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January 29, 2005

ほっぺたのアレはなんやねん

 わたしの同居人はわたしがマンガを買ったり読んだりするのを実は不満に思ってるらしいのですが(何といっても金とスペースは大きな問題)、そこはそれ、最近はまあしょうがないとあきらめているみたいではあります。不満だろうがなんだろうか、わたしは買うしね。ただーし、マンガにギモンがあるとき、怒りながらわたしにつっかかるのはやめていただきたい。

 本日のギモンは何かというと、あのほっぺたの線。

 きっかけは、TV番組表雑誌に載っていた、ゲーム「蒼穹のファフナー」の広告。ここにはカラーで3人の顔が描かれているんですが、全員のホオに荒い線が描いてある。カラーですから皮膚の色も塗られているわけですが、そこはフツーなの。ホオのあの線はなんやねんな。

「まあ、ホオを赤らめるという表現やろね」
「なら、なんで皮膚の色が赤くないんや。あれは下まつ毛か。それともヨゴレか。きゅっきゅと拭きたくなるぞ」

 バンダイのサイト見てみると、このほっぺたの線って、オトナ以外の登場人物の全員にあるのね。

 この表現は、特に少女マンガでよく見かけるようになりました。ほっぺたに描かれた短く荒くひかれた数本の線。最近の「なかよし」とか「ちゃお」とかを読むと、ほとんど全ページにある。ないほうが珍しいくらい、この線が描かれています。で、「わけのわからんもの」がキライな同居人はこれに怒るわけです。こんなモノにおこるなよー。

 物理的なものであると考えるなら、普通の生活で顔はそんなにヨゴレませんし、下まつ毛であるはずがない。ホオを赤らめる描写であることも、もちろんあるのですが、それなら全ページ赤らめっぱなしのはずもなく。化粧のホオベニじゃあないよなあ。紅潮しているのを、色じゃなくて線で表現したもの? それともコドモだからほっぺが赤いのか?

 この線の元祖は「おそ松くん」のチビ太でしょうか。チビ太のほっぺたには3本の線が描かれていました。でもチビ太の場合は明らかに物理的なヨゴレか、肌が荒れているという表現でしょ。

 現代日本マンガにおいてこの線は、多くの場合、物理的なものではなく、「上気している」精神状態の表現か。あるいはもっと微妙に「冷静じゃない」程度の表現かしら。「冷静じゃない」なら「普通の状態」ともいえるわけで、デフォルトで描かれていてもしょうがないか。

 漫符の中には、頭の上の「噴火」でおこっているのを表現するような非現実的なものもありますが、「アセる気持ちをあらわす汗」や「怒りをあらわすコメカミの浮き出た静脈」など、もともと物理的な存在だったものも多い。それがそのうち、単に精神状態をあらわす記号と化しました。

 ホオにひかれた数本の線も、これと同じように、すでに物理的な存在じゃなくなっているようです。漫符というほどのものでもなく、デザインであるともいいにくい微妙な表現ではあります。すでにあたりまえのように広く使用されていますが、うーむ、わかりにくいぞっと。

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January 27, 2005

パワーパフ meet エヴァ:「Qコちゃん」

 セカイ系の定義はムズカシイのですが、大森望によりますと、

・個人の問題(キミとボクの問題)が中間段階(家庭とか学校とか会社とか社会とか)をすっ飛ばして世界の問題と直結するような物語。おたく系SFマンガや一部エロゲーに特徴的だった自閉的な恋愛ドラマが「新世紀エヴァンゲリオン」以降に一般化したもの?

 ということになります。表面的な設定だけでいうと、(1)主人公が未成年であって、(2)世界ではなにやら戦争をしているらしい、というのでどうかしら。作品的には「エヴァンゲリオン」、高橋しん「最終兵器彼女」、田中ユタカ「愛人[AI-REN]」、西島大介「凹村戦争」、新海誠「ほしのこえ」など。

 ウエダハジメ「Qコちゃん THE地球侵略少女」もセカイ系。ただ他作品とちがうのは、絵柄がキュートでポップなカワイイ系であること。西島大介をもっとコマーシャルにした感じ。パワーパフガールズのタッチでエヴァンゲリオンを描くとこうなるのか。

 作品は説明的描写をまったく放棄しているので、難解。セリフのはしばしから、世界設定を類推せよ、という試験問題みたいなマンガです。読者によっては、オラオラわしに挑戦しとるんかいと、読解意欲がわくかも。

 設定は以下のとおり、といいながら、ほとんど想像。すべて「らしい」をつけてお読みください。

 舞台は近未来。世界は混乱の中にあり、日本は東日本帝国と西日本人民共和国に分断されて内乱中。外ではなぜかモンゴルと紛争中。ここに介入してきたのが宇宙人(巨大タコ型!)。彼らは地球人を浄化するために宇宙からつかわされた清掃局員です。

 これに対して、宇宙の福祉マシーングループ「百三十姉妹」が反旗をひるがえし、地球のコドモたちを救うためにやってくる。彼女たちは地球人からは「お人形さん」と呼ばれていますが、人間を乗せ、その人間の意思で操縦される女の子型巨大ロボット。タイトルのQコちゃんはそのひとり。人間の大きさに変身もできます(こ、これはテキトーな設定)。

 Qコちゃんをはじめとする複数の巨大ロボットが日本の小学生と出会い、お話が始まります。ところが、正邪の話ではありません。宇宙人のホントのねらいと地球人側の思惑が入り乱れる。ロボットを操縦するコドモたちは心を病んでおり、極悪で酷薄。ああ。

 魅力はまず、絵とQコちゃんの造形のかわいさです。単純な線で描かれたQコちゃんは、日本的にカワイイ。立体化されたものの写真も掲載されていますが、これ、売れるんじゃないか。

 ただし、線が単純すぎて、何が描いてあるのか、よくわからんこともあります。コマに複数の人間が登場すると、セリフは誰がしゃべっているのか不明。さらにそのセリフは理解を拒否するような断片的な内容。

