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September 30, 2005

もうひとつのポーの一族「バルバラ異界」

 新刊を買うたびに、前巻を読み直さなきゃ展開がよくわからないという作品がありまして、もちろん「陰陽師」がその代表ですが、萩尾望都「バルバラ異界」もそんな感じ。今回、4巻でめでたく完結して、1巻からイッキ読みだー。

 前作「残酷な神が支配する」は、かんべんしてくれよいつ終わんだよというくらい長い作品でしたが、「バルバラ異界」は、4巻できっちり終わってよかった。久しぶりのSFであります。

 複数かつ多数のプロットが入り混じっております。(1)エズラ=ヨハネの一生の物語。付随して、彼と関係した女たち、菜々美、明美の物語。(2)エズラ=ヨハネが属する火星人の一族の物語。太古の火星から現在のアフリカの一族、さらに火星に移住した地球人にまで何やら影響を及ぼしたらしい。(3)夢で未来のバルバラを救う青羽の物語。繰り返し悲劇を経験したあと、ラストではハッピーエンドを迎えます。(4)トキオとキリヤの親子の愛の物語。実は親子じゃなかったけど、BLと読み変えるのはちょっとまずいかな。(5)そして全編のオチは、夢による過去の改変です。

 さらに枝葉はいっぱいあって、登場人物は膨大。ああ、複雑。

 夢については、(3)までは納得してたけど、(5)に至って、夢にそこまでのチカラを与えちゃったか、と唖然としちゃいました。極限的な夢オチですな。これが通れば何でもあり。萩尾望都スゲエ。

 そして、火星人の一族。彼らは不死を求めているが短命。しかし心臓を食べることで他人の記憶を受け継ぎます。個体を越えて記憶を継承することで不死を得ているともいえます。つまり、心臓=血、記憶=不死なわけでして、おお、ポーの一族じゃないか。アフリカでこっそり自分たちだけの伝統を守ってるというのもそれっぽいぞ。エドガーの血族はそんなところにいたのか。

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September 28, 2005

マンガとタバコ

 いろんな作家が「ブラック・ジャック」を描く企画の総集編、秋田書店の「ブラック・ジャック スペシャル」を読んでおりましたら、ブラック・ジャックがタバコやパイプを持ってるシーンが複数描かれてて。そうだったっけと手塚版を読み直してみると、あらら、けっこうタバコやパイプ吸ってるシーンがあるものですね。

 かつて日本映画では男女問わずタバコどんどん吸ってました。それに影響されたのか、日本マンガでもオトナはタバコを吸うのがあたりまえ。間を持たす演出でもあったし、何よりカッコいい感じがしてたし。あの星一徹でさえ吸ってましたからね。それが普通だったの。かつてタバコの吸い方をじっくりレクチャーしてくれたのは、ちばてつや「のたり松太郎」でした。

 喫煙者の肩身がずいぶん狭くなってる最近はどうなんでしょう、以前よりはマンガの喫煙率って減ったのかな。もしかすると作者が禁煙すると、登場人物もタバコ吸わなくなったりして。日本のマンガではっきり喫煙を描かないと宣言したのは、秋本治「こち亀」が有名ですね。

 最近読んだ作品で言うと、イラン女性、マルジャン・サトラピは「ペルセポリス」の中で、「初めてのタバコと共に、少女時代に別れを告げた」「今、私は大人になったのだ」と書いています。これがイラン・イラク戦争のさなか、12歳のとき。現在の自画像でも彼女はタバコを手にしています。

 アート・スピーゲルマンの「消えたタワーの影のなかで」は、9.11を描いた作品ですが、自画像は「マウス」と同じでやっぱり「タバコをくわえたネズミ」でした。変わりませんな。アーチストは禁煙しないものだ、というイメージがあるけど、実際はどうなのかしら。

 ハードボイルド作品の「ブラックサッド」や「シン・シティ」では、当然のように主人公はタバコを吸ってます。というか、もし吸ってなけりゃ、それについての説明がなきゃ、ってくらい、ハードボイルドとタバコは切っても切れないでしょ。でもこれもいずれ、タバコ吸わない主人公があたりまえになるのかなあ。

 最近の日本マンガでタバコをじっくり描いたのが、幸村誠「プラネテス」。宇宙空間でタバコを吸うために苦心惨憺する登場人物。ま、実際にはスモーカーを宇宙に出すことは絶対ないでしょうけど。

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September 26, 2005

どうして動物「ブラックサッド」

 フアン・ディアス・カナレス/フアーノ・ガルニドの「ブラックサッド」シリーズ2作が、早川書房から発売されてます。フランスで出版されたバンド・デシネ。

 シリアスな私立探偵ハードボイルドです。舞台は1950年代アメリカ、一匹狼でストイックな主人公が、都会や田舎で善人の皮をかぶった悪をあばく。絵はむちゃうまくて、背景は室内も戸外も雰囲気十分。女性はおっぱい大きくウエストしまってスタイル抜群、主人公は背が高くて肩幅広く、ひたすらかっこいい。でも、主人公がねー、黒猫なんですよこれが。

 著者ふたりはスペイン出身です。絵を描くフアーノ・ガルニドは、フランスのディズニースタジオ出身で、動物の表情はうまいなあ。フアン・ディアス・カナレスの書くストーリーは、第1作「黒猫の男」はよくある展開(探偵が適当に捜査してると、犯人側がいろいろ動いて謎が自然に解けちゃう)でしたが、第2作「凍える少女」はなかなかこみいったプロット。でも主人公は黒猫。

