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December 31, 2005

良いお年を

 今年もあと数時間です。今日は家族サービスで、映画「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」を見に行ってきました。原作を1作しか読んでない人間には、よくわからないったらありゃしない。映画が終わってからあれこれ質問していやがられちゃいました。

 夜になっても、TVでは格闘技は見せてくれず、紅白におつきあい。演歌が日本の心って言うけれど、明治以来の西洋文化輸入によってできたものという意味では、北島三郎と宇多田ヒカルの間に何の差もありません。演歌を日本本来のもののように賞揚する態度って、日本アニメや日本マンガを無条件に誉めるのと似てるなあ、などと大塚英志のような感想をつぶやいて本年はおしまい。

 今年もブログやってたおかげで、いろんなマンガに出会えました。みなさまありがとうございます。来年もよろしくお願いします。

 良いお年を。

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December 30, 2005

平田弘史の年でした

 2004年には平田弘史の本が5冊も発行されて、うっひゃーと驚いたわけですが、なんのなんの、2005年はなんと、月刊・平田弘史状態、計12冊も発行されてしまいました。

 これはもう、2005年の十大ニュースに選ばなきゃ。2005年は平田弘史の年でありました。

 本年12月は、青林工藝舎から「無名の人々 異色列伝」、リイド社からは「怪力の母」1巻。ともにかつて講談社ミスターマガジンに異色列伝のシリーズとして連載されたものですから、別々の出版社からの発行とはいえ、これは計画的に違いない。

 「怪力の母」は、1巻ではまだ豪傑女性のエピソードだけですが、来年発売されるはずの2・3巻で息子の代の話になりますと、食前食後にオナニーする三男とか、エーマイナーで歌う長男とか、スターキャラクター首代引受人のゲスト出演とか、ムチャぶっとんだオハナシが展開します。著者は描きたい絵やストーリーがあると、全体よりも細部を追っちゃうんだよなあ。ストーリーの整合性はともかく面白いっ。

 そして、本年最後が「弓道士魂」完全版の発行であります。三十三間堂の通し矢を素材にした名作です。少年キング連載後、大都社で単行本化されたときに未収録となった約70ページを掲載した完全版となってます。

 で、これを読んで考えちゃいました。今回の完全版は430ページ超のぶ厚い本ですから、かつての大都社版などの短縮版は、おそらくページ数の問題でページをカットしたものなのでしょう。

 未収録部分は、まず、主人公が幻想の中で那羅延堅固という仁王さまみたいなオバケに会うシーン。主人公の首がはねられ宙に飛び、身体から流れた血が寺の庭を血の海に変え、そこへ天空から首がおちてくるという絢爛かつ血まみれのイメージが展開して、読者を驚かせます。もう一箇所は、ラスト近く、主人公の後輩が、弓の修行で主人公と同じような苦しみを味わうシーン。

 これらのシーンをカットした短縮版と完全版を読み比べてみますと、はっきり申し上げて、短縮版のほうが冗漫さがなくなってて、いいんですよ。

 カットされた幻想シーンは、斬られた主人公の首がどアップでこっちに飛んで来たりして、確かに面白いんですが、バランスを失して長い。主人公の後輩のエピソードは、主人公が通し矢に成功したあとの話ですから、ラストに向かうテンポをじゃましてるとも言えます。

 わたし、実はこれまで、雑誌連載時のものを全部収録した完全版こそ、ベストであると考えておりました(HUNTER×HUNTERとかは別にして)。手塚治虫なんか、いつも自作をいじってましたが、あれは改悪としか思えなかった。ところが今回、「弓道士魂」の完全版と短縮版を比べてみて、再編集というのも、悪くないんだなと考え直した次第であります。

 さらに、ページ単位で構成されるマンガは、映画のフィルムを切るようには再編集できないのですが、もし将来、紙じゃなくてモニター上で読むマンガが主流になることがあるなら、こういう再編集がどんどんできるようになるでしょう。そうなると、いくらでも無限に修正できちゃうから、「完全版」なんてものはなくなっちゃうのでしょうね。

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December 27, 2005

年寄り向けマンガ

 やっと手に入れた「このマンガを読め!2006」を読んでいて、何がビックリしたと言って、巻末の「2005年回顧座談会」。中野晴行によると、「ヤングジャンプ」の平均読者年齢が29歳(!)。でもって、「ヤングマガジン」が31歳で、「スピリッツ」が35歳。

 「マガジン」読者層のピークは17歳と31歳の二峰性。

 なんじゃこりゃー。これって、高年齢層がマンガを読む、というより、若い世代がマンガなんか読まないってことじゃないのか。これから人口自然減の時代が来ることもありますし、マンガのような年少者を大きな市場とするジャンルは、今後ますます苦しい。