 ついには未完のまま、2巻で終わってしまったようです。

 結果として失敗作になってしまいましたが、でもヘンにひとをひきつける。それはやーな人物造形だったり、謎のふりまきかただったり、カワイイ絵と深刻なストーリーのギャップだったり。トンガリすぎた惜しい作品でした。

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January 25, 2005

「刑務所の前」天下の奇書はこれだ

 奇書といってもいろんな本があるんでしょうが、今、描かれているマンガでこれというなら、花輪和一「刑務所の前」だ。前作「刑務所の中」も名作でしたが、「刑務所の前」はさらに突き抜けた作品。現在2巻まで刊行。

 著者は拳銃不法所持で懲役三年の判決を受け、その獄中生活のスケッチが「刑務所の中」でした。悔恨に泣くでもなく、虚勢を張るわけでもなく、日常の如く淡々と記録される刑務所生活。著者の刑務所内の風景や生活細部の記憶力がスゴイ。

 いっぽう「刑務所の前」は、これ何といっていいか、奇書です。内容は複数のストーリーが同時に展開します。

1)まず、タイトルどおり、刑務所の前。著者がサビた拳銃を手に入れ、いかにていねいにレストア(っていうのかな?)していったか。

2)そして中世の鉄砲鍛治とその娘の話。一応、この少女が主人公。母は少女を置いて出て行ってしまっています。父親は少女のひとことでがっくし落ち込むことを繰り返し、そのたびに少女は泣いてあやまります。「私だけ幸せですいませんでした」

 いや、別に父親が悪人というわけではないんですが。父娘といえども、人間関係はむずかしい。

 このパートでは種子島の造り方が細かく描写されます。コチラの世界でも銃。

3)そのご近所に住む、仲の悪い両親と娘の話。娘は仏法に救いを求めて修行しているのですが、俗物の両親とカルト宗教に走る娘の構図にも見えちゃいます。

4)そして、「刑務所の中」の話。

 この4つが入り乱れながら展開するのですが、その他に、著者の出会った怪異の話や、ガンマニアとしての思い出やウンチクなど。さらに2巻になってからは「花子」という名の少女(ときどき無精ヒゲがはえます)に変身した著者自身が、友人から「ヤバイ」「本チャン」の銃を譲ってもらったり、すでに死んだ母親に会いに行ってロケット弾(?)を発射したり。いったいどこまで行くんだ。

 銃を語る著者が楽しそうで楽しそうで。これが中世の家族の「業」の話とからみあい、さらには他の話が挿入され、なにやらモノスゴイことになっております。前衛マンガというのとはまったく違いますが、読者の10歩ぐらい先をゆく作品。ちゃんとついて行けますように。

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January 23, 2005

マクガフィンはなんでもいいとはいうけれど

・トリュフォー:(映画「海外特派員」の)<マクガフィン>という暗号は単にプロットのためのきっかけというか口実にすぎないのではありませんか。

・ヒッチコック:そう、たしかに<マクガフィン>はひとつの<手>だ。仕掛けだ。しかし、これにはおもしろい由来がある。きみも知ってのとおり、ラディヤード・キプリングという小説家はインドやアフガニスタンの国境で現地人と戦うイギリスの軍人の話ばかり書いていた。この種の冒険小説では、いつもきまってスパイが砦の地図を盗むことを<マクガフィン>と言ったんだよ。つまり、冒険小説や活劇の用語で、密書とか重要書類を盗みだすことを言うんだ。それ以上の意味はない。だから、ヘンに理屈っぽいやつが、<マクガフィン>の内容や真相を解明しようとしたところで、なにもありはしないんだよ。(ヒッチコック/トリュフォー 映画術)


 嶺岸信明/土屋ガロン(狩撫麻礼)「オールド・ボーイ」読みました。2004年カンヌでパルムドールに次ぐグランプリをとった韓国映画の原作。もっと話題になっていいと思うんですが、日本じゃ(少なくとも原作マンガには)わりと冷淡。

 実はわたしも映画のほうは見てないんで、マンガのことだけ。

 理由もわからず私設刑務所に10年も幽閉された男が突然解放される。彼は自分を閉じ込めた敵、大金持ちの「仮名・堂島」を追う。なぜ自分は幽閉されなければならなかったのか。

 主人公の動機は復讐です。いつもの狩撫麻礼作品の主人公と同様に、ストイックで反権力で反商業主義。あまりにストイックなもんで、手に入れた拳銃や堂島と連絡がとれるケータイまでも捨ててしまう。「《この社会》に順応した善人っぽい男」ではないヤツ。ああ、いつもと同じ狩撫麻礼だ。安心するというか、苦笑いするというか。タイトルのオールド・ボーイは古くさい人間という意味かしら。

 アイデアも豊富に用意されており、まず、主人公が自分を幽閉されていたビルを見つける方法がなかなか。体に埋め込まれた発信機や、後催眠なんてものも出てきます。

 単行本全8巻の前半は、主人公がいかにして堂島を見つけるかの人探し。ちょうど中間点で主人公と堂島が直接出会い、後半は、主人公と堂島の関係は何か、なぜ堂島が主人公に悪意を抱いたか、のホワイダニットです。

 とくに後半は、主人公と堂島が丁々発止のやりとりをしながら、主人公が自分の記憶を探る展開です。主人公と堂島の過去に何があったのか。「もっと凄まじい…」「ギリシャ悲劇に匹敵するような……………」

 これは期待するでしょ。当然この謎が明かされるのがラストシーンです。

 ところが。

 結局、驚愕のラストシーンに出会う事は出来ず、この長編を支えた謎は単なるマクガフィンであったことが明かされるだけでした。でも途中の展開がけっこう面白かったからそれでいいとするか。しくしく。

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January 20, 2005

森博嗣とマンガ

 今まで森博嗣について2回書いてきましたが、

第1回
第2回

今回は3回目。もともと森博嗣の大ファンというわけではなかったので、スミマセン、彼がマンガ方面でこんなに有名人であることを知りませんでした。

 1957年生まれ。愛知県出身。現役の国立N大学助教授でありながら1996年「すべてがFになる」でミステリ作家としてデビュー。以後大量の作品をすっごいペースで執筆。マンガを描くときのペンネームは「森博嗣」と書いて「もりむく」と読ませていました。


■まず、山本直樹(1960年生まれ)のマンガ「森さんとわたくしとか」(「毎日は笑わない工学博士たち」所収)から。

 1979年冬、山本直樹が書店で「ぱふ」1979年11・12月合併号「特集・全国まんが同人誌地図」を立ち読みするシーン。

・そうか、この世には同人誌というものがあるのか

 そして、森博嗣のマンガを読んで、

・おお、これは!

