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November 30, 2005

あとちょっとだけトリアッティ

 何やらマンガの話題からどんどんずれてるような気もしますが、あとちょっとだけ。

 前回のエントリで、入江氏からコメントをいただきまして、「われらは遠くから来た そして、遠くまで行くのだ………」をイタリア語に訳すと、「veniamo da lontano e andiamo lontano」となることを教えていただきました。

 いや、驚きました。考えてみれば、インターネット多言語時代なんだから、検索は原語でするという手があったのか。こういうことは思いつかなかったです。

 イタリア語の

・Veniamo da lontano e andiamo lontano.

を英語に訳すと、

・We come from far away and we go far away.

となります。イタリア語サイトを検索してみると、「e=and」を省いた

・Veniamo da lontano, andiamo lontano.

とかも多いみたい。実際に「ベニアーモ、ダロンターノ」なんて口に出してみると、日本語、イタリア語、英語ともに、なかなかにかっこいいですなあ。

 で、これでヒットしたサイトを英語に訳して読んでみますと、トリアッティのこの言葉、相当有名みたいです。でも、入江氏がおっしゃるように、出典とかは書いてない。ここまで有名な言葉だとすると、やっぱり、論文とかよりも、演説やインタビューの言葉なのかしら。

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November 27, 2005

お手上げの記:忍者武芸帳とトリアッティ

 今回の話にオチはありません。

 ことの始まりは、長らく積ん読状態だった四方田犬彦「白土三平論」を読み、かつ白土三平作品を読み直して、ひとりで盛り上がってたときのこと。ネット上の白土三平に関するサイトを覗いてますと。

 白土三平ファンページという、ものごっついサイトがありまして、まあ、くわしいわ深いわ。そこの管理人、くもり氏の文章に、「忍者武芸帳」のあの有名な言葉についての言及がありました。

影丸の最後の言葉「われらは遠くから来た そして遠くまで行くのだ………」(初出写植ママ)は影丸(白土)独自の言葉としてネット上に広がっているが、これはイタリア共産党のパルミロ・トリアッティ(Palmiro Togliatti 1893-1964)の言葉を利用したものだ。

 どっしぇー、これは驚くでしょう(別に驚かへんわ、というかたも、しばらくのおつきあいを)。

 白土三平「忍者武芸帳 影丸伝」のラスト近く(最終巻の発行は1962年)。信長軍に捕えられた影丸は、四肢と首を五頭のウシに結び付けられ、処刑されます。処刑直前、影丸が無声伝心の法を使って、処刑を検分していた森蘭丸に伝えた最後の言葉。それが、

「われらは遠くからきた。そして、遠くまでいくのだ………」

でありました。ね、名セリフでしょ。この白土三平が創造したと思われていた名言が、オリジナルでないとは。知らなかったのは、わたしだけだったのかっ。

 では、パルミロ・トリアッティとは、いったい誰。

 トリアッティ(1893-1964)は、アントニオ・グラムシ(←こっちの名はわたしもちらっと知ってました)らと共に1921年イタリア共産党を創立した人物。ファシスト政権下のイタリアからロシアに亡命。コミンテルンの指導者のひとりとなり、スペイン内戦にも参加。第二次大戦後は、イタリア共産党を「サレルノの転換」で左翼陣営の大同団結に導きました。

 どうも現代史の偉人のひとりらしい。しかも彼は多くの演説や論文を残しており、単なる政治家というよりも、教養の人であり、思想家であり、文化人でありました。ただし、スターリン主義者であったとの批判もあるみたい。

 うーむ、ならば「遠くから」はトリアッティの文章の中では、どういう文脈で使われているのでしょうか。これは読んでみたい。

 で、まずは地元の図書館に行って、トリアッティの論文集とか伝記をあるだけ借りてきました。ところが、ぱらぱら読んでみても「遠くから」なんて文章は出てきません。がっくし。

 方向を変えて、ネット上で探してみることにしました。すると。

 トリアッティの盟友で、一緒にイタリア共産党を作った人物に、アントニオ・グラムシがいます。日本でのグラムシ研究の第一人者・石堂清倫が1997年国際グラムシシンポジウムでおこなった特別記念講演のタイトル、これが「遠くから遠くへ ヘゲモニー思想の新しい展開」。おお「遠くから」だ。

 そして2001年石堂清倫が亡くなったとき、中野徹三の書いた追悼論文のタイトルが「遠くから来て、さらに遠くへ」。これか。

 こうなると「遠くから」は、トリアッティよりも、グラムシ方面で有名なのじゃないか。てな迷いが出てきて、今度はグラムシの本を読んでみることにしました。ところが、これがまたグラムシてのは「獄中ノート」とか「獄中からの手紙」とか、膨大な文章を残してまして、けっこう読んではみたものの、とても手におえるものじゃございません。

 まったく収穫なく、マンガがらみでグラムシを読んでるのは、世界中で自分だけなんだろうなあ、とムナシイ気持ちにもなってきました。ここで探索は、頓挫。

 しょうがないので、ここはもう、聞いたほうが早いと、「白土三平ファンページ」管理人、くもり氏に質問をしてみましたところ、快く教えていただきました。ありがとうございます。

 みなもと太郎著「お楽しみはこれもなのじゃ 漫画の名セリフ」の中で、「遠くから」はトリアッティの言葉であると指摘されておるぞ、と。

 ええーっ。みなもと太郎「お楽しみはこれもなのじゃ」は、1976年から1979年にかけて「マンガ少年」に連載された、マンガについてのエッセイ。名作との誉れ高く、これまでに3回出版されています。1991年立風書房。1997年河出文庫。2004年角川書店。

 当然、「忍者武芸帳」の「遠くから」についても言及されているのですが、わたしの持ってる立風書房版にはトリアッティに関する記述はありません。というわけで、角川書店版を買ってきますと、脚注のところに、

これはイタリア共産党のパルミロ・トリアッティの言葉であるとつい最近知った。(04み)

 と書いてあるじゃないですか。「04み」っていうのは2004年みなもと太郎によって追記されたという意味。そうか、やっぱりグラムシじゃなくて、トリアッティだったのか。それにしても、トリアッティがいつどこで言った文章なのかは、やっぱりわからない。

 質問することにはずみがついてしまい、思いきって、みなもと太郎先生に直接聞いてみることにしました。

 すると、これも早々にお返事をいただきました。羽仁五郎「明治維新史研究」のエピグラフ(巻頭に書く引用句のこと)に書いてあるぞよ、と。

 読者の勝手な質問に対して、ほんとにありがとうございます。羽仁五郎は、さすがにわたしでも知っておりました、明治生まれの左翼の碩学。「明治維新史研究」も図書館にありましたので、さっそく借りてきました。で、巻頭にあるのがこれ。

