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August 26, 2005

お嬢様笑いのルーツ

 「Ask John ふぁんくらぶ」の何が面白いかと言いますと、いつもわたしたち日本人が当たり前のように眺めているアニメ表現が、共通の教養や歴史を持たない外国人から見ると、いかに当たり前じゃないかを思い知らされるところ。

 2005年8月24日の話題は、「お嬢様笑いとは何ですか」でした。

 アニメの中でお約束、たかびーなお嬢様がヒトを見下して、片手は腰に、片手は口のところに手の甲をあてて指は伸ばし「おーほっほっほっほっほ」という勝ち誇った笑い、アレですね。現在は主にギャグとして使われてます。たしかに考えてみれば、外国ドラマでは見たことのない、日本アニメ独特の表現ですなあ。「実際の日本人はああなのか」なんて言われてるぞ。彼らにとってはよほど奇妙な表現らしい。

 さて、このお嬢様笑いをするキャラのルーツはだれか。

 お嬢様笑いをするたかびーなお嬢様が登場するなら、まずヒロインじゃなくて、敵役でしょう。サディスティックで、ヒロインあるいはヒーローをいじめる役。でも、たんに意地悪なだけじゃダメで、金持ちでかつ誇り高くなくっちゃ。

 ところが、これ、戦前の少年小説や少女小説のイメージじゃないんですよねえ。少年小説に登場する女の子は、あくまで可憐。母性の象徴みたいなものでした。少女小説にはいろんたタイプの少女が出てきますが、エス(今で言うレズですな)の香りが濃厚なまったりとしたお話の中に、これほど勝気で強い性格の少女がいたかしら。深窓の令嬢なんて言葉もゴザイマシタ。

 ぜんぜん詳しくありませんが、戦前の日本映画あたりにも、このタイプっていなかったのじゃないか。宝塚や翻訳のお芝居のほうはどうだったのでしょうか。

 戦後、お嬢様が頻出するのはまず映画。1960年代の若大将シリーズあたりでは、ちょっと庶民派ですけど、ナマイキなお嬢様いっぱい出てましたねえ。

 マンガだと何が思い浮かぶかな。まずは山本鈴美香「エースをねらえ!」(1973年)のお蝶夫人。「なくってよ」なんてお嬢様言葉が出てきます。

 「おーほっほっほ、大笑い海水浴場」というギャグをとばしてたのは、山上たつひこ「がきデカ」(1974年)だったっけ。「おそ松くん」あたりのギャグマンガには、こういう笑い方はあったかもしれない。

 いがらしゆみこ/水木杏子「キャンディ・キャンディ」(1975年)のイライザはこれ以上ないというくらいのいじめっ子でした。金持ちだったけど気高さには欠けるなあ。

 石森章太郎/平井和正「幻魔大戦」(1967年)のプリンセス=ルーナは間違いなくたかびー。ホンモノの王女だし。主人公・丈と衝突ばっかりしてました。

 ちばてつや「島っ子」(1964年)には主人公のライバル・真理子が登場します。社長(といっても島で温泉掘ってる建設会社の社長)の娘で勉強ができて、髪の色は主人公が真っ黒なのに、彼女のそれは白ヌキ。お嬢様の髪は黒じゃダメ。

 わたしは初期少女マンガをあまり知りませんが、超大金持ちは登場してなかったのじゃないか。

 手塚治虫「来るべき世界」(1951年)までさかのぼると、おお、さすが手塚、スター共和国原子力委員長の娘、ココアが登場します。金持ちですが登場人物紹介によると、「自分のことしか頭にない、わがまま育ちでいたって心のせまい平凡な少女」です。高慢よりも「愚か」をより体現したキャラでした。

 うーむ、やっぱり日本人テイストじゃないほうがお嬢様っぽい。

 日本人の敵役となると、スケールが小さくなっちゃって、ヒロインをいじめはするけど、ちょっとした小金持ちの家の単なるイジワルな子。いわゆる成上がりですな。お嬢様笑いができるほどの貫禄に欠けます。敗戦後の日本のお嬢様は、あんまりお金持ちじゃありませんでした。