 刑事はイヌ。ボクサーはゴリラとイノシシ。掃除のおばちゃんはネズミ。芸能社の社長はもろディズニー調のアザラシ(オットセイ?セイウチ?)です。

 首から下は一応人間体形で、スタイルのよいネコ(♀)たちがいっぱいバレエレッスン受けてる絵なんてのもあります。動物同士のエッチシーンもちょっとあるし。首から上が動物、カラダは基本的に人間。宮崎駿のアニメ「名探偵ホームズ」を思い浮かべていただきましょうか。あんな感じ。あれもイタリアからの企画段階で、どうしてイヌなんだと日本側は困惑したらしいですが。

 登場人物を動物にして、どこが有利なのか。まず、なんといっても表情豊か。デフォルメされた動物の顔は人間以上によく動きます。

 そして、動物なら性格を説明しなくても、読者が勝手に推測してくれる。これまでの童話、マンガ、アニメなどの蓄積で、この動物ならこんな性格、という思い込みが読者側にすでにあります。動物占いですな。第1作の黒幕は○○○だったのでちょっと驚いた。意外な犯人にも使えるようです。

 動物だったら、残酷なシーンもクリアできる(かもしれない)。第2作のオープニングは、市中で首吊りされたコンドル(?)ですが、あんまり残酷とは感じない。

 第1作で、トカゲを尾行するモグラが「ラ・イグアナ」という店に飛び込むと、中はワニとかトカゲの爬虫類ばっかりでびっくり。人種か民族の比喩です。

 第2作では、白人と黒人の対立がありますが、白人はシロクマ、シロイヌ、シロブタ、シロイタチ、シロフクロウたち。黒人はクロウマ、クロウシ、クロイヌ、クロカササギなどで、毛の色により区別されてます。主人公の黒猫は、顔に一部白いところがあるので、両グループから敵視される。で、このことがメイントリックの伏線になってて、これにもちょっとびっくり。

 とまあ、動物を登場人物にするといろいろとイイコトがいっぱいなんですが、でもなあ、やっぱなあ、動物だしなあ。なんか無理なことしてるような気がして。というのは日本人の感覚でしょうか。

 アメリカでもヨーロッパでも、なぜかけっこう動物を擬人化して使うんですよね。印象だけで言いますと、擬人化された動物世界を舞台にするマンガは日本より多いのじゃないでしょうか。アチラのマンガの伝統芸といえるかもしれない。どうしてかなあ。

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September 23, 2005

作者というキャラクター

 おそらく、全マンガ家の数だけ自画像があるはずで、その多くがマンガ内で作者というキャラクターとして、演技しているのじゃないでしょうか。

 手塚治虫は作者であり、かつ作中キャラクターでもありました。永井豪も作者であったり冷奴先生であったり。石森章太郎は、作者キャラの顔が一定してなかった印象があります。作品によって描きわけていたみたい。赤塚不二夫は、初期の縦長の目のキャラクターから、後期は細い目のリアルな似顔に変わってた。本宮ひろ志は作品内では自身のヒーローキャラクターそのままの外見だったような気が。

 現代では、西原理恵子のように、作者こそ最強キャラクターとして君臨する作品も存在します。吾妻ひでおもそうかな。

 いずれにしても、作品内に登場する時点で、現実の作者とは異なり演技しているわけですし、すでに造形がマンガだし。もし作者がホントに怒っているとしても、マンガに描かれてしまうと、作者というキャラクターが怒る演技をしている。文章で自分のことを書くとき以上に、マンガ内キャラクターと実際の作者の関係は複雑に思われます。

 内田春菊「私たちは繁殖している」は、最初、作者に限りなく近いけど架空のキャラクター「ジジ」が、妊娠・出産・育児を語る、という設定で開始されました。1巻目には「フィクションですよ、間違うなよ」という作者からのメッセージも書いてありました。

 ところが、巻が進むにしたがって、やっぱり作者自身の周辺エッセイマンガだよなーと思われるようになって、読者としては迷います。6巻ともなると、作者と舅のタタカイがリアルに描かれる展開に。

 しかし、6巻でも作者キャラはやはり「ジジ」です。フィクションなのだという設定を貫いています。

 「ほんとに建つのかな」という作品では、前半の主人公は「ジジ」、後半の主人公は「内田春菊」でした。連載誌が違うからこうなってるのですが、主人公以外のキャラは全員同じ。これは作者にとって、どう描きわけているのか。

 「同時に連載していてもオモムキがちがうもんです」という作者の言葉がありますが、やはり「ジジ」主人公の時は、4コマめで笑いでオチをつけようとしている。そのぶん、リアルな精神の流れとは違いやっぱりフィクション。この微妙な差は作者の内面では厳然として存在しているみたいです。

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September 21, 2005

マンガはやっぱりキャラクターなのか?

