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February 28, 2005

マンガ表現の自由について→ちば先生、エライ

 2005年2月17日、松文館裁判に被告側証人としてちばてつやが出廷したことはすでに報じられています。

 「松文館裁判」サイトによる、こまかい証言内容はコチラ

 そして、ちばてつやのサイトでは、2月18日付けの「ぐずてつ日記」で、自身の言葉で語った意見表明。さらに12年前のマンガ作品「〜と、ボクは思います」を全ページ掲載しています。

 このマンガでちばは、自作の「蛍三七子」のキスシーンや、「あしたのジョー」の力石戦をサンプルに出して、規制への反対を表明。

・表現は常に描く側の良識に委され己れの仕事に対する誇りや自粛に計るべきであって
・だんじて法律などで規制すべきものではないっ

・すべての表現はすべてに自由であるべきだ!!

・誰からも規制されない自由の中で自由に表現されたものの中から
・読者が読者の好みによって自由に選択すべきなんだ

 旧世代に属すると考えられているちばてつやですが、この問題に関しては、全面規制反対派。裁判の証人として証言するというのは勇気のいることだと思いますが、りっぱ。

 気になるのは、毎日新聞の記事。この記事では、ちばは以前より

・セックスや暴力だけの作品は、いずれは飽きられ自然淘汰される。

と主張していたことになっていますが、松文館裁判のサイトによると裁判の証言では

・そういうものが嫌だということになれば、自然にそれは売れなくなるし、お母さんたちがこれはいらないと、お母さんに限らず読者がこんなものは日本にはいらないということになれば自然に消滅していくので、自然淘汰に任せて欲しいなと。いうふうに思います。

 これってニュアンスそうとう違わないか。ちばてつやはマンガの中のセックスや暴力を否定しているわけではないはずです。マンガ「蜜室」の評価にしても、毎日新聞では

・ほめられたものではない

とありますが、松文館裁判サイトによると、実際の裁判では被告側証人ということもあり、否定的には語っていません。

・人間のドラマを描こうとするとどうしてもそういう男女の愛やセックスやなんかも表現しなくてはならないということもかならずあると思います。

・なにもここまで細かく描くことないじゃないかと思うんですけども、ても、それは表現する漫画家の、絵描きさんの感性なので。

 毎日新聞記事と裁判サイトのどちらを信用するかってことになりますが、どうも毎日新聞アヤシイぞ。記者の主観で書いてないか。

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February 26, 2005

取材者はいつも不機嫌

 取材マンガ、レポートマンガといわれるジャンルがあります。マンガ家の周辺を描くエッセイマンガとはちょっと違って、編集者主導で、マンガ家と編集者がいろんなものを取材して、その取材行為そのものを含めてマンガにしたてる。

 いちばん長く連載されてるのは水口幸弘「カオスだもんね!」でしょうか。取材先も、駄菓子メーカーやらイベントやら風俗やらいろいろ。10年以上続いてますが、これもテーマを決めずに何でもありで取材してるから。

 最近なら小田原ドラゴン「小田原ドラゴンくえすと!」がこのタイプ。取材先がぐっとエロ系にかたよってますけど。

 マンガが面白くなるかどうかは、まず取材先の選択にかかっている。取材の成功がマンガの成功に直結します。逆に言えば、失敗取材をいかに面白く読ませるかがマンガ家の腕ともいえますが。

 ただし、女性が取材に参加すると、パターンが変化します。もっとも成功したのは西原理恵子・神足裕司「恨ミシュラン」か。有名レストランにこっそり行って、味やサービスに文句を言いまくるというもの。このジャンルの代表例になりました。

 「恨ミシュラン」で西原理恵子が開発した作風は、取材先に最初から敵意を持って乗り込み、 マンガの中で「まぐそ」「ゲロ」「ちょっと来い」と罵倒しまくるというものでした。ついには、取材内容を無視して関係ないことをマンガに描く境地にまで。

 文章の神足裕司がいたからこそできた方法でしたが、この作風なら、取材が成功か失敗かはあまり関係ない(ホントはそんなことないんでしょうが)。サイバラ世界では、まずいものを食べさせてむしろ取材者を不機嫌にしたほうが面白くなるかもしれないと考えられてきました。取材者はカラダをはったりナミダを見せて笑いをとる。

 というわけで、とくに女流マンガ家のサイバラ・フォロワーズは、みんな取材で不機嫌な目に会わされてきました。

 現代洋子はお見合いパーティ行かされたり(「ともだちなんにんなくすかな♪」)、ジャンケンで飲食代払わされたり(「おごってジャンケン隊」これはインタビューマンガでしたが)。浜口乃理子はゴキブリ食わされる(「のんポリズム」)。宇野亜由美はツライ海外旅行(「アジア行かされまくり」「リゾート行かされまくり」)。倉田真由美はSMパーティー参加(「突撃くらたま24時」)。基本は女の子いじめて喜んでます。

 で、菊池直恵「鉄子の旅」。これもこのパターンの末裔。

 取材者のマンガ家はやっぱり不機嫌です。その原因は、「鉄ちゃん」。同行者の横見浩彦は、JR・私鉄のすべての駅を制覇したと先日TVワイドショーでとりあげられてましたけど、筋金入りの鉄道マニア。

 彼が、著者をいじめるわけですが、ただしこれに悪意がない。というか、すばらしい鉄道の世界を教えてあげようとイッショケンメイ。ああ、これってわたしがかつて通ってきた道のような。いや、わたしは鉄ちゃんじゃなくて、マンガのヒトでしたけど。イタイなあ。