 実は、「たかびーなお嬢様」というキャラは戦後の輸入物なんじゃないか。ずばり、1952年日本公開の「風と共に去りぬ」のヒロイン、ビビアン・リーが演じたスカーレット・オハラこそ、その元祖ということでどうでしょうか。

 あの美人でわがままいっぱい、しかも大金持ちのキャラクターは、おそらく日本にそれまでいなかったタイプです。白人たかびーお嬢様を、日本独自に過剰な演技をつけてるうちに定型化したのが、あのお嬢様笑い。

 日本には存在しないタイプだからこそ、戯画化されちゃったのじゃないか。あれはスカーレット・オハラなのだよ、とアメリカ人に教えてあげると、ウッソーと言われそうですが。

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Comments

江戸までさかのぼりますと、全くわたしの手に負えなくなりますのでゴカンベン。でも人間、ホントには「ヒヒヒ」「フフフ」「ヘヘヘ」「ホホホ」とは笑いませんよね。あくまで「ブキミ」「腹に一物」「下賤」「お上品」という文学的あるいは演劇上の表現。明治か江戸かはわかりませんが、誰か始めたヒトがいて、一般的に通用するようになった時期があるはずです。

Posted by: 漫棚通信 | August 28, 2005 07:27 AM

あの笑い方はどうかしりませんが、美人を鼻にかけた高慢ちき、という点では江戸時代、傾城ものの花魁たちを描いた通俗黄表紙なんかに原型があったりはしませんかね?

Posted by: グリフォン | August 27, 2005 10:33 PM

>砂野さま
喜劇新思想体系だったですか。てっきりモモちゃんのママかと思ってました。

実は昨日から吉屋信子の「紅雀」を読んでまして、男爵家にひきとられた孤児の姉弟の話なんですが、これがもう上流階級の方々の笑いは「ホホホ」のアラシです。これが昭和5年作。上流階級ということをあらわす記号的表現だったのが、戦後階級差がなくなってから時代錯誤のギャグとして使われるようになったのかしら。

Posted by: 漫棚通信 | August 27, 2005 08:22 PM

「大笑い海水浴場」は山上の「喜劇新思想体系」中の「聖女懐胎」の、夫のアリバイを妻が示すシーンです。
ホで笑うのは狂言で
おーほおーほうほう・・・という笑い方がありますね。

Posted by: 砂野 | August 27, 2005 06:24 PM

 明治のサロン文化、女学校を含む女性の地位向上……なんてことは、野上弥生子女史のことなどを思い出しつつ書いたのですが、女学校や言文一致運動のことを検索しているうちに、明治時代に発行されていた女学生向けの「女学雑誌」という雑誌に、「小公子」の本邦初訳が掲載されていることがわかりました。

 http://www.gifu-u.ac.jp/~satopy/llf.htm

 ↑ここにHTML版がありますが、やはり、いま読むと、全編が宝塚調とでもいえるような大げさな文章ですね。訳者の若松賤子は、フェリスの第1回卒業生(1人だけ)でもあり、女性の権利を主張するジェンダーの先がけのような女性でもあったようです。「小公子」の翻訳は明治23年からだったそうですが、フェリス出身と聞くと、なんとなく、この文体にも納得がいくような……。

Posted by: すがやみつる | August 27, 2005 02:43 PM

 昨年のはじめ、テレビで百人一首(かるた)の競技会を見ていたら、これが非常に面白くて、マンガの題材になるのでは……と、あれこれ資料を集めたりしていました。

 その過程で、『金色夜叉』も、冒頭に、かるたをやるシーンが出てきたはず、と示唆してくれた友人がいて、それで原作を読んでみたわけです。映画や芝居では何度か見ていますが(もっとも子供時代のことなので、断片的な記憶しかない)、小説を読むのは当然はじめて。読みにくかったのですが、読んでみると、表現などが面白く、「昼メロの原点、ここにあり」なんて感じになりました。