“われわれは遠くからきた。
そして、われわれは遠くまで行くのだ”
                      ──パルミロ・トリアッティ──

 この本におさめられている羽仁五郎の論文が発表されたのが1932年から1935年。この本が1956年9月発行。エピグラフを含めた前書きが書かれたのが1956年7月。少なくともトリアッティの「遠くから」は、原著のイタリア語で1956年以前に書かれた(あるいは語られた)ものということになります。

 日本でもトリアッティはコミンテルンの指導者として、一部の人には戦前から知られていましたが、彼の思想家としての部分が日本へまとまって紹介されたのは、彼の著書「イタリア共産党 イタリアの道と闘いの40年」(1959年合同出版)、「コミンテルン史論」(1961年青木文庫)、彼の伝記「トリアッティとの対話」(1961年三一書房)が日本で発行されてかららしい。もちろんそれ以前より、戦後イタリアの政治家として、トリアッティの名は有名だったに違いありません。

 文章の調子から言うと、いかにも書いたものじゃなくて、演説の一部のように思えます。しかも、勝利宣言みたいな気もする。だったら1945年前後の演説がねらいめか。

 年代が絞れましたので、改めて、図書館へ。公立図書館同士の貸し出しサービスというのがありまして、これを利用すれば、全国どこの図書館の本でも読めます(ただし、図書館外への持ち出しはダメ)。1956年以前の文章をねらって、地元の図書館にないトリアッティの著作を取り寄せることにしました。

 合同出版のトリアッティ選集(旧版)全4巻、トリアッティ選集(新版)全3巻あたりから1956年以前に書かれたものを選んで読んでみましたが、やっぱりないなあ。

 ただし、こういう文章がありました。旧版のトリアッティ選集第1巻(1966年)の石堂清倫の解説より。

本巻でとりあげたトリアッティの論文は、イタリア共産党の創立から、第二次世界戦争までの期間にわたる代表的なものである。「遠くから来て遠くへ行く」とトリアッティは言ったが、本巻は遠くからの部分である。

 もう一ヵ所。

トリアッティはスペイン人民の歴史的創造にあずかっただけでなく、さらに「遠くへゆく」道を見いだし、それを今日のスペイン人民の闘争に結びつけることができた。

 おおそうか、トリアッティは言ったか。間違いないんだ。

 もし羽仁五郎がトリアッティの言葉をイタリア語からじゃなくて、日本語訳から引用したとすると、1956年以前に日本語に訳されたものということになります。ただし1956年以前のトリアッティ著の日本語の本って限られてて、「婦人問題講話」(1954年)と「トリアッティ平和論集」(1955年)しかありません。

 そこで、期待してこの2冊を読んでみましたが、空振り。

 トリアッティとグラムシの交点から考えると、トリアッティの書いた「アントニオ・グラムシ その思想と生涯」という本があります。日本での発行は1962年ですが、原著は1948年。これに期待して読んでみましたが、これも空振り。

 羽仁五郎も引用してる。石堂清倫も引用してる。「遠くから」が日本語に訳されてるのは間違いないように思われます。しかし、わたしにはどうしても見つけることができませんでした。新聞や雑誌に掲載されたものなら、お手上げですが。

 たとえば、トリアッティの言葉に、「われわれはだれか、そして、何をのぞんでいるか?」(←1944年に言ったらしい)とか、「人間はのぞんでいることをなしとげるのでなく、できることをなしとげるのだ」(←サルトルが書いた文章で紹介されてるらしい)なんて名言もあるのですが、日本では、これらの言葉は本になってるわけじゃなくて、雑誌に掲載されただけみたい。

 さらに、白土三平が引用した「遠くから」は、羽仁五郎の著書のエピグラフから孫引きしたものか、あるいはその他の文献から取ったものなのか、という謎も出てきてしまいました。

  ここまで読んでいただいたかたや、ご親切に情報を提供していただいた、くもりさま、みなもと先生には申しわけありませんが、結局わかりませんでした、というオチであります。

 もし、「遠くから」についてご存じのかたがいらっしゃいましたら、よろしくご教授お願いします。そんな言葉、共産主義研究では常識じゃん、などとおっしゃるかたがいてくれると、大変ありがたいのですが。

 ああ、くたびれた。

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November 26, 2005

キャラの描き分け

 それぞれの作家で、人間の顔というのは、何人まで描き分けることが可能なのでしょうか。登場人物が多い作品は大変。手塚治虫のスター・システムってのは多数の登場人物の交通整理に、かなり有効な手段だったのかもしれません。

 ひぐちアサ「おおきく振りかぶって」の単行本を買うたびに、こいつ誰だっけと思うわけでして、以下にメモしときます。 

 主役・キャッチャー阿部がタレ目の黒髪。ピッチャー三橋が白髪でカッパの口。キャプテン花井が丸坊主。四番・田島が黒髪で鼻にソバカス。このあたりは主要登場人物だから間違えない。

 黒髪で頬にソバカスなのが泉。トーン髪の短いほうが栄口。トーン髪の長いほうが水谷。みんな同じ顔で大変わかりにくい。

 あと、目が小さくて丸坊主が巣山。沖はもうひとつ顔が一定してませんが、鼻が丸くて黒髪。補欠・西広は地味顔の頬骨の張った黒髪。

 さあ、これでアナタも完璧に人物の見分けができるように。たとえば「おお振り」5巻で、2回表で花井君がヒットを打ったとき、ベンチで「ナイバッチー!」と言ってる3人は、奥から、水谷、三橋、栄口だっ。

 ひぐちアサは、けっして多種類の顔のパターンを持ってる人じゃなさそうですが、ま、野球マンガで登場人物多いしね。相手チームや応援団までいれると、百人以上登場することになりそうですし。

 じゃ、幸村誠「ヴィンランド・サガ」はどうかというと。

 1巻冒頭で、傭兵のボス、性格が悪く、目つきの悪いアシェラッドという白髪のオッサンが登場します。そして主人公の過去の回想になって、アイスランドの小さな村に性格の悪い、目つきの悪いハーフダンという黒髪のオッサンが登場。

 に、にている。わたしゃてっきり、アシェラッドとハーフダンは血縁じゃないかと思ってたんですが、2巻を読んでみると、あれれ、どうも何の関係もないみたい。生き別れのお兄さん?