 鉄ちゃんに巻き込まれた一般人の著者は、たまーに感動的な光景を見たりするけど、基本的にずっと不機嫌のままです。それを読みながら一般人の読者もけらけら笑うわけですが、ちょっとだけ鉄道の旅をしたくなったりもします。きっと行かないんですけどね。

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February 24, 2005

ここはどこ、わたしはだれ

 各方面で絶賛のアラシなので、書こうかどうか迷ってたのですが、ええい、遠慮しててどうする、というわけで、ちょっとだけ。

 ひぐちアサ「おおきく振りかぶって」がブレイク中です。ライバルとの試合より、チーム内の人間関係こそドラマだ、という新感覚のスポーツマンガ。新鮮で楽しく読めますが、不満もあります。

 1巻収録の第1回は、64ページ中、タイトル前の3ページを除いてまるまる61ページがひとつのシークエンスで構成されるという意欲的な回。

 実質的な始まり、4p1コマで学校、新学期の運動部の新人勧誘がおこなわれてます。4p2コマで主人公・三橋がグラウンドを眺めている。ここがこの回の舞台。さて、ここはどこでしょう。学校隣接のグラウンドと考えるのが自然か。回りに木がはえてるし、河川敷とかじゃなさそう。7pや59pでラグビー用のゴールポストが見えてますから、野球専用グラウンドではない。15pで埼玉県であることが明らかに。20p4コマでやっと遠景が見えますが、そうとうな田舎みたいです。29p5コマで「…学校の外には畑が広がる」とありまして、ここが学校に隣接するグラウンドであることがはっきりしました。

 というわけで、どうもこれがひぐちアサの芸風らしい。説明描写をしない。スポーツマンガでまず絶対あるはずの、学校全景やグラウンド全景の鳥瞰がない。学校名が登場しない。学校名が出てくるのは、ユニフォームのロゴを別として、やっと練習試合が始まった150pになってからというのんびりさ。でもこれから読み始めるマンガの第1回を、舞台がどこなのかはっきりしないまま、いろいろ類推しながら読み進めるのは尻がむずむずするぞーと言いたい。

 次に野球部員。主人公・ピッチャー三橋は1pから登場、4p7コマに登場するのが3人。学生服・黒髪・鼻にソバカス(サード田島)。ユニフォーム・茶髪(セカンド栄口)。毛糸帽子・セーター(キャプテン・センター花井)。5p2コマに2人。セーター・黒髪・頬にソバカス(第1回では名前が出ませんが、ライト泉)と主人公その2のキャッチャー阿部。

 9p2コマでアミカーディガン・頬骨・黒髪(彼も名前が出ません、ベンチ西広)とジャンパー・茶髪(名前出ません、レフト水谷)。11p1コマになって黒の丸坊主(当然名前出ません、ショート巣山)。彼なんか初登場時、顔は斜線と口だけです。

 これで9人。あれっ、野球部員って10人じゃなかったっけ。実は、黒髪・丸鼻のファースト沖は、合宿中、監督に名前呼ばれて初めて登場してます。第1回のグラウンドシーンで集まった部員は9人だったはずなのに、キミ、いつからそこにいた。

 さらにレイアウトにナゾ。58p5コマに阿部と三橋が並んで、それに相対する他の部員たち。花井の右手に泉、後ろに田島。

 ところが、59p2コマになると花井の右手に泉、そのさらに右に田島。田島クンぐっと右前に出て行ってます。さらに59p3コマでは花井の後ろにいたはずの水谷と巣山が右へ移動。

 どうもこのテキトーさも、芸風か。

 とか言ってますが、最大の問題は、万人がわかってると思いますが、登場人物いっぱいだとねー、顔のねー、判別がねー、…

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February 23, 2005

マンガ家自作を語る

 続いて、青池保子「『エロイカより愛をこめて』の創りかた」。

 ここまで自作、しかもひとつの作品に関して語っている本は珍しいんじゃないでしょうか。登場人物のモデルやエピソードの裏話がいっぱい。

 著者のマンガの描き方は、理詰め理詰めで組み立てていくタイプ。しかもそれをきちんとヒトに文章で伝えることができる。ほら、実作者でも、作品について説明できる人と、そうでない人がいるでしょ。いや別に後者がいけないといってるわけじゃなくて、ぱっときて、だーっときて、だけの語りは読んでてつらいものですから。

 もうひとつ、この本には少女マンガの現状に対する著者の考え方が、文章の端々にあらわれてます。

・まだ漫画雑誌が少年少女の娯楽の主流をなしていた頃

という文章があり、現在はすでに違うのだ、という認識が厳然としてあります。

・出口のない不況が続く出版業界。ことに少女漫画雑誌の凋落は凄まじく、娯楽の多様化で少女たちが漫画離れをして、すでに久しい。縮小する一方の市場で、文法の異なる若い作家たちと競う空しさと、自身の老化現象の進行で、おばさんたちはひしひしと限界を感じている。

・原稿料は10年近く据え置きだし、ブックオフの悪影響で印税収入も減少気味

 著者は売れなかった時代が長くありました。1948年生まれ。1963年りぼんでデビュー。1964年少女フレンドで再デビュー。少女フレンド時代(10年間)の末期は干されていたらしい。
 
・私は『フレンド』で学園ラブコメや純愛ものを描いてきたが、どんなに努力しても読者の強い支持は得られなかった。結局、私の芸風がフレンド文化には合わなかったようだ。私の後からデビューした作家たちが頭角を現してどんどん追い抜いていき、読者アンケートの成績の悪い私は、いつの間にか戦力外になっていった。

