニー言うところの「技術的な理由」から対立していたため、グレムリンを、ワーナー、MGM、ユニヴァーサル、コロムビア(当時デーヴ・フライシャーがいた)の各社が狙っていたらしい。で、ディズニーのグレムリン・プロジェクトが動き始め、ロイが各社へ申し入れたときには、すでにワーナーのR・クランペットが、グレムリン物の短篇を、二本作ってしまっていた──というのだ。

 けっして友好的な権利の譲渡じゃなくて、生き馬の目を抜く世界だったようです。

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January 23, 2006

ラショーモンスタイル

 週末はひさしぶりにレンタルでミステリ映画ばかり見てましたが、しかし何ですな、ミステリってのは映画にすると、文法というかシバリがゆるいですなあ。

 ミステリ小説なら、フェアだのアンフェアだのの議論がキビシクて、地の文で「山田が殺した」とあれば、間違いなく犯人は「山田」だし、「殺人」はおこなわれたことになります。だから「彼が刺した」てなふうにぼかした記述になります。

 とくに回想シーンは、「犯人かもしれない登場人物」の一人称ですから、そうわかるように書くし、読者としてもとくにそこにはウソやごまかしがあるに違いないと注意しながら読むわけです。

 ところが映画になると、回想も映像化されるものだから、これはホンマなのやらウソなのやら。観客の頭の上には「?」が浮かびながら映画を見ることになります。この手法を積極的に利用した映画は、クロサワの「羅生門」以来、「ラショーモンスタイル」と呼ばれるらしい。

 今では、一人称視点の映像が複数組み合わされ、全体を構成する、ぐらいの意味でしょうか。

 どうも映画の世界では、回想シーンの映像は、何でもあり、信用しちゃダメよ、ということになってて、これはアンフェアではないらしい。回想シーンに登場するそこにいる人物はいなかったかもしれないし、そんな言葉はしゃべられなかったかもしれないし、事件そのものもなかったかもしれない(もちろん真実かもしれない)。

 さらに観客が、これは地の文に相当す部分だよなー、と真実だと思って見てた展開が、実は長い長い回想シーンでしたと、あとから明かされた日にゃアナタ、どうせいっちゅうの。

 これは謎を解こうと思いながら見る観客のつぶやきですが、それでもだまされる快感はあります。つくる側からすると、ミステリ映画のこのゆるさは、ラストのどんでん返しの連続、とかつくりやすいような気がしますね。

 で、マンガの話になりますが、マンガにこういう「ラショーモンスタイル」を使ったマンガってあったっけ。すぐ思い浮かぶのが手塚治虫の名作短篇「落盤」ですが、金田一少年以後ミステリマンガもいっぱいあるんですから、壮大な記述トリックみたいなのはないかしら。読んでみたいなあ。

 ないものねだりをしてもしょうがないのですが、いやね、最近、コナン読んでたら、謎の人物を、真っ黒けのつるりんとした人形みたいに描写してるのを見て(以前に金田一少年でいっつも使ってた手ですね)、いまだにこれかよ、と思ったもので。この謎の人物を黒人形で描く手法、たしかにマンガ特有のものでありますが、ちょっと安直にすぎないかい。

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January 20, 2006

今日のマンガいろいろ

■「江口寿史の正直日記」に、コミックキューを作ってたころの「編集長日記」も収録されてます。1994年から1996年に書かれたものですが、ここで久しぶりに冬野さほの名を見ました。そう言えば彼女のマンガ、一冊も持ってなかったなあ、と買ってみたのが、マーガレットコミックス「ポケットの中の君」。なんと1993年12月発行、わたしの買ったのが2004年9月で17刷。売れ続けてます、ロングセラーだ。

 で、この本をそのあたりに放り出しておいたら、同居人が先に読んじゃって、わけわからんわーと言う。

 どこがムズカシイかというと、この時期の冬野さほのマンガでは、ひとつのコマの中にかなりたくさんのフキダシが存在するのですが、コマの中のふたりの人物が交互にセリフをしゃべってても、単純な言葉の羅列だったりして、どっちのセリフやらわかりにくい。さらにいっぱいのフキダシがあったとき、コマの中の人物がしゃべってるのじゃなくて、コマに切り取られた画面の外で誰かがしゃべってる、というシーンも多い。こうなると、フキダシを「読む」ことに相当な集中力が必要です。

 フキダシがキャラクターのセリフを担当するようになったとき、そもそもは、その風船みたいなものに犬のシッポみたいなのがくっついて登場人物を指し示し、誰がしゃべってるのかを明らかにする装置のはずでした。