 当然コドモ向けのマンガのビッグヒットを作ろうとつとめるのが正しい道なのでしょうが、高度に進歩した日本マンガにとっては、これはかえってムズカシイのかもしれません。

 むしろ、高齢者向けのマンガを作るほうが簡単かも。わたしのような年寄り読者には、そっちのほうが読んでみたいジャンルではあるのですけどね。そんなマンガばっかり出てくると、コドモはますますマンガ離れしちゃうかもしれませんが。

 おそらく今後、さらに高年齢の読者を対象にしたマンガが、多く作られることになるでしょうし、すぐれたものが出現するでしょう、というのがわたしの2006年の無責任な予想であります。

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December 24, 2005

宮原照夫の内田批判

 イブになに書いてんだという気もしますが。

 宮原照夫「実録!少年マガジン編集奮闘記」読みました。自伝、実録の部分だけじゃなくて、内容は多岐にわたっています。(1)経験に基づいた証言とマンガ編集、マンガ雑誌論。(2)作家論、作品論。(3)戦前のストーリーマンガの源流と、雑誌「少年倶楽部」研究。

 でっかくてぶ厚い本ですが、いや面白い面白い。著者は「週刊少年マガジン」マンガ班チーフとして「巨人の星」「あしたのジョー」を生み出し、のちマガジン編集長やヤングマガジン創刊編集長を歴任した名物編集者です。ですから、もちろん(1)の部分こそ読みどころではあります。著者がかかわった雑誌は、「少年クラブ」「週刊少年マガジン」「ヤングマガジン」など。メインに語られる作家は、ちばてつや、手塚治虫、白土三平、梶原一騎、大友克洋ら。

 かの「W3事件」についてはあえて触れられていません。そのかわりに書かれているのが「華宵問題」です。

 戦前の少年雑誌におけるスターは、マンガ家じゃなくて挿絵画家でした。ナンバーワン雑誌「少年倶楽部」のナンバーワン挿絵画家が高畠華宵。華宵の絵はこんな感じね。ところが、稿料の件で講談社とトラブった華宵は、ライバル誌の「日本少年」に移ってしまい、「少年倶楽部」の部数は40万部から25万部へ。その後、「少年倶楽部」編集長・加藤謙一は、少年小説という新しいジャンルを開拓することで、「少年倶楽部」を復活させました。

 これが「華宵問題」。手塚治虫がサンデーに移ったあとのマガジンが、劇画路線に転じて勝利する「W3事件」と、いやあ、経過がそっくりですねえ。著者は明らかに「W3事件」と「華宵問題」を重ねて語っています。

 驚いたのが、著者による、内田勝批判です。内田勝は宮原照夫の前の、「少年マガジン」スター編集長でした。内田編集長時代に「巨人の星」「あしたのジョー」を擁して黄金時代を築いたマガジンですが、「巨人の星」が終了し、「ジョー」が休載すると部数が激減します。

 著者は、内田勝=大伴昌司ラインによる少年マガジンのグラビア路線を批判していますが、少年マガジンのグラビアを批判する声は初めて聞きました。大伴昌司による少年マガジンのグラビアは、これまで賞賛されはしても(いろいろと復刻版も出版されてます)、批判されたことはない。

 著者によると、1970年のジャンプのマンガが15本。対するマガジンがわずかに8本。「巨人の星」と「あしたのジョー」というビッグヒットがあるから、マガジンのほうが売れてはいたが、これはグラビア重視による弊害である。さらにグラビアの内容がハイレベルになりすぎていけなかった。横尾忠則の特集なんかトンデモナイ、「常軌を逸した」ものである。「週刊ぼくらマガジン」の創刊と共にマガジンの読者対象を高校生以上としたのは明らかに誤りであったと。

 確かにその側面はあったでしょうが、マガジンのビジュアル路線があったからこそ、マンガ雑誌の格が上がったとも言えるのじゃないかしら。マガジンは「現代最高のビジュアル総合誌」とまでたたえられました。読者としてのわたしの意見を言わせていただくと、マガジンはグラビアも表紙もカッコよかったです。ジャンプ巻頭のカラーページは今と同じくマンガでしたが、当時はコマ全体を原色の赤とか青でべったり塗ったりの、ヒドイものでございましたよー。

 著者は、シャレたグラビアを持つマガジンより、全編マンガのジャンプを理想としてたようです。そのマンガ第一主義というべき態度は、徹底しております。あくまで雑誌編集者なんじゃなくて、マンガ誌編集者なんだ、いやースゴイ。著者の徹底した立場の表明は、是非を超えて感動的ですらあります。