・専属作家は他社には描けず生殺し状態。編集部内でも暗黙の総意があるらしく、それなりの対応をしてくれる。ネームを作って行っても、こういう話は某さんの方が巧いからね、こっちの話は某某さんの方が巧いよ、でボツ。ねちっこい重箱攻めでボツ。エレベーターの中でシカトする人もいる。

 その後フリーとなり、1976年プリンセスに描いた「イブの息子たち」がヒット。泣ける話やねえ。

 24年組周辺のヒトビトも、次第に作品数が減ってます。いつまでもお元気で描き続けてください。

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February 22, 2005

マンガ家マンガを語る

 マンガ家がマンガを語る本が好きで、できるだけ読むようにしています。読者が語るのとは異なり、なんたって実作者ですから、こちらの思いもよらない読み方もありますし、自伝の要素もはいってきますから、時代の証言にもなります。

 最近の1冊は塀内夏子「雲の上のドラゴン」。正直に言いますが、わたし、塀内夏子の良い読者ではありません。単行本は持ってませんし、少年マガジン読むときも、流し読みか、トバしてました、ごめんなさい。気がつけばもう20年選手じゃないですか。そりゃマンガに対して一家言持ってるはずだわ。

 タイトルの「雲の上のドラゴン」てのは、

・マガジンは少年漫画の ドラゴン・・だからだ

 というわけで、少年マガジンのことです。マンガ家のタマゴたちに、少年マンガ界の頂点に輝くドラゴン=少年マガジンにトライせよ、駆け上れ、という熱いお言葉です。が、そのわりに、

・当時 私にとってドラゴンはジャンプだった
・アタイもさすがにジャンプに投稿するのはビビってできなかったね

 だそうで、ちょっと腰くだけですが。

 内容は、エッセイマンガの形で描かれています。自身のマンガの描き方、投稿作品の添削、スポ根マンガの描き方、自伝、子供時代の回想、森川ジョージ・小林まこと・島本和彦のインタビュー、などなど。

 もっとも興味深かったのは、著者のスポ根マンガに対する思い。著者にとってのスポ根マンガの原体験は、(1)梶原一騎・辻なおき「タイガーマスク」、(2)神保史郎・望月あきら「サインはV!」。以後スポ根マンガは、マガジン=泥クサ系、ジャンプ=元気系、サンデー=オシャレ系にわかれたと。(チャンピオン=ドカベン=水島新司はスポ根じゃないってことかしら。たしかにそうかもしれない)

・スポ根は「まんが」という紙のメディアこそが一番にその魅力を発揮するとおもうんだよね
・あのハリウッド映画でさえスポーツものではたいしたものがなーい!
・日本のスポ根漫画は世界一だー

 異論もあるかもしれませんが、スポ根マンガ家としてこの自負はたいしたものです。仮想敵はハリウッドだっ。 

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February 20, 2005

のびてちぢんで

 青池保子「エロイカより愛をこめて」31巻と、「『エロイカより愛をこめて』の創りかた」が同時に発売されてます。

 後者は、先日NHKBSで放送された「THE少女マンガ!」の青池保子インタビューの部分をふくらませたようなつくりで、著者の自伝に加えて、エロイカ中心に自作を語る楽しい本。大島弓子、おおやちき、樹村みのりらとの合作マンガもオマケで掲載。

 で、エロイカ31巻の表紙なんですが、あー、エロイカもここまで来たか。って何のことかというと、顔の長さ。のびたなー。どこまでいくねん。

 青池保子自身も「THE少女マンガ!」や「『エロイカより愛をこめて』の創りかた」で語ってますが、

・絵はその時その時の完成で描くものだ。昨日描いた絵が今日は気に入らなくて描き直す場合もある。絵はなまものだ。10年前の絵を冷凍保存して今チンしても、「なんじゃこりゃ!?」になるだけだと思う。

 著者にとって、この長さの顔が、今、気持ちよく描けるのだ、と。いや、それにしてものびたのびた。

 長期連載で絵が変わるのは必然なんでしょう。野間美由紀「パズルゲーム☆はいすくーる」もけっこうな長期連載ですが、これも顔、のびましたねー。作家にとって顔がのびたほうが描きやすいのか?

 古くは「あしたのジョー」だって、どんどんのびましたからね。髪の毛のびる、鼻高くなる、背はのびる。でも、これは少年から青年への成長であるといえなくもない。ところが、ちばてつやの次作「おれは鉄平」では逆に、背がどんどんちぢんでいきました。ちばてつやがいつのまにか身につけてしまった「あしたのジョー」タッチを、脱ぎ捨てるリハビリを見ているようで、これはこれで気持ちよかった。

 ちぢむ主人公といえば魔夜峰央「パタリロ」。どんどんちぢむだけじゃなくて、太る太る。服装は同じですがベルトの長さはおそらく3倍。最初はぱっちりした目がデフォルトで、ときどき線目になってたのが、いつのまにやら変形「の」の字がデフォルトの目として描かれるようになりました。

 長期連載なのに、主人公の顔がほとんど変わらないという作品があります。そう、美内すずえ「ガラスの仮面」。1巻と42巻で、ペンタッチの変化はあれど、マヤの顔はほとんど同じ(ちなみにいうと、構成や演出も同じ)。スゴイというか何というか。

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February 17, 2005

アラン・ムーアの怪人連盟

 (1)自分の書くオリジナル・フィクションの世界で(2)他人の作ったフィクションの中の人物と(3)実在の人物が(4)一同に会して活躍する。

 この発想で書かれた小説は、過去にいっぱいあるようで、とくにシャーロック・ホームズを登場させたパロディ、パスティーシュでは、ホームズとフロイトや切り裂きジャックが競演したりしてます。同時代作家のくせにルパンの世界にホームズ登場させたルブランみたいな人もいますし、こういうのみんな好きね。