 ところが、画面外の人物の声とか、内面の声とか、いろいろな演出が加えられるにつれて、フキダシは人物と乖離して浮かんだり、解体されたりするようになる。少女マンガではとくにその傾向が強く、わたしたちもけっこう鍛えられてきたつもりだったけど、いやー、冬野さほは難物だわ。

 でもこれロングセラーなんだから、みんなすらすら読んでるんだろうなあ。


■各方面で絶賛の豊田徹也「アンダーカレント」読みました。でも、わたしはどうしてもノレませんのですよ。

 なんといっても、銭湯の孤独な女主人に謎の男が雇われる、という設定が、これ、まるきり2002年の日本映画「水の女」です。映画は暗ーいタッチの作品で、ラストシーンでは、銭湯の煙突に登る男がカミナリに撃たれて炎上します。空からカエルが降ってくるというオチの映画に比べれば、これくらいの展開では驚きませんけど。

 ベタの少ない「アンダーカレント」と、暗い映画「水の女」の印象はまったく違うものですが、どうしても設定の類似点が気にかかってしまう。

 さらに、このマンガをハートウォーミングにしている登場人物が探偵の山崎です。ひょうひょうとした人を食った性格ですが、実は腕が良くて人情深い。魅力のあるキャラクターです。

 でも、“心優しい私立探偵”といえば、「Shall We ダンス?」の柄本明、さらにその原型である「フォロー・ミー」のトポルを思い浮かべちゃうんですね。

 主人公の少女時代の記憶が突然よみがえる→トラウマが隠されていた、というオチ。うーむ、いろんな作品でこの展開を見てきたような気が。

 とまあ、いろいろと。とくに物語を語るタイプのマンガだけに、一度、気にし始めるとなかなかオハナシに没入できないのでした。


■知らない作家は、誰かが誉めてるから読んでみるというのが多くなります。萩尾望都「ラララ書店」でオススメの、ハン ヘヨン「彼女たちのクリスマス」。

 韓国女流作家の短編集で、クリスマス・ストーリーばかり集めたもの。後半、絵がレディース・コミック調に変わっちゃいますが、そっちじゃなくて漫符を描かない素朴な絵のほうに魅力あります。本国じゃどっちの絵柄に人気あったのかしら。

 地味な絵のほうは、女同士の友情とか母娘の関係がテーマで、ストーリーもひねりがなくてストレートでいい感じ。集中線や、顔の汗・斜線を描くと、とたんに日本マンガと変わらなくなるのが、なかなか興味深いっす。

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January 18, 2006

「キャラ/キャラクター」で困ったこと

 伊藤剛「テヅカ・イズ・デッド」では、「キャラ」と「キャラクター」を分けて論じるということをやっております。この本によると、「キャラクター」が従来からの物語の中の登場人物で、「キャラ」は物語から遊離した記号的な絵。

 この「キャラ/キャラクター」論は、紙屋研究所で書かれているように、いろいろと「使える」んですね。キャラ/キャラクターを分けることで、マンガとその状況を理解するのにたいへん便利。

 で、何が困るかというと、この本を読んでしまうと、「キャラ/キャラクター」という言葉の使用法が難しくなってしまって(以下、かなり読みにくい文章になりますがご勘弁)。

 『「テヅカ・イズ・デッド」におけるキャラクター』とは、もともと存在したキャラクターという言葉を定義し直したものです。さらに、これまでキャラという言葉は、単純にキャラクターを略したものであったのに、『「テヅカ・イズ・デッド」におけるキャラ』は、新しい意味を付加してこまかく定義されています。だもんで、映画や演劇で使われるキャラクターやキャラという言葉とは、すでに違うものになっている。

 少なくとも、マンガについて語るとき、今後は『「テヅカ・イズ・デッド」におけるキャラ/キャラクター』を意識せざるを得ないわけで、すらすらとキャラ/キャラクターという言葉が使えなくなってきました。

 たとえば、『小池一夫が言うところの「キャラを立てる」』のキャラとは、従来の物語内のキャラクターの略語として使われていますから、『「テヅカ・イズ・デッド」におけるキャラ』ではなく、『「テヅカ・イズ・デッド」におけるキャラクター』という意味になります。ああ、混乱するっ。

 自分で文章を書くときも、以前はキャラを単にキャラクターの略として使っていたのが、すでにもう、そういうわけにはいかなくなってきました。キャラというとき、キャラクターの略語なのか、『「テヅカ・イズ・デッド」におけるキャラ』なのかを、意識して書き分ける必要がある。文脈で理解してくれるかもしれませんが、文章を書くとき、気にしてしまうし、書かれたものを読むときはさらに考えてしまいます。

