山川惣治と空飛ぶ円盤(その2)
(前回からの続きです)
平野威馬雄はフランス文学者ですが、UFOとかお化け方面の著作も多い人です。和田誠夫人で料理研究家の平野レミのパパですね。この本にも、「円盤や宇宙人のミステリーに深い関心をもっている娘のレミ(文化学院英文科卒業、目下シャンソンを唄っている楽しく底ぬけに明るい娘)」として登場します。パパがコンタクティーにインタビューするとき同席して、テープレコーダーの操作をしたりしてらっしゃいます。
この本に、雑誌「たま」2号から転載される形で、山川惣治の手記が掲載されています。
わたしが始めて(ママ)空飛ぶ円盤と呼ばれている宇宙船を見たのは、昭和三六年の六月である。
山川惣治はもともと円盤に興味があり、実在を確信して「少年エース」という作品内に円盤を登場させたところ、CBA(宇宙友好協会 Cosmic Brotherhood Association)から接触があり、彼らからテレパシー・コンタクト、略してテレコンをすすめられたという経緯。テレコンとは、頭の中で円盤を呼んでいると、それに答えて空飛ぶ円盤が飛来するというものだそうです。
まず山川夫人が風呂上りに自宅屋上でテレコンをしてみると、円盤がやって来ます。家族みんなが屋上へ駆け上ってみると、もういない。山川惣治だけ仕事に戻りますが、今度は屋上に残っていた夫人・長男・長女・次男・次女の5人が円盤を目撃。山川が上ってみるともういない。
これが繰り返されて、その夜は円盤が7回飛来しましたが、結局山川は円盤を見ることはできませんでした。彼が初めて円盤を目撃したのはその2日後のことです。
ほどなく、乳白色の洗面器ほどの大きさの円盤が幻のように目の前の空をかなりゆっくりと飛んでゆくのを初めて目撃した。
その夜、円盤は12回飛来したそうです。その後も山川惣治は円盤を何度も目撃します。
あるときはダイダイ色に輝き、青白く輝き、乳白色に見えるときもある。その速度は音速の10倍以上であろう。空を見上げる視界のはじからはじまで、ひゅーっとまっすぐに横切る。または中天から垂直に降下したり、空中で円を描いて飛び去る。
山川惣治は、北海道にCBAが築いたハヨピラ宇宙公園で開かれた式典で、母船も目撃しています。
青空に次々と浮かぶ大宇宙母船団の出現にはどぎもをぬかれた。
「C・B・A」の発表によると、この日現れた母船艦隊は百隻以上だったという。青い空にすーっと細長い円錐形の巨大な物体が次々と現れるのだ、一見雲かと見まがうが、正確な円錐形で、大変細長く見える。しばらくすると、すーっと消えてしまう。と、左手の空に次々と母船団が姿を現わす。
このハヨピラ公園も、最近は荒れ果てているらしく、最近の画像をネットで探すと、こんなのが見つかります。
http://www.asahi-net.or.jp/~re4m-idgc/HAYOPIRA.htm
http://polestar.pobox.ne.jp/haiopira/index.html
廃墟ですねえ。ツワモノどもが夢の跡……
山川惣治はCBAの説に沿って、空飛ぶ円盤を以下のように考えていました。
「円盤に乗って飛来する宇宙人は非常に美しい人間」
「発達した遊星の人々は、宇宙連合をつくり、大宇宙船を建造し、それに各遊星の人々がのりこみ、格納庫に円盤をつみこみ、地球の近くの大気圏の宇宙に停滞して地球を観測している」
「すでに戦争という野蛮な時代を終わり、病気もなく、皆長生きで若々しいといわれる宇宙人たちは、宇宙時代にとりのこされた野蛮な星地球を心配して観測している」
「宇宙人たちは地球に愛の手をさしのべ、戦争をやめ、核爆発をやめるよう、地球人と接触しようとつとめている」
一方、近代宇宙旅行協会の高梨純一は、CBAのテレコンで円盤を呼ぶ行為を、「わたしたちは、宇宙人に会ったとか、あるいはテレパシーで円盤を呼び寄せるとかいうインチキな団体ではありません」(漫画讀本1964年10月号のインタビュー)などと批判しており、いや、円盤業界もいろいろですなあ。
「太陽の子 サンナイン」は、絵物語時代の末期に、山川惣治がCBAの考え方をもとに描いた作品です。それはどのような内容だったのか。
以下次回。
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