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November 21, 2005

週刊少年マガジン創刊号

 大塚英志の新刊を買ったまま放置して、海野十三の少年向け小説などを読みふけってますと、世間から二周は遅れてるなと感じてしまうのですが、ま、それは置いといて。

 講談社からこれまでに、少年マガジンの復刻企画本が何回か刊行されてます。

・復刻「少年マガジン」カラー大図解 ヴィジュアルの魔術師・大伴昌司の世界(1989)
・復刻版少年マガジン大全集 全3巻(1990-1991)
・復刻版少年マガジン漫画全集 全3巻(1992)
・REMIX 少年マガジン大図解 全3巻(1992)
・荒俣宏の少年マガジン大博覧会(1994)

 このうち、マンガ中心なのが「大全集」(B5版、全3巻)と「漫画全集」(B6版、全3巻)です。マガジンといえば、どうしても1970年前後の黄金期中心の回顧になってしまいますが、わたしにとっては創刊後の数年間のほうがいろいろと面白い。

 「漫画全集」第1巻は1959年から1964年までの作品を集めたものです。創刊当時の主力マンガ、高野よしてる「13号発進せよ」の巨大ロボット13号の勇姿などが見られます。これには人間型ロボットの江戸川十三男(とみお)くんも登場します。ひさしぶりにこの第1巻を読み直してたら、このころのマンガの荒唐無稽と試行錯誤ぶりがなんとも楽しいなあ。

 で、週刊少年マガジン創刊号の話。「大全集」第3巻には、少年マガジン創刊号の全ページ復刻がされています。

 1959年3月26日号がマガジンの創刊号です。発売日は3月17日。この日は火曜日でしたが、2号は木曜日が発売日となります(次の木曜日が3月26日でした)が、すぐにサンデーと歩調をあわせるように水曜日に変更されました。この曜日の1日の差は大きかったらしい。

 いっぽう、少年サンデーの創刊号は1959年4月5日号と、マガジンより遅い日付になってますが、実はサンデー創刊号も3月17日火曜日に発売され、サンデー、マガジンは同時にスタートしました。サンデーの「4月5日」は日曜日(「サンデー」だからかな)ですが、のちの号の実際の発売は毎週水曜日でした。

 マガジン創刊号は中綴じ(今なら週刊少年マガジンが平綴じ、モーニングみたいなのが中綴じね)86ページ。別冊付録が「天兵童子」(原作・吉川英治、脚色・椎名龍治、マンガ・矢野ひろし)、「新吾十番勝負」(原作・川口松太郎、脚色・内山惣十郎、マンガ・水島順)、「西鉄稲尾選手物語」(これはマンガじゃないらしい)の3冊。「天兵童子」と「新吾十番勝負」はTVとのタイアップ。

 別冊付録のぶん、マガジン創刊号は40円と、サンデー創刊号の30円より高かった。

 表紙は三代目朝潮(ちなみに、いしいひさいちのマンガ「ワイはアサシオや」では四代目朝潮の師匠・高砂親方として登場し、アサシオを怒ってばかりいましたね)。この人、朝潮→朝汐→朝潮と名前が変わりましたが、このときは朝汐時代。ちょうど1959年3月の大阪場所で準優勝、翌4月に横綱に推挙されますから、まさに時の人でありました。

 表2が相撲の写真を使った懸賞クイズ。1ページめが当時国鉄スワローズの金田投手の写真。

 本誌のマンガは、はっきり言って少ない。

・高野よしてる「13号発進せよ」(巨大ロボットもの、2色8ページ)
・原作・吉川英治、マンガ・忍一兵「左近右近」(これもTV放映中の時代劇、8ページ)
・山田えいじ「疾風十字星」(マスクをした正義の味方が登場する冒険もの、7ページ)
・遠藤政治「冒険船長」(冒険もの、8ページ)
・伊東章夫「もん吉くん」(ユーモアマンガ、2ページ)