 R・F・アウトコールトの「イエロー・キッド」(1895年)こそ、コミック・ストリップ、すなわちマンガの祖と考えられています。何が祖なのかといえば、まず、新聞に連載されたことが大きい。印刷物として大量に制作され、マスのマーケットを対象にしました。そして、新聞部数を左右するほどの大人気を得たのも、祖にふさわしい。

 イエロー・キッドのスタイルは黄色い寝巻きを着て頭は丸坊主。新聞に掲載された「イエロー・キッド」の多くは、カラーの一枚絵で、子供たちのモブシーンが描かれました。下町のホーガンズ・アレイに住む子供たちは、大がかりな「子供サーカス」や「子供自転車レース」、「子供結婚式」などを開催します。子供たちはみんないろんなコスプレをして見物人もたくさん。最初はその他大勢のひとりだったイエロー・キッドは、次第に画面中央に進出し、主人公となりました。

 そのうち、イエロー・キッドを主人公にしたコママンガも描かれるようになります。一枚絵のなかでもセリフを囲むフキダシがちょっとだけ使用されていましたが、これらのコママンガにもフキダシが描かれるようになり、「フキダシを持ったコママンガ」が完成しました。ほとんど現在の形のマンガができあがったわけです。

 「R. F. Outcault's the Yellow Kid」という本を読んでいましたら、当時の人気について、こんな文章が。

・1986年にはイエロー・キッドのオモチャ、ゲーム、タバコ、ガム、キャンディ、ピンが街にあふれた。何千という金属、ガラス、木製のキッドにより、アウトコールトはロイヤルティによる利益を得た。

 クッキーの缶や石けんにまでイエロー・キッドは描かれたらしく、現在のディズニー・グッズなみですね。

 いやー、マンガは昔々から、やっぱりキャラクターこそが人気だったということでしょうか。日本では、マーチャンダイジングは、TVアニメ「アトム」開始時から積極的に利用され始めたと言われています(中野晴行「マンガ産業論」)。それ以前のキャラクター商品による利益は、「一種余禄だった」らしい。しかし、アメリカではマンガとマーチャンダイジングはその発祥から同時に始まったもののようです。

 ネットで読んだ文章によると、当時のニューヨークでは「Yellow Kid fever」といえるような流行があって、キッドはマーチャンダイジングの最初の成功例と考えられていいます。この後、ピューリッツァー対ハーストの新聞戦争で、「イエロー・キッド」は引き抜きにより掲載紙が変更になるのですが、そのときは、複数の新聞に作者の異なるキッドが掲載されていたこともありました。このときの著作権は、いったい誰にあったのかしら。

 わたしにとっては、19世紀末、すでにロイヤルティでちゃんと作者が儲かっていたという記述が、さすがアメリカ、驚きでした。いかにもパチモンとかいっぱい出回っててもおかしくなかったような気がしますが、どうだったのでしょう。アメリカは昔から版権きびしかったのかな。当時のイエロー・キッドの「ピンバックボタン」は、現在60ドルぐらいで取引されてるみたいです。

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September 19, 2005

ヘンリー木山義喬の「漫画四人書生」

 フレデリック・L・ショットの「ニッポンマンガ論」(日本語版は1998年)は面白くて刺激的な本でした。海外から日本マンガを見るとこうなるのか、と。

 彼が、第4回手塚治虫文化賞特別賞を受賞したとき、「中沢啓治、池田理代子、松本零士、手塚治虫、士郎正宗、星野之宣、そして明治時代に渡米して最も早くストーリーマンガを出した木山義喬ほか、多くのマンガ家の作品を英訳して海外に紹介している」と紹介されました。この中にある、木山義喬とは、いったい誰なのでしょう。

 「広報よなご」2004年4月号より、米子市美術館のかたが書いた文章。「美術館通信 アメリカで学んだ洋画家 木山義喬」というタイトルです。

・木山義喬(きやま よしたか)は、明治18年(1885)、日野郡日野町根雨に生まれました。県立第二中学校(現米子東高)4年を終了後、絵の勉強をするためアメリカに渡ります。ヨーロッパに渡った画家とは異なり、アメリカに渡った芸術家たちは働きながら苦学します。木山もその一人であり、その苦労話を漫画にした「漫画四人書生」の原画は当館の収蔵品でもあります。数年前、この漫画がアメリカの漫画研究家の目にとまり、英語版で復刻され、次いで遺族の手で日本語・英語併用の原画のままで復刻され、話題となりました。

 「漫画四人書生」の原著は1931(昭和6)年、日本で印刷され、木山自身の3回目の渡米にともなってアメリカで販売されたようです。この原著は、おそらくアメリカの日系移民(あるいは英語も読める日本人)を読者として想定しており、登場人物が英語でしゃべる部分はアルファベットの英語で、日本語でしゃべる部分は漢字カナ混じりの日本語というバイリンガルで書かれています。そして日本語の部分にも、突然英語表記が混じったりもする。「日本語・英語併用」とはそういう意味です。

 日本語英語併用版は米子に行けば手にはいるのでしょうか。この原著を英語版に訳したのものが、Henry Yoshitaka Kiyama著、Frederik L. Schodt訳の「The Four Immigrants Manga」です。英語版のほうはアマゾンなどで手に入れやすいので、そちらを読んでみました。

 1904(明治37)年、大きな夢を持ってサンフランシスコに4人の日本青年が到着しました。彼らは英語名を名のることにします。木山自身である画学生ヘンリー、農業で成功しようとするフレッド、金持ちになりたいフランク、古い日本から民主主義を勉強に来たチャーリー。彼らのアメリカでの20年が笑いとともに描かれます。