 さらに、かわぐちかいじ「ジパング」。

 これも登場人物多いのですが、自衛艦「みらい」の梅津艦長は、つぶらな瞳に大きな鼻。そして「みらい」の尾栗航海長もまるで親子のごとく同じ顔。

 さらに核兵器を作る倉田万作さんも、まるきり同系等の顔でして、20巻では、倉田さんと梅津艦長が直接対決。このシーン、やっぱりちょっと変でした。

 日本の、キャラ描き分けチャンピオンは誰か。やなせたかし、みなもと太郎、手塚治虫、浦沢直樹、という番付でどうでしょうか。

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November 24, 2005

最近読んだマンガから

 選んでいくつか書いてみますと。

 コージィ城倉「おれはキャプテン」9巻も、ひぐちアサ「おおきく振りかぶって」5巻も、1年生だけのチームが夏の県大会1回戦にのぞむという話ですが、前者が連載1回分で5試合やって敗退しちゃったの比べて、後者は1球1球ごとにいろんな人の心理描写があって、まだ1回戦3回表という展開です。

 野球マンガは、こまかく描写しようとするといくらでもできることが経験上わかってますが、「おお振り」はとくにこまかい描写の連続。面白いのはけっこうなことですが、このペースで完結する日が来るのか。月刊連載だぞ。

 こまかいといえば、山岸凉子「舞姫 テレプシコーラ」8巻。思いがけず大役をもらってしまった六花ちゃんの不安の日々を描く描く。これも8巻まるまる心理描写が続きます。悠揚せまらぬと言うのはこのことか。空美という少女が登場しなくなって、いつホラーマンガに変化するのかという、ドキドキ感はなくなりましたが。

 岩明均「ヒストリエ」3巻。この人の画力のなさは明らかに欠点なのですが、それを十分おぎなうストーリー展開力。お話の中では、まだ、たいしたことが起こってるわけじゃないのに目が離せません。「面白くなりそうと思わせるチカラ」と言いましょうか。

 現代洋子「おむかえまで8時間」はレポートマンガです。子供を保育園に預けている時間帯だけの取材、という制限がつきます。実は著者の少女マンガ家時代は知りません。(1)うら若き女性が(2)自分を偽悪的・露悪的に描く(3)取材・レポートマンガ、という意味ではサイバラ・フォロワーで、その中では優等生でしたが、かつてはコワレぐあいがやや小粒だったですかね。

 この「おむかえまで8時間」では、著者も40の坂を越えすっかりオバサン化。肩の力の抜け具合がよろしく、お気楽度もアップ。地味に面白く、もしかすると、これまででベストの作品ではないかと。

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November 21, 2005

週刊少年マガジン創刊号

 大塚英志の新刊を買ったまま放置して、海野十三の少年向け小説などを読みふけってますと、世間から二周は遅れてるなと感じてしまうのですが、ま、それは置いといて。

 講談社からこれまでに、少年マガジンの復刻企画本が何回か刊行されてます。

・復刻「少年マガジン」カラー大図解 ヴィジュアルの魔術師・大伴昌司の世界(1989)
・復刻版少年マガジン大全集 全3巻(1990-1991)
・復刻版少年マガジン漫画全集 全3巻(1992)
・REMIX 少年マガジン大図解 全3巻(1992)
・荒俣宏の少年マガジン大博覧会(1994)

 このうち、マンガ中心なのが「大全集」(B5版、全3巻)と「漫画全集」(B6版、全3巻)です。マガジンといえば、どうしても1970年前後の黄金期中心の回顧になってしまいますが、わたしにとっては創刊後の数年間のほうがいろいろと面白い。

 「漫画全集」第1巻は1959年から1964年までの作品を集めたものです。創刊当時の主力マンガ、高野よしてる「13号発進せよ」の巨大ロボット13号の勇姿などが見られます。これには人間型ロボットの江戸川十三男(とみお)くんも登場します。ひさしぶりにこの第1巻を読み直してたら、このころのマンガの荒唐無稽と試行錯誤ぶりがなんとも楽しいなあ。

 で、週刊少年マガジン創刊号の話。「大全集」第3巻には、少年マガジン創刊号の全ページ復刻がされています。

 1959年3月26日号がマガジンの創刊号です。発売日は3月17日。この日は火曜日でしたが、2号は木曜日が発売日となります(次の木曜日が3月26日でした)が、すぐにサンデーと歩調をあわせるように水曜日に変更されました。この曜日の1日の差は大きかったらしい。

 いっぽう、少年サンデーの創刊号は1959年4月5日号と、マガジンより遅い日付になってますが、実はサンデー創刊号も3月17日火曜日に発売され、サンデー、マガジンは同時にスタートしました。サンデーの「4月5日」は日曜日(「サンデー」だからかな)ですが、のちの号の実際の発売は毎週水曜日でした。

 マガジン創刊号は中綴じ(今なら週刊少年マガジンが平綴じ、モーニングみたいなのが中綴じね)86ページ。別冊付録が「天兵童子」(原作・吉川英治、脚色・椎名龍治、マンガ・矢野ひろし)、「新吾十番勝負」(原作・川口松太郎、脚色・内山惣十郎、マンガ・水島順)、「西鉄稲尾選手物語」(これはマンガじゃないらしい)の3冊。「天兵童子」と「新吾十番勝負」はTVとのタイアップ。

 別冊付録のぶん、マガジン創刊号は40円と、サンデー創刊号の30円より高かった。

 表紙は三代目朝潮(ちなみに、いしいひさいちのマンガ「ワイはアサシオや」では四代目朝潮の師匠・高砂親方として登場し、アサシオを怒ってばかりいましたね)。この人、朝潮→朝汐→朝潮と名前が変わりましたが、このときは朝汐時代。ちょうど1959年3月の大阪場所で準優勝、翌4月に横綱に推挙されますから、まさに時の人でありました。

 表2が相撲の写真を使った懸賞クイズ。1ページめが当時国鉄スワローズの金田投手の写真。

 本誌のマンガは、はっきり言って少ない。

・高野よしてる「13号発進せよ」(巨大ロボットもの、2色8ページ)
・原作・吉川英治、マンガ・忍一兵「左近右近」(これもTV放映中の時代劇、8ページ)
・山田えいじ「疾風十字星」(マスクをした正義の味方が登場する冒険もの、7ページ)
・遠藤政治「冒険船長」(冒険もの、8ページ)
・伊東章夫「もん吉くん」(ユーモアマンガ、2ページ)

 これだけで、全部あわせても33ページ。雑誌の半分ありません。しかも別冊も含めて時代劇が多く、センスが古いよなあ。いっぽうのサンデーのラインナップが、手塚治虫「スリル博士」(探偵もの)、寺田ヒロオ「スポーツマン金太郎」(野球マンガ)、藤子不二雄「海の王子」(SF)ですから、いかにサンデーがポップだったか。

 ただし、以前にも書きましたが、マガジンも創刊時に藤子不二雄をねらってたけど、2日の差でサンデーにさらわれた、というエピソードが藤子不二雄A「いつも隣に仲間がいた…/トキワ荘青春日記」に出てきます。