 この本の難点は、「三次元のマンガ」「感性のマンガ」などの理解しづらい言葉が散見されること、海外マンガに対する認識が一方的でバランスに欠けること、図版が小さすぎることなど。あと、タイトルや章タイトルが「実録!」とか「熾烈!」「総括!」とハデなのは、さすがに苦笑い。

 でも必読書でありますよ。これを講談社が発行してるということも、正史としたいという意思のあらわれか。

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December 21, 2005

萩尾望都のオススメマンガ

 池袋のジュンク堂書店で、萩尾望都ラララ書店というのをやってるそうです。萩尾望都店長のオススメの本だけを集めた書店。こういうのは楽しいなあ。

 もちろん最も数の多いのはマンガです。これは巻数が多いからあたりまえ。今は613点となってますが、いずれ差し替えもあるのかしら。見てみると、明らかにマンガじゃないのも混じってますから(内田春菊「ファザーファッカー」とか)、それを除くと600点あまり。

 萩尾望都の本を読むときに役立つかもしれないと思って、書き出してみました。眺めてみると、あれを選ぶかー、とか、あれがないなー、とか、いろいろ面白い。


手塚治虫:火の鳥
手塚治虫:鉄腕アトム
手塚治虫:どろろ
手塚治虫:ブラック・ジャック
手塚治虫:陽だまりの樹
手塚治虫:アドルフに告ぐ
大友克洋:AKIRA
大友克洋:ハイウェイスター
大友克洋:さよならにっぽん
大友克洋:童夢
大友克洋:ショート・ピース
小林まこと:What's Michael
永井豪:デビルマン
永井豪:キューティーハニー
永井豪:あばしり一家
永井豪:オモライくん
青木雄二:ナニワ金融道
ちばてつや/高森朝雄:あしたのジョー
岩明均:ヒストリエ
岩明均:寄生獣
井上雄彦/吉川英治:バガボンド
井上雄彦:リアル
佐藤秀峰:ブラックジャックによろしく
古谷実:僕といっしょ
古谷実:ヒミズ
古谷実:シガテラ
諸星大二郎:暗黒神話
諸星大二郎:汝、神になれ鬼になれ
諸星大二郎:彼方より
諸星大二郎:失楽園
小畑健/ほったゆみ:ヒカルの碁
藤子・F・不二雄:ドラえもん傑作選
藤子・F・不二雄:ミノタウロスの皿
藤子・F・不二雄:定年退食
藤子・F・不二雄:俺と俺と俺
藤子・F・不二雄:未来ドロボウ
藤子・F・不二雄:メフィスト惨歌
藤子・F・不二雄:パラレル同窓会
藤子・F・不二雄:タイムカメラ
藤子・F・不二雄:21エモン
さそうあきら:富士山
さそうあきら:俺たちに明日はないッス
さそうあきら:1+1は
さそうあきら:黒のおねいさん
さそうあきら:神童
さそうあきら:トトの世界
さそうあきら:コドモのコドモ
さそうあきら:子供の情景
松本大洋:GOGOモンスター
松本大洋:青い春
浦沢直樹:MONSTER
浦沢直樹/手塚治虫:PLUTO
浦沢直樹:踊る警官
浦沢直樹:N・A・S・A
浦沢直樹:JIGORO!
谷口ジロー:犬を飼う
谷口ジロー/内海隆一郎:欅の木
石ノ森章太郎:佐武と市捕物控
赤塚不二夫:おそ松くん
長谷川法世:博多っ子純情
吾妻ひでお:失踪日記
花輪和一:刑務所の中
安彦良和:イエス

