小池一夫のマンガ原作(その1)
以前のエントリで、梶原一騎のマンガ原作について書いたことがありました。梶原一騎は生涯、小説形式で原作を書き続け、レイアウト・コマわりなどは、ほとんどマンガ家の自由にまかせていたようです。
では、もう一方の雄、小池一夫の原作作法はどんなものなのでしょうか。
小池書院から小池一夫のマンガ教科書というべき本が出版されています。「小池一夫の漫画学 スーパーキャラクターを創ろう」というシリーズで、「キャラクターはこう創る!」「キャラクターはこう動かす!」「キャラクターはこう活かす!」の3冊。カバーを取った表紙や奥付には「小池一夫の漫画学」とありますが、カバーには「小池一夫のキャラクター原論」となってまして、もし書店で探されるときはご注意を。
自身のこれまでの原稿はきちんと製本されており、ここで、小池一夫のマンガ原作原稿がどのように書かれるかが解説されています。
小池一夫原作は、まったくのシナリオ形式です。特殊な原稿用紙を使っており、通常の20×20の原稿用紙を、上段3文字分、中段3文字分、下段14文字分の上中下3段に分割。下段はト書きとセリフ。中段はセリフを言うキャラクター名を書き入れるところで、ここまでは普通のシナリオと同じです。
面白いのが最上段で、ここに、さらに細かい補足説明や、マンガ家への連絡事項が書かれます。たとえば、下段に「決意みなぎる吉継のアップ」とあって、さらに上段には朱色で「目元のアップ──」と細かく指示がはいります。
このように、画面構成まで子細に指示するのが小池流。
「首斬り朝」斬の一「鬼庖丁哭くとき」より
・《下段》
山田浅右衛門の屋敷──夜
雪が降っている。
「山田」と表札が出ている。
その画面に江戸市街切絵図を入れてください(資料の通り)
「入れてください」の横に朱色で《O・L》と書き込みがあります。オーバーラップの意味でしょう。そして江戸市街図のコピーが張り付けてあります。さらにそこに朱色で一区画に矢印をいれ、「ここを際立たせて下さい。」 上段には屋敷のイメージについての説明。
・《上段》
拝領屋敷ではありません
ごく普通の屋敷
徳川の臣ではなく浪人ですので、専属しているだけ──
小池一夫は、自分の持つ完成原稿のイメージを、いかにマンガ家に伝えるかに腐心しているようです。
「子連れ狼」其之三十八「牙の夜」前編より
・冠省
本編は殺人を目撃した大五郎が
追われる話で ミステリイ仕立のもの
にしたいと思っております。
不気味なムードでお願い致します。
木場《朱色でキバとルビあり》を逃げまわります。
よろしくお願い申し上げます。
小島先生侍史 小池生
・トビラ
バック溶暗。
大五郎の大きな眼のクローズアップ。
まじまじと殺人現場を目撃した眼。
そして画面の下の方に 逃げて走る大五郎
を小さく……。何者かに追われ、ふりむ
き逃げる必死のかんじに。
タイトルとクレジットタイトル──
《↓朱色で大きく》
子連れ狼其之三十八
牙の夜 前編
・《上段に朱色で》
木場は牙に通じます──
トビラページの一枚絵だけで、ここまで細かく指示するか、というくらいのものです。現在流通している版の「子連れ狼」では、連載時の前後編を合わせて掲載しているので、トビラページは1枚だけ。おそらくは後編のトビラですので、前編のトビラがどんなものだったのか、確認できないのは残念。
小池一夫の原作は、画面のレイアウトやクローズアップの支持は細かいのですが、マンガをマンガたらしめている、コマわりについてはマンガ家にまかせているようです。ここがネーム形式の原作と大きく違うところ。
「首斬り朝」斬の四「東照大権現」より
・初夏の江戸の街、昼下がり。
雑踏……、大画面。
傘をさして進んでいく朝右衛門。
シルエットになった傘の下のアップ
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行き交う人びとや店者たちが好奇の眼で朝を見る(老若男女いろいろと)
年増女「なんだえ、あのおさむらいは、雨降りでもないのに傘なンぞさしてさ」
連れの中年女「ほんとだよ、どっかおかしいんじゃあないのかえ」
立ち止まって朝を見つめる人びと…。たちまち人だかり…。
町人「なンで傘なんか、さしてるンでえ!?」
別の町人「さあな、ひと雨くるのかな」
空を見上げて…。
別の町人「まさかね」
完成原稿では、以下のようにコマわりされます。
(1) 江戸の通りの鳥瞰。1ページ全部を使った大ゴマ。朝右衛門を含めた多数の人物。
(2) 朝右衛門後姿。
(3) 傘を持つ朝右衛門を下からあおった絵。上半身は傘の影となり斜線がひかれており、表情はわからない。
(4) 朝右衛門後姿。彼を見つめるすれ違う人びとが同時に描かれる。
(5) 女性二人。「なんだえ…」「ほんとだよ…」の会話。
(6) 朝右衛門の傘と町人二人の鳥瞰。「なンで…」「さあな…」の会話。
(7) 縦長のコマ。上は空、町人の顔が下方にあり、下からあおった絵。「まさかね」
小島剛夕はここまでを2ページで構成しました。
以下次回。
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