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December 24, 2005

宮原照夫の内田批判

 イブになに書いてんだという気もしますが。

 宮原照夫「実録!少年マガジン編集奮闘記」読みました。自伝、実録の部分だけじゃなくて、内容は多岐にわたっています。(1)経験に基づいた証言とマンガ編集、マンガ雑誌論。(2)作家論、作品論。(3)戦前のストーリーマンガの源流と、雑誌「少年倶楽部」研究。

 でっかくてぶ厚い本ですが、いや面白い面白い。著者は「週刊少年マガジン」マンガ班チーフとして「巨人の星」「あしたのジョー」を生み出し、のちマガジン編集長やヤングマガジン創刊編集長を歴任した名物編集者です。ですから、もちろん(1)の部分こそ読みどころではあります。著者がかかわった雑誌は、「少年クラブ」「週刊少年マガジン」「ヤングマガジン」など。メインに語られる作家は、ちばてつや、手塚治虫、白土三平、梶原一騎、大友克洋ら。

 かの「W3事件」についてはあえて触れられていません。そのかわりに書かれているのが「華宵問題」です。

 戦前の少年雑誌におけるスターは、マンガ家じゃなくて挿絵画家でした。ナンバーワン雑誌「少年倶楽部」のナンバーワン挿絵画家が高畠華宵。華宵の絵はこんな感じね。ところが、稿料の件で講談社とトラブった華宵は、ライバル誌の「日本少年」に移ってしまい、「少年倶楽部」の部数は40万部から25万部へ。その後、「少年倶楽部」編集長・加藤謙一は、少年小説という新しいジャンルを開拓することで、「少年倶楽部」を復活させました。

 これが「華宵問題」。手塚治虫がサンデーに移ったあとのマガジンが、劇画路線に転じて勝利する「W3事件」と、いやあ、経過がそっくりですねえ。著者は明らかに「W3事件」と「華宵問題」を重ねて語っています。

 驚いたのが、著者による、内田勝批判です。内田勝は宮原照夫の前の、「少年マガジン」スター編集長でした。内田編集長時代に「巨人の星」「あしたのジョー」を擁して黄金時代を築いたマガジンですが、「巨人の星」が終了し、「ジョー」が休載すると部数が激減します。

 著者は、内田勝=大伴昌司ラインによる少年マガジンのグラビア路線を批判していますが、少年マガジンのグラビアを批判する声は初めて聞きました。大伴昌司による少年マガジンのグラビアは、これまで賞賛されはしても(いろいろと復刻版も出版されてます)、批判されたことはない。

 著者によると、1970年のジャンプのマンガが15本。対するマガジンがわずかに8本。「巨人の星」と「あしたのジョー」というビッグヒットがあるから、マガジンのほうが売れてはいたが、これはグラビア重視による弊害である。さらにグラビアの内容がハイレベルになりすぎていけなかった。横尾忠則の特集なんかトンデモナイ、「常軌を逸した」ものである。「週刊ぼくらマガジン」の創刊と共にマガジンの読者対象を高校生以上としたのは明らかに誤りであったと。

 確かにその側面はあったでしょうが、マガジンのビジュアル路線があったからこそ、マンガ雑誌の格が上がったとも言えるのじゃないかしら。マガジンは「現代最高のビジュアル総合誌」とまでたたえられました。読者としてのわたしの意見を言わせていただくと、マガジンはグラビアも表紙もカッコよかったです。ジャンプ巻頭のカラーページは今と同じくマンガでしたが、当時はコマ全体を原色の赤とか青でべったり塗ったりの、ヒドイものでございましたよー。

 著者は、シャレたグラビアを持つマガジンより、全編マンガのジャンプを理想としてたようです。そのマンガ第一主義というべき態度は、徹底しております。あくまで雑誌編集者なんじゃなくて、マンガ誌編集者なんだ、いやースゴイ。著者の徹底した立場の表明は、是非を超えて感動的ですらあります。

 この本の難点は、「三次元のマンガ」「感性のマンガ」などの理解しづらい言葉が散見されること、海外マンガに対する認識が一方的でバランスに欠けること、図版が小さすぎることなど。あと、タイトルや章タイトルが「実録!」とか「熾烈!」「総括!」とハデなのは、さすがに苦笑い。

 でも必読書でありますよ。これを講談社が発行してるということも、正史としたいという意思のあらわれか。

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Comments

ぼくは内田さんとの出会いが多いんですが、
彼の影に宮原さんが居てマンガを仕切って
いる~という噂は本当だと思っていました。

ところが100万部達成時、ニュースに
なったりしたことから、内田さんの名前
だけがマスコミ的に有名になってしまった。

そのせいもあるんでしょうか『奇の発想』を
読んでみますと、『巨人の星』や『あしたの
ジョー』などの発想・テーマ作りは、ほとんど
彼と梶原氏という感じで、滔々と書かれて
います。
今回の宮原氏の、ちばさんとのつきあいを
みますと、やはり違っていた。
『ちかいの魔球』のとき、野球を知らなかった
ちばさんに、グローブ・バットなどを買わせ
<フォークを投げてみせた!>というくだり
がありますよね。すごい!

だからこそ、やはり野球を知らなかった
川崎さんに、野球のカン所を教えたのが
宮原氏というのは当然でしょう。

内田氏は、むしろ「ホットドックプレス」で
当時の「ポパイ」を抜いた~大伴図解精神
による若者ハウツー~業績が大きかった
のでは!?

ソニー系に転職された内田氏が
マンガ学会の最初の大会に来られて
いたのにはビックリ。
帰途、地下鉄でご一緒しましたよ。

Posted by: 長谷邦夫 | December 25, 2005 12:53 PM

コメントありがとうございます。それにしましてもこの本、著者の最初の構想どおり、「真実とは全くかけ離れた『マガジン』に関する記述が掲載されている本」を「徹底的に糺そう」とする「エキセントリック」なものになっていれば、どうなってたか… ゴシップ好き読者としてはドキドキしちゃいますです。

Posted by: 漫棚通信 | December 25, 2005 10:50 PM

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