 あとは連載小説が2つ(川内康範「月光仮面」と林房雄「探偵京四郎」)。残りはスポーツ記事(相撲と野球)とグラビア(相撲と野球)が中心で、科学記事がちょっと。特に相撲記事は大阪場所を五日目の3月12日までぎりぎりの取材をしてます。こういう速報性が週刊誌なのだと考えられていたのでしょう。

 ちょうど同時期に発売されてた「少年画報」1959年4月号は、定価120円でマガジンの3倍、本誌236ページで約3倍、別冊付録が8冊。豪華だ。

 創刊時のマンガ週刊誌は、まだまだ泥臭くてヘナチョコでした。そして、どちらかというと少年向け総合週刊誌をめざしていたらしい。創刊時のお祝いの言葉。

・朝汐太郎「世の中の動きが手にとるようにわかる少年週刊誌」
・上野動物園園長・古賀忠道「世の中がスピード時代になって、月に一度の雑誌では、諸君の知識欲をまんぞくさせることができなくなりました」
・川上哲治「このスピード時代に、少年諸君のための週刊誌ができたことは」
・湯川秀樹「おとなも少年諸君も、一週間が生活の一つの周期であることにかわりはない」
・東京都教育委員長・木下一雄(この人は編集賛助員でもあります)「少年の毎日の生活に、はなすことのできない科学の知識、実話、生活まんが、スポーツ、ニュースなどの新しい材料が、生活にむすびつくように、くふうされています。ここに少年週刊誌の特色があります」

 みんなマンガ週刊誌が創刊されたとは思っていません。この後、最初の方向性とは異なり、日本の少年週刊誌はマンガに特化していくことで大成長していきます。

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November 18, 2005

むかしむかし、あるところに、レーザーディスクという……

 わたしんちにも、レーザーディスク・プレーヤーなるものがありまして、ウチの「カリオストロの城」などはLDです。これの画質が悪いんだ。最後に買ったLDは「もののけ姫」だったりします。イタい。

 先日、久しぶりに動かしてみたんですが、動作が不安定なことはなはだしい。実はコイツは2台目の機械で、本来CDも聴けることになってるはずですが、とっくにCDの音は出ません。遠くない未来、これがぶっ壊れたとき、残ったLDをどうすべきかというのが大きな問題。

 プレーヤーのないLDは単なる粗大ゴミです。LDをあきらめて、DVDで買いなおすか、あるいはもう一台LDプレーヤーを買うか。

 パイオニアが一般向けにレーザーディスク・プレーヤーを発売したのが1981年のこと。当時ライバルだったビクター陣営のVHD(Video High Density Disc)と比べて、画質も良いし、ディスクの劣化もなく、「半永久的」に見ることができる、というのが売りでした。作品の品揃えもなかなかで、TVシリーズのBOXとかも発売されるようにもなりました。

 しかーし。メディアそのものがなくなる運命だったとは。トホホ。

 パイオニアのサイトに行ってみると、今もLDプレーヤーって売ってるんですね。そりゃそうだ、もし販売中止になったら、全世界から非難ゴウゴウですよ。パイオニアは、半永久的にプレーヤーの製造・販売を続けるようにしてくれよう。わたしは買うかどうかわからんけど。

 こういうことがあると、DVDだっていつまであるやら、という不信感が先にたって、どうしてもコレクションする気になりませんな。実際にはDVDの、さらに次のメディアになるころには、自分の寿命のほうがつきてるかもしれませんが。

 映像・アニメ方面に詳しくないわたしでも百数十枚持ってますから、そっち方面のマニアの方とかは大変でしょう。これがまたLDてのは、デカいから場所とるわ、重いわで、何回か引越しましたが、よっぽど捨てようかと思ったくらい。でも買ったときの価格を考えると、ああ、捨てられん。

 わたしがLDを購入し始めたきっかけは、これがはっきりしておりまして、パイオニアLDCから発売されてた、ふたつのシリーズのため。

 ひとつは1984年から1987年に発売された「映像の先駆者」シリーズで、こういうラインナップでした。

・ジョン・ウィットニーの世界
・ロバート・エイブルの世界
・レニ・リーフェンシュタールの世界
・ノーマン・マクラレンの世界
・オスカー・フィッシンガーの世界
・チャールズ&レイ・イームズの世界
・アレクサンダー・アレクセイエフ&クレア・パーカーの世界

 多くはアートですから、真剣に見てないと寝ちゃう作品もありますので要注意。

 もひとつは、「アニメーション・アニメーション」シリーズ。今、パイオニアLDC改めジェネオンから「ニュー・アニメーション・アニメーション」シリーズのDVDが発売されてますが、それの元になったヤツで、(どちらかというと)アート系アニメーションのシリーズ。こっちは1986年からの発売。

・ジャンピング/手塚治虫
・殺人狂時代/久里洋二
・おこんじょうるり/岡本忠成
・道場寺・火宅/川本喜八郎
・話の話/ユーリ・ノルシュテイン
・真夏の夜の夢/イジィ・トルンカ
・ファイヤー&アイス/ラルフ・バクシ
・ネオ・ファンタジア/ブルーノ・ボゼット
・クラック!・木を植えた男/フレデリック・バック

・牧笛/中国アニメーション VOL. 1
・ナーザが海を騒がす/中国アニメーション VOL. 2
・水玉の幻想/チェコ・アニメーション
・雨はやさしく…/ソビエト・アニメーション
・パラダイス・変身/カナディアン・アニメーション VOL. 1
・砂の城・マインドスケープ/カナディアン・アニメーション VOL. 2

・ルパートとカエルの歌/ポール&リンダ・マッカートニー
・ストライピー/ブルーノ・ボゼット
・リリパット パット/ブルーノ・ボゼット
・ムーン・バード/ジョン&フェイス・ハブリー
・カリフォルニア・レーズン I/ウィル・ビントン
・カリフォルニア・レーズン II/ウィル・ビントン
・べスト・オブ・ウィル・ビントン

 末期の廉価版は不完全リストです。最近いろいろとDVDで発売されており、どうしても手に入らないものというわけでもなくなってきました。
 
 LDプレーヤーが壊れたときは。ううーん。今のところ、その問題は考えないことにして、日々の生活を続けることにしましょう。どっとはらい。

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November 15, 2005

ク、クラリス……!?

 紀宮さまの結婚式が今日おこなわれました。めでたい。

 で、あの真っ白なドレス。NHKのニュースで子供時代からの友人が、「好きなアニメの登場人物を模したドレス」とか言ってました。

 クラリス!?

