アメコミのシナリオは(その1)
マンガ原作については以前よりしつこく書いておりますが、
・梶原一騎の原作作法(1)(2)(3)
・小池一夫のマンガ原作(1)(2)
梶原一騎の原作は小説形式でした。一方の雄、小池一夫はシナリオ形式です。最近の「ヒカルの碁」とか「デスノート」はネーム形式らしい。
フランク・ミラー/デビッド・マズッケリ「バットマン:イヤーワン」に収録されているアメコミ原作は、シナリオとネームの中間のような形です。原作の段階でミラーが絵を描くことはなく、すべては文章で表現されます。ただし、(1)1ページを何コマで構成するか、(2)そのコマでのキャプション、セリフ、効果音、(3)そのコマの絵の細かい指定まで、ミラーはすべて書き込んでいます。タイプされたあと、手書きでの修正も多い。
とくに人物をどの大きさに描くかの指定は、extreme close、close、medium close、medium、medium long、long などで表現されます。かなり細かい分類で、原作者→マンガ家間の取り決めが必要となるでしょう。また、全身像を描くように、full figure と指示が書かれたりもします。
この作品ではキャプションは二種類あり、それぞれ、バットマンの内面の独白と、ゴードン警部補のそれです。マンガ表現上はバットマンの独白は白い四角いフキダシ、ゴードン警部補の独白は黄色の四角となり、カラー印刷で読む限り、読者が混乱することはありません。シナリオ上では、バットマン=ブルース・ウェインがB、ゴードンがGと書かれています。
「バットマン:イヤーワン」の8ページめは以下のように書かれています(思いっきりの意訳で失礼。そこのアナタ、誤訳をあまり指摘しないように)。キャプション、セリフは日本語版のとおりです。
1)大きなコマ。大きな屋内駐車場の中。駐車場の壁はなく、ゴッサムのビル街が見渡せる。内部は暗い。車は数台しか置いていないが、すべて高級車。手前に黒く輝くポルシェ。ヘッドライトは点灯している。フロントガラスは影になり暗い。
タイトル(2ページめと同じように):3月11日
キャプション(B):エンジンは本当に静かだ。止める事を忘れそうなほどに
キャプション(B):全ては計画通りだ。駐車場係にサインを求められさえした。アリバイは完璧だ
キャプション(B):ブルース・ウェインがハリウッドのセックス・シンボルと同じホテルで目撃された。狙い通りに噂が広まるだろう
キャプション(B):これからの数時間の私の居場所に疑問を挟むものはいまい
これがひとつのコマを描くためのシナリオです。まずコマの大きさの指定があり、そのコマでの絵の構図が指示されます。その後にキャプションやセリフが書き込まれる。「タイトル」として日付が書いてあるのは、この作品では、ひとつの日にひとつのエピソード、これが繰り返される形式をとっているので、エピソードごとに日付が記入されているからです。
フランク・ミラーは日本の少女マンガみたいな華麗で複雑なコマわりをすることもあるのですが、この作品では、地味なオーソドックスなコマわりです。原作と絵が別人の場合、日本でもコマわりは保守的になるのが普通ですね。
この日は、バットマンになる前のブルース・ウェインが、変装して盛り場を歩くエピソードと、ゴードン警部補が暴漢に襲われるエピソードが同時に起こる長い一日です。
2)ブルースのclose。顔にダッシュボードからのライトが下方からあたっている。彼は灰色の顔料を頬に塗りつつある。表情は穏やか。
キャプション(B):これは偵察任務だ。準備を整え、本格的な戦闘に備えて、敵をつぶさに観察するのだ…
キャプション(B):正体を悟られない事が何よりも重要だ。私の両親が殺害された事は、誰もが知っている3)ブルースのclose。彼は気味の悪いニセの傷跡を、頬から首にはりつけようとしている。
キャプション(B):まずは服と肌の色を変え…
キャプション(B):注意を逸らすため、顔に目立つ特徴を加える4)ゴードンのmedium。ゴードンの駐車場。自分の安っぽいおんぼろセダンのドアを開け≪車にサビた修理の跡まではないよ≫、ゴードンが肩越しにふりかえっている。誰かの声が聞こえたのだ。≪デビッド、ブルースの駐車場とゴードンの駐車場はまったく違うんだ≫
キャプション(G):夜勤から外して欲しいと4回も要請した… 夜は私がついていなければ… バーバラとリトル・ジェームズに…
キャプション(G):そうとも、男の子が欲しい
キャプション(G):4回も要請したが、なしのつぶてだ。私は署内で浮いている…
声:出勤かい、警部補さんよ?5)立っているゴードンのmedium long。手前に大きく、バットを握った数本の腕。
声:今日は遅刻だな
[2]:いっそ、休んだらどうだ
このあと、ゴードン警部補が暴漢に襲われる展開になります。
5コマめのセリフの[2]っていうのは、アメコミでよくある、前のフキダシと後のフキダシをつなぐ、という指示みたい。
ところどころに、フランク・ミラーからデビッド・マズッケリにあてた連絡文が挿入されています。自分のイメージをできるだけ正確にマンガ家に伝えるためです。ただし、どうしても言葉足らずになることもあって、「ゴードンの駐車場」という言葉について、マズッケリが疑問点を鉛筆で書き込んでいます。
駐車場とは? ゴードンが住んでるのはアパートなのか、一戸建てなのか?