 彼らは生活のためにハウスキーパーなどをして働かなきゃならないのですが、失敗ばかり。雇い主の「Go Home」は聞き飽きた。彼らが出会うのは、サンフランシスコ大地震、銀行の倒産、パナマ太平洋万国博覧会、禁酒法、第一次世界大戦、スペイン風邪の大流行、などなど。

 4人のうち、主人公といえるのは、背が高く、いかりや長介似でお調子者のチャーリーです。彼は、酔っ払ってすぐ踊るようなキャラクター。強盗にあって大ケガしたり、中国人のカジノに入り浸ったり、万博喫茶店の日本人ウエイトレスをナンパしたり。マジメで絵ばかり描いているヘンリーとは大違い。

 チャーリーはいつも貧乏で金に困っていましたが、それでも子持ちの未亡人と結婚して、果物屋を開業します。農園のフレッドも日本からのピクチャー・ブライド(写真だけのお見合い結婚システム)をむかえて家庭を持ちます。

 そして1922(大正11)年、彼ら二人と別れ、独身のフランクとヘンリー木山が日本に帰国するところでオシマイ。単純な線で描かれた笑いのためのマンガなのですが、青春の夢と挫折が何やらモノ悲しい。

 1ページは6コマからなり、見開き2ページ、12コマがひとつのエピソードです。文字はアルファベットも日本語も横に書かれ、ページやコマは左から右に読み進めるアメリカ式です。ただ、ひとつのコマの中で複数のフキダシがあるとき、その順番が一定しておらず、多くは左から右に進むのですが、とくに日本語のセリフが続くと、一部逆転しているところもあって、まだ統一されていない。

 12コマずつのエピソードが連なって、20年間という大きな物語を形成するのですから、確かに最も早い時期のストーリーマンガといえるでしょう。大正期の「正チャンの冒険」に比べても、遜色のないリーダビリティ。しかも「四人書生」はオトナ向けです。万博でベリー・ダンス(?)を見てニヤニヤしてるシーンなんかもあります。

 いったん帰国したヘンリー木山義喬ですが、1924(大正13)年から3年間、さらに1931(昭和6)年からも6年間サンフランシスコに住みました。1937(昭和12)年に日本に帰国した後も再度の渡米、あるいはパリ留学を希望していましたが、世界情勢のため、果たせぬ夢となりました。

 この先駆者のマンガは、日本ではまったく忘れられていたものをフレデリック・L・ショットが発掘し、復刻してくれたから、現在読めるわけで、なんともありがたいことです。でも実を言うと、もともと日本のマンガなんだからオリジナルの形で読みたかった。全部英語はキツいなあ。

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September 18, 2005

イラン人少女の物語「ペルセポリス」

 炎上してるブログはオモロイわー、と人の傷口に塩をすりこむようなことを言う同居人から、しばらくネットすることならじ、と厳命されまして、謹慎しておりました。

 とは言え、仕事の合間にこっそりとコメント欄を見ながらなんとか収拾したいとは考えておりましたが、どうもいい手が見つからず。とりあえず、みなさまのご批判に対しましては、前回までに書いたことがわたしの最終意見とお考えください。ご不満なかたがいらっしゃるのは承知しておりますが。


 一応、今回は通常業務とさせていただきます。


 イランのマンガ状況がどのようなものか、まったく知らないのですが、序文に「イラン初の漫画」と書かれてある作品があります。マルジャン・サトラピ「ペルセポリス」。原著は2000年から2003年にかけてフランスで発行されました。第1巻の副題が「イランの少女マルジ」、第2巻が「マルジ、故郷に帰る」。これが涙なくしては読めないマンガでありました。

 「ペルセポリス」とは、学校で習いましたっけ、アレキサンダー大王に破壊された古代ペルシャの王都です。この本は副題からもわからるように、著者の自伝。著者は、1969年生まれ、テヘラン育ちの女性です。両親はインテリで、彼女はイランのフランス語学校で教育を受けました。そこへ1979年のイスラム革命。

 特に第1巻は、著者が10歳から14歳までのお話。突然に政治体制が変わり、10歳の少女たちは急にヴェールをかぶるように指導されますが、ヴェールをいろんな遊びに使うだけ。これがオープニング・シーンです。

 パーレビ国王が亡命し革命がなされたはずなのに、国家はイスラム原理主義に。父親の友人たちは死亡や亡命。革命家のおじは逮捕、処刑されて少女の心は千々に乱れます。さらには1980年に始まったイラン・イラク戦争。テヘランの爆撃。多数の死者。激動の少女時代です。

 絵はモノクロのコントラストを強くしたタッチで線は太め、フランスのバンド・デシネというより、スピーゲルマンの「マウス」を思わせます。暗いお話なのに、モノローグや絵はユーモアを忘れていません。

 子供時代の彼女は、ペルシャ語の「弁証法的唯物論」というマンガ(←こういうのがあったんですなあ)を読んだりしてますから、イランにマンガがまったく存在しなかったわけではなさそうです。その本の作者がイラン人かどうかはわかりませんが。

 この時代イランでは、少女が少女のままでいることはできなかったようです。彼女は神と会話するのをやめること、タバコを吸い始めることで、少女時代に別れを告げます。

 第2巻になると、著者は14歳、ひとりでオーストリアに留学します。パンクで、マリファナで、失恋で、の生活を送り、このあたり、1巻より青春彷徨という意味で日本人読者にとって普遍性が高いかもしれません。