 このタイプの最近の代表作といえばキム・ニューマンの「ドラキュラ紀元」シリーズ。現在まで日本では3作が訳されています。

 ドラキュラがビクトリア女王と結婚し、英国を支配している世界。人間の多くは吸血鬼となっています。世紀末ロンドンで吸血鬼の娼婦の連続殺人が発生、秘密機関ディオゲネス・クラブのマイクロフト・ホームズ(シャーロックの兄です)の命を受け、この「切り裂きジャック」事件を捜査する秘密諜報員ボウルガードの冒険。

 面白そうでしょ。古い作品なら著作権切れてるし、どんな登場人物でも出し放題。だもんで1作目に名前の出てくる人物はなんと300人。第3作「ドラキュラ崩御」の出来はもうひとつですが、「ドラキュラ紀元」「ドラキュラ戦記」は傑作です。

 で、おそらくはこの小説にインスパイアされたマンガが、アラン・ムーア/ケビン・オニールの「The League of Extraordinary Gentlemen」(邦題「リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン」ジャイブ発行)です。

 時代は19世紀末、フィクションの中の怪人たちが集まってヒーローグループをつくるお話。ミナ・マリー(ブラム・ストーカー「ドラキュラ」に登場するミナ・ハーカー。離婚してます)、アラン・クォーターメイン(ハガード「ソロモン王の洞窟」「二人の女王」)、海底二万マイルのネモ艦長、ジキル博士とハイド氏、透明人間の5人組。彼らの上司がイギリス諜報部のキャンピオン・ボンド。あの007号氏のご先祖です。

 ヒーローとはいいながら、とんでもない連中で、クォーターメインはアヘン中毒、ハイド氏は娼婦連続殺人犯でジキル博士は神経症、透明人間は強姦魔、どうすんだこれ。

 「ドラキュラ紀元」と時代も同じ、登場人物もダブってますが、「リーグ・オブ〜」では登場人物はすべてフィクションの中の人物。実在の人物は登場しません。もうひとつ、この世界ではヴェルヌやウェルズふうに科学が発達している。スチーム・ボーイですな。

 ドーバー海峡横断橋は建設中ですが、女神やライオンの大きな彫刻付き、現代の橋の機能美とは対照的。ネモ艦長のノーチラス号はイカ型。パリやロンドンの空には多数の飛行船が浮かび、煙突からは煙がいっぱい。反重力物質を使った飛行戦艦と凧に乗った中国人ギャングの空中戦。

 19世紀調の未来機械のイメージが楽しい。元ネタ探し(巻末に解説あり)が楽しい。ステキなマンガです。

 映画版はショーン・コネリー主演で日本語タイトル「リーグ・オブ・レジェンド」、怪人連盟のメンバーにドリアン・グレイとトム・ソーヤーが加わって計7人になってますが、マンガのほうがずっとデキがよろしい。

 ジャイブから続編の日本語版発行も予告されたはずですが、ホントに出るのか。原書買ったほうがいいかしら。でも、ムーアの英語むずかしいからなあ。「フロム・ヘル」もまだ読めてないし。


 ↑とか書いてたら、コメント欄で続編もう出版されてんぞと教えていただきました。ズレてましたごめんなさい。

 あと、フロム・ヘルが訳されるならこんなにありがたくて楽なことはないんですが、映画版公開のときの日本語版出版チャンスをのがしちゃったからなあ。あんまり期待せずに地味に英語版読む努力してたほうがいいですかね。

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February 15, 2005

ダーティ・松本「エロ魂!」2巻はCD-R版

 ダーティ・松本のサイトによりますと、

・誠に残念なことにオークラ出版・『COMIC 夢雅』にて連載されていた「エロ魂!」第2巻・疾走編が諸々の事情により刊行出来なくなりました。

 ありゃりゃ。「諸々の事情」ってやっぱり売れ行きとかでしょうか。注目作品だし、ダーティ・松本の固定ファン以外にもセールスバリューがあるように思うんですが、雑誌連載の方も連載34回で中断となってしまいました。

 「エロ魂!」は、ダーティ・松本の1970年デビュー前後からの自伝。同時にエロマンガ史を描こうという試みです。誰も描かなきゃ俺が描く、俺以外に描けるやつはいない、という心意気ですねー。

 第1巻・黎明編は連載13回まで収録。1976年までのお話でした。オークラ出版から2003年に発行。第2巻・疾走編以降が刊行されないことになっちゃったんですが、そこはそれ、今はCD-Rという手がある。著者自身のサイトで通販してくれてます。で、買いました。

 2巻は連載14回から26回までの収録。オープニングから当時キャバレーの宣伝部にいた末井昭、海潮社の高取英、マンガ家だったころの貴志もとのり、以後ぞくぞくといろんな人物が登場。それぞれの人物のエピソードは断片的でしかありませんが、眺めてるだけでもけっこう楽しい。

 この巻のラストは連載3回分にわたって描かれた、1977年12月27日の海潮社の忘年会です。著者の嘔吐とマンガ家たちの狂乱の宴会が、幻想の中でバイクの暴走、車の破壊、女体の乱舞とエスカレートし、嵐と洪水の中、大都会が破壊されるという、エロマンガ史上、空前にして(おそらく)絶後のスペクタクル。ああ、書籍の形で読みたかった。

