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February 04, 2005

エッセイマンガと虚実のレベル

 nanari氏がブログで書かれた桜玉吉「御緩漫玉日記」評に反応して、伊藤剛氏が自身のブログでエッセイマンガの虚実のレベルについて言及されています。

 わたしはちょうど、水木しげるの複数描かれてる自伝マンガや、文章による自伝の読み比べをしてたので、この話題は刺激的でした。というか、ぼーっとなんにも考えてなかったもので、こういうふうに考えながら読まなきゃいかんなあと。自伝という形式でも、表現が変わっていくのは虚実のレベルの変化かな。

 とくに自分の周辺を題材にするエッセイマンガ(自伝マンガなどを含めて)は、会話でネタを伝えるのと同じように、いかに面白く語るかが芸でしょう。何度もしゃべっているうちに枝葉は削られ、魚の大きさが50cmから1mになっていくのはしょうがない。エントロピーが増大するように、実はどんどん虚に近づくものです。

 そこをぐぐっと抑えて、60cmにとどめる努力は、とくにマンガだからこそ必要。マンガはすでにその成り立ちからしてデフォルメと省略で形成されているのですから、文章や映像よりさらに虚構に近いジャンルといえます。ちょっと気をゆるすと、マンガは梶原一騎化しようとする傾向にあるようです。

 でも、虚構化された物語から作者の実態が透けて見えるのも、スリリングで面白い。とくに桜玉吉はこの虚実のバランスが崩れそうなところが、読者を不安にさせます。そして漫玉日記は、その不安定さが面白さにつながるという、奇妙で稀有なマンガであると考えます。


○以前にも書きましたが、自伝マンガ・私小説風マンガ・学習マンガなどを除くと、エッセイマンガはこのあたりが始まりでしょうか。寺島令子「今日は何曜日」が1986年。いしかわじゅん「フロムK」1987年。桜玉吉「しあわせのかたち」に作者が登場し始めたのが1988年ごろ。西原理恵子「まあじゃんほうろうき」1988年ごろ。青木光恵「青木通信」1990年。

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Comments

セツコ山田の「ゴルゴさんち」は84年ごろじゃなかったかな。

Posted by: とおる | February 04, 2005 at 11:37 PM

とりみき『愛のさかあがり』が85年連載開始ですね。いま手元に本がないんですが、その前に吾妻ひでおの『不条理日記』ってのもありましたが。

Posted by: boxman | February 05, 2005 at 05:05 AM

>とおるさま
おお、セツコ・山田。たしかに別冊ビッグコミックゴルゴ13での「ゴルゴさんち」などは寺島令子に先立つ主婦エッセイマンガでした。わたしの手許に残ってる1981年のでは「Sさん一家」ですが、記憶では1970年代後半から描かれていたはずです。
>箱男さま
あわてて「不条理日記」読み直してみましたが、あれはエッセイマンガではぜったいなーいと確認しました。「愛のさかあがり」は学習マンガやレポートマンガの変形ではないかと思っておったのですが、今引っ張り出してみると、明らかにエッセイと思われる回もあり、ありゃりゃ、とり・みきの先進性にあらためて感心。

Posted by: 漫棚通信 | February 05, 2005 at 09:09 PM

「ゴルゴさんち」は70年代からでしたか。大学時代に単行本を読んだもので、そのころの作品と誤認しておりました。失礼しました。
セツコ・山田はコミケでお見かけしたことがあります。失礼ながらお若いとはいえないのに楽しそうにされていて、きっと本当にマンガを描くのがお好きなんだろうなという印象を持ちました。

Posted by: とおる | February 05, 2005 at 11:11 PM

> あれはエッセイマンガではぜったいなーいと確認しました。
(笑)
そうかもしれませんが、当時の読者としての感覚でいうと、吾妻・いしかわの作品内コミュニケーション(クロスオーバー(w)があって、以後のとりみきとか『フロムK』辺りの業界日記マンガが成立した印象なんですよ。
この辺SFファンダムの要素も大きいですが、そういう意味では(オレはよくわかんないんですが)『コンプティーク』とか『ログイン』、『ファミ通』辺りでのゲーム系雑誌文化との関わりも大きいんじゃないでしょうか。地味ぃに模型誌周辺も関係あったりするので(横山宏とか)。
ああ、あと80年代半ばの『朝日ジャーナル』で水玉螢之丞がデビューしてたりもしますが、これは夏目房之介の系譜になるのかな? 『宝島』とか『ビックリハウス』とかもあるし、考え出すとけっこう面倒ですね、この話。

Posted by: boxman | February 06, 2005 at 03:12 AM

初めて書き込みさせていただきます。とり・みきは、『愛のさかあがり』文庫版の解説で、「ただ、その後一般的になった『作者本人が主人公として動き回るエッセイ・コミック(この呼び方が適当かどうかはともかく)』の先駆的作品ではあったな、という足の指の間の垢程度の微かな自負は持っている」(『愛のさかあがり(下)』、ちくま文庫、275頁)と書いています。さすがというべき、批評的な視線です。
吾妻ひでおの『不条理日記』は、たしかに「エッセー的」ではないですが、しかしエッセーマンガが制度として成立する以前に、その可能性を極限まで生き切ってしまったという感じもあります。現実を虚構によって表してしまったというか。ルポマンガの形式をとっているSF大会篇(及び、SF大会を主題とした、いくつかの作品)、あるいは、幻想的な私小説ともいえる「夜の魚」シリーズなどから、何か考えていける予感もしています。いずれにせよ『不条理日記』は、「不条理マンガ」の元祖というだけに止まらず、「日記マンガ」の系譜においても重要な位置を占めるべき作品であるように思われます。

Posted by: nanari | February 07, 2005 at 10:44 PM

>nanariさま。コメントありがとうございます。
実はエッセイマンガを考えるとき、どうしても浮かんできてしまうのが、手塚治虫、水木しげる、つげ義春でして、手塚は作者自身が読者に語りかけるかたちの場面を多く描き、水木しげるは1970年半ばより多くの自伝を描き、つげ義春の作品は「私小説」マンガといわれました。1980年代半ばからのいわゆるエッセイマンガのジャンルとしての確立には、これら先達の影響が多くあるように思います。とくに現在の桜玉吉はつげと水木の間で揺れているように感じられてしょうがない。つげ義春にならずに水木しげるになってくれよーと祈らずにはいられません。

Posted by: 漫棚通信 | February 08, 2005 at 09:08 PM

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