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March 22, 2005

梶原一騎の原作作法(その2)

(前回からの続きです)

 さて、アクションシーンの中でも、梶原一騎が得意とした格闘シーンはどうでしょうか。

 連載21回。ボクシング部主将・火野との決闘。

 と、茫然自失の火野めがけて、
「たとえば、こんなぐあいに――よ!」
 ドバッ!! うしろげりの奇襲!
 もろに、みぞおち蹴りこまれ、
「ア……ウッ!」
 のけぞり、よろめく火野!
 クルリ! それへ向きなおりざま、火野に立ちなおるいとまもあたえず、
「あーらよっと!」
 ガシーッ!! まわしげりで肩口を強襲し、さらに、ふみこみざま――
 グワン!! ストレート・パンチ胸板へ!
 ズズン!! ついに火野は尻餅!
 野球部グラウンドのホーム・ベース付近で、うしろげりの火ぶたが切られ、のけぞりよろめく火野を追ってマウンドに近い土の盛り上りの地点で、ついにダウンにもちこんだ誠の速攻、猛攻!
「やっ、やったあ!!」
 タイガー・グループの歓声!
「ケンカは先手――これぞ極意!」
 声なく息のみ、瞳みはる愛……

 誠が火野に3発、キック、キック、パンチ。マンガも原作を正確になぞってます。面白いのは、アクションを書いたあとで、「野球部グラウンドの…」以下の文章が挿入されていますが、これは、場面説明です。つまり、話のイキオイで格闘を始めちゃったけど、場面は野球部のグラウンドのホームベースとマウンドのあたりだよ、とマンガ家に伝えているわけです。型にはまった説明文より、イキオイが大切!

「もういっちょ、おまけに〜!」
 と、尻餅ついた火野めがけ、なおも誠が、けりこまんとしたせつな――
 しかし――ガッ!!
 火野は左ヒジあげ強烈にブロック!
 アキレス腱あたりをカチあげられ、誠は一本足でキリキリまい!
「グフフフフッ……
 あまりの早乙女くんの自分をすてた迫力に、おれは一瞬、ぼうぜんと戦意をそがれとったが、また燃えてきたぞ!」
 ユラ〜……殺気で火野は立つと、
「こういうきたないやつが、ああも美しいものに愛される矛盾を、なんとしても、ぶちくだかずにはおかーん!」
 ほえざま、ようやく体勢ととのうた誠スレスレに、すでに風のごとく肉迫!
 グワッシーン!! 横なぐり、ものすごいの一語につきる鉄拳の炸裂!
 横面ぶちのめされた誠の顔面、ひしゃげたようにさえ見え、横ざまに宙とんでケシとびズーン!!
 マウンド上に土煙を高々とあげ、たたきつけられる!
 土煙の中から、もたげた四つんばいの誠の形相たるや……
 鼻と口からの大量出血で、すさまじいまでの血みどろ!
「ヒイ〜ッ!」
 だらしなく子分どもの悲鳴――
「あ……あっ、あれが本格的ボクシングのパンチ!」
「し、しかもグラブはめない素手の……」

 梶原一騎お得意の、格闘シーン最中での長広舌です。マンガ家が苦労する所じゃないかしら。ながやす巧は「ぼうぜんと戦意をそがれとったが…」のところでコマを変えて、次のコマで「また燃えてきたぞ!」と言わせました。そして「こういうきたないやつが…ぶちくだかずにはおかーん!」は、火野が誠につっこむ大ゴマの中で一気にしゃべらせてます。

 そして、パンチの表現として「ものすごいの一語につきる」。小説では、まず絶対に使わない表現でしょう。これはあくまで原作原稿。最終の仕上がりはマンガ家にまかされています。「ものすごい」を表現するのは、文章でなく、マンガなのです。

 さらに、いつものように、まわりの観客が解説してくれます。「本格的ボクシングのパンチ」「しかも素手」

 梶原一騎で多用されたこの観客による解説は、原作者→マンガ家→読者のワンクッションおく関係性の中で、原作者が直接読者に伝達したいという欲望のあらわれのようです。ほかの原作なしのマンガの中で観客が語る内容は、けっこう高度なものが多い。そこで解説してくんなきゃ絶対わからないよってなもの。これに対して、梶原一騎作品での観客の解説は、あたりまえのこと。いわずもがなのこと。絵にまかせていればいいのに。

 要は「ものすごい」パンチであると。原作では「ものすごい」と書き、「ひしゃげた」「血みどろ」と書きましたが、結局これはマンガ家に対する業務連絡みたいなものです。マンガ家はホントに「ものすごい」絵を描いてくれるだろうか。梶原一騎は不安です。だから、ダメオシのように観客に語らせている。観客のセリフなら、原作者から直接読者に届くから。

 火野は仁王立ちで咆哮!
「立ていっ、ウジムシ!!」
 それへ、やにわに――パーッ!!
 マウンドの土をば片掌につかんだ誠、目つぶし狙って、たたきつけるが――
 火野、すばやく太い両腕を顔のまえ、クロスさせて堅固にブロック!
 ダッ!! なおも誠の右足が横ざまに四つんばいから一閃、火野の股間へ!
 カアーン!! と、しかし、いかにも、まぬけた金属製の音!