 山本は大田区産業会館で開かれていたころのコミックマーケットに向かいます。

・その叙情的でむつかしい作風に魅せられた私は、コミケットやMGM通いを始めたのでした

・コレクターモードでいろいろ買い集めましたとも

 劇画村塾で友人と。

・「これって山本君の言ってたあの人でしょう?」「え?」「なぜクサカベ君がこのような激レアな青焼コピーを?」「なぜかもってるのだよ」「さしあげよう」「ありがとうござい」

・模写もしましたとも

・そのあたりで森博嗣作品集『CARPET CRAWL』(森さんの読み方ではカーペットクロル)をゲット

・自分でも描き始めるようになってからは、だんだん同人誌即売会には行かなくなりました

 青コピー時代からの活動だったんですねー。岩田次夫によると、

「青コピーは、ふつうのトレース用紙に絵を描いて、それに光を透過させて複写するので、薄墨やベタ、効果も使えるし、濃淡も非常に美しく出ます。でも欠点が一つだけあって、修正が効きません。光を透過させるので、ホワイトを使うとベタになるんです。インク消しなどで多少は修正できますが、基本的には何もできません。ですから、下絵は鉛筆でものすごく薄く描いたり、光が透ける青で軽くアタリを描いて、それからペンを入れます。かなり丁寧に仕上げないといけないので、完成原稿は本当に綺麗です。たいへんですけど、当時は、それしかないですからね。」

 青コピー同人誌は1981年にほとんど消滅したと言われています。森博嗣の絵はすごくテイネイで細かいタッチなんで、原稿を見てみたいなあ。


■続いて山田章博(1957年生まれ)の文章(「森博嗣のミステリィ工作室」所収)より。

・20年近くも前になるだろうか。

・当時、森氏は東海地方の漫画同人で知らない人のいないビッグ・ネームだったし、僕は関西の社会人サークルで、1、2作を発表したばかりの駆け出しだった(アマチュアの駆け出しというのも妙だが)。森氏はハイペースで自作を発表する一方、多くのアマチュア作家の紹介にも精力的だった。現在の小説にもその片鱗が窺えるどころか、却って増幅された感のある硬質な数学性と叙情性は、既に氏の漫画作品の作風となっていて、その徹底ぶりはエピゴーネン(追随者)の出現を許さなかった。


■大学時代の後輩のマンガ家、萩野真(1959年生まれ)の文章(「森博嗣のミステリィ工作室」所収)より。

・もう20年も前になるが、ぼくが入部したN大漫画研究会は、創立わずか3年目のサークルで、部員は40名ほどもいたのに部室がなく、あまり利用者がいない教養部新館の談話室をタマリ場にしていた。(略)ほぼ毎日顔を出していたぼくは、わずかの間にただ一人の先輩を除くほとんどの部員と顔見知りになった。

・聞けば、学漫以外にも同人誌を出していて、当時中部圏では唯一の同人漫画即売会“コミック・カーニバル(略してコミカ)”も主宰する、メチャエネルギッシュで頭のキレる人だとのこと。

・それが当時、同人誌界では知らぬ者のないコミカのドン、森博嗣先輩その人であった。

・しかし、知り合って4年後、その彼が唐突にすべての漫画活動をやめてしまった。理由は様々に言われたが、彼自身はあまり多くを語らなかった。ただ、ぼくなりに考えられる理由の一つが、当時の同人誌界の急激な変貌だった。

・森先輩はコミカ発足の当初から、大手商業誌の作家や、その商品化された作品に群がるオタク同人誌やコスプレ集団の参加を、かたくなに拒否し続けていた。しかし東京、大阪の即売会が、彼らの数とパワーに席巻されていく中、名古屋も変わらざるをえない状況になっていた。

 当時の森博嗣が、マンガ作家として、よりも、マンガ同人誌や同人誌即売会のプロデューサーとして、同人誌界に強くかかわっていたという見方です。そして1985年からの「キャプテン翼」同人誌の大ブーム。これといれかわるように森博嗣はマンガから去って行きました。


■初期の名古屋コミック・カーニバルがどのような性格だったか。「封印サイトは詩的私的手記」所収の森博嗣の日記から。

・(大学時代の同級生のサイトを紹介して)彼女は名古屋で同人誌即売会を最初に始めたグループ・ドガのメンバの1人。この即売会、コミカという名称で、創作オンリィ。つまり、評論やファン誌も(グッズもパロディもコスプレも)一切排除する凄まじいポリシィでしたが、やはり、メンバの意志の集合だったのでしょうか。

・(創作オンリィは珍しかったのかという問いに)コミカは東京のコミックマーケット(コミケ)に続く、日本で2番目の同人誌即売会でしたので、珍しいというか、他に例はありませんでした。創作オンリィではグループの数が揃わなかった、ということもあって、その後の多くの即売会は、何でもあり、になっていきました。コミカが創作オンリィだったのは、ひとえに主催グループの個性です。

 メンバの意志、グループの個性、と語っておりますが、やはり森博嗣自身の意志でもあったわけでしょう。


■森博嗣と萩尾望都の対談(「森博嗣のミステリィ工作室」所収)より。

・僕は、萩尾先生のほかに好きな漫画家はいないし、好きな作家もいない。萩尾先生、お一人だけ。だから僕にとって萩尾先生はマンガを描くきっかけというよりは、創作をするきっかけそのものです。