 これだけで、全部あわせても33ページ。雑誌の半分ありません。しかも別冊も含めて時代劇が多く、センスが古いよなあ。いっぽうのサンデーのラインナップが、手塚治虫「スリル博士」(探偵もの)、寺田ヒロオ「スポーツマン金太郎」(野球マンガ)、藤子不二雄「海の王子」(SF)ですから、いかにサンデーがポップだったか。

 ただし、以前にも書きましたが、マガジンも創刊時に藤子不二雄をねらってたけど、2日の差でサンデーにさらわれた、というエピソードが藤子不二雄A「いつも隣に仲間がいた…/トキワ荘青春日記」に出てきます。

 あとは連載小説が2つ(川内康範「月光仮面」と林房雄「探偵京四郎」)。残りはスポーツ記事(相撲と野球)とグラビア(相撲と野球)が中心で、科学記事がちょっと。特に相撲記事は大阪場所を五日目の3月12日までぎりぎりの取材をしてます。こういう速報性が週刊誌なのだと考えられていたのでしょう。

 ちょうど同時期に発売されてた「少年画報」1959年4月号は、定価120円でマガジンの3倍、本誌236ページで約3倍、別冊付録が8冊。豪華だ。

 創刊時のマンガ週刊誌は、まだまだ泥臭くてヘナチョコでした。そして、どちらかというと少年向け総合週刊誌をめざしていたらしい。創刊時のお祝いの言葉。

・朝汐太郎「世の中の動きが手にとるようにわかる少年週刊誌」
・上野動物園園長・古賀忠道「世の中がスピード時代になって、月に一度の雑誌では、諸君の知識欲をまんぞくさせることができなくなりました」
・川上哲治「このスピード時代に、少年諸君のための週刊誌ができたことは」
・湯川秀樹「おとなも少年諸君も、一週間が生活の一つの周期であることにかわりはない」
・東京都教育委員長・木下一雄(この人は編集賛助員でもあります)「少年の毎日の生活に、はなすことのできない科学の知識、実話、生活まんが、スポーツ、ニュースなどの新しい材料が、生活にむすびつくように、くふうされています。ここに少年週刊誌の特色があります」

 みんなマンガ週刊誌が創刊されたとは思っていません。この後、最初の方向性とは異なり、日本の少年週刊誌はマンガに特化していくことで大成長していきます。

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Comments

この間小学館発行の「本の窓」5月号を読みまして、そこの連載「僕らが愛した手塚治虫」(二階堂黎人著)にこんな文章がありました『日本で最初に創刊されたマンガ週刊誌は「少年マガジン」であるが、企画そのものは「少年サンデー」のほうが早い。その噂を聞きつけた講談社が、急いで同様の企画を立て、発行日で先んじたのが「少年マガジン」なのだ。このことは、複数の関係者がそのように証言しており、特に隠してもいない事実である。』 …そうなのかーと思っていましたが、ここの文章を読み、今、間違ったデータであったのだと気付きました(--;

Posted by: くもり | December 03, 2005 at 01:58 AM

コメントありがとうございます。マガジンとサンデー創刊号の発行日-発売日の件。発行日はマガジンのほうが早いのですが、さて、実際の発売はどうだったかという点ですね。わたしは同日発売と書きましたが、このソースは講談社の発行物によるものです。先んじてると思われてたはずの講談社が同日だと言ってるのだから、これが正しいのじゃないかと。小学館側の記録も読めればいいんですけど。

Posted by: 漫棚通信 | December 03, 2005 at 08:57 AM

アート系のブログに吉川英治の武蔵の記事を書きまして、関連記事ということで拝見にうかがいました。英治作品や時代小説などもよく漫画化されているようですね。漫画には疎いのですが、日本の文化のひとつなのでしょうね。アート系の研究者も、漫画を研究対象とする流れがありますし。参考になりました。

Posted by: Dr.アート | December 20, 2005 at 10:24 AM

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