高橋留美子:人魚シリーズ
高橋留美子:めぞん一刻
山下和美:天才柳沢教授の生活
山下和美:不思議な少年
ひぐちアサ:おおきく振りかぶって
荒川弘:鋼の錬金術師
西原理恵子:ぼくんち
西原理恵子:上京ものがたり
西原理恵子:毎日かあさん
大島弓子:グーグーだって猫である
大島弓子:ちびねこ
大島弓子:綿の国星
大島弓子:夏の終わりのト短調
大島弓子:バナナブレッドのプディング
大島弓子:四月怪談
大島弓子:サバの秋の夜長
大島弓子:サバの夏が来た
大島弓子:ロストハウス
大島弓子:ほうせんか・ぱん
小川彌生:きみはペット
二ノ宮知子:のだめカンタービレ
二ノ宮知子:平成よっぱらい研究所
二ノ宮知子:飲みに行こうぜ!!
こやまゆかり:×一物語
安野モヨコ:働きマン
安野モヨコ:さくらん
安野モヨコ:シュガシュガルーン
安野モヨコ:ハッピー・マニア
安野モヨコ:監督不行届
高野文子:黄色い本
高野文子:るきさん
高野文子:おともだち
高野文子:絶対安全剃刀
高野文子:棒がいっぽん
高野文子:ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事
こなみかなた:チーズスイートホーム
こなみかなた:ふくふくふにゃ〜ん
伊藤理佐:おいピータン
伊藤理佐:やっちまったよ一戸建て!!
山岸凉子:押し入れ
山岸凉子:パイド・パイパー
山岸凉子:天人唐草
山岸凉子:甕のぞきの色
山岸凉子:笛吹き童子
山岸凉子:黄泉比良坂
山岸凉子:日出処の天子
山岸凉子:舞姫(テレプシコーラ)
大和和紀:あさきゆめみし
くらもちふさこ:いつもポケットにショパン
くらもちふさこ:アンコールが3回
くらもちふさこ:チープスリル
くらもちふさこ:千花ちゃんちはふつう
くらもちふさこ:天然コケッコー
くらもちふさこ:α
槙村さとる:ダンシング・ゼネレーション
槙村さとる:N・Yバード
一条ゆかり:正しい恋愛のススメ
一条ゆかり:プライド
岩館真理子:アリスにお願い
岩館真理子:うちのママが言うことには
岩館真理子:アマリリス
草野誼:かんかん橋をわたって
粕谷紀子:離婚予定日
羽海野チカ:ハチミツとクローバー
木原敏江:大江山花伝
木原敏江:とりかえばや異聞
木原敏江:青頭巾
木原敏江:鵺
今市子:百鬼夜行抄
今市子:文鳥様と私
やまだないと:ビューティフル・ワールド
やまだないと:コーデュロイ
やまだないと:yの思い出
岡崎京子:ヘルタースケルター
よしながふみ:西洋骨董洋菓子店
よしながふみ:愛すべき娘たち
よしながふみ:愛がなくても喰ってゆけます。
こうの史代:夕凪の街桜の国
岡野玲子:妖魅変成夜話
岡野玲子/夢枕獏:陰陽師
岡野玲子:コーリング
清水玲子:秘密
清水玲子:WILD CATS
清水玲子:月の子

梁慶一/尹仁完:新暗行御史
黄美那:李さん家の物語
ハンヘヨン:彼女たちのクリスマス


 ぱっと見て、バランスを失するまでに多いのが、さそうあきらと高野文子。さあ読め、全部読めと言われてるみたい。24年組からは、大島弓子と山岸凉子がずらずらと並んでいます。

 少女マンガ系ではくらもちふさこ。少年マンガの古典では、なんと言っても藤子・F・不二雄の多さがめだちます。

 大友克洋と諸星大二郎が選ばれるのは当然として、古谷実は、うーむ、そうきたか、暗黒系が選ばれるのね。

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December 18, 2005

しつこくトリアッティ(その2)

(前回からの続きです)

 鮎川信夫「繋船ホテルの朝の歌」は、吉本隆明によって代表的戦後詩十選のひとつにも選ばれています。

ひどく降りはじめた雨のなかを
おまえはただ遠くへ行こうとしていた
死のガードをもとめて
悲しみの街から遠ざかろうとしていた
おまえの濡れた肩を抱きしめたとき
なまぐさい夜風の街が
おれには港のように思えたのだ
船室の灯のひとつひとつを
可憐な魂のノスタルジアにともして
巨大な黒い影が波止場にうずくまっている
おれはずぶ濡れの悔恨をすてて
とおい航海に出よう
背負い袋のようにおまえをひっかついで
航海に出ようとおもった
電線のかすかな唸りが
海を飛んでゆく耳鳴りのようにおもえた
(後略)

 この詩で「遠くへ行こう」としているのは「おまえ」であり、語り手も「航海に出ようと」思っています。しかし後段では、

ところがおれたちは
何処へも行きはしなかった

と続き、結局、彼らは挫折します。ホテルと波止場だから、日活の裕次郎映画みたいなイメージですが、最初に雑誌に発表されたのは1949年。

 鮎川自身は、「戦争から辛うじて生き残ったとはいえ、精神的にも肉体的にも、そのさまざまな後遺症に悩まされていて、生きることに悪戦苦闘しながら生死の境をさまようような毎日であった」「この詩の背景をなすものは、戦争で荒廃した街であり、そのアンダートーンをなすものは、打ちひしがれて行きどころのない青年の心ということになるであろう」と書いています。

 これに対して1954年に吉本隆明の書いた「涙が涸れる」の、なんと希望に満ちていることか。革命を信じた人々だけじゃなくて、戦後日本が夢を持っていたことを象徴するような詩です。