・(マンガを仕事として選ばなかったのはなぜかという問いに)いや、単に才能がなかっただけです(笑)。


■とは言うものの、マンガに対する想いは屈折しているようです。「別冊宝島 森博嗣本」では、

・(マンガ家・森博嗣の長所と短所は、という問いに)長所は純度を求める抽出力、短所は非エンタテインメント性、そして寡作だったことか、と思います。

・少なくとも、小説よりは漫画の方が上手です(この自己評価は揺るがない)。

と、言いきっております。


■今も読める森博嗣のマンガ

森博嗣のミステリィ工作室
 ・EXPRESSION KYOTO:1983年
 ・Born to Run:1985年
 ・茉莉森探偵事件簿(1)(3)(6)(10):1997〜1998年
 ・夢の街:1987年

毎日は笑わない工学博士たち
 ・のんたくん:1983年

封印サイトは詩的私的手記
 ・まどろみ消去:1979年、トビラページのみ
 ・顕在する私たちの心へ:1984年
 ・watch over the cradle:1984年


■最後に、ほったゆみ(1957年生まれ)について。「封印サイトは詩的私的手記」より。

・当時のドガの主宰が早稲田漫出身の堀田清成氏(現在、中日新聞で彼の絵が毎日見られます)で、『ヒカルの碁』(残念ながら見たことがないのですが)の原作のほったゆみ氏と結婚されたのは、森とスバル氏(注・森氏の妻、イラストレータのささきすばる氏)よりずっと早かったですね。ゆみさんとは、1度、オセロをして負けたことがあって、森はオセロで負けたのはあの1度だけですね(笑)。

 「ミステリ作家兼工学部助教授」対「囲碁マンガ原作者」のオセロ。そうとう高度な対戦だったのかしら。

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January 17, 2005

ほるぷ平和漫画シリーズ:珍品篇

 ほるぷのシリーズには、珍品といえるものも混じっているのですが、まず小池一夫の書いた戦争マンガ。

 古城武司/小池一夫「白地に黒く死の丸染めて」(少年キング1970年)と、石井いさみ/小池一夫「カラスなぜ鳴く」(少年キング1970年)が収録されているのが「おれの鎮魂歌(れ・く・い・え・む)」です。本のタイトルをつけたのが編集者か著者かはわかりませんが、鎮魂歌に「れ・く・い・え・む」のルビをふるのがいかにも小池一夫ふう。

 小池一夫(当時は一雄)がさいとうプロに参加して、「ゴルゴ13」や「影狩り」の脚本を書き始めたのが1968年。1970年に独立して一気に大量の作品群を発表し始めます。「子連れ狼」も「御用牙」も1970年開始ですよ。スゴイですねー。

 「白地に黒く死の丸染めて」は小池一夫の公式ページによりますと、独立後最初の作品となります。このタイトル、よほど気に入ったとみえ、のちに「I・餓男」の章タイトルにも使用されています。

 福岡司令部から鹿児島の知覧基地に特攻隊員の名簿を運ぶ任務を与えられた戦闘機乗り。彼もまたB29に突っ込むことで死を選びます。タイトルがすごくハデなわりに、お話はマジメ。

 もう一作の「カラスなぜ鳴く」は、戦場(ソ満国境)に盲目の妻を連れてきた兵隊の話。有名なトランペッターである彼は、戦場で「ななつのこ」を吹きながら死んでいきます。

 2作とも、戦時下に個人と国家がどうかかわるかを描いた作品ですが、他の小池作品に比べると、いかにも地味。掲載誌が少年誌ということもあり、後年のめちゃくちゃな展開がないのが惜しい。そしてもうひとつ、すごく気になるのが。

 登場人物が「○○だッ!」とか「○○なンだ!」とか言わないんです。カタカナ使ってない。うーん、これがない小池作品はなにやらヘン。普通すぎてヘンというのもなんですが。

 気になって調べてみると、「子連れ狼」連載開始時にはこういう言葉づかいしてませんでしたが、第8話「鳥に翼 獣に牙」では「たすけてーッ!」とか「手出しをするなッ!」とか、ひらがなカタカナ混合が始まっており、その後、多用されるようになってます。この戦争マンガの時期にはまだ使われてなかったみたいで、このカタカナがないと、小池一夫じゃないみたい。

 少女マンガでは、飛鳥幸子「フレデリカの朝」(少女フレンド1967年)がヘン。60年代スパイ映画調の第二次大戦モノ。舞台は1943年ロンドン。警察に追われたドイツ人スパイが、女学生・フレデリカの家に押し込みます。弟を人質に取られ、フレデリカはボーイフレンドにもスパイのことを話せない。ところが、スパイが寝言で「おかあさん」とつぶやくのを聞いたフレデリカは、なぜか、スパイを愛してしまう。

 ああ、女心ってのはほんとにもうっ。ラストシーンは、スパイを射殺したボーイフレンドに対してフレデリカが「人ごろし!」となじる。おーい、読者をおいていかないでくれー。

 もう一作、水野英子の「ある墓標」(月刊ファニー1969年)もヘン。8ページの小品です。1969年、蓼科高原のどまんなかで金髪ロンゲのアメリカ人がひとりでドラムを叩いている。彼はもと、グリニッジ・ビレッジのロック・グループのドラマー。徴兵され、あすベトナムへ行くことになっている。「ドラムはどうするの?」「ここにおいて行くよ ぼくの墓になるだろう」「もしぼくが死んだら…ドラムも死ぬ」

 12月になってドラムはこわれている。まるで爆撃をうけたように焼けただれて。

 そらあんた、そんなところにドラムセット置いといたら、こわれるやろ。だいたいどうやってそこまで運んだのか。そしてそもそも、なぜ蓼科高原?