 たまたま読んだ本に出ていただけであって、ひょっとしたら、当時、すでに「ほほほほ」の前例はあったかもしれませんが、高ビーな女性の描き方としては、国民的人気を博した作品のようなので、このあたりに原点があるのではないかと推測します。

 明治時代のサロン文化、女学校を含む女性の地位向上などが関係しているのかもしれません。

Posted by: すがやみつる | August 27, 2005 02:10 PM

コメントありがとうございます。明治までさかのぼって言文一致運動の初期にすでに「ほほほ」があったとは。金色夜叉は芝居も有名ですから、この「ほほほ」のシーンも実際に上演されたのでしょうか。入院中の貫一のところではちあわせした、満枝と直行の丁々発止のやりとりだから、けっこうウケたかも。ぱらっと読んでみますと、小説版でも貫一はホントに「来年の今月今夜」なんていってるんですね、芝居がかったヤツだなあ。でも満枝さんが美人である形容として「貝の如き前歯と隣れる金歯」てのは、さすが明治。

Posted by: 漫棚通信 | August 27, 2005 12:51 PM

すがやさまありがとうございます。さっそく亭主に伝えておきます。

Posted by: AskJohn訳者 | August 27, 2005 11:00 AM

「ほほほほほ」というお嬢様笑いですが、たまたま昨年の2月に、ちょっとワケありで読んだ古典の名作で遭遇しまして、妙に印象に残っておりました。

 http://www.m-sugaya.com/nikki/nik0402a.htm#040209

>>「お前も知らんかな、はッはッはッはッ」
>>「私が自分にさへ存じませんものを、間さんが御承知有らう筈(はず)はございませんわ。ほほほほほほほほ」
>> そのわざとらしさは彼にも遜(ゆづ)らじとばかり、満枝は笑ひ囃(はや)せり。

 リンク先にも書いてあるとおり、これは、明治30年、読売新聞に連載されて大人気を博し、芝居や映画にもなって国民的ラブロマンスになった尾崎紅葉の『金色夜叉』の一節です。笑っているのは、お嬢様ではないのですが、美人で金持ちで、しかも、お宮にふられたことで高利貸しになった貫一に迫る敵役。ここにもあるとおり、名前を「満枝」と申します。笑い声やセリフでもわかるように、非常に高ビーです。

 若い娘だった頃、だまされて老齢の高利貸しの妾にされ、その高利貸しが倒れると、あとを継いで自分が高利貸しの商売を始めたしっかり者ですが、貫一を見初めてからは、酒を飲ませたりしながら積極的に迫ります。危ないところで貫一は逃れたりするのですが、こんなハラハラドキドキが、その後の『真珠夫人』あたりに引き継がれていったのでしょう。

『金色夜叉』自体が、鹿鳴館時代の直後に書かれており、しかも尾崎紅葉も、鹿鳴館と同じような上流階級のサロンに出入りしていたようです。そのせいか、この作品には、あの「金剛石(ダイヤモンド)」から、ちょっとした調度の数々に至るまで、明治時代の上流階級が使っていたようなものを細々と書きつらねてあります。

 また、言文一致の文体で(口語で)小説を書いたのは尾崎紅葉が初めてともされているようですから、もしかすると、「ほほほほ」という女性の笑い声も、上流階級の女性たちのセリフまわしも、この『金色夜叉』あたりを嚆矢とするかもしれません。単行本が出ると、すぐに芝居になったりと、大変な人気を博していたそうで、その後の上流階級を表現するときのプロトタイプ、ステロタイプとなった可能性もあります。

 現物の『金色夜叉』の文庫を参考に……と思ったら周囲に見あたらず、ひょっとして……とネットで検索したら、著作権切れの作品を集めた「青空文庫」に全文が収録されておりました。よろしかったら参考にしてみてください。こちらにあるファイルなら、簡単に「ほほほほ」で検索できると思います。

  http://www.aozora.gr.jp/cards/000091/card522.html

Posted by: すがやみつる | August 27, 2005 02:19 AM

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