 鮎川信夫は思想的にもトリアッティに関係なさそうですが、吉本隆明は、当然トリアッティの存在もその言葉も知っていたはず、というか、吉本隆明ならフツー知ってるだろう。希望にあふれた「涙が涸れる」は、「繋船ホテルの朝の歌」よりも、トリアッティの言葉にインスパイヤされて書かれたものと勝手に想像することにします。

 1970年前後の政治の季節、若者たちの前には、ともにトリアッティの言葉から導き出された、ふたつの言葉が同時に存在していました。ひとつは吉本隆明の「とほくまでゆくのだ」。もうひとつは白土三平の「われらは遠くからきた。そして、遠くまでいくのだ」。

 トリアッティの言ったイタリア語、「ベニアーモ、ダロンターノ、アンディアーモ、ロンターノ」てのもなかなかカッコよくて、イタリア人を感動させたのでしょうが、日本語でもカッコいい。人を引き付けるチカラを持つコトバってのはあるもんですね。

 このふたつ、どっちの「遠くまで」が有名だったのでしょう。「遠くまで」と聞いて、吉本隆明を思い浮かべるのか、白土三平を思うのか。

 わたしなどは「遠くまで」といえばこれはもう、白土三平でしょ、吉本の詩なんて知らないよ、てなもんですが、ここで問題になるのが「忍者武芸帳」は、当時から一般に知られていたのかどうかです。

 「忍者武芸帳」の最初の貸本屋向け発行は1959年から1962年にかけてでした。いかに貸本マンガとしてはビッグヒットではあっても、どのくらいの読者が貸本としての「忍者武芸帳」を知っていたのか。その次に「忍者武芸帳」が発行されたのは、まず小学館の新書版ゴールデンコミックスが1966年。箱入り豪華本の貸本復元版が1970年。旧小学館文庫が1976年。

 「カムイ伝」の連載が1964年からで、「カムイ伝」の新書版単行本として小学館ゴールデンコミックスが刊行開始されたのが1967年から。これはヒットしました。でも、みんな「カムイ伝」は一所懸命読んでても、よっぽどのマニアじゃなけりゃ、さかのぼって「忍者武芸帳」なんか読んでなかった(ような気がします)。記憶によると、ゴールデンコミックス版「カムイ伝」は書店にいっぱい置いてあったけど、「忍者武芸帳」ってあんまり見かけなかった。

 評論家じゃなくて詩人としての吉本隆明が、この時代どれほど有名だったのかは知らないのですが、客観的にはこの時代、「遠くまで」と言えば、白土三平じゃなくて吉本隆明だったかもしれない。厳密には、アンケートでもとってみなきゃ結論は出ないでしょうけど。

 というわけで、以下にまとめ。

・(?)年:パルミロ・トリアッティが、「Veniamo da lontano e andiamo lontano」と語る。
・(?)年:この言葉が日本語に訳される(?)。
・1954年:吉本隆明が「涙が涸れる」の中で、「とほくまでゆくのだ」と書く。
・1956年:羽仁五郎が「明治維新史研究」のエピグラフで、「われわれは遠くからきた。そして、われわれは遠くまで行くのだ」を使う。
・1962年:白土三平が「忍者武芸帳」最終巻で、影丸に「われらは遠くからきた。そして、遠くまでいくのだ」と語らせる。
・そして吉本、白土それぞれの本が再刊された後の1970年ごろ、「遠くまで行く」は有名な言葉になっていました。

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December 16, 2005

しつこくトリアッティ(その1)

 しつこくてすみません、トリアッティの3回目、きっと最終回になると思います。

 これまで、白土三平「忍者武芸帳」の影丸の言葉、「われらは遠くからきた。そして、遠くまでいくのだ………」の出典について2回書いてきました。

第1回
第2回

 皆様よりいろいろとコメントいただき、本当にありがとうございました。自分ひとりでひねくっていても、絶対出てこないような発想がいろいろと。今回はその中から、長谷邦夫先生にコメントをいただいた、現代詩方面からのお話。

 吉本隆明の「涙が涸れる」という詩があります。「けふから ぼくらは泣かない」で始まるこの詩を全文引用するのは、著作権上、問題のようにも思われますので、後半だけ(でも、俳句とか短歌とかに触れるときはどうしても全文引用せざるを得ないと思うんですが、このあたり、どうなんでしょ)。

(前略)
胸のあひだからは 涙のかはりに
バラ色の私鉄の切符が
くちやくちやになつてあらわれ
ぼくらはぼくらに または少女に
それを視せて とほくまで
ゆくんだと告げるのである

とほくまでゆくんだ ぼくらの好きな人々よ
嫉みと嫉みとをからみ合はせても
窮迫したぼくらの生活からは 名高い
恋の物語はうまれない
ぼくらはきみによつて
きみはぼくらによつて ただ
屈辱を組織できるだけだ
それをしなければならぬ