 というわけで、珍品もあり、ということで、「ほるぷ平和漫画シリーズ」のお話はこれでオシマイ。新里堅進の作品など、積み残したぶんはまたいずれ書きますね。

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January 16, 2005

少女マンガと戦争:女性作家その2:里中満智子

 里中満智子は1948年生まれで、24年組とほぼ同年代なんですが、同時に語られることはほとんどありません。古典的少女マンガの絵と構成のひと。里中満智子の場合、叙情じゃなくてあくまで叙事です。

 得意技は「女の一生」マンガですから、「ほるぷ平和漫画シリーズ」に収録されたのも、そのタイプ。

 「わが愛の記録」(別冊少女フレンド1970年)も大河ドラマ系。太平洋戦争中、アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれた鈴子は幼なじみの恋人・武士の子を妊娠します。終戦となり、復員してきた武士と再会した鈴子は女の子を産みますが、出産時に死亡してしまいます。成長した娘・陽子は、結婚問題を機に父親と不仲になりますが、両親が愛し合っていたことを知り、父と和解。で、陽子の結婚式がラストシーン。

 はっきりいって陳腐ですが、これだけのお話をきちんと展開させるのはチカラワザ。

 もう一作、「無縁坂」(別冊少女フレンド1976年)は、さだまさしの歌「無縁坂」をマンガ化したもの。特攻隊の父が、出征前夜、愛してもいない近所の娘を抱いてできたのが自分であることを知った主人公(♂)が、母の愛とはなんだったかを考えるお話。

 「水色の雲」(別冊少女フレンド1972年)の舞台はアメリカです。

 ベトナム戦争から恋人・ダニィが帰ってくるので、17歳のマージーは大喜び。ところがダニィは、マージーのことは妹のように思っていただけ。彼はマージーの友人のキャロンと婚約してしまいます。そしてダニィは、今度はカメラマンとして再度ベトナムへ行き、爆死。キャロンは別の男とすぐ結婚しますが、マージーはダニィの写真集を出版し、「わたしの愛は永遠にダニィにささげます」と誓います。

 お話はオハナシとして、こういう恋愛ってどんなもんでしょ。主人公、お若いのにねえ。

 里中満智子が描きたいのは男女の愛のありかた。戦争は設定のひとつでしかなく、単に極限状態を演出するものです。このあたりがどうしても不満。

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January 15, 2005

少女マンガと戦争:女性作家その1:樹村みのり

 「ほるぷ平和漫画シリーズ」の女性作家は以下のとおり。

・わたなべまさこ、汐見朝子、木内千鶴子、水野英子、神坂智子、樹村みのり、長広洋子、飛鳥幸子、里中満智子

 このうち、わたなべまさこは未見です。上記のうち、意識して戦争テーマを多く描いたのが樹村みのり。

 樹村みのりは1949年生まれですから、いわゆる24年組のひとりですが、初期より早熟の天才ぶりを発揮し、かつ政治的社会的にはっきりと発言する、稀有なマンガ家でした。

 1964年りぼん春の増刊でデビュー。翌年りぼん8月号付録で、「雨の中のさけび」「ふたりだけの空」「風船ガム」の3作を同時に発表。このうち「雨の中のさけび」が「ほるぷ平和漫画シリーズ」に収録されています。

 サンコミックス「樹村みのり初期短編集 ピクニック」から、著者自身の文章。

・中学2年の夏休みでした。
・戦争中のポーランドを舞台としたマンガを、はじめてペンとぼくじゅうを使って描きあげると、それを持って集英社はりぼん編集部へと出かけました。
・「また持っていらっしゃい」という言葉に気をよくして、その夏休み中にもう1作、アメリカの黒人の女の子と白人の男の子の話を仕上げて、持って行きました。
・「あなたは学生なんですから、今度はもっと生活に身近なものを描いてみなさい」というアドバイスで描いたのが『ピクニック』で、わたしのデヴュー作となりました。
・その後、最初に描いた2作をB6版に書き直し、フランスの貧民街を舞台とした話を描きたし、その当時のりぼんの別冊ふろくになりました。

 「戦時中のポーランドを舞台としたマンガ」というのが「雨の中のさけび」です。上の文章にあるように、著者の実質的処女作が戦争をテーマにしたものでした。

 ポーランドの小さな村。ユダヤ人を家にかくまった村人が、ナチに逮捕され連行されようとしています。その村人の友人がナチを押しとどめようとして射殺されてしまう。物語は射殺された男の幼い息子の目から語られます。

 驚くべきはこれが中学生の作品ということ。ドイツの若い軍人に、村人に同情的な人物を登場させるなど、構成はたいしたものです。絵はもちろんヘタですが、ドイツの軍服などは鈴原研一郎よりずっとまとも。

 別の収録作「解放の最初の日」(COM 1970年5・6月合併号)は、渾身の傑作です。

 ユダヤ人収容所の中で、16歳の少年はナチに通訳として協力する。そして彼は生き残り、やがて解放の日が来る。

 ひとがひとに対しておこなう暴力の中では、生き残る行為までもが後悔や非難の対象になるという悲しい現実の指摘です。雑誌掲載当時、繰り返し読んだ作品です。

 もう一作、「海へ…」(りぼんコミック 1970年9月号)はベトナム戦争が舞台。兄と妹が美しい幻想の中、海に入水自殺する。両親は村人ごと、虐殺されたらしい。その後妹は米軍に乱暴され、目をつぶされて失明。ふたりの亡霊が、燃え上がるジャングル、逃げるひとびとをバックに楽しそうに走り回ります。

 青年マンガでは舞台を海外にしたとき、なんとかして日本人を主人公にしようとして苦労してました。いっぽう、少女マンガでの戦争は、ヨーロッパやベトナムを舞台にして日本人が登場しない事も多い。もともと少女マンガでは、日本以外を舞台にすることがあたりまえだったからです。日本や日本人から離れた自由な設定で描くことができたから、これらの作品群が存在しているのでしょう。

