« アメコミのシナリオは(その1) | Main | マンガと戦記ブーム »

June 11, 2005

アメコミのシナリオは(その2)

(前回からの続きです)

 続いて、31ページ。盗みをはたらく不良少年たちとバットマンのアクションシーン。


1)アパート外壁の非常階段の踊り場を見おろす構図。そこでは3人のスペイン人の若者が、ステレオと大きなテレビを、開いた窓から急いで運び出そうとしている。彼らの動きは凍りつき、ひとりは両手でテレビを抱えたままである。みんな、恐怖の表情で上方を見つめている。

 キャプション(B):コスチュームの効果は期待以上だ
 キャプション(B):彼らは目を見開いて凍り付き、私に十分な時間を与えてくれる…


 このシーン、上方のバットマン視点から見下ろした構図です。さすがに読者が少年たちをスペイン人と認識するのはムリで、ひとりは黒人として描かれているようです。


2)視点は人物の腰のレベルにある。full figure。バットマンはアパートの窓からの光に照らされている。バットマンは非常階段の踊り場に飛び降り、外側を向いてテレビを持った少年に唸りかかる。少年は思わず跳びずさり、驚いてテレビを落とし、正面の柵を越え背中から落ちそうになっている。二人目の少年は、すばやく横側の柵に跳びあがり、スパイダーマンのようにうずくまって構えている。三人目の少年は後ろに倒れ、踊り場の床に腰を落とし、ビルの壁に向かって恐怖の叫びをあげている。背景にはゴッサム・シティの夜景。

 キャプション(B):最も手強そうな者の間近に着地する… アフリカで身につけた唸り声で彼の恐怖心を煽る…
 キャプション(B):そして突然、全てがバラバラになる
 キャプション(B):左の男は母親を呼び…
 キャプション(B):右の男は落ち着きを取り戻して体勢を立て直す… これはまずい…
 キャプション(B):そして、手強そうな男は怯える余り…


 2コマめの複雑なアクションシーンはでは、背景の夜景までは描きこめませんでした。ここは情報量の多いコマで、そこまで描くと、うるさくなりすぎるみたい。


3)バットマンのextreme close。必死で手を伸ばすバットマン。

 キャプション(B):駄目だ…
 キャプション(B):私は殺人はしない…

4)非常階段踊り場を見上げる構図。少年の視線は読者の方へ。彼は口を開けて悲鳴をあげている。バットマンはほとんど柵から落ちそうになりながら、彼の足首をつかんでいる。スパイダーマンは片手ではしごをつかみバランスをとりながら、バットマンに近づき、蹴ろうとしている。三人目は両手でテレビを持ったまま、立ち上がろうとしているが、ただ見ているだけ。

 キャプション(B):彼は娘の様に悲鳴を上げる…
 キャプション(B):15になるかならないかという歳だ…
 キャプション(B):子供だ… まだ子供…


 次は、42ページ。バットマンとゴードン警部補が、暴走するトラックを止めようとするアクションシーン。ゴードン警部補の車には、エッセン刑事(♀)が同乗しています。


1)バットマンのmedium close。彼は周囲を警戒している。≪彼は屋根の上にいる。背景は夜の空。たぶん屋根に登るのが彼の任務なのだよ≫

 セリフなし。

2)ゴードンのclose。車のフロントガラスを通してゴードンを見上げる構図。彼の口からはタバコが吹っ飛び、肩を持ち上げハンドルを切っている。

 キャプション(G):薬のせいか…
 キャプション(G):心臓発作か…


 2コマめは、完成原稿では逆からの構図となり、カメラはゴードンの後ろにあり、フロントガラスを通して奥にはトラックが見えるように描かれました。


3)トラックのフロントガラスを通して、運転手を見上げる構図。運転手はシートにもたれ、目を大きく見開いたまま固まっている。

 キャプション(G):それは問題じゃない…
 キャプション(G):コントロールを失っている… アクセルを踏んだまま、足が固まっている…

4)カメラは後方へ引く。前景にはホームレスの女性が道の真ん中に立っている。ガラクタいっぱいのショッピングカートを引っ張っているが、車輪が壊れ、動かない。遠景で、トラックが彼女に迫ってくる。ゴードンの車はトラックの後ろを蛇行しながら追っている。

 キャプション(G):いけない、あの年寄り…
 キャプション(G):このままではいけない…
 効果音(ゴードンの車から):SKREEEE
 キャプション(G):何とかしろ、このノロマ…

5)バットマンのシルエット。屋根の上から空中に飛び出す。

 セリフなし。

6)ゴードンの車中。アクションをmedium closeで。エッセンがゴードンを見ると、彼は車のドアを開き、車外に飛び出そうとしている。≪車は、もちろん、走っているのだよ≫