 18歳でイランに帰国。革命防衛隊が跋扈する恐怖政治の中、絵画の勉強を通じて自立してゆくまでが描かれます。ヴェールの微妙なかぶり方や、隠れたパーティで反抗の意思を表明するような生活でした。

 これはイランの現代史を描いたマンガですが、家族の愛の物語であり、女性の自我形成の物語であります。イランとイラン人についての知識を得られるだけでなく、この現代の地球上で、人間がいかに生くべきかを模索した感動の書。傑作です。

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September 11, 2005

続「エマ」

 毎晩、コンピュータをたちあげるたびに、コメント欄を見て、うう…とかヘコんでたのですが、皆様の疑問にお答えしようと思いまして。よろしくお願いします。

 いろんなご批判をいただきました。

 まず、アレはユダヤ人ではないと主張されるかたがたに。

 著者自身の言葉があります。「どう考えても偽名だってバレるだろうオドネルくん」なぜすぐばれてしまうのか。それは姿かたちでわかるからです。オドネルはユダヤ人の名前ではありません。著者がわざわざ“どう考えても”バレるように、彼を造形しているのです。

 当時のユダヤ人はどのようなスタイルとイメージされていたのでしょうか。松村昌家は、「十九世紀ロンドン生活の光と影」(2003年世界思想社)のなかで、「風刺画専門の週刊誌『パンチ』などではユダヤ人そのものの表象として、一つのステレオタイプを形づくるようになる」と書いています。そのわりに自身の著書、「『パンチ』素描集」(1994年岩波文庫)では、ユダヤ人の絵をいっさい出していません。理由は、ちょっとわかりませんが。

 当時のイメージとしてのユダヤ人、森薫の絵にどんぴしゃの絵があったはずなのですが、どうしても見つからないので代わりに。コレは、エードゥアルト・フックスの「ユダヤ人カリカチュア」(1993年柏書房)という本からの引用です。フックスは20世紀初頭ドイツのカリカチュア・コレクターであり、民間学者、研究家です。この場合のカリカチュアは「マンガ」と訳すこともできますから、オタクの大先輩でもあるわけです。

 図を見ていただければわかりますが、袋を背負った黒服、鷲鼻の人物が、ユダヤ人イメージです。絵そのものが悪意を持って描かれており、現在のネット上では探すのが困難な画像で、わたしもアップするのがちょっと心配。

 なぜユダヤ人が袋を背負っていたかというと、移民してきたユダヤ人の多くが古着商をしていたからです。彼らの特徴は、背負った袋とフロックコート、帽子の下には肩まで垂れ下がった髪の毛と長いヒゲ。

 彼らはオックロー!「O' Clo ! = Old Cloth ! 」と叫びながらロンドンの街を行商して歩きました。これが都市伝説となる、ロンドンのひとさらいのイメージを形成しました。

 さて、ひとさらいがユダヤ人であってなぜ悪いと考えるのか。「ユダヤ人のひとさらい」というイメージ自体、ユダヤ人に対する偏見から形成された都市伝説だからです。当時、ユダヤ人のひとさらい、というのはすでにフィクションだったのです。

 では、フィクションである架空の存在をマンガに描いてなぜ悪いのか。これが21世紀の現代人を対象にした現代の作品だからです。都市伝説を信じていた時代の作者が、都市伝説を信じていた大衆に向けての作品なら、問題にならないかもしれませんが。

 たかがマンガにオオゲサなというご意見もあります。ここはたかがマンガを語るブログですので、そう言われましても困ってしまいます。ただし、マンガは今、日本発のコンテンツとして大きな力を持っているのではないでしょうか。「エマ」もアニメ化されて放映中です。けっして世界と無縁とは思えません。

 差別に世界標準はあるのでしょうか。これは一般的な日本国内の差別については、ないでしょう。ただしユダヤ人問題については、あります。

 Simon Wiesenthal Centerという、世界中のあらゆるユダヤ人差別を監視している組織があります。ここがユダヤ人差別と考えれば差別になってしまうのです。

 日本人は、差別およびその表現とは、差別する者、される者のせめぎあいのなかで、話し合いで規範が設定される、そう考えようとしています。しかし、むしろこの考え方は世界の中では少数派です。多くの国では、それぞれの国で、すでに法律で何が差別かが規定されています。

 ユダヤ人問題はもっと徹底しています。日本人の意見が通るわけではありません。ユダヤ人問題では、Simon Wiesenthal Centerの主張がすべてです。彼らの意見に反論することは、少なくとも現代の日本では(あるいは世界でも)、最終的には経済的圧力のため不可能なことです(日本人にとってあまり気分のいいものではありませんが)。

 かつて雑誌マルコ・ポーロを廃刊に追い込んだのが、この組織でした。日本ではまったくニュースになりませんでしたが、今年になっても、「ユダヤの成功者が教える大金持ちになる人の方程式」という書籍が、この組織からの圧力によって、ローソンから追放されています。タイトルから考えると、なんで?と感じますが、理由は「negative jewish stereotypes」によるものだそうです。

 ここは、フィクション(多くは映画やTVです)の中の登場人物であるユダヤ人への偏見も正そうと活動しています。日本マンガが無視されているとは思えないのですが。

 作者に差別の意識はないのにどうして。たしかに、わたしがブログに書く行為が、寝た子を起こしたかもしれません。マンガのためを考えると、戦略的にはエンターブレインに直接連絡をしたほうがよかったでしょうか。この点は反省しております。