 すると黒田さんはルパンか? 考えてみりゃ、確かにあのドレスのコスプレにふさわしいホントの王女さまって、日本には数人しかいません。

 筋金入りじゃ。

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November 13, 2005

山川惣治と空飛ぶ円盤(その3)

(前回からの続きです)

 「太陽の子 サンナイン」の舞台は、南米、ペゼラ国という架空の国です。国境を越えてブラジルに行ったり、コロンビアに行ったりしてますから、地理的にはベネズエラあたりをモデルにしてるらしい。

 主人公は10歳の美少年、陽一です。 陽一は12歳が近づくにつれ、超人的な力を発揮し始めます。彼の亡くなった母は日本人、そして父親は宇宙人でした(!)。

 ある飢饉の年、空飛ぶ円盤が降りてきて、ヒト型宇宙人であるミリオンが現れました。彼は不思議な力で雨を降らし、先進的な機械を使って農園を作り、人々を助けます。

 ミリオンは日本人移民の娘と結婚し、生まれたのが陽一。陽一が誕生したとき、天空に9つの光(=空飛ぶ円盤)があらわれ、これが「サン・ナイン」であります。

 ミリオンは、インカ帝国の末裔たちの生活のため、インカの宝物を売って資金を得ます(←ちょっとどうか)が、そのころクーデターでペゼラ国の政権を奪取したゴステロ大統領がこの宝に注目し、ミリオンと陽一の母を殺害してしまいます。

 サンナイン・陽一が、ゴステロ政権に対抗する地下組織や先住民たちと協力して、革命に成功するまでが全体のストーリー。

 陽一は、アマゾン奥地の忍者の種族(←南米で忍者というのもアレですが、ホントにこういう目撃譚があったのかしら)、タバス族に忍術の訓練を受け、水の上を走ったり、すばやく動いて姿を消したりできるようになります。

 陽一に協力する3人の女の子がいまして、地下組織の美少女・エミリヤ、タバス族のおねえさん忍者・タマラ、タバス族のところで生活している白人美少女忍者・メニヤ。残念ながら、「少年王者」のすい子さんのような色っぽい少女はいません。

 ジャングルの怪獣たち、大蛇のラ・デボール(「少年ケニヤ」のダーナの焼き直し)とか、ジャイアント・ギボン(UMA界ではモノ・グランデとして知られてます。アゴにつっかい棒した猿の写真で有名)が登場するときはたいへん楽しい。山川惣治の描く動物の絵はあいかわらずすばらしい。

 さらに陽一は、父親の遺産の超科学を勉強して、空飛ぶマグネチック・カーや地底推進艇を造ります。ただしメカのデザインは、もうひとつかっこよくありません。

 陽一が危機に陥ると円盤が飛んできます。円盤が来ると電気機械はまったく動かなくなりますし、銃も発射できなくなります。ある夜、陽一は円盤に乗って宇宙母船団を訪れ、宇宙連合の惑星首脳者、グレート・マスターに面会します。

 「サンナイン」では、物語を進行させる力として、古典的な親の敵討ちと、政治的革命が同居してます。ただこれだけでは、宇宙人が出てくるような物語のスケールとしてはもうひとつ。そこで世界的陰謀団としてブラック・シンジケートが登場しました。

 宇宙人の文化が地球にもたらされると、戦争はなくなり、病気はなくなり、人間は神のように気高い人格になる。これを大宇宙主義と言うらしい。これでは戦争で儲けるブラック・シンジケートとしては困ります。そこで、ペゼラ国のゴステロ大統領に資金を提供し、水爆ロケットを建造させ、当時戦争中のベトナムに撃ちこんで第三次世界大戦を起こそうという計画。このあたり007的。

 陽一はグレート・マスターから、ブラック・シンジケートの野望を砕くようにとの指令を受けて、水爆の破壊を見事に成し遂げます。ペゼラ国の革命も成功して大団円。ただしブラック・シンジケートはまだ残っています。円盤から声が聞こえます。

「地球はブラックにねらわれている。第三次大戦がおこれば地球はほろびるのだ。おまえの母の国、日本へかえれ! 日本は神にえらばれた国だ、宇宙船の地球への友情をただしく日本の人々にしらせるのだ」

 富士山上空で、ジェット機に乗った陽一を宇宙母船群が迎えるシーンでオシマイ。

 絵物語時代最末期の山川惣治作品は、インカ帝国、ジャングルの冒険、圧政と革命、南米の忍者、空想の未来機械、国際陰謀団、空飛ぶ円盤と宇宙人、なんでもありのゴッタ煮的作品でした。傑作とは言えませんが、それなりに十分面白い。絵物語がマンガによって淘汰されちゃったのは、それぞれの作家・作品の力によるものではなく、形式の問題なのでしょう。

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November 12, 2005

山川惣治と空飛ぶ円盤(その2)

(前回からの続きです)

 平野威馬雄はフランス文学者ですが、UFOとかお化け方面の著作も多い人です。和田誠夫人で料理研究家の平野レミのパパですね。この本にも、「円盤や宇宙人のミステリーに深い関心をもっている娘のレミ(文化学院英文科卒業、目下シャンソンを唄っている楽しく底ぬけに明るい娘)」として登場します。パパがコンタクティーにインタビューするとき同席して、テープレコーダーの操作をしたりしてらっしゃいます。

 この本に、雑誌「たま」2号から転載される形で、山川惣治の手記が掲載されています。

わたしが始めて(ママ)空飛ぶ円盤と呼ばれている宇宙船を見たのは、昭和三六年の六月である。

 山川惣治はもともと円盤に興味があり、実在を確信して「少年エース」という作品内に円盤を登場させたところ、CBA(宇宙友好協会 Cosmic Brotherhood Association)から接触があり、彼らからテレパシー・コンタクト、略してテレコンをすすめられたという経緯。テレコンとは、頭の中で円盤を呼んでいると、それに答えて空飛ぶ円盤が飛来するというものだそうです。

 まず山川夫人が風呂上りに自宅屋上でテレコンをしてみると、円盤がやって来ます。家族みんなが屋上へ駆け上ってみると、もういない。山川惣治だけ仕事に戻りますが、今度は屋上に残っていた夫人・長男・長女・次男・次女の5人が円盤を目撃。山川が上ってみるともういない。

 これが繰り返されて、その夜は円盤が7回飛来しましたが、結局山川は円盤を見ることはできませんでした。彼が初めて円盤を目撃したのはその2日後のことです。

ほどなく、乳白色の洗面器ほどの大きさの円盤が幻のように目の前の空をかなりゆっくりと飛んでゆくのを初めて目撃した。

 その夜、円盤は12回飛来したそうです。その後も山川惣治は円盤を何度も目撃します。

あるときはダイダイ色に輝き、青白く輝き、乳白色に見えるときもある。その速度は音速の10倍以上であろう。空を見上げる視界のはじからはじまで、ひゅーっとまっすぐに横切る。または中天から垂直に降下したり、空中で円を描いて飛び去る。