 この作品は1954年に発表されたあと、1958年に「吉本隆明詩集」としてまとめられ、さらに1963年「吉本隆明詩集」、1968年「吉本隆明全著作集1 定本詩集」にも収録されました。

 この詩で「とほくまでゆく」のは、「ぼくら」であり「ぼくらの好きな人々」です。「ぼく」じゃなくて「ぼくら」なのが、連帯を信じた時代の言葉。影丸の言う「われら」に対応しています。

 吉本隆明は、この時代の自らの作品を「きわめて左翼的な詩」と語っていますが、とくにこの詩は、革命を空想の物語とは考えていなかった時代の左翼的心情へど真ん中ストライク。四畳半的生活と「とほくまでゆく」気高い政治的行動の同居、みたいな感じでしょうか。

 この詩は、1960年代後半に青春を送ったヒトビトに、とくに思い入れが強い詩だったらしい。

 たとえば、連合赤軍事件で殺害された大槻節子(1948年生まれ)の遺稿集「優しさをください」を読むと、彼女の日記、1968年12月26日には、この「涙が涸れる」の詩がまるまる写されています。この詩は、当時20歳の女性の胸に響き、かつ有名な作品であったのです。

 さらにネットで探すとコチラのかたの文章。

 文章を書かれた十河進氏は、杉山恒太郎のアサヒビールCMに登場するフレーズから、吉本隆明の詩を連想していらっしゃいますが、あれれ、そうだったっけ。

CMは二編作られていて、一編はジャガーズの「君に会いたい」をBGMに使用し、もう一編はテンプターズの「エメラルドの伝説」をBGMに使っていた。それらの曲が流れる中、三人の男女の青春物語が15秒あるいは30秒で描かれる。

夏の日、三人が海で戯れているカット、平田満の下宿にやってきた風間杜夫が「彼女が好きなんじゃないのか!」となじるカット、土砂降りの雨の夜、走り去る風間杜夫を見つめる真行寺君枝のカットなど、いかにもそれらしいシーンが繋がれていた。(略)

そのCMには、ふたつのキャッチコピーが使われていた。ラストの製品カットに「遠くまでいくんだ」というナレーションが重なり、そのカットの下には「あなたが私の青春でした」というコピーが出た。

 何か微妙に違ってるような気がするなあ。別のサイトではCMはこういうものだったと。

喫茶店のカウンターに離れて座る風間と君枝。
風間「夢だったんだよなあ」
−ジャガーズの「君に会いたい」が流れる−
(若かった二人の回想シーン)君枝の見ている前で、他の女(亜湖)と踊る風間。
そんな風間を「お前なにやってんだよ!」と、仲間の平田満が殴る。
「遊びだよ、遊び」と答える風間。「やめて!」と止めに入る君枝。
もとのカウンターのシーン
風間「夢だったんだよなあ」
君枝「ダメ、いま降りちゃ」
ナレーション「すべての青春にアサヒミニ樽」
この他ラグビー篇もあり。
ラグビーの試合に負け、疲労困憊で座っている風間と平田。
そこに仲間(草薙良一)がやってきて慰める・・・というもの。
バックに使われた曲はサベージの「いつまでもいつまでも」

 わたしの記憶では、こっちのほうがしっくりくるかな。さて、実際のCMに「遠くまでいくんだ」という言葉があったかどうかは別にして、「遠くまでいくんだ」について十河氏はこう書かれています。

それは僕らの世代のフレーズだった。

 うーん、そうか、そこまで言うひとがいるのか。この場合「僕らの世代」とは「70年安保世代」のことです。そして吉本隆明のこの詩は、鮎川信夫の詩「繋船ホテルの朝の歌」への返歌じゃないかと。あらら、鮎川信夫まで話がのびてきちゃった。

 以下次回。

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December 13, 2005

谷口ジロー「シートン」第2章

 谷口ジロー「シートン 旅するナチュラリスト」の第2巻「少年とオオヤマネコ」が発売されました。

 以前にも書きましたように、この作品、谷口ジローが1975年、「谷口治郎」名義で描いた、集英社「学習漫画シートン動物記」第10巻「少年とオオヤマネコ」のリメイクであります。

 シートンのこの作品、白土三平も1961年にマンガにしていますが、白土版は、はっきり申し上げて、ヤマネコの造形がもうひとつ。頬にたれたヒゲが難しかったようです。

 谷口ジローの「学習漫画」版も、実は、このヤマネコがあまりカッコよく描けてませんでした。表紙のカラーのヤマネコはなかなかいいんですが、マンガ内の白黒のヤマネコはけっこうスンヅマリでして。あれだけ動物のうまい谷口ジローにして(オオカミとかネコは1975年でもお見事でした)、ヤマネコは悔いが残ってたんじゃないかな。