 日仏作家のアンソロジー「JAPON」に収録されている、ニコラ・ド・クレシー「新し神々」という作品の主人公は、「今デザインされようとしている完成されていないマンガの(厳密には広告の)キャラクター」です。つまり『「テヅカ・イズ・デッド」におけるキャラ』にどんぴしゃなのです。

 わたしが1月6日のブログでこの作品に触れたときは、キャラでなく、キャラクターという言葉を使いました。文章が短すぎることもあって、キャラという言葉を使って『「テヅカ・イズ・デッド」におけるキャラ』という意味をこめたとしても、「テヅカ・イズ・デッド」を読んでない人にはわからないだろうと思ったからですが、キャラ/キャラクターのどちらを使用するか迷ったのは確かです。

 同作品については、コミックパークの連載、夏目房之介「マンガの発見」第78回(直リンできませんのでトップからどうぞ)で論じられています。この文章中では、

・マンガ的キャラクター
・「愛・地球博」のマスコット・キャラ
・「地球博」キャラ
・「クー」のキャラ
・日本の商業的キャラクター・デザイン
・マンガのキャラクターのようなもの
・「日本で刺激されて創られようとしているキャラクター(作品)」自身
・日本のキャラの集合Tシャツ

 と、微妙にキャラ/キャラクターが使い分けられています。とくにキャラというときは、『「テヅカ・イズ・デッド」におけるキャラ』の意味を強くもたせているのは明らか。さらに結語として、以下のように語られます。

 この作品は、日本のマンガや消費文化の「主役」が「キャラ」であることを見抜いており、それに刺激される作家の中の創作システムそのものをマンガ化している。
 つまり、作品の主人公は描かれる以前の「キャラ」であり、「作品」そのものなのだ。この種の抽象的思考を伴うトリッキーな構成は日本ではあまり見ない。キャラとしての造形の確定した一貫性がマンガの「読み」を導く基本になっているからだろうか。

 ここで語られるカギカッコ付きの「キャラ」は、間違いなく『「テヅカ・イズ・デッド」におけるキャラ』であり、読者にも自明のこととして説明がありません(というか、説明するのは「テヅカ・イズ・デッド」1冊分が必要となるため不可能)。ここで、「テヅカ・イズ・デッド」を読んでいるかどうかで、読者の理解のレベルが異なってしまうことになります。

 今回はとくに完成されていない「キャラ」が主人公という、特殊なマンガだからこそではありますが、自分が零細ブログとはいえ、文章を書く立場にあるとき、これはちょっと困った。カギカッコ付き「キャラ」は、まだまだ普遍的な用語とはなっていないと思われるし。いちいち『「テヅカ・イズ・デッド」におけるキャラ』と説明いれるのもなんだしなあ。キャラ/キャラクターはよく使う言葉だから、余計にいろいろと迷ってしまいます。

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January 15, 2006

苦悩の人、江口寿史

 帯のコピーに「クズの日記だ」と書いてあるのもスゴイですが、「江口寿史の正直日記」を読みました。

 ネット上で1999年から2002年に公開されてたものですが、まとめて読むと、いやー苦悩している。描きたい、が、描けない。で、酒を飲む。描いている、が、進まない。で、飲む。進んでも、飲む。でも著者にはギャグマンガ家としての矜持がありますから、暗くならずに笑わせてくれていて、文章にも芸があります。

 いちばん面白いのが(って、著者にとっては悲惨なんでしょうが)、アクションに「イレギュラー」を連載してた当時の原作者、K・M氏から、繰り返し説教されるところ。連載1回目の原作ができたのが2002年の1月、作画の本格的開始が4月28日で、1回目の16ページの完成が5月26日。うわぁ。

 週刊連載が開始されてからは、

うわああああ〜っ!
→楽しさも苦しさもまだ、これから
→うわああああ〜っ!
→なんとかやっていけそうですよ
→どわあああああああ〜〜〜〜〜〜っ!
→ヤレル! ヤライデカ!
→しかしなんだかノドと鼻の調子が悪い
→下描きの進みが悪い
→間に合わなかった
→途中で投げる事は絶対しないつもりなので
→46にもなってこんな事毎週やってたら死ぬよ?
→落としてしまいました

 このジェットコースターみたいな気分の変動は、カラダとココロに悪そうだなあ。週刊連載続けてる作家のヒトは超人ですね。

 この本ではこの作品の連載中止の顛末は書かれていませんが、読んでみたいものです。

 江口寿史、泉晴紀、田村信の3人が、山上たつひこのアシスタントをしたハナシを描いた17ページマンガ付き。久しぶりに文藝別冊の江口寿史特集号をひっぱり出して、山上たつひこ×江口寿史の対談を読み直してしまいました。