 読んでて気持ちいいリズムですが、「マウンドの土をば片掌につかんだ誠」←「をば」ですよ「をば」。連載第1回でも「急傾斜のスロープをば」っていうフレーズがありましたが、体言止の多用といい、やっぱりこれは語りの芸。講談だなあ。

「ますますもってウジムシめ!」
 平然、きめつけて火野、
「目つぶしごときボクシングの堅固なブロックには通用せず、さらにきたないキンケリもまた、どうせこんなことだろうと予想して試合で反則パンチ防止用につかうファール・カップをつけてきたわい!」
「ウ……ウ……」
 血みどろの歯がみ、四つんばいの誠を、
「立てい!」
 ムンズ!! これまた血ぞめのシャツの胸倉つかみ、ひきずりおこす!
「や……やめてえ〜っ!!」
 愛は絶叫し、ころげるようにホーム・ベース位置からマウンドへとはしりつつ、
(た、たとえ火野さんに土下座してでも、やめてもらわなければ……
 こ……殺されてしまう!)
 思いつめる、その愛めがけ――
 バキーッ!! 胸倉つかまれ、またも横面をはりとばされた誠が血ヘドの尾をウズまかせつつ、ケシとんできた!
 ズズーン!! もろに愛と激突!
 もんどりうって転倒の愛!
 誠のほうは、さらに一直線にケシとんでいき、なんとホーム・ベース真上へとホーム・スチールのごとく――ズザーッ!!
 土煙あげ、あおむけ地すべりすて昏倒!
 あたり一面、まるで赤ペンキをぶちまいたごとき血、血、血、血の海!
 ワナワナ、ガタガタ……声もなくバック・ネットにはりついて、ふるえおののくタイガー・グループの面々!

 このように目つぶし、急所蹴り、ファール・カップ、愛との激突と多彩なアクションの連続も梶原一騎。「ギャラクティカ・マグナム!」の1発で終わるのとは対照的。

 そしてこのおびただしい血の量を見よ。連載第1回の誠、子供時代からいっぱいの血を出してましたが、今回も「血、血、血、血の海」です。梶原一騎は血が好きだなあ。

 形相すさまじく、ゆっくり、火野がマウンドをおりてくる!
 途中、うつぶせに横たわって動かぬ愛に目をやり、
「ゆ……ゆるせ!」
 つぶやいて通過……
 血の海のホーム・ベース上で、あおむけの誠が上体もたげる。
 血みどろ、うつろな目……
 それでも、うしろっとび、逃れんとするのを、ゆるさず火野――
「死ねっ、小悪党!」
 グワワーン!!まともに三日月キズの真上に左ストレート!
 あらたな鼻血が――シュバッ!
 鼻孔から二条の尾をひいて誠、バック・ネットに背中から激突!
 バウン……反動で、はねかえるのへ、さらに火野の非情の右ストレート・カウンター――バキッ!!
 こんどはアゴ尖端を強烈無比に突きぬかれ、のけぞりケシとんで、ふたたび誠はバック・ネットに激突――ガガン!!
 夕闇の空にそびえるネットが、てっぺん近くまで震動して――
 ズズズズ! こんどははねかえりもせず誠、ネットづたいに沈みゆく。
 血の海に尻餅、その白いシャツが、いまや鮮血まだらの赤シャツと化す!

 今回の「ものすごい」パンチは、バックネットという大道具を使用しています。パンチ→バックネットにぶつかりはねかえる→カウンターパンチ→もう一度バックネットにぶつかる→「夕闇の空にそびえるネット」が振動する。

 さらに、またまた血。

 マンガ家を介してしか読者と向きあえない原作者は、バックネットの振動と血でものすごいパンチを表現しようとしました。

 ただし、このシーンをながやす巧は、火野のカウンターパンチを1ページの大ゴマを使うことで、「ものすごい」パンチを直接表現してしまいました。ネットの振動はちょっと描かれただけ。そして、マンガじゃ誠のシャツはもともと色つきの設定なんで、モノクロページじゃベタ。血の色はわからないんですよねー。

 マンガ家はパンチそのものが描きたい。原作者は、そこを婉曲に表現してみたい。このシーン、マンガ家と原作者がそれぞれ主導権を取ろうとして争っているように見えるのはわたしだけ?

 以下次回。

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