谷口ジローの「学習漫画シートン動物記」
以前シートンについて書いたとき(「シートンいろいろ その1」「その2」)、コメント欄でsoorceさんに教えてもらった手を使いまして、やっと、図書館で谷口ジローの学習漫画を読むことができました。
1974年5月から毎月1冊ずつ、集英社から「学習漫画シートン動物記」全12巻が発売されました。一冊定価550円。このうち、谷口ジローが本名の「谷口治郎」名義で、4冊を描き下ろしています。
・第1巻 狼王ロボ Lobo, the King of Currumpaw:1974年5月
・第4巻 裏町の野良ネコ The Slum Cat:1974年8月
・第7巻 白いトナカイの伝説 The Legend of the White Reindeer:1974年11月
・第10巻 少年とオオヤマネコ The Boy and the Lynx:1975年2月
このとき谷口ジロー27歳、石川球太のアシスタントはすでにやめていた時期です。自分名義のマンガ単行本としては、おそらく最初のものではないでしょうか。
学習マンガのシリーズですから、ハードカバー、カラー口絵つき。4色カラーや2色ページも多く、豪華なつくりです。クレジットは、「監修:藤原英司、漫画:谷口治郎、動物ミニ百科:実吉達郎、装幀:鈴木安男、解説動物画:清水勝」とされています。谷口ジローのマンガ以外に、ところどころ「学習コーナー」と題した部分があって、舞台となる場所の地図や動物の解説が描かれていますが、ここは谷口ジローの絵ではありません。
まず「オオカミ王ロボ」から。書影はこれ。オオカミの絵はお見事ですが、人物の絵はいかにもマンガ調。カラー口絵が見開き2P。
内容は章立てで分かれており、これは他の作品でも同じです。「ロボ」は以下のように展開します。
・プロローグ:9P:荒野の遠景から始まります。昼間にウシを襲うロボのグループ。
・第1章 コランポーの王様:17P:翌日、倒されたウシを見つける牧童ふたり。後年の作品と同じで、年寄りと若者のコンビ。年寄りの方が若者にロボの解説を始めます。「おめえはこの土地にきたばかりでなにも知っちゃいねえんだ」「やつの悪魔のような恐しさを……」
後年の漫画アクション版ではこう。「フッ」「おまえはまだこの土地に来たばかりで何も知らねえのさ」「ロボの怖さをな………」「あいつはただのオオカミじゃない」「悪魔がのりうつってるのさ」 まるきり同じ。原作にはこのふたりは登場しません。後年の版が、この学習漫画版のリメイクであるのがよくわかります。
ふたりが焚き火をする夜のシーンはありませんが、(1)老若ふたりのカウボーイからお話が始まり、(2)ロボのことを悪魔と呼ぶのは、村野守美版より谷口ジローの学習漫画版が先行しているのがわかりました。
他の登場人物もこんなふうで、いかにも石川球太の描く人物です。
・第2章 賞金かせぎ:16P:テキサスのタナリーのエピソード。彼の顔はこれで、これも石川球太タッチ。
・第3章 ロボ対シートン:15P:シートンが登場して、毒のえさが失敗するまで。シートンは若い顔してます。
・第4章 かしこい狼と鉄のわな:21P:オオカミ用の罠を手に入れてから、その失敗。ロボのグループの足跡の謎の提出まで。
・第5章 白い狼ブランカ:24P:ブランカがロボの前を走ってるのを牧童が目撃→ブランカはロボの妻に違いないと推測。ブランカ用の罠を仕掛け、ブランカがかかり、死亡するまで。ブランカが罠にかかるシーンは原作にはありませんが、学習漫画版では後年の版と同じように、大きな見せ場です。
気になっていた、ブランカに罠をかける前のシートンの独白。これも村野守美版より谷口ジローが先行していました。「この計画が失敗することがあれば もう、わたしはおまえを追わないだろう」
後年の版でのセリフ。「これが失敗したなら」「もう……」「私はロボを追うことはないだろう」 おお、そっくりだ。ちなみに原作にこんな言葉は出てきません。
・第6章 狼王のさいご:28P:ロボが罠にかかり、捕まるまで。ロボが罠にかかるシーンも原作にはありませんが、学習漫画版ではこのように。擬音はガビーンですが、後年の漫画アクション版では、ガピーンとなり、年月がたっても、擬音は似てるものですね。
・エピローグ:7P:ロボの死。
学習漫画版ロボでは、動物は、けっこう擬人化されています。まず、しゃべる。ディズニーというより、師匠の石川球太の影響じゃないかしら。さすがにフキダシは使用していませんが、ロボは「ブランカーッ」と叫びながら走ってますし、ウシもこんなふう。
そして、ロボは涙も流します。シートンの夢に出てくるロボは、さらに擬人化されこんな感じに。
「狼王ロボ」は、動物と風景はダントツにうまい絵ですが、人物が弱い。谷口ジローらしさはちらっと見えるだけです。この時期の谷口ジローの青年マンガを読んだことはないのですが、この人物で青年マンガを描いていたとは考えづらい。
「学習漫画シートン動物記」終了後の谷口ジロー作品のうち、単行本に収録されて読むことのできる初期作品は、1976年以降のものです。1976年に谷口ジローが描いていた人物は、池上遼一の影響が濃く、顔に細かい斜線が多く入っていました。学習漫画時代の谷口ジローの人物は、まだまだ石川球太の影響下にあったのか、それとも、あえて子供向けに師匠のタッチを取り入れたのでしょうか。