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January 13, 2006

『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』を読む

 大塚英志・大澤 信亮 『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』を、面白く読みました。とくに、身体性の描写の面から戦前から70年代までのマンガ史を俯瞰した第一部はすばらしい。「アトムの命題」の直接の続編になります。

 著者による、現在の日本マンガの基礎が戦時下に誕生していた、という主張は、日本マンガ史をすっきり展開してくれます。分断されていた、戦前マンガ史と手塚以後の戦後マンガ史をつなぐ試みはいろいろなされていますが、そのさらなる一歩と考えたい。

 第二部は、政治がサブカルチャーに口を出すんじゃねえよ、という不快感がまずあって、いろいろ数字を挙げてこの「国策」が失敗するぞと教えてくれる床屋政談です。気分的には同意ですが、おそらく数年後には現実に結果が出ているでしょうから、それを待ちましょう。

 第一部で各マンガを大きく「戦争と身体性」というくくりで説明されると、おお、そうだったか、と目からウロコ状態です。ただし当然ながら、それぞれはかなり単純化され、ちょっと強引に語られますので、厳密に検証された場合正しいかどうかはまた別です。

・「鳥獣戯画」「北斎漫画」は現代日本マンガの起源ではない。
・昭和初期、海外アニメーションの輸入により、日本マンガにキャラクターブームが起きた。

 ここまでは、まずまず常識的なところ。この本に北沢楽天などは登場しませんが、これは本の性格上、省かれて当然か。この前提のもと、著者は戦時下に以下のことがおこったと書きます。そして、それぞれが、現代までいたる日本マンガの特徴になっていると。

(1)科学的なリアリズム:兵器の正確な描写、透視図法の導入→兵器やメカに対するフェティッシュな美。
(2)記号的な身体性:海外アニメーションの影響による死なないキャラクター→身体性の対極にあるキャラクターの肥大。
(3)戦局を見る視点:戦局を描くモブシーンの誕生→世界観を取り込んでいく視線
(4)映像的手法:科学的リアリズムと透視図法により、カメラワーク的な視線の導入。

 (1)については感心しました。現代においても日本マンガの特徴のひとつとも思える、単純な線によるキャラクターには似合わないリアルな背景は、飛行機や戦艦の描写から始まったというのはすごく納得。

 ただし兵器とあまり関係ない宍戸左行「スピード太郎」の遠近法は「遠近法もどき」であって、正確な透視図法ではない、という記述がありますが、ちょっと言い訳っぽいかなあ。

 (2)について。斬られても殴られても死なないキャラクターの起源はアニメーションのナンセンスギャグ。これについても同意です。戦争を舞台にすることでこの描写はエスカレート。確かにそうかもしれない。

 (3)はけっこう強引に思える論ですが、わたしにはこの部分に対する知識がありませんのでパス。いちばん「?」な箇所でもあります。

 (4)については文章が不足しているところ。「カメラワーク的な」と言えばコマ構成のことになるのでしょうが、これに対する説明はありません。この本、全体にそうなんですが、マンガをマンガたらしめているはずのコマ構成についての言及が少ない。わずかに「新宝島」と酒井七馬作の「怪人ロケット魔」を比較するところぐらいか。

 続いて、著者は復刻された大城のぼるの三作品を論じます。

・火星探検(昭和15年5月):転向左翼である小熊秀雄が原作。科学的リアリズム。
・愉快な鉄工所(昭和16年2月):参考資料の使用。さらなるリアリズムへ。ファンタジーの縮小。
・汽車旅行(昭和16年12月):単調な物語。遠近法の徹底。人物もリアリズムへ。ファンタジーの消失。

 著者によると、この三作品は戦時下の指導・統制に対する、作者・大城のぼるの抵抗の歴史であると。つまり、戦時下の統制によってファンタジーが制限され、日本マンガはますますリアルな描写をすることになった。

 読み方の多様性を考えると、大城のぼるの三作を並べてこう読むことはあってしかるべしと思います。少なくともこのような読み方は、わたしには思いつきませんでした。

 そして、手塚治虫の登場。

 著者は、手塚治虫の戦時中の習作「勝利の日まで」と「ロストワールド」では、上記の戦時下マンガの特徴に加えて、「死にゆく身体」とグロテスクな暴力性を獲得した、と記します。著者によると、ここが戦後マンガの始まりとなる地点であると。すごくすっきりした説明で、前作「アトムの命題」よりわかりやすい説明です。