 最後に、表現はすべての規制を乗り越えて突き進むべし、というご意見。これがいちばん悩めるところです。ご意見をごもっともと思いますし、理由も理解できる。かつてのわたしは、この考え方をとっていました。

 ただし、今は考えが変わっており、ある程度の自粛や規制はしょうがないと考えています。わたしの考え方は、表現の進歩を害するものかもしれませんし、あまりにプラグマティックすぎるかもしれません。この考え方を、受け入れられないかたがいるのは承知していますが、おそらく、現在のわたしの文章力では細かく論じることができません。これについては宿題にさせていただきたく思います。


 追記:アンクル・サム説がありましたが、アレはこのようなものです。黒髪、黒ヒゲのアンクル・サムは見たことがありませんので、違うのではないでしょうか。

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September 08, 2005

マンガと差別問題「エマ」

 マンガの中の差別問題については、表現の自由とのからみで難しいところであります。差別の内容や範囲は時代、地域、体制でいくらでも変わってくる可能性があり、今日OKでも、明日はダメかもしれない。すべての人間は、常に差別をし、かつ差別をされる存在になりうるのです。1989年からの黒人差別をなくす会騒動を考えると、正邪とは別に、現代の表現にはそれなりの慎重さが求められている。

 森薫「エマ」6巻が発売されてます。この巻で、エマはなんと誘拐されてしまうのですが(エマはかつて子供時代、ひとさらいにさらわれた過去があります。よくさらわれる人です)、このひとさらいは、鷲鼻で、長いヒゲ、黒い服、そしてサンタのように担いだ袋にエマを押し込める。エマが連れて行かれる先は新大陸アメリカです。

 このひとさらいの絵は、6巻の表紙カバーの折り返しを広げると見ることができますが、この絵だけで、「エマ」は非難の対象になるかもしれません。

 ビクトリア朝、ひとさらい、アメリカ、そしてこの風貌。これは、この時代のユダヤ人のイメージじゃないのか。かつての日本では、さらわれた少女は香港か曲馬団に売り飛ばされてしまうところですが、この時代、夜遅くまで外で遊んでいたイギリスの子供たちは、ひとさらいがやって来てアメリカに売られるぞっと、親からおどされていました。もちろん都市伝説みたいなものです。「エマ」はそのイメージをまるきりいただいて、マンガの中で使用しています。

 作中でユダヤとはひとことも書かれていませんが、これは、ユダヤ人に対する悪意を持ったカリカチュアであると言われてもしょうがない。現在、このスタイルの悪人を描く絵画、マンガ、映像作品は、おそらく世界中見渡しても存在しないでしょう。

 著者は、この時代のことを十分に調べているからこそ、こういう表現を使っているはずですが、「昔の人さらいのビジュアルはなんだかこういう黒サンタ」とは、あまりに無邪気すぎる。もちろん著者に差別意識がないことは承知しているつもりですが、親切なドイツ人の雇い主のところから、ユダヤ人(と思われる)ひとさらいが、生粋イギリス人女性を、アメリカに連れて行く、という展開は、いくらでも突っこむことが可能です。

 現代、この極東で、かなりの人気マンガがこういう表現をすることが、どういう結果を生むのか。この表現が世界標準ではどうかという視点に欠けている。著者と編集者は、脇が甘すぎるように思われます。表現の自由とは別に、差別問題に踏み込むことにもっと慎重になっていただきたい。

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September 07, 2005

作者はいち子ちゃん「リトル・フォレスト」

 台風お見舞い申し上げます。

 五十嵐大介「リトル・フォレスト」が2巻で完結しました。スケールの大きなスーパー・フィクションであるところの「魔女」とは異なり、日常の風景をこぢんまりと描いた作品。と思ったら大間違いだぞ。

 「小森」という農村、というより山村を舞台に、主人公・いち子の食事が毎回のテーマになります。彼女が食べるものは、甘酒やつくしの佃煮、タラの芽のテンプラ、ワラビ、さらに自分で作ったトマトやイモまで。美食ではなく、生活の中の食事です。

 いち子の食事と、山村での生活が描かれるのですが、そのところどころに顔を出すのが、いち子の過去や現在の不安定な心理。

 彼女は少女時代、母親と二人暮し。父親は生きてるのか死んでるのか、登場しません。母親の恋人らしき外国人が訪れたり。そして、母親の突然の失踪。えらいこっちゃの大事件のはずですが、その事件そのものはあまり描かれません。

 いち子は街に出て、男と暮らしたりもしましたが、小森の実家に帰ってきてひとりで生活を始めます。農作業が生活の中心です。自分で食べる分は作ってるみたいですが、現金収入をどうしてるのかは謎です。

 彼女は自分の田舎生活を、「他人と向きあえなくて」「ホントは逃げてる」のじゃないかという負い目を持っている。まわりの人間も、彼女が他に逃げ場がなくて、仕方なく戻ってきたのを知っています。でも、そのことは会話には出ず、人間関係は暖かい。

 とまあ、深ーい背景があるわけです。これが、月刊誌に8ページずつの連載で次第に明かされていくというお見事な構成でした。さらに。

 マンガは、いち子の一人称で展開します。そして、単行本になって追加された各話の間の文章も、いち子が書いた設定になっています。となると、そのページに描かれたイラストや、掲載された景色の写真も、いち子が描いたり撮ったりしたものということになります。