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January 13, 2005

少女マンガと戦争:男性作家その2:鈴原研一郎

 以前にタイガーブックスから韓国マンガがどっと発売されたとき、もっともワクワクしながら読んだのは、いちばん絵がヘタと思われたキム・ヘリン「飛天舞」でした。改めていいマンガとうまい絵っていうのはパラレルじゃないなあと感じたわけですが、今回「ほるぷ平和漫画シリーズ」を読み直して面白かったのは、実は鈴原研一郎です。あの、へろへろの絵が、読ませるんだこれが。

 鈴原研一郎は、貸本マンガから少女マンガ雑誌に進出した男性作家の代表格。巴里夫と逆に、絵は思いっきり雑です。乱暴な線と、背景の省略。とくに大人の男性は、若者の顔にしわ描いてヒゲはやしてハゲにしただけです。今でいうとしりあがり寿か。しりあがり寿は、意識して鈴原研一郎タッチで描いてるんじゃないかしら。

 でも、鈴原研一郎は、面白い。ほるぷ平和漫画シリーズの「またあう日まで」には5作収録。そのうち「またあう日まで」(週刊マーガレット1970年)がとくによろしい。

 オープニングは宝塚劇場最後の日。宝塚歌劇団の仲良し三人娘、ひとみ・由香・節子はこの日の公演を最後に見習い看護婦として従軍することになっています。ひとみはすでに両親を亡くし、由香の兄・雄一郎とひそかに愛し合っている。節子は関西弁の元気な子で遅刻ばっかりしています。予科練の学生である雄一郎は、あえて愛を告白することなく、ひとみと別れます。戦時中の恋愛モノとしてそそる設定でしょ。

 四国の陸軍病院に勤めた三人娘ですが、ひとみは厳しい仕事に過労で倒れ、由香の家で静養。そのとき雄一郎と再会し、戦時下に結婚式をあげることになります。その直後、雄一郎は特攻隊として選ばれてしまいますが、特攻の朝、雄一郎の戦友が機を奪って自ら特攻へ。雄一郎は生き残ります。

 結婚式当日、ひとみに命令がおり、病院船に乗って沖縄へ。結婚式に向かう雄一郎とのすれ違い。ああ、なんということでしょう。

 沖縄の子供たちを乗せた病院船は米軍の攻撃の中、日本に向かいますが、節子は遅刻してしまい、沖縄で戦死。おお、節子の性格が伏線であったか。病院船も米軍の攻撃で沈没し、ひとみと由香も死亡。由香と雄一郎の母も爆撃にあい死亡。

 これらのことを知った雄一郎は、今度は自分が後輩の機を奪い取り、自ら特攻へ。これで主要登場人物のほとんどが死んでしまいました。

 雄一郎の死の翌日、終戦をむかえます。なんと、ひとみは失明しながらも生きていました。雄一郎の死を知ったひとみは宝塚劇場へ。雨の中、廃墟となった劇場で、最後の公演の幻想を見ながら、ひとみは舌を噛み切って自殺してしまいます。

 戦争を舞台にした悲恋モノとして、こんなに泣けるドラマはちょっとないんじゃないか。あまりにメロドラマとしてよくできてるので、テーマの反戦なんかどっかいっちゃうほどであります。

 その他の「炎のサンゴ礁」(週刊マーガレット1971年)は沖縄戦を真正面から描いた作品、「ああ広島に花咲けど」(週刊マーガレット1969年)と「ママの日記帳」(週刊マーガレット1967年)は広島原爆の話。いずれも戦時下の悲恋が出てくるのが鈴原研一郎。

 「勇気ある怒り」(週刊セブンティーン1971年)がまたスゴイ話で。

 第二次大戦中、ドイツ留学中の日本人医学生・フジカワは下宿の娘、ユダヤ人のジョアンナと結婚します。ジョアンナの父母、また大学の友人もユダヤ人であることを理由にナチスに捕われます。

 ここからの展開がスゴイんですが、フジカワは妻とともにユダヤ人収容所の病院勤務を命じられる。そこでフジカワは生体解剖や不妊手術、新薬の人体実験をおこなうことになります。

 やがて連合軍の攻撃が始まりますが、ジョアンナは同胞を助けられなかったことを苦に自殺。フジカワはユダヤ人の子供を逃がし、ナチに拷問されているところを連合軍に解放されます。これが30年後のフジカワの苦渋に満ちた回想で語られます。

 ジョアンナが「イエスさまが」と言ったり、ユダヤ人の墓が十字架であったり、ちょっと待たんかいというような描写もありますが、これだけの深刻でかつスペクタクルなメロドラマが、テキトーに描いた飛行機や銃をバックに語られます。こんな絵でもドラマが描けるんだなあ。

 ちなみにこの作品には、初夜のシーンとして上半身ハダカ(下半身はシーツの下ね)の男女が描かれており、少女マンガのベッドシーンとしてはもっとも初期のもののひとつではないかと。

 鈴原研一郎のストーリー・テリングは、当時の少年マンガや劇画を含めても、もっとも優れたものじゃないでしょうか。まして戦時下を舞台にしたとき、恋愛は盛り上がらざるを得ない。戦争の残酷さを、すべて男女の悲恋に収斂させております。

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January 11, 2005

少女マンガと戦争:男性作家その1:巴里夫

 「ほるぷ平和漫画シリーズ」には、戦争を扱った少女マンガも多くとりあげられていますが、現在は絶滅してしまった少女マンガの男性作家のものが2冊。ともに貸本マンガから雑誌に進出した巴里夫と鈴原研一郎。彼らは年令からいっても、もちろん戦争体験者です。

 巴里夫は、雑誌時代には「5年ひばり組」などの明朗生活マンガが人気でしたが、本人の文章によると、貸本時代初期には母物の「泣かせ」ばかりを描かされたとあります。戦争マンガにもそのテクニックが爆発してます。