 著者は、今後掲載誌なしでも描き続けると宣言してますが、うーむ、モチベーションが保てるかしら。なんとかどこかの雑誌で連載できないものでしょうか。

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February 13, 2005

水木しげると手塚治虫

 戦後マンガの二大巨頭をあげるとするなら、手塚治虫に対抗するのは白土三平か、横山光輝か、はたまた水木しげるか。誰になるのでしょう。

 水木しげる1922年生まれ、手塚治虫1928年生まれ。1965年、手塚治虫がW3事件で少年マガジンから離れたのち、少年マガジンの方針転換により、貸本マンガから最初にひっぱられてきたのが水木しげるでした。すでに43歳、前年にガロが創刊され、貸本時代の極貧から一息ついたところ。水木しげるのメジャー進出そのものが手塚治虫との因縁があったことになります。

 同時代に手塚治虫という巨星が存在するわけですから、意識しないわけはない。水木しげるも手塚についてはフクザツな気持ちを書いています。

 水木しげるが紙芝居を描き始めた1951年ごろ、手塚のマンガを読んで「アメリカのディズニー漫画の日本支店だな」と感じたと。画家になる夢をまだ持っていた水木しげるにとっては、少年マンガはすべて幼く見えました。

・絵の清新さと筋の運び方のスピードには敬服した。すなわち、なかなか上手だった。(略)あの白土三平さんも、つげ義春さんも、初期の作品には手塚色がないこともない。(「水木さんの幸福論」2004年日本経済新聞社)

 誉めているのやらなにやら、奥歯になにかはさまったような言い方です。

 実際の手塚との出会いは、自伝などによると、1965年ごろだったらしい。水木が少年マガジンに登場する直前、長井勝一、白土三平、つげ義春らと一緒にマンガ大会のようなもの(「ねぼけ人生」では王子公民館、「水木しげる伝」では板橋)に参加したとき、手塚治虫や石森章太郎も参加していたと。

 その後水木しげるは人気マンガ家となり、手塚治虫からも当然ライバル視されたはず。いっぽう水木しげるも気になります。

・私が四十を過ぎてようやく売れ出したころ、手塚さんはすでに、押しも押されもせぬ漫画界の重鎮で、スーパースターだった。だから、そのころの手塚さんは売り出したばかりの中年漫画家のことなんかあまり意識していなかっただろう。だが、私は「ライバルだ」と思ってやってきた。若いときから漫画界に君臨してきた彼に対して、屈折した思いもあった。

・手塚さんがコンクリート舗装の大きな道を闊歩してきたとすれば、私は細く曲がりくねった悪路をつまづきながら歩いてきたようなものだ。(「水木さんの幸福論」)

 水木しげるが手塚治虫をモデルにして描いた「一番病」(1969年)という作品があります。

 主人公は江戸一番のカンオケ屋徳兵衛。寺社奉行から使いがきて、このたびカンオケ文化向上のためカンオケ賞を設定することになった。ついては徳兵衛に審査員になってほしいと。

「聞くところによりますと昌平コウあたりでもカンオケを研究する者がでてきたとか これはまあ当然のことだと思いますね」
「なんつったって俺が日本一のカンオケ職人よ」
「カンオケ界の王者だよっ」

 この業界にもライバルがいて、ひと月の生産量を競っています。

「いずれにしても怪物屋の四百五十個には挑戦しなければなりませんね」
「しかし先生のように 日本にはじめて丸いカンオケを作られ それを今日の産業にまで高められた先生が なにも若い者と一緒になって数に挑戦される必要もないでしょう」
「でもぼくはお上に納める税金も一番です」
「もちろんカンオケの数だって負けられるものですか」

 葬儀社主宰の瓦版用の座談会では、同業の「水又屋」と口論になります。

「そうですねえ カンオケは必要品ですから人類がある限りあるんであって 金魚の糞のようにいつも人間についてまわって………」
「水又屋 カンオケ芸術を糞にたとえるのはフキンシンじゃないか」
「糞もカンオケも同じですよ」
「なんだと! カンオケを軽蔑することは俺を軽蔑したことになるんだぞ」
「なんだと この誇大妄想狂!」
「俺はケンカだって一番なんだぞ コーン」(←殴った音です)

 一番病という狂気にとりつかれた人間は、仕事が苦しみじゃなくて楽しみなんだ、年をとってもはりきってる、と登場人物が語り、ちょっとだけ毒をうすめてはいますが、そうとうな作品です。「カンオケ」を「マンガ」に置き換えてお読みください。

 手塚の没後、2003年に第7回手塚治虫文化賞特別賞を水木しげるが受賞しました。

・(前略)複雑な思いもあって、内定の連絡を受けて躊躇したが、賞金の百万円も目の前にちらつき、受けることにした。妻も二人の娘も「えっ、もらうの?」と言った。(「水木さんの幸福論」)

 授賞式でのスピーチ。

・会合にいくと、手塚さんや石ノ森さんがいつも徹夜自慢をする。私は生まれつき眠りに対して弱いタチでしたが、これが今日の健康につながっています。半分寝ぼけたような一生でしたけど、これが良かったわけです。
http://ja.tezuka.co.jp/news/special/200307/shakai.html

 ここでも、自分は一番病じゃなかったので長生きしてると。

 水木しげると手塚治虫が並んだ写真があります。週刊少年マガジン1969年3月30日号の表紙。マガジンの創刊10周年記念超大号として、当時の人気作家が勢ぞろい。マガジン系じゃないひとも多く、ここにマガジンとは袂をわかっていた手塚治虫も参加しています。集合写真風ですが、合成かどうかはわかりません。

 水木しげる、手塚治虫、横山光輝、さいとう・たかを、ちばてつや、川崎のぼる、桑田次郎、つのだじろう、赤塚不二夫、藤子不二雄AとF、影丸譲也、矢代まさこ、永井豪、石森章太郎、ジョージ秋山、楳図かずお、森田拳次、一峰大二。