 ただし、田河水泡の作品などにも「死にゆく身体」が存在したことは、すでに指摘されており、ここでも著者による論は単純化されています。

 戦後マンガの話になると、かなり複雑になっていきます。

・手塚治虫、酒井七馬の合作「新宝島」において、手塚の持っていた(1)暴力性が後退、(2)記号的な身体性に後退、(3)透視図法からアニメーション的ゆがんだ遠近法へ変化。つまり、手塚が戦時下に獲得した表現を、酒井が消去することにより「ディズニー的なもの」の再受容。
・「ジャングル大帝」で「死にゆく身体」「身体の中の血肉」の再獲得。
・日米講和下に描かれた「アトム大使」
・内面描写の進歩。手塚治虫「罪と罰」、石森章太郎「龍神沼」、さいとう・たかをの貸本劇画、二十四年組。
・梶原一騎による「成長する身体」
・「性的な身体」の描写→セックス、やおい、萌え。

 戦時下に手塚治虫が解放しようとした身体性が、戦後に一時揺り戻しで抑止され、これが70年代から80年代になって解除されていった、という歴史観で語られます。

 新書という制約もあって、かなり駆け足ではありましたが、「死なない、成長しないディズニーのキャラクター」と、「死にゆく、成長する、性的な日本マンガキャラクター」を対比させてマンガ史を論じる方法は大変勉強になりました。そして後者の誕生が戦時下の手塚治虫に起源を持つというのも、まとめとしてすっきり。ただし、これが正しいかどうかは今後の地道な研究が必要になるでしょう。

 本題とはずれますが→著者は意識していないでしょうが、日本マンガが、やおい、萌え、を経験したからこそ、著者がこのような視点を得ることができたように思います。わたしたちの視野を広げてくれたという意味でも、萌えを軽視すべきでないと考えるのですが、さて、10年後、萌えというコトバは生き残ってるかどうか。

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January 11, 2006

小熊秀雄の勇士イリヤ

 1985年に講談社から「イリヤ・ムウロメツ」という本が発売されました。作は筒井康隆、挿絵が手塚治虫。ロシアの伝説、民話に登場する英雄・イリヤの物語。手塚治虫の挿画は、装飾的な額のような縁取りの中に描かれ、これはロシアのイワン・ビリービンのイラストを参考にしたものでした。

 それはともかく、この作品が出版された1985年当時、題材となったイリヤ・ムウロメツが有名だったかというと、そんなことはありません。ロシアでは国民的英雄らしいのですが、日本じゃそれ誰?ってなもんで、知ってる人はあまりいない。むっちゃオモシロイというようなお話でもないですし、なぜ、筒井と手塚がこれを作品にしたのかがよくわかんなかった。

 ただ、巻末に参考資料がいろいろと挙げられているのですが、そのなかに、『謝花凡太郎「勇士イリヤ」(中村書店・昭和十七年)』というのがありまして、ははあ、これか。

 謝花凡太郎は戦前に活躍したマンガ家。中村書店は、ナカムラ・マンガ・ライブラリーのシリーズを刊行しており、手塚治虫は、このシリーズをほとんど持っていたらしい。おそらく手塚治虫も筒井康隆も、当時から「勇士イリヤ」を読んでおり、イリヤは彼らにとっておなじみのキャラクターだったのでしょう。

 で、そのマンガ「勇士イリヤ」が復刻されています。「小熊秀雄漫画傑作集(1) 不思議な国インドの旅・勇士イリヤ」のタイトル。「不思議な国インドの旅」の絵は渡辺加三、「勇士イリヤ」が謝花凡太郎、ともに作は小熊秀雄です。

 小熊秀雄はプロレタリア詩人として有名ですが、「旭太郎」の名でマンガ原作を書いています。大城のぼるの名作「火星探検」の原作が、旭太郎こと小熊秀雄でした。

 大塚英志『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』によると、小熊秀雄は昭和7年に検挙された後、昭和9年ごろ転向し、内務省のつてで中村書店に紹介されたと。

 大塚英志も引用している、小熊秀雄の未発表論文「子供漫画論」が今回の復刻本に収録されています。大塚によると、この文章は昭和15年ごろに書かれたらしい。

内務省、及び文部省が手をつけた子供読物浄化運動は、一昨年の夏頃からで、その年の秋は取締りの酷烈なクライマックスに達した、昨年に入っても当局の出版業者に対する、警告、発禁、の連続的処置や、出版前内閲の手厳しさは、業者にとっては全く出版の自由を失うものであった。(略)

取締を強化しない以前に発行したものは、内容が悪くて、再販して発行するということは不可能な状態にある、当局もまた再販ものを喜ばないのである、出版業者は従来の既刊物を自発的絶版にしてしまうより仕方がない、或る出版業者の話であるが、この業者は七十種類ほど漫画を刊行していたが、現在その大部分を自発的絶版にして、今は手持漫画は数種よりないという、