「裏町の野良ネコ」はニューヨークのネコの話で、都会のお話。シートンはこんな作品も書いてたんですね。ネコという日常に見かける動物だけに、谷口ジローの描くネコのかわいいこと。ただし、この作品のネコも、けっこう擬人化されてて、メガネをかけて本を読んだりもします。この作品では人物は、こんなふう。
「白いトナカイの伝説」は、ノルウェーの伝説。悪の政治家をトナカイがやっつけるお話で、小鳥や小人が歌を歌います。
「少年とオオヤマネコ」は、今、谷口ジローがアクションで不定期連載してます。ロボに続き、これも自作のリメイクですから、それだけ思い入れが深いのでしょう。
この作品は白土三平も「フェニボンクの山猫」のタイトルでマンガ化しています。シートンの実体験がもとになっていて、いかにもシートンらしいお話。オオヤマネコが孤立した小屋の子供たちを襲うというもので、ホラーにもサスペンスにも描くことができます。そしてロボと同じく、この作品のヤマネコは人間の敵であり、かつ誇り高い野生の存在でもあります。
書影を見ていただくとわかりますが、「ロボ」と比較すると、人物は表現はマンガ調の人物から、谷口ジロータッチの人物に変化してきています。表紙以外の人物はこんなふう。
谷口ジローの場合、動物と風景の描写が初期よりずばぬけていました。そのわりに人物が弱かった。ただし数年後にはこの弱点は克服され、人物表現はむしろ他人より優れたものになりました。これは通常のマンガ家の進歩とは、逆のコースじゃないでしょうか。
そして現在、谷口ジローの描くマンガは、現代日本マンガの到達点と考えられるまでになっています。ここにいたって、過去の自作をリメイクするのですから、漫画アクション版シートンが、気合はいりまくりの渾身の作品となっているのも、納得であります。
追記:今回のエントリは、「『谷口ジロー』の街」を参考にさせていただきました。とことん調べられたお見事なファンサイトです。
また、なんとか画像なしの文章だけで書こうと試みたんですが、無理でした。だって、ほとんど誰も見たことがない時期の谷口ジローですし。というわけで、今回書影以外の画像の引用も多くなってます。あえて画像のサイズ・解像度を小さくしてありますが、著作権上、問題あると思われるかたはご連絡ください。
Comments
>Sugimotoさま。どうぞどうぞ紹介、よろしくお願いします。サイトでの緻密なbiogaphyの制作など、すごいですねー。
Posted by: 漫棚通信 | June 09, 2005 06:54 AM
はじめまして・・・・。
谷口先生ファンサイト、『「谷口ジロー」の街』のSugimoto.と、申します。
>とことん調べられたお見事な
>ファンサイトです。
ありがとうございます。
>谷口ジロー「学習漫画シートン動物記」
図書館で、調べられたのですか、
スゴイです・・・・・。
わたしのサイトでも、
このプログ(内容)紹介させていただいて、
よろしいでしょうか?
Posted by: Sugimoto | June 08, 2005 11:30 PM
みなさま、コメントありがとうございます。公立の図書館がマンガを視野に入れ始めたのはいつからか知りませんが、1974年というのはかなり早いんじゃないでしょうか。これも「学習漫画」だったからでしょう。今回読んだ本はえらいこと美品でして、いっぱいの子供の手に触れてきたようには見えず、死蔵されてた雰囲気です。読まれてこそマンガ。ちょっと残念です。
Posted by: 漫棚通信 | June 08, 2005 06:52 AM
彼の現在の絵だけを見ても、
大友克洋のように写実の基本を獲得してから漫画を描いたのではなく泥縄的に
実戦時に写真を見て描き続けたことがわかります。アシスタント期に動物の写真を見て描いてるはずで、人物については石川の模倣を良しとせず写真から起こすこともしなかったのでああなったのでしょう。思い通りに描けるように
なって自作をリメイクするのは最大の喜びと
想像できます。めでたしめでたし。
ちょっと事情は違うけど水木しげるが
飢餓状態から脱して鬼太郎や悪魔くんをリメイクしたときはやはり幸福だったでしょうね。
Posted by: 砂野 | June 08, 2005 01:42 AM
うーむ、自分で提案しといてなんですが本当にやってしまうところがすごい。
この頃から、後年の「神の犬」や「ブランカ」に通じる犬筋肉表現(とでも言うんでしょうか?)はこの頃から見えますね。
Posted by: soorce | June 07, 2005 09:25 PM
うわーこれはすごい。
なにがって、この学習漫画版を追いかけて
「手に入れて」しまうほどの
漫棚通信さんの探究心が…。
谷口はむしろ動物描写のほうがすぐれていたわけですか。
ひとに歴史あり。
Posted by: 紙屋研究所 | June 07, 2005 12:44 PM
ひえー石川球太のアシスタント出身とは
知りませんでした。
池上系が出発点だと思ってた。
そういえば事件屋家業なんかでも犬猫の存在感が大きいですよね。
Posted by: 砂野 | June 06, 2005 09:20 PM