 最前列は手塚を中心に水木、横山という並びでした。

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February 10, 2005

最大の努力で最小の結果を:ルーブ・ゴールドバーグ

 アニメ「トムとジェリー」のうち、名作というわけではないのですが、すごく大好きな作品がありまして、「失敗は成功のもと Designs on Jerry」というもの。

 トムがムチャ複雑なしくみのネズミ捕り機械を発明する話。トムが黒板にチョークでコマゴマと設計図を描いたあと、夜中にチョークで描かれたネズミがこっそりと黒板を抜け出して活躍。ただし、わたしが好きなところはなんといっても、玉突きのキューを使ったり、水面をオモチャのヨットが走ったりする、大掛かりで複雑なネズミ捕り機のしくみであります。

 これをコンピューター・ゲームにしてしまったのが「The Incredible Machine」というパズルゲームです。画面上にいろんな部品をうまく配置して、全てのボールをカゴに入れる、というような目的を達成させる。部品には、シーソーやベルトコンベアはもちろん、猫、ネズミ、トースター、掃除機、ダイナマイト、ロケットまでいろいろ。

 で、こういうトンデモ機械のことを、「ルーブ・ゴールドバーグふう」とか「ルーブ・ゴールドバーグ・マシン」と言います。わたしが最初にこの言葉を読んだのは、アチラの人のエッセイだったと思いますが、アメリカ人なら注釈なしに理解できるコトバらしい。

 ルーブ・ゴールドバーグ Rube Goldberg(1883-1970)はアメリカのコミック・ストリップ草創期のビッグ・ネームのひとり。

 鉱山技術者をやめてサンフランシスコでマンガを描き始めたのが1904年。1907年にはニューヨークへ行き、「Foolish Questions」「Mike and Ike, They Look Alike」「I'm The Guy」「Lunatics I Have Met」などで人気を得たあと、描き始めたのが「Rube Goldberg Inventions」と呼ばれる一連のシリーズです。

 わたしの持っているルーブ・ゴールドバーグのポストカード型の小さな画集の表紙は、自動ナプキンという機械。スープをすするおっさんが、頭にアームが何本も突き出た、大きな仕掛けをかぶっています。

 おっさんがスープをすすると、ひもが引っ張られて大さじにはいってたクラッカーが空中に飛び出る。それをねらってオウムが飛び立つ。オウムの足もとはてこになってるので、そこに置かれた種が小さなバケツの中に。バケツが下にさがると、ひもが引っ張られてライターに火がつき、爆竹型小型ロケットの導火線に点火。ロケットが撃ち出される。一方、頭の上にある時計の振り子の部分にナプキンが装着されており、振り子は糸で固定されている。ロケットの下には大きな鎌がくっついているので、ロケットの発射と同時に糸が切れ、時計の振り子が動き出し、ナプキンが口を拭くというわけであります。

 「食事のあとでは、ナプキンをハーモニカに取り替えますと、お客様をおもてなしすることもできます」というオチがつきます。

 これがルーブ・ゴールドバーグ・マシンです。「最大の努力で最小の結果」を得るための機械。本来はムダな努力と発想の飛躍を楽しむナンセンスですが、転じて、ムダなシステムの風刺と読まれることが多いようです。ゴールドバーグのナンセンスは多くの後進のマンガ家に影響を与えました。

 ルーブ・ゴールドバーグ・マシン・コンテストというものもありまして、アメリカではなかなか盛況で楽しそうです。昨年、日本版を多摩大学でやってたみたい。

 ルーブ・ゴールドバーグの公式サイトはコチラ(英語です)。

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February 08, 2005

近況など

 いろいろ書きたいことはあるのですが、仕事が忙しくってアタマがまわりませんので、雑文にてだらだらと。

 昨日はジャイブから発行されたばかりのアメコミ「アストロシティ」を読んでまして、感想はムズカシイのでまたいずれ。とはいえ、大森望のオビ「超人たちの黄金時代はこれからだ。となりのスーパーヒーロー、現在進行形。オレもこの街に住みたい!!」ていうのは、マチガイじゃないにしても、どうかなあ。住みたいか?

 ライターのカート・ビュシークの序文の中にルーブ・ゴールドバーグの名が。以前に箱男さんが訳したときは訳注があったのに、この本では説明なくてフツーわかんないよなあ。ゴールドバーグの小さな画集持ってたはずなので、書庫を探してみたけど、どうしても出てこない。これなんとかしないと、何のための書庫やら。床に積み上げ始めるとそろそろ足の踏み場が。

 日野日出志の「地獄小僧」読み始めて、そうだ、日野日出志のデビュー作ってCOMだったよなあ、とこれは意外に早く見つかって、デビュー作のほうが絵がうまいじゃんなどと。

 講談社文庫の自伝マンガ「水木しげる伝」読みながら、各種自伝「ほんまにオレはアホやろか」「ねぼけ人生」「カランコロン漂流記」「水木サンの幸福論」などと読み比べ。つゆき・サブロー=杉本五郎の名が出てきたので、太田出版のつゆき・サブローの「寄生人」をぱらぱら読んで、もう一冊、「映画をあつめて これが伝説の杉本五郎だ」の中の、ウィンザー・マッケイの項を拾い読み。竹熊健太郎さんがブログでマッケイのこと書いてたし。

 杉本五郎の書いたウィンザー・マッケイについての文章は、初出書いてないのでわかりにくいけど、ブロンズ社から出てた「月刊アニメーション」1980年2月号と3月号に書かれたもの。でも文章が微妙に違ってるのはなぜだろう。