結局、車が多く並んでる駐車場に描かれましたから、アパートだったのね。
大きく変更されたのは5コマ目です。ミラーの指定では、奥にゴードン、手前に暴漢たちの腕、という絵のはずでしたが、ここにもマズッケリのメモが書き込まれています。
逆の方が良いか? ゴードンをcloseとして、暴漢を奥にシルエットで。
完成原稿はマズッケリが考えた構図で描かれました。このように、絵の構図に関しては、マンガ家が最終的な権限を持っているようです。
以下次回。
Comments
おお、ステランコ。前世紀にわたしがキャプテン・アメリカの模写をしてたとき、お手本にしてたのがWoo掲載のステランコでした。白黒でしたけど。
Posted by: 漫棚通信 | June 12, 2005 03:18 PM
コマ割りを含めたヴィジュアル演出なら、大きな影響力を持つジム・ステランコの作品もお薦めですよ
30~40年前の作品であっても近年の物よりも濃厚に日本のマンガに近い、似た指向で描かれていて面白いです
週刊漫画アクション掲載といわれても違和感は無いです
またロマンス系の作品などは、あすなひろしを思い起こさせるモダンさ華麗さで
それがフルカラーな物だからある意味でウットリですよ (笑
Posted by: たにぞこ | June 11, 2005 03:32 PM
えーと、他に詳しい方がいっぱいいらっしゃるのにわたしの知識量でコメントするのはアレですが、少しだけ。戦後だけでもマンガの歴史は外部的要因に左右され、アメリカのコミックブックはきびしい子供向けコミックコードの下で20ページほどの月刊誌。フランスのBDも、大判のハードカバーではありますが、南北アメリカ縦断レースを40ページで終了させてしまうほど。日本の安価な週刊雑誌が白黒、数百ページ、数千ページのお話を展開するのとは違ったスタイルが発展するのも当然で、ひとコマに多量のセリフ、キャプション、さらにアクションを詰め込んでますから、日本マンガに慣れた目からは違和感を感じてしまうのはしょうがないと思います。とくにコマわりに関しては、優劣というより、違うものナノダという寛容のお気持ちでひとつ。ストーリーは1986年以降のビッグタイトルならどれも楽しめます。日本語版が出てて今すぐ買えるものなら、アストロシティなどはいかがでしょうか。
Posted by: 漫棚通信 | June 11, 2005 11:34 AM
アメコミのシナリオも結構たいへんなんですね。
昨日もコメントしたんですが、月間スーパーマンが発行されていた頃、雑誌経由でアメコミを購入したり、日本語版(光文社だったか)のスーパーマン、キャプテンアメリカ、スパイダーマンもあったと思いますが、本編の話はビックリするほど面白くない。翻訳にも多少問題はあったと思いますが、コマ割など極端にいうと昔ののらくろのような古さを感じました。(石森先生の斬新なコマ割など日本は進んでましたから)
輸入された話が駄目だったのでしょうか。漫画のレベルも極端だった記憶があります。
マーベルのスピーディ、DCのバットマン、スーパーマンはエースの漫画家を投入してたと思います。本国では、ファンタスティックフォーが人気だったとか。
でも、やっぱりお話はお世辞にも・・・だったと思う。(批評するほど読んでませんからおすすめがあれば教えて下さい。)
Posted by: ラッキーゲラン | June 10, 2005 06:07 PM