 具体的に言うと、「小森のこと」という説明がありますが、これがもう、フィクション。モデルになったのは「大森」という集落だそうです。「車がないのでどこに行くにも自転車です」と書いて、その下に自転車にまたがったいち子のイラスト。また、軍手をはめた左手のスケッチの下に、「わたしは手荒れがひどいので農作業の時はソフトな手袋をしてから」と書いたり。

 草刈り機のイラストの横に、「うちのは軽くて小ぶりでわたしの体格に合うのを中古で購入」 いち子はチビという設定でした。

 2巻のラストには、「わたしを守ってくれるわが家です」とあって、いち子の家のスケッチが描かれてます。さらに「おわりに」のページの、「ありがとうございました 2005年8月 五十嵐大介」の隣には、肩にネコを乗せてコチラを向くいち子の立像。

 文章を書いてるのも、イラスト描いてるのも、いち子。だからマンガを描いてるのもいち子に思えちゃう。つまり、この単行本全体が、いち子ちゃんがホントに自分の生活を描いたもの、すべて実話じゃないかと思わせるような仕掛けをしているのです。「趣向」というべきかな。

 そして、五十嵐大介の絵も、写真やスケッチをもとに描いているのでしょう。植物や料理のアップから田舎の風景まで、じっくりリアルに描かれており、実際に田舎生活をしてるんじゃないかと思わせてしまう(著者がホントに田舎生活をしてるかどうかは知らないのですが)。この絵あってこその、仕掛けであります。

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September 04, 2005

今日はだらだらと

 エウレカとか見たりしてました。ブックオフで田中圭一「ドクター秩父山」(ぶんか社版じゃなくて古いスタジオ・シップ版のほう)とか、吉崎観音「アーケードゲーマーふぶき」(すがやみつるとの対談つき)をゲットしてちょっとうれしい。

 あと、「comic 新現実」のみなもと太郎「トーク版お楽しみはこれもなのじゃ」を読んでて、ぶっとんだことがひとつ。永井豪の怪奇モノの短編で、園田光慶そっくりの絵で仕上げをしてたのは、西郷虹星だそうじゃないですか。そうだよなあ、永井豪があんな絵描けるはずないもんなあ。西郷は「ぼくらマガジン」の「ハルク」描いてた、すっごく絵のうまいヒトです。

 このみなもと太郎の連載、むちゃくちゃ面白かったのですが、整理されてないトークだから話題あっちこっち飛んで、ちょっと読みにくい。来春、単行本化するそうですが、注釈むずかしいぞー。なんせ西郷虹星のところだけでも、永井豪の短編見せて、西郷作品見せて、西郷虹星の略歴書かなきゃ。読者には謎の言葉や人物が頻発するから、キチンと書いてたら本文より注釈のほうが長くなったりして。

 元祖のほうの「お楽しみはこれもなのじゃ」が単行本にまとめられたのは、連載終了後12年たってからでした。さて今度はどうなる。

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September 02, 2005

1973年の少年マンガ地図

 虫プロ倒産、そしてほぼ同時に「ブラック・ジャック」が連載開始された1973年とは、どんな年だったのか。手塚治虫のエッセイ「ささやかな自負」が掲載された「児童心理」1973年9月号に、当時の「少年マガジン」「少年サンデー」の作品一覧が載ってました。

 1973年当時、マガジン、サンデーは発行日、発売日も同じ。定価100円、ページも300ページと同じ。

■週刊少年マガジン1973年7月15日号

○ガクラン仁義(大平原の決闘): 本宮ひろ志
読切50ページ。「鷹を道づれのひとり旅。ガクラン野郎の行く先は、血の雨風がまっている」 ジャンプの「男一匹ガキ大将」は、途中に「武蔵」の連載をはさんで中断しながら、この年、1973年に終了。マガジンに1972年から1973年に連載した「群竜伝」は、意欲だけがからまわりして打ち切り。本宮ひろ志にとっては谷間の時期の作品です。

○天才バカボン: 赤塚不二夫
まさに全盛期。

○愛と誠: ながやす巧/梶原一騎
「あしたのジョー」の最終回が1973年21号。その後も4号にわたって特集が組まれるほどの最高の人気作でした。「愛と誠」はジョーとダブってて、1973年2/3合併号から連載開始されていました。

○突撃ぐれん隊: みなもと太郎
戦記ギャグマンガ。

○闇の土鬼: 横山光輝
忍者マンガ。でも往年の少年マンガらしさは、チャンピオンの「バビル2世」のほうにありました。

○空手バカ一代: つのだじろう/梶原一騎
つのだじろうは、この年末からマガジンで「うしろの百太郎」の連載を開始し、「空手バカ一代」は影丸譲也にタッチすることになります。

○恋ってなんじゃろ: 仁一郎

○ひとりぼっちのリン: 池上遼一/阿月田伸也
競輪マンガ。原作の阿月田伸也は、雁屋哲の初期の別名です。勝鹿北星=きむらはじめ=菅伸吉も参加していたらしい。池上遼一/雁屋哲コンビはそのままサンデーに移行して、大ヒット作「男組」は翌1974年から連載開始されます。

○ボク3男雪之丞: 白木卓

○ロボット刑事: 石森章太郎
この時期、フジテレビで実写版「ロボット刑事」放映中でした。マガジンの「リュウの道」の終了が1970年。その後ビッグコミックの「佐武と市捕物控」の終了が1972年。わたし自身は、これ以降の石森章太郎には、あまり興味がなくなっていました。