 山川惣治は、北海道にCBAが築いたハヨピラ宇宙公園で開かれた式典で、母船も目撃しています。

青空に次々と浮かぶ大宇宙母船団の出現にはどぎもをぬかれた。
「C・B・A」の発表によると、この日現れた母船艦隊は百隻以上だったという。青い空にすーっと細長い円錐形の巨大な物体が次々と現れるのだ、一見雲かと見まがうが、正確な円錐形で、大変細長く見える。しばらくすると、すーっと消えてしまう。と、左手の空に次々と母船団が姿を現わす。

 このハヨピラ公園も、最近は荒れ果てているらしく、最近の画像をネットで探すと、こんなのが見つかります。

http://www.asahi-net.or.jp/~re4m-idgc/HAYOPIRA.htm
http://polestar.pobox.ne.jp/haiopira/index.html

 廃墟ですねえ。ツワモノどもが夢の跡……

 山川惣治はCBAの説に沿って、空飛ぶ円盤を以下のように考えていました。

「円盤に乗って飛来する宇宙人は非常に美しい人間」
「発達した遊星の人々は、宇宙連合をつくり、大宇宙船を建造し、それに各遊星の人々がのりこみ、格納庫に円盤をつみこみ、地球の近くの大気圏の宇宙に停滞して地球を観測している」
「すでに戦争という野蛮な時代を終わり、病気もなく、皆長生きで若々しいといわれる宇宙人たちは、宇宙時代にとりのこされた野蛮な星地球を心配して観測している」
「宇宙人たちは地球に愛の手をさしのべ、戦争をやめ、核爆発をやめるよう、地球人と接触しようとつとめている」

 一方、近代宇宙旅行協会の高梨純一は、CBAのテレコンで円盤を呼ぶ行為を、「わたしたちは、宇宙人に会ったとか、あるいはテレパシーで円盤を呼び寄せるとかいうインチキな団体ではありません」(漫画讀本1964年10月号のインタビュー)などと批判しており、いや、円盤業界もいろいろですなあ。

 「太陽の子 サンナイン」は、絵物語時代の末期に、山川惣治がCBAの考え方をもとに描いた作品です。それはどのような内容だったのか。

 以下次回。

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November 11, 2005

山川惣治と空飛ぶ円盤(その1)

 前回のエントリで書いた「手塚治虫と6人」に登場する7人の中で、いちばん記述が少なかった人物は、山川惣治でした。

 山川惣治こそ絵物語界の巨人であり、小松崎茂よりも、永松健夫や福島鉄次よりも、ナンバーワンでありました。そのわりにきちんとした評伝とかないんだよなあ。

 戦後、1947年に手塚治虫「新宝島」が発行され戦後マンガの歴史が始まったのですが、同じ年、山川惣治「少年王者」、永松健夫「黄金バット」も発行され大ヒット。絵物語ブームの先駆となります。

 山川惣治の有名作品といえば、「少年王者」「少年ケニヤ」「ノックアウトQ」など。「少年ケニヤ」はご存じ日本少年版ターザンが活躍するビッグヒット。「少年王者」はその原型。わたしは「王者」のほうが好きです。コッチの絵の細かさは、「ケニヤ」と比べ物にならないくらいすばらしい。

 「ノックアウトQ」は漫画少年に連載された作者の自伝的な作品で、「あしたのジョー」がこの作品に影響を受けてるというのは有名な話です。つまり山川惣治は空想科学物語的な作風でありながら、戦後マンガの流れでいうと、手塚治虫系じゃなくて梶原一騎系の源流みたいな立場のヒトでした。

 山川惣治の魅力は、まずなんといっても美少年の造形です。目はパッチリと大きく、それまでの伊藤彦造タイプの切れ長の目の美少年と違い、西洋っぽい。身体能力は、きゃしゃなカラダなのに超人的にチカラモチ。

 そしてしっかりした人物デッサンで繰り広げられる、息もつかせぬアクション、アクション、アクションの連続(後期の作品の格闘場面にはちょっと腰がすわってなくてバランス悪いところもありますが。ま、これは今の目から見ると、ということで)。山川惣治は人物を描くときも顔から描かずに、肩の線から描いたり、ときには影から先に描いちゃう、というのは小松崎茂の証言です。ふつうできませんよ。

 さらに動物の絵はすばらしく、おそらく彼以上に動物を正確に、かついきいきと描いた作家は、現代まで範囲を広げても、存在しません。

 少年向け月刊誌で大流行した絵物語ですが、そのピークは短く、1950年代後半から急激に退潮に向かい、1965年ごろにはほぼ姿を消します。マンガのコマ構成・フキダシ・擬音の進歩は、絵物語以上に物語ることを可能にし、絵物語を駆逐してしまいました。山川惣治は自身で雑誌「ワイルド」を短期間発行しますが、1968年には引退生活に入りました。

 1971年から少年ジャンプに連載された川崎のぼるの「荒野の少年イサム」は原作・山川惣治。わたしの大好きなマンガですが、これは山川惣治が文章で原作書いてたわけじゃなくて、1952年おもしろブックに連載された山川惣治の絵物語「荒野の少年」のマンガ版リメイクです。

 1984年角川で「少年ケニヤ」がアニメ化されるにあたって、いつもの角川商法のように「少年ケニヤ」が文庫化されたのですが、1983年創刊された「月刊小説王」という雑誌に山川惣治ひさびさの作品、「十三妹」(シーサンメイと読みます。13人の妹じゃありません)が連載されました。

 これが山川惣治の最後の作品となりました。1992年没、享年84歳。

 さて、山川惣治と空飛ぶ円盤の関係は何かというと。

 高垣眸「豹(ジャガー)の眼」という戦前の少年小説を読んでおりましたら、これがインカの秘宝をめぐってのお話。そう言えば、山川惣治にもインカが出てきた作品があったなあ。

 「太陽の子 サンナイン」というタイトルで、集英社コンパクト・コミックスから1967年に全3巻で発行されたものです。第1巻インカの秘宝(1.宇宙からきた男、2.アマゾンの忍者部落、3.大蛇の木の下を掘れ)、第2巻死の水爆要塞編(1.黒い暗殺者、2.空飛ぶマグネチックカー、3.宇宙大母船)、第3巻ブラックシンジケート編(1.死の暗殺団きたる、2.ゆうれい部落のバット族、3.すすめ地底ロケット)。

 いつ、どこの雑誌に連載されたものか、あるいは書き下ろしなのか、初出が記載されてないのでわかりません。登場人物のセリフに「このあいだオリンピック見物に日本へいった」とありますから、1964年以降の作品であることは間違いないようです。

