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September 07, 2005

作者はいち子ちゃん「リトル・フォレスト」

 台風お見舞い申し上げます。

 五十嵐大介「リトル・フォレスト」が2巻で完結しました。スケールの大きなスーパー・フィクションであるところの「魔女」とは異なり、日常の風景をこぢんまりと描いた作品。と思ったら大間違いだぞ。

 「小森」という農村、というより山村を舞台に、主人公・いち子の食事が毎回のテーマになります。彼女が食べるものは、甘酒やつくしの佃煮、タラの芽のテンプラ、ワラビ、さらに自分で作ったトマトやイモまで。美食ではなく、生活の中の食事です。

 いち子の食事と、山村での生活が描かれるのですが、そのところどころに顔を出すのが、いち子の過去や現在の不安定な心理。

 彼女は少女時代、母親と二人暮し。父親は生きてるのか死んでるのか、登場しません。母親の恋人らしき外国人が訪れたり。そして、母親の突然の失踪。えらいこっちゃの大事件のはずですが、その事件そのものはあまり描かれません。

 いち子は街に出て、男と暮らしたりもしましたが、小森の実家に帰ってきてひとりで生活を始めます。農作業が生活の中心です。自分で食べる分は作ってるみたいですが、現金収入をどうしてるのかは謎です。

 彼女は自分の田舎生活を、「他人と向きあえなくて」「ホントは逃げてる」のじゃないかという負い目を持っている。まわりの人間も、彼女が他に逃げ場がなくて、仕方なく戻ってきたのを知っています。でも、そのことは会話には出ず、人間関係は暖かい。

 とまあ、深ーい背景があるわけです。これが、月刊誌に8ページずつの連載で次第に明かされていくというお見事な構成でした。さらに。

 マンガは、いち子の一人称で展開します。そして、単行本になって追加された各話の間の文章も、いち子が書いた設定になっています。となると、そのページに描かれたイラストや、掲載された景色の写真も、いち子が描いたり撮ったりしたものということになります。

 具体的に言うと、「小森のこと」という説明がありますが、これがもう、フィクション。モデルになったのは「大森」という集落だそうです。「車がないのでどこに行くにも自転車です」と書いて、その下に自転車にまたがったいち子のイラスト。また、軍手をはめた左手のスケッチの下に、「わたしは手荒れがひどいので農作業の時はソフトな手袋をしてから」と書いたり。

 草刈り機のイラストの横に、「うちのは軽くて小ぶりでわたしの体格に合うのを中古で購入」 いち子はチビという設定でした。

 2巻のラストには、「わたしを守ってくれるわが家です」とあって、いち子の家のスケッチが描かれてます。さらに「おわりに」のページの、「ありがとうございました 2005年8月 五十嵐大介」の隣には、肩にネコを乗せてコチラを向くいち子の立像。

 文章を書いてるのも、イラスト描いてるのも、いち子。だからマンガを描いてるのもいち子に思えちゃう。つまり、この単行本全体が、いち子ちゃんがホントに自分の生活を描いたもの、すべて実話じゃないかと思わせるような仕掛けをしているのです。「趣向」というべきかな。

 そして、五十嵐大介の絵も、写真やスケッチをもとに描いているのでしょう。植物や料理のアップから田舎の風景まで、じっくりリアルに描かれており、実際に田舎生活をしてるんじゃないかと思わせてしまう(著者がホントに田舎生活をしてるかどうかは知らないのですが)。この絵あってこその、仕掛けであります。

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Comments

いつも漫画を買う時の参考にさせていただいてます。説得されました。「リトル・フォレスト」買って読みます。

Posted by: osunupapa | September 07, 2005 10:28 PM

小説界ではその種の作品は膨大にあるわけで、まだ漫画の歴史は浅いってことでしょうか。
つげ義春が私小説風に描いた
「ひなげし壮シリーズ」や「日の戯れ」などは
虚構、正体不明になりたいというコメントがありましたね。

Posted by: 砂野 | September 08, 2005 01:26 AM

『そらトびタマシイ』も素晴らしいですね。
だんだん女性作家ではないか!?と
疑いが大きくなってしまったのですが、
マチガイで、男性作家。

こんな見事な幻想と<リアル>を
一緒に表現しえた作家をいままで
知りませんでした。

『はなしっぱなし』を読みたく
注文中です。

Posted by: 長谷邦夫 | September 08, 2005 11:14 AM

五十嵐大介さん、何年か前から実際に田舎くらししているようですね。
今は岩手県の衣川村でしょうか。
http://www.ja-iwate.or.jp/group/topics/print.php?Id=1717

Posted by: 丁稚くん | September 08, 2005 03:57 PM

コメントや情報ありがとうございます。農作業や風景はともかく、食事のレシピは取材によるものだろうと思ってたら、なんとホントに自分で料理してるとは。びっくりしました。

Posted by: 漫棚通信 | September 08, 2005 09:03 PM

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