 「疎開っ子数え唄」には、「疎開っ子数え唄」「赤いリュックサック」「石の戦場」「愛と炎」の4作が収録。

 「疎開っ子数え唄」(りぼん1973年9月号)は学童疎開の話。主人公・美保子は小学生。父はすでに戦死。母と妹を東京に残し、長野に疎開します。クラス代表であいさつをするほどの優等生だったのですが、疎開先で元仲良しグループの同級生から集団いじめにあい、母と妹は空襲で死亡、本人は精神に異常をきたしてしまいます。

 どうです、この救いのなさ。ラストシーンは、笑いながらお手玉をする主人公。同級生たちがつぶやきます。「疎開ってなんだったのかしら」「戦争ってなんだったんだろう」「お国のためってなあに?」「なんだろうなんだろう」「なんだろう」

 子供にとって戦争がいかに理不尽でつらいものだったのかを、疎開生活の描写で表現。登場人物はすべて女の子と大人だけ。少年は出てきません。生活マンガの手法で描いた戦争マンガ。名作です。

 「赤いリュックサック」は、満州から逃げる日本人たちが「鬼のような」ソ連兵につかまり虐待され、結局多くが自殺してしまうという、これも救いのない話。日本人同士のいがみ合いや食料の奪い合い、中国人に子供を売る親などの描写が壮絶。

 母に刺されて死に際に富士山の幻影を見る主人公の半眼の表情は、じゅうぶん読者のトラウマになるほどコワイ。この後ソ連のエライさんが出てきて、「わたしのわるい部下たちが命令にそむいたのです」「すみませんでしたすみませんでした」と泣きながらあやまるシーンではへなへなと腰がくだけますが。

 「石の戦場」は著者の自伝的マンガ。昭和20年、13歳の著者が大分県の宇佐海軍航空隊に学徒勤労動員され、特攻隊の少尉と知り合う話。これも日常描写で戦争を描いています。

 「愛と炎」は東京大空襲を真正面から描いた話。原作の廣澤榮は東宝の助監督、のちに脚本家。廣澤榮と安藤日出男の合作シナリオ「東京大空襲」は、結局映画化されることはなかったようですが、これがそのマンガ化でしょうか。

 主人公・節子は空襲の中、恋人が目前で焼死、母・弟・友人もなくします。爆弾の直撃で首がちぎれる友人、生きながら燃え上がる恋人の描写は、絵がプリミティブなぶん、これもコワイ。「はだしのゲン」タイプとでもいいますか。

 巴里夫は生活マンガを描くのと同じ手法を使って戦争を描きました。ていねいな日常描写こそ少女マンガが開発したもののひとつです。戦争をこういうふうに描くこともできるということ。「夕凪の街」の遠い先祖ですね。

 以下次回。

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January 10, 2005

マンガと戦争:ほるぷ平和漫画シリーズ

 昨年の12月、ほるぷの元会長・中森蒔人氏が逝去されました。ほるぷ出版の本って学校や図書館がセット契約して毎月配達されるというシステムが主らしいので、個人で持ってるひとはあんまりいない。でも、ほるぷ平和漫画シリーズは学校や図書館ではよく見かけてたので、みんなけっこう覚えてるみたい。

 「ほるぷ平和漫画シリーズ」は、ほるぷ出版が1983年から1985年まで刊行した戦争マンガのアンソロジーです。ラインナップは以下のとおり。

(1)禁じられた戦史: 青柳裕介、いけうち誠一/千田夏光
    自爆
    命の泉: ここまでが青柳裕介。
    飢えたガダルカナル島: ここからがいけうち誠一らしい。
    L島の五百人
    撃墜王
    命令
    義号作戦
     未見です。

(2)人間の条件(1): 長編、立花誠太郎/五味川純平
    この巻でおわり。続編はありません。

(3)疎開っ子数え唄: 巴里夫
    疎開っ子数え唄: りぼん1973年9月号
    赤いリュックサック
    石の戦場
    愛と炎(原作・廣澤榮)

(4)ある惑星の悲劇: 旭岡光志
    ある惑星の悲劇(手記・草河達夫): 週刊少年マガジン1969年8/3号より3回
    巨大なる墓 戦艦大和その栄光と死: ぼくらマガジン1970年
    地獄島: 少年画報1970年

(5)この愛・戦火をこえて: わたなべまさこ
    この愛・戦火をこえて
    蝶はここには住めない
     未見です。

(6)旅たて荒野: 横山孝雄
    未見です。

(7)またあう日まで: 鈴原研一郎
    またあう日まで: 週刊マーガレット1970年
    炎のサンゴ礁: 週刊マーガレット1971年
    ああ広島に花さけど: 週刊マーガレット1969年
    ママの日記帳: 週刊マーガレット1967年
    勇気ある怒り: 週刊セブンティーン1971年

(8)敗走記: 水木しげる
    敗走記: 別冊少年マガジン1970年
    ダンピール海峡: 「陸 海 空」1961年
    白い旗: ガロ1968年
    カンデレ: カスタムコミック1980年
    ごきぶり: サンデー毎日増刊号1970年
    幽霊艦長: 少年1967年付録

(9)ボクちゃんの戦場: 長編、政岡としや/奥田継夫

(10)嵐吹きすさぶとも
    わが青春に悔なし: 汐見朝子/久板栄二郎: 月刊ララ1977年
    ああ七島灘に眠る友よ!: 木内千鶴子/石野径一郎: デラックスマーガレット1975年
    ある墓標: 水野英子: 月刊ファニー1969年
    バラの夢: 水野英子: 月刊ファニー1970年
    風とビードロ: 神坂智子: 花とゆめ1981年

(11)炎の街に生きる
    火の瞳: 政岡としや/早乙女勝元: 週刊少年マガジン1972年
    山ゆかば!: あすなひろし: 少年ジャンプ1970年
    赤いトマト: あすなひろし: 女学生の友1972年
    純情・博多っ子戦争: 長谷川法世: アクションデラックス1979年