 情報を求めてネットで検索していたら、岩本道人氏が書かれたこのようなページがありました。

 ここに、宇宙友好協会(CBA)という1957年に結成された円盤運動団体が、テレパシーに導かれて宇宙人とのコンタクトに成功。地軸が傾き大災害が起こることを予言して大騒ぎ(1960年)。さらには、新興宗教化して北海道にピラミッドを建設(1967年)。という顛末が語れていますが、この団体に山川惣治は心酔していたらしい。ほほう。

 で、山川惣治のエピソードが出てくる、平野威馬雄「空飛ぶ円盤のすべて」(1969年高文社)を読んでみました。

 以下次回。

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November 10, 2005

豪華な同人誌「手塚治虫と6人」

 「日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ 手塚治虫と6人」(平田昭吾・根本圭助・会津漫画研究会・共著、ブティック社)という本が発売されています。

 アマゾンの紹介文によると、

手塚につながる軌跡を追いながら、まぼろしの雑誌「冒険少年」「少年日本」と同時代の漫画出版文化をまとめた、戦後漫画史資料の集大成である。著者はともに手塚のマネージャーをつとめた人物であり、貴重な資料が満載。

 とありまして、版形はムックらしい。うーむ、版元はマンガ方面ではあまり知らないところだし、わたしの周囲の書店にはおそらく入荷しないだろうから、買うならネット通販か。ただし現物を見ずに、情報がきわめて少ない本を注文するのは、ちょっと勇気が必要です。お値段は、3619円とちょっとお高いですし。

 で、思いきって買ってみましたところ、わたしにとっては、アタリでした。

 著者の平田昭吾はもと手塚治虫のマネージャー。根本圭介は小松崎茂の弟子筋のイラストレーター。会津漫画研究会員は、白井義夫、大塚栄一、笹川ひろし。その他にも署名原稿として、池田憲章、長谷邦夫、横尾忠則、渡辺泰ら豪華メンバーが参加してます。

 手塚以外の「6人」とは、海野十三、小松崎茂、山川惣治、永松健夫、杉浦茂、横井福次郎です。構成としては、彼らの業績を紹介しながら、手塚治虫との関連を語る、というのが本来の流れのはずなんですが、それほどすっきり整理されているわけではありません。文章を書いてる人が多数なので、話はあっちこっちにふらふらと。巻頭から通読するような本じゃなさそうです。

 ただし、レアな雑誌や本の書影とか、マンガの1ページとかがいっぱい紹介されてまして、これは楽しい。文章書いてる人々も、それぞれ気合の入った長文で、いろいろな裏話もイッパイ。たとえば、手塚治虫と、井上智の智プロの関係など、この本で初めて知りました。

 こうしたエピソードとは別に、読みごたえがあるのが、手塚治虫に対する海野十三の影響を論じたところ。わたしは、海野十三は大人向けの小説しか読んでなくて、面白くないなあとずっと思ってた人間ですが、やっぱ海野十三は読んどかなきゃいけないかしら。勉強になります。

 豪華な同人誌みたいな本でしたけど、楽しめました。

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November 07, 2005

お値段のモンダイ

 このたび復刻版が出た、雑誌「少年」1962年4月号の当時の定価は160円でした。

 「少年」復刻版に付いてくる小冊子には、「少年」のお値段は書いてないのですが、「少年」のライバルだった「少年画報」のことを書いた「少年画報大全」に、雑誌のお値段が細かく記載してあります。

 「少年画報」の前身「冒険活劇文庫」1948年創刊号が35円。1953年には100円。マンガ週刊誌が創刊された1959年には120円。

 「少年マガジン」創刊号の定価が40円、「少年サンデー」創刊号が30円。マガジンは付録があっての値段でしたから、この後すぐ30円となります。ページ数が、月刊誌の1/3だったとはいえ、初期のマンガ週刊誌は、月刊誌の1/4のお値段。読者を獲得するために、相当思い切って安くしたのじゃないかしら。

 1962年の「少年画報」は、「少年」と同じ160円でした。

 「少年」が休刊した1968年に、「少年画報」は200円。同時期に「少年マガジン」は100万部雑誌となっていましたが、定価60円。このときでも週刊誌は月刊誌の1/3以下の値段で、まだまだ安いなあ。1968年に発行された新書版の「巨人の星」7巻は220円で、掲載されていた週刊誌よりはかなり高く、月刊誌よりもまだ高かった。

 現在、「少年」に似た形態の、付録がいっぱいの月刊誌といえば、「ちゃお」とか「なかよし」ですが、「ちゃお」の今月号が420円。「なかよし」が440円。今発売中の「少年マガジン」240円、「少年ジャンプ」230円。ベストセラーの新書版「ワンピース」39巻が390円。

 1959年を起点にして考えると、月刊誌が120円→430円で、3.5倍。週刊誌が30円→235円で、7.8倍。

 1968年を基点にすると、月刊誌200円→430円で、2.2倍。週刊誌60円→235円で、3.9倍。新書版単行本が220円→390円で、1.8倍。

 月刊誌や単行本の価格上昇が抑えられ、週刊誌がはねあがってます。というより、以前の週刊誌が安すぎたのかしら。このあたり、他の物価との兼ね合いがありますから、判断がなかなか難しい。

 ただ、これだけ雑誌と単行本の価格が接近しますと、雑誌を買わずに単行本だけ買う層(←わたしも含めて)が増えてきても、しょうがないような気がします。

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November 05, 2005

この吸血鬼マンガはあまり恐くなかった

 吸血鬼の登場するアメコミ・シリーズの日本語版が発売されてます。スティーブ・ナイルズ/ベン・テンプルスミスの「30デイズ・ナイト 30 DAYS OF NIGHT」と続編の「ダーク・デイズ DARK DAYS」。3作目の「30デイズ・ナイト:リターン・トゥ・バロウ」も、もうすぐ発売らしい。

 絵は、以前ペイント系といわれていたタッチに近く、いわゆるマンガの絵じゃありません。血が飛び散り、肉が裂けて、おどろおどろしいのに、それなりに美しい。

 「30デイズ・ナイト」の舞台は、アラスカ最北端の町、バロウ。これから30日間、太陽が沈んだままの季節となる。白夜の逆ですね。そこに吸血鬼たちが団体で襲いかかるというお話。

 B級ホラーの味わいです。いかにも映画になりそう。吸血鬼がいっぱい徘徊してる光景は、ほとんどゾンビと変わりません。とくにこの作品での吸血鬼は、血を吸うというより人肉食べてるみたいだし、頭を破壊されると死んじゃうし、「感染」で仲間を増やしてるみたいだし、まるきりゾンビ。

 吸血鬼が登場する作品なら、いかにして吸血鬼を退治するかがお話のポイントですが、この作品では、あるアイデアを使ったあと、ラストで吸血鬼のボスと、主人公の保安官のどつきあいがクライマックス。いやー、古典的アメコミ・スーパーヒーローものを思い出しました。