 で、今回のこの作品、谷口ジローとしては、人間と自然というテーマをさらに深く掘り下げるだけじゃなくて、全編、ヤマネコの造形への再挑戦となっております。

 とくに「シートン」第2巻のクライマックス、231ページ下の、シートンとヤマネコがにらみ合うコマ。この構図は、1975年の「学習漫画」版に描かれたものとまるきり同じです。かつて描いた絵をもう一度描いてみようというのは、うーん、やっぱり谷口ジローは絵の人ですねー。

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December 11, 2005

寒い寒い

 思いっきり寒いところで職場の忘年会があり、その後すっかり体調を崩してしまってたところに、本日はクルマ運転で地の果てまで、剣道の大会を見に行くことに。夏の剣道は、武道場だろうが体育館だろうが、暑いわクサイわでこれがもう大変なんですが、冬は冬で寒いのなんの。ああ、もうダメ。

 毎年12月は経験的に買うマンガが増える季節です。今年も未読が山のように。そんな中で書店でふと見つけた、山本文子&BLサポーターズ「やっぱりボーイズラブが好き」。えーとBLマンガのガイドブックであります。

 BLに疎くて、というよりまったく知識がないのですが、たまに今市子とかよしながふみのその手の作品を間違って買っちゃったとき、うう……と唸りながら読むくらい。ですから、作家の名からして知らない。

 BLマンガのガイドブックとして、歴史からきちんと書かれており、入門書としてありがたい。でも、やっぱり読もうかなという気がもうひとつ…… もともと恋愛マンガ自体が苦手だしなあ。

 たとえば、花沢健吾「ボーイズ・オン・ザ・ラン」なんか、数ページ読んでは中断、また数ページで本を置いて、の繰り返し。わたし痛いマンガはダメなのよ。とくに恋愛モノは。

 痛いといえば、くぼたまこと「天体戦士サンレッド」。ヒーロー対怪人のマンガのはずが、実際はDQNヒーローのイジメにあう悪の組織のお話。いわゆるあるあるネタですが、設定の勝利。笑えます。

 復刊ブームで文庫化された二作。双葉文庫からは、ちばてつや「1・2・3と4・5・ロク」。静かなホームドラマの傑作です。ぶんか社のホラーMコミック文庫から、わたなべまさこ「聖ロザリンド」。これはコワイぞー。

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December 08, 2005

生臭いものの料理法

 マンガの題材として、生臭いものの代表的なのが、政治でありましょう。登場人物は全員アクの強いやつばかり。政党、派閥、議員の数だけ正義はあるし、脅迫やら買収やら右翼の大物やらマスコミやらが入り乱れ。政治家をモデルにして裏話を付け加えれば、それなりに読める作品になっちゃうわけです。ケニー鍋島/前川つかさ「票田のトラクター」(連載開始1989年)とかね。

 そういう作風(=ナマグサはナマグサとして、そのまま読者に見せる)を良しとするのが最近のマンガの方法論のようですが、かつて、いかにして生臭いものを料理するかに苦心した作品がありました。

 「票田のトラクター」と同時期に連載開始された、業田良家「世直し源さん」(1989年〜1991年)が文庫化され、全三巻で発売されています。副題が「ヨシイエ童話」ですから、最初から、ホラ話、ファンタジーですよと宣言して、政治を描く手法。

 主人公の源さんは、なぜか国会議員に当選しており、なぜか総理大臣に選ばれています。この部分、前段階はあえて描かれません(生臭くなるから?)。そして総理の源さんが、政界改革をなすまでの物語。

 ギャグを担当する部分は、源さんがいつもステテコ姿で自転車通勤、シケモクばかりを吸い、国会ではセーラー服で踊り、さらになんと女子高生から婆さんまで、年令の違う五人の妻がいるところ。笑わせてくれます。

 そしてストーリーの中心は、源さんの提出する法案です。この「国会議員性根たたき直し法案」は、国会議員の歳費を億単位まで値上げするというものです。国会議員の敵は、実は国民であり、国民から自立することをめざす、逆説の法案。この一発アイデアで、全三巻を支えきりました。

 すべては童話です。寓話です。でも、政治という生臭い世界を描くと、童話であっても生臭さが抜けきれない。諸派の反対、切り崩しを乗り越えて、最終的にはマンガの中で国会は与党も野党もなく「翼賛体制」となり、この法案は衆議院で賛成509、欠席3という圧倒的多数で可決されます。

 この部分、わたしにはどうしてもノリきれません。国会議員全員が源さんを支持して、風呂敷を首に巻いている光景に、カタルシスを感じることができないのです。これがスポーツなら、なんてことないのですが、政治がテーマになると、こっちもかまえちゃうんですね。