 それまでほとんど放置されていた赤本マンガへの統制は、このころ相当きびしいもののなっていたようです。マンガ壊滅状態はもうすぐ、みたいな感じですね。内務省からの紹介で中村書店に来た小熊秀雄は、「転向左翼」として、マンガの原作者の立場から「卑俗」なマンガに対して指導をおこないます。

 その小熊を、大城のぼるはどう見ていたか。松本零士・日高敏「漫画大博物館」より、大城のぼるのインタビュー。

私ははじめ、小熊さんには非常に憤慨したんですよ。とにかく、眼中に人なしという態度でしたからね。我々、漫画家を集めましてね。軍隊調の口調でしたよ。小熊さんは、中村書店の編集長として入ってきたわけです。

 小熊は軍隊調の口調で何を言ったのでしょう。「子供漫画論」と同じように、俗悪なマンガはやめて教育的なものを描こう、てなことをしゃべってたのかしら。

 その小熊秀雄が原作や編集を担当した中村書店のマンガは、以下のものなど。

・火星探検:大城のぼる:昭和15年5月
・漫画のお角力:短編集:昭和15年6月
・漫画ノ學校:短編集:昭和15年6月
・コドモ新聞社:渡辺太刀雄:昭和15年11月
・不思議な国インドの旅:渡辺加三:昭和16年7月
・勇士イリヤ:謝花凡太郎:昭和17年1月

 今回の復刻で読める「不思議な国インドの旅」は、ハゲ頭のおじさんと、一郎くん次郎くんの兄弟がインドを旅行するお話。正確でこまかい描写が驚異的で、いかにも「教育的」です。しかも、インドは英国の植民地であるから、天然の産物を「英国が持って行ってしまうので印度人は大変困っているのだよ」「ガンジーという人など昔から印度は印度人が治めるのだと一生懸命に叫んでいるのだけど駄目なのさ」などのセリフも見られます。

 「勇者イリヤ」のほうは、あまりに筒井康隆「イリヤ・ムウロメツ」とそっくりなのに驚きました。同じ伝説をもとにしてるからアタリマエではありますが。イリヤはひたすら尽忠報国の士、これも時代を反映してる。妖怪や巨人の登場するファンタジーでもありますから、筒井・手塚のお気に入りになったのかも。

 ただし、マンガの「イリヤ」が終わったあとも筒井版は続いていまして、そこでイリヤは、君主から宴会に呼ばれなかったことに怒ってあわやクーデター、とか、若き日の過ちでできた息子と戦って殺しちゃう、なんて、ちょっとどうかと思われる活躍もしていますけど、民話や伝説には文句言えませんし。

 いずれにしても、小熊秀雄の「教育的」指導のおかげで、戦時中のマンガは少しだけ生き延びることができたのかもしれません。

 小熊秀雄は、昭和15(1940)年、肺結核で亡くなりました。享年39歳。「不思議な国インドの旅」も「勇士イリヤ」も、没後に刊行されたものです。

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January 08, 2006

どぎゃんもゴーギャンもならんばい

 ↑えー、年に3回ぐらいしか駄洒落は言わないんですが、一応お正月ですので。

 今回は以下の続きです。

お手上げの記:忍者武芸帳とトリアッティ
あとちょっとだけトリアッティ
しつこくトリアッティ(その1)(その2)

 上記のエントリで、白土三平「忍者武芸帳」の有名な言葉、「われらは遠くからきた。そして、遠くまでいくのだ………」の出典についていろいろと探ってきました。

 今回、夏目房之介先生からコメントいただきました。ありがとうございます。白土三平自身によると、忍者武芸帳のアノ言葉、トリアッティからじゃなくて、ゴーギャンの作品のタイトルを修正した創作であると。ブログにも書かれてます。

 シェー。驚いたざんす。

 作者の言うことはくれぐれも信じるべからず、というのを常々肝に銘じているのですが、今回は信頼性高そう。だいたい、白土三平の口から、ゴーギャンのアレ、というのがすらっと出てくるというのがスゴイじゃないですか。これで決まりなのか。

 話題になってるゴーギャンの作品とは、この絵です。絵の右上には署名、左上にタイトルが書き込んでありまして、

・D'où venons-nous? Que sommes-nous? Où allons-nous?

 英語に訳すと

・Where Do We come from? What Are We? Where Are We Going?