 続編の「ダーク・デイズ」の舞台はロサンゼルス、前作の生き残りの女性と、吸血鬼のボスの妻との戦いですが、人間に協力する吸血鬼ヒーローというのが登場します。これもアメコミにありそうな設定だなあ。

 絵はブキミ。血も出る。死人もいっぱい。確かにホラーなんですが、引っ掛かりがいろいろあって、何か、違うような気が。どうもひたすら恐がらせようというんじゃなくて、愛とか感動も描こうとしてる。このあたり娯楽映画的なシナリオで、日本の恐怖マンガとは考え方が違うみたいです。

 もっと純粋にコワがらせてもらいたかった。

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November 03, 2005

秘密結社ふたたび

 前回のエントリで、悪の秘密結社の流行は1960年代、007シリーズから始まったと書きましたが、その後、もっと昔の作品をあさってみますと、これが大間違い。秘密結社や、それらしきものって、けっこう昔からあるんですね。失礼しました。

 まず、戦後作品で手塚治虫とは別系統のもの。横井福次郎「ふしぎな国のプッチャー」は、1947年から「少年クラブ」に連載されました。これに登場する三大発明があって、人造人間ペリー、空中を歩くことができる電波軌道、それを着ると姿が消える透明外套。これを奪い取ろうとしているのが、「とらひげ陰謀団」。みんな黒の帽子に黒のルパシカみたいな制服を着てます。制服を着た悪人ってのはわかりやすい。

 自動操縦の飛行機や、浮島になってるハイテクの秘密基地を持ってますから、007ふう秘密結社に似ている。彼らは「人造人間を悪用して地球上の幸福をひとりじめしようとしている陰謀団」と説明され、「ペリーという十万馬力の人造人間を利用してこの国をわがものにしようとたくらん」でいます。別のところでは「世界征服の陰謀」という言葉も出てきますから、通常のギャング団というより、世界的規模の悪の組織らしい。

 そのわりに、団長(というのもヘンな表記ですけど)の「とらひげ」は、主人公たちのロケットに密航して、楽しく宇宙旅行をしたあげく、「愛のエキス液」を飲んで改心しちゃいます。牧歌的だなあ。

 手塚と無関係の流れをもうひとつ。「黄金バット」は、1930(昭和5)に紙芝居の大人気作品でした。戦後、1947年より単行本として「なぞの巻」「地底の国」「天空の魔城」が出版され、その後1948年からは「冒険活劇文庫」(のちの少年画報)にも連載されました。

 単行本は第4巻「彗星ロケット」が出版された後、「冒険活劇文庫」に「科学魔篇」が連載されましたが、1950年に未完にて中断。1952年から1953年にかけて「少年画報」に連載再開され完結しています。

 悪役は、初めは「怪盗黒バット団一味」の首領、黒バットでした。配下にいるのが、「ハルピンお光」(パンツルックのおねいさん)やら「モモンガーのおくま」(和服のおばあさん)やら「ドブロクスキー博士」(でっぷり太ってヒゲの科学者)。なんだかなあ。主人公たちと闘って両足を切断する重症を負ってしまった黒バットは、黒いミミズク型の覆面をかぶって、「ナゾー」と改名しました。この「ナゾー」のスタイルはアニメや映画でも有名ですね。

 もともとはドロボウだったのですが、手下たちはやっぱり制服らしきもの着てます。「怪タンク」(搭乗可能な巨大人型ロボット)とか出てくるわ、地底国の都市を破壊するわ、宇宙旅行するわ、マオー星のクーマ大王という宇宙人と協力して黄金バットと闘ったり。

 舞台が地底やら宇宙やらにスケールアップするのにつれて、いつの間にやら目的が、「全世界を悪の世界にしようと」することに変わっていきました。純粋な悪の追求をしてるわけですから、これも秘密結社に近いものじゃないかと。

 手塚治虫作品では「地底国の怪人」(1948年)。

 「黒魔団」(ブラック・ディーマン・クラブ)は、地底国の女王と組んだ人間の団体。彼らは地底の財宝目当てに、地底国の手先になっているのですが、やってることは爆弾で市街のあちこちを爆破するというテロ行為。「地上の世界をすっかりぶッこわす」のが目的ですから、これはもう、政治的目的をもった秘密結社とも考えられる。

 さらに、「ロスト・ワールド」(1948年)。

 五百万年ぶりに地球に接近したママンゴ星。その星にある岩石に電流を流すと膨大なエネルギーを得ることができる。ここに登場する悪役が「ママンゴ星秘密結社 日本支部」。秘密基地の廊下の壁に、こういう張り紙があるんですよ。別にママンゴ星人じゃなくて、地球人の組織です。

 日本支部というからには、海外に本部がある国際的な組織らしい。彼らはママンゴ星の岩石を手に入れようと暗躍しますが、そこから先の目的は不明です。もしかしたら世界征服?

 戦前の冒険小説に目を向けてみます。

 押川春浪「海底軍艦」は1900年(明治33年)に発行されましたから、これは古いなあ。東宝の映画になったからかなり有名。

 日本海軍が南洋の孤島で、「海底戦闘艇“電光”」を秘密裏に造っているというお話です。このころまだ、潜水艦は存在してません。

 この作品の悪役は、「海蛇丸」という海賊船ですが、1隻だけじゃなくて7隻の船団を組んで電光を奪おうとする。彼らは普通の海賊じゃなくて、ヨーロッパの大国から援助を受けて装備や兵器を増強している。陰には国家同士の対立があるという図式ですが、表面に出てくるのは海賊という民間人ですから、秘密結社のようなものと言えなくもない。

 山中峯太郎「大東の鉄人」(1932年、昭和7年)は、中国を舞台にした本郷義昭シリーズのひとつです。

 悪役として登場するのが、いろんな民族が参加している「日満秘密破壊党」で、その総司令が「赤魔バザロフ」。バザロフはロシア系のユダヤ人という設定で、彼に従うものは満州のみで三万人。ムチャ多いです。中国軍を指揮することもできるらしい。バザロフは「ユダヤ人の世界的秘密党“シオン同盟”」の極東委員長も兼ねています。

 このシオン同盟の解説が、最近のユダヤ陰謀本の元祖みたいなトンデモぶりでなかなか。蒙古平原にある森の中、月の光のもとで70人余りの男女が集い、シオン同盟に新入会員(ていうのかな)を迎え入れる集会を開いているシーンがあるのですが、彼らが何を誓っているのかというと、日本を滅ぼすことなのです。いや、なぜ日本を。

 どうも戦前の冒険小説では、悪役としての国家を登場させる代わりに、怪しげな国際的秘密結社を設定して、絶対悪を演じさせてるようです。この構図がそのまま冷戦時代に移行して、007シリーズでスペクターを誕生させたわけですね。

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