 マッケイの「リトル・ニモ」の6巻にまとまった英語版は、まだアマゾンが日本にないころにアメリカに注文して買ったものでした。でもくりかえし読んだのは、小野耕世訳のパルコ出版の日本語版のほう。残念なことにこの本、半分はモノクロなの。どうしても読みたい人は、日本語版の古書を探すより、原書買ったほうがいいですよ。

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February 06, 2005

シガテラとマンドラゴラ

 古谷実「シガテラ」第4巻が発売されてます。

 「シガテラ」は3巻でもカバー絵に人物がおらず、金魚。で、表紙をめくって最初のイラストが、頭をきっちり七三に分けた主人公とバックに金魚。こりゃなんの伏線かしらとナゾだったんですが、4巻発売された今になってもわかりません。

 4巻のカバーにも人物いないなー、花ばっかだなーと眺めてましたら、オビをとって、ありゃ、植物の根っこがニンゲン。これはマンドラゴラじゃないですか。ブ、ブキミなものを。

 ナス科の多年草。英名はマンドレーク。有毒だが薬用植物としても使用される。というわけで、シガテラとは毒つながりです。でも、一般には現実の植物としてより、幻想の植物として有名。ゲームのファイナルファンタジーには植物怪物として登場してるらしいですね。

 通常、根っこの部分が人間の形として描かれます。根っこがむっちりとして二股に分かれているのが人間を連想させるかららしい。旧約聖書の創世記や雅歌には「恋ナス」(媚薬ですな)として登場。その後、催眠剤、催淫剤として、あるいは呪物として魔術と結びつきました。

 魔法植物としてのマンドラゴラは、死刑囚が絞首台で漏らした精液から生じ、引き抜かれるときには恐ろしい叫び声を発して人間に魔力をかけ、とても危険。だから、マンドラゴラを採取するときには犬を使い、ヒトは耳をふさいでいたそうです。
 
 マンガの中のマンドラゴラといえば、鴨川つばめ「マカロニほうれん荘」。チャンピオンコミックス版3巻の「暁に種をまいた!!」の回で、トシちゃんとそうじが庭でヘンな植物を見つける。

「これいつの間にはえたんでしょう」「気持ち悪い植物だなー」「よし ひっこ抜いて捨てちゃおう!」「あれっ!? これなかなか抜けないぞっ」「よいしょ よいしょ」

 ぐっと引っ張ると、地中にあった根っこの部分がきんどーさん。

「キャーッ!!」

 きんどーさんの悲鳴でそうじとトシがふっとんで、そうじのツッコミ。「マンドラゴラですか!?」

 このあと、マンドラゴラの解説がないと意味がわからないというとんでもないギャグで、イキオイだけで突っ走ってました。

 さて、「シガテラ」のカバー・イラストは古谷実自身のものですが、わざと古そうに描いてあって雰囲気ありますね。古谷実のマンドラゴラ造形の元ネタになった絵は、このページで見られます。

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February 04, 2005

エッセイマンガと虚実のレベル

 nanari氏がブログで書かれた桜玉吉「御緩漫玉日記」評に反応して、伊藤剛氏が自身のブログでエッセイマンガの虚実のレベルについて言及されています。

 わたしはちょうど、水木しげるの複数描かれてる自伝マンガや、文章による自伝の読み比べをしてたので、この話題は刺激的でした。というか、ぼーっとなんにも考えてなかったもので、こういうふうに考えながら読まなきゃいかんなあと。自伝という形式でも、表現が変わっていくのは虚実のレベルの変化かな。

 とくに自分の周辺を題材にするエッセイマンガ(自伝マンガなどを含めて)は、会話でネタを伝えるのと同じように、いかに面白く語るかが芸でしょう。何度もしゃべっているうちに枝葉は削られ、魚の大きさが50cmから1mになっていくのはしょうがない。エントロピーが増大するように、実はどんどん虚に近づくものです。

 そこをぐぐっと抑えて、60cmにとどめる努力は、とくにマンガだからこそ必要。マンガはすでにその成り立ちからしてデフォルメと省略で形成されているのですから、文章や映像よりさらに虚構に近いジャンルといえます。ちょっと気をゆるすと、マンガは梶原一騎化しようとする傾向にあるようです。

 でも、虚構化された物語から作者の実態が透けて見えるのも、スリリングで面白い。とくに桜玉吉はこの虚実のバランスが崩れそうなところが、読者を不安にさせます。そして漫玉日記は、その不安定さが面白さにつながるという、奇妙で稀有なマンガであると考えます。


○以前にも書きましたが、自伝マンガ・私小説風マンガ・学習マンガなどを除くと、エッセイマンガはこのあたりが始まりでしょうか。寺島令子「今日は何曜日」が1986年。いしかわじゅん「フロムK」1987年。桜玉吉「しあわせのかたち」に作者が登場し始めたのが1988年ごろ。西原理恵子「まあじゃんほうろうき」1988年ごろ。青木光恵「青木通信」1990年。

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February 03, 2005

これでいいのかドラクエ8

 基本的にこのブログは、マンガの話「だけ」をするようにしてるんですが、これだけは言わせてくれ。これでいいのかっ、ドラクエ8っ。

 ゲームは1年に1作ぐらいしかしないんですが、ドラクエ8は発売当日に買ってほぼ100時間、やっと先日終わりました。グラフィックは格段に進歩したけど、今までになくナゾが少なく簡単でしたね。

 とまあ、これが不満なのじゃなくて、言いたいことはひとつ。

 なんでわしは馬と結婚せなならんの。

 ドラクエみたいなベストセラーのストーリー解説するのもアレですが、呪いで馬に変身したお姫様をつれて旅をする話。で、このお姫様が、なんもせんのよ。ただ、主人公に守られてそこにいるだけ。自分のことを「ミーティアはねえ…」と一人称を自分の名で呼ぶのはまあ許そう。しかし、ときどき夢の中にあらわれて会話するんですが、内容はなんと世間話だっ。もっと有用な話をせんかっ。