 エッセン:警部補…
 ゴードン:ハンドルを頼む


 次のページ。


1)ホームレスの女性のmedium close。彼女は視線を上げ、混乱している。

 セリフなし。

2)ゴードンのfull figure。彼は車から飛び出し、走るトラックの助手席側のドアにつかまる。エッセンはゴードンの車のハンドルを握る。

 キャプション(G):畜生… 時間がない…
 キャプション(G):時間が…

3)full figure。アクションを見上げる構図。バットマンは街灯を使って方向を変え、通りに向かって空中に飛び出す。

 セリフなし。


 この作品でマズッケリはシルエットを多用しています。前ページ5コマめはミラーの指定によるシルエットですが、前ページ1コマめのバットマンもシルエット。このページの2コマめと3コマめもシルエットによる表現で、人物や車、トラックはまっくろけです。これでアクションがわかるのだから、うまい絵だわ。


4)アクションをmediumで。ゴードンは助手席側の窓から手を伸ばして、必死にハンドルをつかもうとする。運転手の表情や姿勢に変化はない。

 キャプション(G):どうしても届かない…
 キャプション(G):間に合わない…
 キャプション(G):私がしくじれば…

5)アクションをlongで。バットマンはホームレス女性にタックルし、トラックの行く手から救い出す。トラックはショッピングカートにぶつかって、ガラクタをぶちまける。さらにゴミ箱も跳ね飛ばす。ゴードンはトラックから飛び離れ、舗道を転がる。

 セリフなし。


 5コマめがサイレントで、セリフも効果音もないことに注意。かっこいいなあ。このシーン、日本ならコマをもっと割るところですが、できるだけヒトコマで見せようとするのがアメコミ風ですね。でもさすがにゴードンが舗道を転がるところまではこのコマでは描けませんでした。

 こういう複雑なアクションは、かなりの部分をマンガ家にまかせています。何が起こっているのかは、はっきり書いてありますが、細かい絵の指示までは出されていません。ネーム形式よりは、マンガ家の自由度が高い。

 フランク・ミラーのこのシナリオは、ひとつひとつのコマ=パネルの絵を、文章で説明する形で書かれています。いい呼び名がないのですが、パネル説明形式と名づけましょう。

 (a)梶原一騎の小説形式、(b)小池一夫の映画シナリオ形式、そして(c)フランク・ミラーのパネル説明形式、さらに最近日本ではやっている(d)ネーム形式。いろんなマンガ原作のパターンがありえます。

 マンガ家の自由度は、(a)が最も大きく、(d)が最も小さい。原作+絵が1+1=2じゃなくて1+1=3を狙うのならば、自由度の大きい方が、何かが生まれる可能性が高い。逆にマンガを管理する編集者の立場なら、(d)に近づくほど、最終の仕上がりが予測できていいのかもしれません。

 原作者の能力によっても異なってきます。小説家が原作者なら、当然(a)になるでしょうし、映画脚本家なら(b)でしょう。原作者に絵心があって、マンガ原稿の完成形がイメージできるなら、(c)か(d)になる。一方、(a)(b)(c)はいずれも、文章で人に何かを伝える技術が必要ですから、文章が苦手ならどうしようもありません。

 今回フランク・ミラーの原作を読んでみて、中庸となるこの形式は、マンガ原作として、バランスが取れててなかなかいいんじゃないかと思うんですがいかがなもんでしょ。ただし原作者は、絵も描けて、文章も書けるヒトじゃないといけませんが。

|

« アメコミのシナリオは(その1) | Main | マンガと戦記ブーム »

Comments

コメントありがとうございます。日本でもアメリカでも、マンガ原作には映画・演劇シナリオやアニメシナリオみたいに定型があるわけではなく、さまざまなものが存在してるのですね。それにしてもイヤーワンは、脳内で作ったビジュアルを一度言語に直したものを、別人が画像に再構成するというえらくメンドーな手法で、そうですか、やっぱり一般的じゃないのか。

Posted by: 漫棚通信 | June 12, 2005 03:35 PM

こないだ続編が出たTitan Booksのライターインタビュー集『Writors of Comics Script Writing』なんか見ると、向こうでも脚本のスタイル自体は(a)~(d)まですべてあるみたいですね。カート・ビュシークなんかはシナリオ形式だし、グラント・モリソンは意外に達者な絵でネームまで起こしている。グレッグ・ルッカはミステリ作家でもあるのでスクリプトも小説的です。ただ、『イヤーワン』の場合は向こうでもおそらくはレアケースで、ミラーとマッツケーリはその前に延々とマーヴルの『デアデビル』でいっしょに仕事してますから、ふたりのあいだで完全に決まった仕事のやり方が確立してたんでしょう。

Posted by: boxman | June 12, 2005 07:11 AM

漫画家との相性にもよりますね。
全般的には、力不足のため指示が荒いと描けない人の方が多い。
独自性が高い人でも、チームワークで効率よく進行する楽しさが大きければ嫌ではないと思われます。

山田ゴローが代筆していたキカイダーは
石森がラフを渡していたのか気になるところです。
夫婦ユニットのねこぢるは直接の作画以外は夫の山野一が作ってたわけで、
裏を明かしたから具合悪くなってしまいました。一切ヒミツにしとけばよかったのに。

Posted by: 砂野 | June 11, 2005 03:31 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference アメコミのシナリオは(その2):

« アメコミのシナリオは(その1) | Main | マンガと戦記ブーム »