となるらしい。日本語では決まった訳がなくて、以下のようにいろいろに訳されます。

・われわれは何処から来たのか、われわれは何者か、われわれは何処にいくのか
・われらいずこより来るや、われら何なるや、われらいずこに行くや
・われら何処より来たりしや、われら何者なるや、われら何処に去らんとするや
・われらいずこより来るや、われら何なるや、われらいずこへ到るや

 一人称複数を一人称単数と言い換えての以下の訳も。

・我いずこより来たるや、我何者なるや、我いずこへ行かんとするや

 1897年、タヒチ滞在中のゴーギャンは、娘の死、財政困難、健康の悪化などが重なり、自殺願望に取り付かれます。死の前の畢生の大作として描かれたのがこの作品でした。絵の完成直後(と本人は語ってますが、ホントはまだ製作中だったらしい)、彼はヒ素をあおって自殺を図りますが目的をはたせませんでした。

 この作品は縦1.7m、横4.5mの大作です。右下には赤ん坊、左下には老婆が描かれ、絵巻物のように右から左に見ていくのが正しいらしい。ゴーギャンが友人に書いた手紙によると、

ローマ賞の試験を受ける美術学校の学生に、<われわれは何処から来たのか? われわれは何か? われわれは何処へ行くのか?>という題の絵を描きなさいと言ったら、彼等はどうするだろうか? 福音書に比べてもいいこのテーマで、私は哲学的な作品を描いた。これはいい作品だと私は思っている。(1898年2月、『ゴーギャンの手紙』東珠樹訳)

 本人が語っているように、この作品は、自殺の前に遺書として描かれた宗教的哲学的問題意識を表明したものでした。別の手紙では絵の寓意を自ら説明しています。

 この大作では、

  われわれは何処へ行くか?
     死にかけた一人の老婆のために、
     一羽の奇妙な、愚かな鳥が問いかけた、
  われわれは何か?
     その日暮らしの存在、本能的な人間は
     これらすべてが何を意味するか訝る、
  われわれは何処から来たのか?
     泉、
     幼児、
     共同生活、

 鳥は、この偉大な詩の中で絶えず劣等なものと知的なものとを比較する、これは、大体において、その表題に明示されている問題なのだ。
 一本の樹の陰にいる陰気な二人の人物は、淋しい色の着物で身をつつみ、智恵の樹に近く、その智恵のために生じた苦痛を記録している。しかし、未開の自然における単純な存在に比べれば、これは、何人にも生きる喜びを与える、楽園の人間的な理想であるかもしれない。(1901年7月)

 けっして楽園のスバラシサを描いた絵ではなく、むしろペシミスティックな絵であるとも言えます。

 白土三平は、このゴーギャンの問いかけに対して、影丸に「われらは遠くからきた。そして、遠くまでいくのだ………」と答えさせました。

 哲学的宗教的にヒトの在り方を問うゴーギャンにに対し、影丸は社会的存在のヒトとして答えている。さらに、哲学的な存在である「われわれ」は、影丸の言葉の中で、左翼運動的連帯の言葉としての「われら」に変化してしまいました。うーん、これが問答だとするなら、かみあってないなあ。

 もしかすると、影丸の言葉は、哲学的な意味だったのか。ただ、そう考えるのは相当無理があるように思えます。

 これまで、「遠くから」「遠くまで」という言葉は、

(1)1954年、吉本隆明の詩。「とほくまでゆくのだ」
(2)1956年、羽仁五郎がトリアッティの言葉を引用したエピグラフ。
(3)1962年、白土三平「忍者武芸帳」の影丸。

 がわかっていましたが、今回さらに、くんせい氏のコメントで、

(4)1961年、福田善之の戯曲「遠くまで行くんだ」

の存在を教えていただきました。ありがとうございます。福田善之の作品は、映画「真田風雲録」しか知らないのですが、「遠くまで行くんだ」もあんな感じなのかしら。

 1960年安保前後、同時多発的に「遠くまで行く」が出現していたことになります。影丸はむしろ最後発に近い。白土三平が、ゴーギャンの問いに対して、どのような意味をこめて影丸に語らせたとしても、読者は「遠くまで」を左翼的連帯の言葉以外には読めなかったでしょう。

 今回、作者・白土三平自身が出典を語ったということで、オチがつきました。ゴーギャンから影丸への変換は、愕然としました。この二人の距離は遠いよー。これを結びつけるのが作家の腕なのか。さらにゴーギャンにまで興味を持つ視野の広さもスゴイ。

 ただし、だったら先行する「遠くまで」たちの立場はどうなんだ、という疑問は残っちゃうんですけどね。

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January 06, 2006

正月マンガ

 年始には寝っころがって、旧作マンガをぱらぱらと。河合克敏「帯をギュッとね!」全30巻などを読み直してました。

 1988年末から1996年まで長期連載された人気マンガ、いやー久しぶりでしたが、お気楽かつ熱血で楽しいわ。特訓→試合→特訓→試合の古典的ジャンプ型構造です。格闘技はマンガにしやすくていいねー。集団ヒーローモノだし、ラブコメだし、お笑いもいろいろ、桜子の試合には思わず爆笑。池上遼一とか花輪和一などのパロディとかもあってちょっと驚きました。