 いっぽう、今回はゼシカちゃんという巨乳のおねえさんが仲間におりまして、ビキニに着替えるわ、下着姿になるわ、乳をぶるんぶるんとゆらせながら、ともに戦ってくれる。ああた、これだけ長い時間ゼシカちゃんといるんだから情もうつるでしょ。

 ゼシカと結婚させろ。

 でも、それは許されません。なんせサブタイトルが「空と海と大地と呪われし姫君」ですから。呪いが解けた姫と結婚するのは、最初から決められていることなのです。

 でも姫とゼシカを比べれば、だれだってゼシカをとるぞー。なんにもせずに守られるだけのヒロインってどうなんだー。全国のゲーマー、声をあげろ。斎藤美奈子センセイ、なんとか言ってくれ。

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February 02, 2005

マンガ家・みうらじゅん

 みうらじゅんといえば活動が多彩で、マンガ家とは思われていないかもしれません。イラストも描くエッセイストとか。1958年生まれ、デビューは「ガロ」1980年10月号「ウシの日」です。このころのガロの実質的編集長は渡辺和博。

 マンガ家としての代表作は「アイデン&ティティ」でしょう。もしこれがなかったら、みうらじゅんのマンガはウシとカエル(と大島渚の似顔)だけになったかも。

 シリーズは現在までに3作。「アイデン&ティティ」(ガロ連載)1992年青林堂刊。「マリッジ」(月刊カドカワ連載)1996年角川書店刊。「アイデン&ティティ 32」(アックス連載)2004年青林工藝舎刊。前2作は「アイデン&ティティ 24歳/27歳」として角川文庫になってます。これからわかるように最新作の「アイデン&ティティ 32」とは32歳の意味。

 バンドブームにのっかって、みうらじゅんが「大島渚」を結成したのはシャレだと思ってました。30歳過ぎてたし。ところが「アイデン&ティティ」で主人公をかなり年下に設定して熱くロックを語らせるのを読んで、驚いたものです。

 今回読み直してみて、やはりその主張はイノセントで熱く、ストレートど真ん中。バンドブームが終焉をむかえる中、主人公は商業主義とロックの魂の間で悩みます。クライマックスは、TV放送中に放送禁止語を歌詞の中で連呼するシーンです。映画「アイデン&ティティ」はこの第1作の映画化。

 「マリッジ」はバンドの2回目のメジャーデビューの話。テーマはやはり反・商業主義。「アイデン&ティティ 32」は、商業主義に徹した友人・岩本がガンで死ぬ話。年令設定と現実の時間の流れがかなりズレてきてます。岩本のモデルと思われる池田貴族が亡くなった1999年という設定としても、ズレてますが、ロックを語るのは32歳までってことはないでしょ。

 テーマにぶれはなく、お話も起伏にとみ、ディランやジョンとヨーコが登場したりしてたいへん面白いのですが、わたしはどうしてものれませんでした。その理由は、このマンガ読んでる最中ずっと、これ、マンガじゃなくてもいいよなあ、と考え続けていたから。著者もそのつもりで描いてる気がしてしょうがない。映画とか、いやTVの連続ドラマこそ、このお話にふさわしいんじゃないかしら。音楽使えるし、人間関係こまかく描けて盛り上げられるし。

 みうらじゅんは何でもできるからマンガも描いてますが、その視点の面白さを表現するには、やはり文章や語りのほうが本領なのでしょう。

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February 01, 2005

続・ほっぺたのアレについて

 前回からの続きになります。コメントに刺激されての再考です。

 最近ハヤリの「ほっぺたのアレ」は、意味がはっきりしない表現ということもありまして、池本様とたにぞこ様から若さと萌えまで考察していただき、いや、そこまでは思いうかばなかった。

 みなもと様からは、ほっぺたのつるぺたは絵を描く人間としてそのままにしておけないっ、という描き手の気持ちを教えていただき、これも驚きの視点でした。

 あらためて考えてみますと、アレのおおもとはやはり、影か紅潮かじゃないか。

 影は、マンガがモノクロの線画だから斜線でかかれるのですが、本来クロッキーで描かれるように灰色の面で表現されるべきもの。たとえば、小島剛夕の描く顔では、男、女、子供も皆、ホオに斜線がはいることが多い。これはもともと立体の表現であり、もし、ペンや筆で描かれることがなく木炭で描かれていたならば、アレは線では描かれなかったはずで、面として表現されていたのじゃないでしょうか。

 そして、ホオの紅潮は。モノクロだからこそ、赤くなった顔は斜線で表現されますが、グラディエーションを使えるカラー環境下ならほっぺの紅潮はそれなりに表現できたでしょう。現代のCGでは、ホオの微妙な表現が可能になっています。

 モノクロの線画という特殊な環境下で発達した、「立体表現」と「顔の紅潮」が奇妙に合体してしまったのが現在の「ほっぺたのアレ」ではないでしょうか。作者側としてもこのふたつを分離することなく、以前からの表現とその理解にしたがって描いてませんか。線で描いちゃうと、影やら紅潮やらわかりませんし。

 現在のカラー環境、アニメやCGではじゅうぶんに影やホオの紅潮を表現できるはずなのに、それでも荒い線をひく。従前の表現方法とそれに慣れた読者の読解力を利用しているという意味で、やはり奇妙な表現と言わざるをえません。わたしの同居人は、あの表現は十年後には消える、と予言してますが、いかが。

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