○男おいどん: 松本零士
TVアニメ「宇宙戦艦ヤマト」の放映はこの1年後、1974年秋です。旧虫プロ最後のTVアニメ「ワンサくん」(1973年4月〜9月)のプロデューサーだったのが西崎義展。この作品のスタッフの多くがヤマトに参加しており、ヤマトは虫プロ倒産によって作られたともいえます。

○愛の戦士レインボーマン: 小島利明/川内康範/伊藤恒久
これもメディアミックス。

■週刊少年サンデー1973年7月15日号

○柔道讃歌: 貝塚ひろし/梶原一騎
これが巻頭にあるというのが、当時のサンデーの弱さか。

○レッツラ・ゴン: 赤塚不二夫
まさに全盛期。

○黒い鷲: バロン吉元
これも戦記マンガですが、舞台は第1次大戦のヨーロッパで、主人公は日本人。

○バカ草物語: てらしま・けいじ

○漂流教室: 楳図かずお
小学館は連載作品を自分のところで単行本化しないという方針を、長くとっていました。ゴールデンコミックスという新書版レーベルがありましたが、これは白土三平「カムイ伝」や手塚治虫全集のためのもの。少年サンデーコミックスというレーベルで新書版を出し始めたのは、1967年開始の講談社コミックス(自社作品中心でした)よりかなり遅れて、1974年6月発行の「漂流教室」1・2巻からです。

○ダメおやじ: 古谷三敏
ダメおやじが、まだいじめられてるころ。

○じんじんの仁: 影丸譲也/小松君郎
落語家マンガ。

○みなしご仁義: あだち充/井上知士
30年たった現在も、第一線で少年マンガ誌に描き続けてるのは、あだち充だけですなあ。

○ぼろぼろゴルフ: 森正人
読切30ページ。もっとも早い時期のゴルフマンガでしょうか。

○人造人間キカイダー: 石森章太郎
このころキカイダーは兄弟ふたりで戦ってます。

○おっ母ァやくざ: 田丸ようすけ/早坂暁
早坂暁は「夢千代日記」などの脚本家。この作品は高野長英を描いたものらしい。

駒が舞う: 大島やすいち
将棋マンガ。やたらと絵のうまいヒトで、このころまだ17〜18歳。ご存知のとおり大島永遠のパパです。

○ウルトラマンタロウ: 石川賢
マガジンがロボット刑事とレインボーマン。サンデーはキカイダーとウルトラマンタロウだったのね。

 連載中だったはずの、水島新司/佐々木守「男どアホウ甲子園」は休載してたのかしら。水島新司は1972年、マガジンでは「野球狂の詩」、チャンピオンでは「ドカベン」、1973年11月には「あぶさん」が連載開始。この後、ちばあきおと共に、梶原一騎やアストロ球団の魔球マンガを駆逐します。

■ジャンプとチャンピオン

 わたしの印象では、このころイキオイがあったのは、マガジン、サンデーよりもジャンプとチャンピオンです。

 当時、「少年チャンピオン」には、横山光輝「バビル2世」と藤子不二雄A「魔太郎がくる」があったし、前年の1972年からは水島新司「ドカベン」が始まってました。そして1973年秋より「ブラック・ジャック」開始。

 「少年ジャンプ」のほうは多士済々で、ちょうど同時期の連載陣が、

○マジンガーZ: 永井豪
○庖丁人味平: ビッグ錠
○荒野の少年イサム: 川崎のぼる/山川惣治
○侍ジャイアンツ: 井上コオ/梶原一騎
○アストロ球団: 中島徳博/遠崎史郎
○プレイボール: ちばあきお
○ぼくの動物園日記: 飯森広一/西山登志雄

 さらに、

○はだしのゲン: 中沢啓治

 そしてギャグマンガが、

○ど根性ガエル: 吉沢やすみ
○トイレット博士: とりいかずよし
○ドリーム仮面: 中本繁

 うーむ、やっぱりジャンプ買うかな。1973年にジャンプの部数はマガジンを抜いて少年誌トップとなっています。

 各誌をひととおり見てみると、このころの帝王は、やっぱり梶原一騎ですね。

 1973年秋に、第四次中東戦争をきっかけにしたオイルショックのため、日本全国大不況になるのですが(商売やってたわたしの実家も1年休業しました)、中野晴行「マンガ産業論」によりますと、1974年には、なぜか少年マンガ週刊誌だけは、発行部数で6割増という驚異的な伸びを見せることになります。

■少年キング

 ごめんなさい。このころのキングはまったく読んでないので、コメントできません。人気があったのは、赤塚不二夫「おそ松くん」や、日大健児「ドッキリ仮面」だったらしい。

■少女マンガ

 じつは、こっそりと、オトコノコの知らないところで、少女マンガが動き出していました。1972年に開始されたのは萩尾望都「ポーの一族」シリーズ、池田理代子「ベルサイユのばら」。1973年には、山本鈴美香「エースをねらえ!」、里中満智子「アリエスの乙女たち」。翌1974年には一条ゆかり「デザイナー」が始まります。

 この時期、わたしはそんなことも知らず、美内すずえはオモシロイなあとつぶやきながら、月遅れで買ってきた別マを読んでいました。

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