 年始は書店に行ったって、年末とあんまり変わんないしなあ、とは言うもののやっぱり行っちゃうわけですが、たまたま見つけて本年最初、1月3日に買ったマンガ。飛鳥新社「JAPON」というアンソロジーです。

 フランスのマンガ家を日本に招いて地方に滞在させ、その体験をもとにマンガを描いてもらうというもので、同時に日本人作家の作品も掲載。参加したのは以下のヒトビト。

 安野モヨコ、五十嵐大介、松本大洋、谷口ジロー、高浜寛、花輪和一、沓澤龍一郎、ニコラ・ド・クレシー、ダヴィッド・プリュドム、ジョアン・スファール、ファブリス・ノー、オレリア・オリタ、エマニュエル・ギベール、シュテイン&ペータース、フレデリック・ボワレ、エティエンヌ・ダヴォドー。

 このアンソロジー、海外でも発売されるらしいのですが、日本勢は、なんだかなあ、古キヨキ日本、みたいなものに固執しすぎ。安野モヨコが「さくらん」ふう。谷口ジローが昭和28年の山陰の漁村を舞台にした短篇。五十嵐大介が岩手のチャグチャグ馬コのお祭り。松本大洋が民話ふう。とくれば、ちょっとかたよってないかい。編集の問題かな。

 いっぽうのフランス勢は、ああこれはもう、テーマはすべて「フシギの国ニッポンにたたずむフランス人であるところの私」でありまして、もしかしてコイツラ、世界中どこに行ったとしても自分にしか興味がないな。

 マンガというジャンルで、物語を語ろうとする日本と、自分を語ろうとするフランス。ずいぶん対照的な構成になりました。

 面白かったのは、「完成されてないキャラクター」が語り手となるニコラ・ド・クレシーの作品と、自分をワニの似顔絵で描くジョアン・スファール。なかなかの悪意がよろしい。買うかどうか迷ってたジョアン・スファール「プチバンピ」を読んでみることにしました。

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January 03, 2006

八犬伝をめぐっての雑談

 あけましておめでとうございます。

 本日は雑談で。元日は飲んだくれてましたが、二日は仕事、それでも夜はだらだらとTVなど見ておりますと、ドラマ「里見八犬伝」などやってました。

 真剣に見るようなものではないのですが、TV化にあたって原作からの大きな変更がふたつ。ひとつは、犬の八房が出てこないっ。

 八房の登場しない八犬伝なんてあり? 馬琴の原作では、伏姫の父・里見吉実が八房にむかって、敵将を倒せば婿にしてやろう、とたわむれに言ってしまう。この妖犬・八房、ホントに敵将の首をくわえて帰って来てしまいます。

 伏姫は泣く泣く、ひとり山中で八房と暮らすことになりますが、ある日、妊娠している事がわかる。彼女は純潔のまま、懐胎したことになってますけど。江戸時代の人々はこのような異類婚姻譚に日常的に接してたそうですが、それにしてもやっぱ引いちゃうようなお話ではあります。でもこのオープニングがあるからこその、八「犬」伝じゃないですか。

 もひとつの変更は、主人公・犬塚信乃の許婚、浜路の話。原作の浜路は、実は犬山道節の異母妹で、悲恋のうちに悪役に切り殺されちゃいます。TVでは全編を通したヒロインが必要なんでしょう、生き残って、実は里見の姫という設定になってました。

 さて、この八犬伝、当然、後年の小説やマンガにも影響を与えているわけですが、そのひとつが、飛び散った八つの玉を持った犬士が集合するところ。もちろん元ネタは、水滸伝、伏魔殿から飛び散った百八つの悪星から誕生する百八人の豪傑です。

 直接設定をいただいてるのは「アストロ球団」や「群竜伝」ですが、運命に導かれたグループの集合なら、いろんなものがありそうだなあ。「運命的な出会いであった」なんてね。集団ヒーローという意味では、009や戦隊モノの元祖かもしれません。

 八犬伝のもうひとつの特徴は、因果と偶然(=運命)に導かれたストーリー展開です。実は親子だった、実は兄弟だった、なんてのがいっぱい出てきます。このあたりは戦前の大衆小説、吉川英治「宮本武蔵」あたりに直接影響を与えてるようですね。

 伏線はりまくって、きっちりおさめる所におさめるという作劇法は、最近のマンガじゃあんまり見かけない気がするなあ。先のことは考えない、なんて公言する作家もいますから。そう考えると永井豪「デビルマン」「手天童子」なんて奇跡的な作品ですね。

 本年もよろしくお願いします。

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