 オビの推薦文を書いてるのが、夏目房之介、岡田斗司夫、いしかわじゅん。1巻で解説書いてるのが大月隆寛で、マンガ夜話メンバー総出の激賞(オビと解説なんだからアタリマエなのですが)です。これだけきっちり揃えられると、これもなんだかマンガ内のエピソードに似てるかな、なんて。

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December 05, 2005

「このマンガがすごい!」は、まだまだすごくない

 宝島社「このミステリーがすごい!」は、反・権威からスタートして、いつのまにやら自ら権威になっちゃったというコースをたどりました。さて、今発売されてる「このマンガがすごい!」はどうなるかしら。

 ミステリーとマンガは、発行点数が膨大すぎて、すでに個人ですべてを読むことは不可能、という意味では似ているのですが、マンガは1点ごとの発行量が多い=すなわちそれぞれの作品のファンの絶対数が多いわけです。さらにファン層がすでにミステリー以上に細分化されている。そういう状況で、オトコ版63人、オンナ版45人によるアンケート結果から権威にまでたどりつくのはなかなか難しいかな。

 とりあえずは、新しい賞ができたと考え、年末のひとつの趣向として読むべきでしょう。映画でいうなら、キネ旬ベストテンに対抗する、昔の映画芸術ベストテン、今なら映画秘宝ベストテンぐらいの位置に立てれば、面白いものになるのでしょうけど。

 今年のアンケートの結果、オトコ版のベスト5が、(1)PLUTO、(2)DEATH NOTE、(3)失踪日記、(4)働きマン、(5)鋼の錬金術師、てのは、それなりに納得できちゃいますね。そのぶん、オドロキはありません。

 オンナ版にいたっては、ベスト3が、(1)ハチクロ、(2)のだめ、(3)NANA、と誰が考えてもこの三つだろってな結果ですからねえ。

 ただし、そのあとに続く(4)バルバラ異界、(5)プライド、ってのは、ファンとしてうれしい。

 この手のものは、なぜこの作品がっ、というのが面白いのですが、今年はオンナ版の20位、三条友美「犬になりたい」に笑った。かつてのエロの巨匠がこの位置に来るとは。だれが投票したかというと、掟ポルシェと大西祥平だ。わはは。

 いずれにしてもこういう本は、わたしの知らない傑作マンガをいろいろ教えてくれるわけで、ありがたいことでございます。

 ちなみに、わたしの本年度ベストは、五十嵐大介「リトル・フォレスト」(「魔女」よりこちらを取りたい)と、マルジャン・サトラピ「ペルセポリス」(日本マンガじゃないけど)です。

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December 02, 2005

ピアニカをひく少女

 ↑は、出てきません。何のことかといいますと、衿沢世衣子の初作品集「おかえりピアニカ」であります。

 著者も自ら語っていますが、もうすぐ大人になろうとする子供たちの物語。中学生になってピアニカをひく(吹く?)ことは、ま、あんまりありませんから、登場人物の多くは小学生です。

 「COMIC CUE」のドラえもんトリビュートの号は、今をときめく福島聡とか羽海野チカとか小田扉が寄稿してたのですが、衿沢世衣子が描いた、タケコプターマンガも注目作品でした。タケコプターで空を飛ぶことができるのは、子供だけ。成長するとある日突然、飛べなくなってしまう、という小品佳作でした。

 今回の作品集でダントツにすばらしいのは、その「鳥瞰少女」と、「夏坂」。よしもとよしとも原作の「ファミリー・アフェア」も、いいコラボレーションでした。

 とくに「夏坂」でドッジボールを評して、「人にボールぶつけて喜ぶゲーム」「生きていれば逃げつづけ、死ねば狙いつづける、殺せば生き返る! 輪廻転生がこんなんだったら怖いなあ」と喝破したのはお見事。

 自分にも空を飛べなくなる日が来ること、ドッジボールは残酷なゲームであること、ブルマは正しい体操服ではないこと、を知ることは、ちょっとだけ成長するということ。

 大人と子供の中間、どっちつかずのふわふわした時を生きている彼らは、いろいろ考えるんだけど、結論は出るはずもない。読者は著者から、あなたはその時代何を考えてましたか、と問われています。

 そのころ、わたし自身(♂)はなーんも考えずにへらへらと生活してたような気がします。でも、オッサンになってこういうマンガを読んで、なーんも考えてなかった小学校高学年男子も、もしかしたらいろいろ考えてたのかもしんないと思いめぐらすわけで、それを教えてくれるこの作品集は、わたしにとって、まちがいなく「少女」マンガなのです。

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