マンガ古書の世界
わたしはいわゆるコレクターではありませんので、定価以上の本を買った回数は、それこそ片手で数えるぐらい。
「未読王購書日記」、「あなたは古本がやめられる」、それから喜国雅彦「本棚探偵」シリーズとかを読んで、古書蒐集は楽しそうでいいなあ、などと思ってはいけません。古書の世界には深くて暗い谷があり、一度その世界に足を踏み入れると、人間界に戻って来られなくなることもあるらしい。
というようなことは、紀田順一郎「古本屋探偵の事件簿」とか、横田順弥の諸作を読むとよくわかります。ああオソロシイ。
で、古書の世界を書いて、ミステリ小説として今回刊行されたのが、二階堂黎人「稀覯人の不思議」です(“稀覯人”と書いて“コレクター”と読ませます)。古書といっても、この本で扱われてるのが、マンガ古書。とくに手塚治虫の古い本。
マンガにおいて大量消費が始まったのは、以前にも書きましたが、1966年の新書版ブーム以降です。それより前の単行本は、発行部数は少ないわ、残存数はもっと少ないわ、造本がきれいなものもあり、プレミアがつくものがいっぱい。コレクターが求めるものも、このあたり。
二階堂黎人は、もと手塚治虫ファンクラブ会長でしたから、この周辺のことについては大変くわしい。ですからこの本にもウンチクがいろいろ出てきます。
たとえば、「ジャングル大帝」の雑誌連載はほとんどカラーだったけど、手塚治虫はどうやって描いていたか。原稿に直接色をのせるのじゃなくて、一度、白黒原稿を良質の紙に印刷してしまう(今ならコピーするところ)。それに着色する。この理由は、白黒で単行本を出すときのことを考えたから。いや、勉強になります。
ストーリーは、手塚治虫ファンクラブ会長が殺され、コレクションの手塚治虫のマンガ古書が盗まれる。特に重要な本は、学童社版「ジャングル大帝」3巻と、月風書店「白雪姫」です。
(以下、著者がトリックに関わるかもしれないとして、あとがきにしか書いていない内容に触れます。ご注意下さい)
ただし、衆知のこととは言いませんが、読者の多くが知っているように、このような本は存在しません(著者は慎重ですが、これを書いてもトリックをばらすことにはならないと思いますが)。でもありそうにも思えるところが楽しい。
殺人の動機は、もちろん古書をめぐるコレクターの心の闇ですが、このあたり、登場人物に比較的マトモな人が多くて。紀田順一郎の書く話とかのほうが、もっと怖い、底の抜けた人物が登場しますよー。
あと、1986年の設定なんで、てっきり生前の手塚治虫が動いてしゃべって、登場人物とからむと思ったんですが、残念ながら、登場しません。この時代設定は、単にシリーズ探偵の水乃サトルがこの時代中心に活躍してるのと、著者が当時の手塚治虫ファンクラブの内情をよく知ってるかららしい。
ミステリでは、歴史上の人物がどんどん探偵役になってることだし、手塚治虫が探偵役のミステリ、誰か書きませんかねえ。彼自身も「バンパイヤ」で、キャラクターとして探偵のマネゴトしてたから、きらいなほうじゃあるまい。
Comments
↑了解しました。
Posted by: 漫棚通信 | May 06, 2005 05:43 PM
トラックバックさせていただきました。
あやまって二回もしてしまってすみません。
お手数をおかけしますが、1つ削除のほど
お願いいたします。
Posted by: ユカリーヌ(月灯りの舞) | May 06, 2005 01:43 PM