(12)ああ零戦トンボ 少年航空兵出雲光の遺書: 貝塚ひろし
    ああ零戦トンボ〜少年航空兵出雲光の遺書
    番長特攻す!〜少年航空兵豪田猛司の遺書
    黒バットの記録
     未見です。

(13)カミカゼ: 影丸譲也
    未見です。

(14)夜はまだ明けない
    解放の最初の日: 樹村みのり: COM1970年
    雨の中のさけび: 樹村みのり: りぼん1965年
    海へ…: 樹村みのり: りぼんコミック1970年
    夜明け前の子供: 長広洋子: 花とゆめ1976年
    野に咲く花: 長広洋子: 花とゆめ1977年
    フレデリカの朝: 飛鳥幸子: 少女フレンド1967年

(15)わが愛の記録: 里中満智子
    わが愛の記録: 別冊少女フレンド1970年
    無縁坂: 別冊少女フレンド1976年
    水色の雲: 別冊少女フレンド1972年

(16)水筒(上)ひめゆり学徒隊戦記: 長編、新里堅進

(17)水筒(下)ひめゆり学徒隊戦記: 長編、新里堅進

(18)トンキー物語: 飯森広一・ダイナミックプロ/福田三郎
    トンキー物語:週刊少年ジャンプ1971年51号
    27頭のあいつたち〜「ぼくの動物園日記」より
     未見です。

(19)おれの鎮魂歌(れ・く・い・え・む)
    カラスなぜ鳴く: 石井いさみ/小池一夫: 少年キング1970年
    白地に黒く死の丸染めて: 古城武司/小池一夫: 少年キング1970年

(20)焼跡のうた
    ほたるの墓: 吉森みきを/野坂昭如: りぼん1969年付録
    白い雲は呼んでいる: 永島慎二: 少女クラブ1956年
    夕映えの丘に そこも戦場だった: 佐藤まさあき: 週刊少年サンデー1970年

(21)爪あと
    傷だらけの挑戦: 石井いさみ/辻真先
    回転: 山上たつひこ
    悪たれ: 政岡としや
    母のないマンガ: 貝塚ひろし
     未見です。

(22)大空のかなたに
    少年0戦隊: 永島慎二: 冒険王1959年
    ゼロ戦岬: 中島徳博: 週刊少年ジャンプ1976年
    おやじの青春: 小川保雄: ビッグコミックスピリッツ1981年
    鳥人戦記(過去編): 小川保雄
    鳥人戦記(未来編): 小川保雄: Mr.アクション!1978年
    ぼくの複葉機: 小川保雄: 週刊少年サンデー新春増刊号1977年

(23)沖縄決戦: 長編、新里堅進
    1978年月刊沖縄社が初版。

(24)戦場
    侵略: バロン吉元: 漫画オール娯楽1969年
    飢餓戦線: 政岡としや: ヤングコミック1972年
    ああ硫黄島: 横山まさみち: 別冊少年マガジン秋の特大号1968年
    人間魚雷回転: 横山まさみち/高久進: 別冊少年マガジン夏休み号1968年

(25)総員玉砕せよ 聖ジョージ岬・哀歌: 長編、水木しげる

(26)少年兵レイテに消ゆ: 横山孝雄
    陸軍少年船舶兵
    フィリピン少年ゲリラ
    高砂少年義勇兵
    陸軍降下兵
    陸軍特別攻撃兵
     未見です。

(27)続 ボクちゃんの戦場: 長編、政岡としや・菊地としを・冗談社/奥田継夫
    (9)の続編ですが、政岡としやの手はほとんどはいっていないようです。

 これで一応おわりみたい。これをセレクトした編集者はどなたか存じませんが、各誌を横断して、いやー、よくぞここまで集めたものです。しかも1980年代になって。えらい。玉石いりまじってますが、戦争マンガは描くほうにもそれなりの覚悟を持って描いてますから、どんな作品でもどーんと腹にひびく。

 各作品については明日以降に。

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January 07, 2005

「萌え」についての豪快な発言

 最近どっと刊行されたライトノベルガイド本の中で、大森望・三村美衣「ライトノベル☆めった斬り!」はオススメ。著者ふたりの対談でライトノベルの歴史をふりかえり、ブックガイドを加えたもの。ちゃんと歴史を書いてくれているので、類書の中でもっともわかりやすい内容。マンガの類縁ジャンルとして、ライトノベルはおさえておくべきかと。

 とか言いながら、さすがにこのブックガイドに沿って読もうという気は、なかなかおきませんわねー。何といっても膨大な量ですし。でも、モノによってはマンガより読むのが簡単な小説もあるみたい。

 ただし誰もがこの本で紹介されたライトノベルの中の数冊は読んだ事があるはずなので、その本の歴史的位置づけなどが解説されててうれしくなります。ちなみにわたしは、大森望がライトノベル第一号と主張する、平井和正「超革命的中学生集団」が雑誌連載されてたときのリアルタイム読者でした。わたしの記憶では、この作品、毎回次号の展開を読者にアンケートして決定する、というインタラクティブなことをやってたような気が。確か主人公ヨコジュンが女になったのも読者アンケートの結果だったと。(わたしの妄想かもしれません。マチガイでしたらご指摘を。)

 「ライトノベル☆めった斬り!」の対談部分ではあちこちに脱線があって、そこがまた面白かったりするんですが、ここで、「萌え」に関するナカナカな発言が読めます。

 大森望は、欄外で「萌え」について「おたくの世界で『好き』を意味する言葉」「対象が本来所属する文脈から切り離してもOK」と慎重な定義をして、三村美衣にいろいろ説明する展開ですが、三村美衣の発言が豪快。

・もう“萌え”って言葉に特殊性はないよね。

・あらゆるものが対象になってきちゃうと、言葉に特殊性がなくなっちゃう気がする。使ってる人に聞いても「別に“好き”って言ってるだけです」とか言われちゃうし。

 オタクが「萌え」定義にうんうんうなってるうちに、言葉はどんどん消費され、あっというまに死語へ近づいてるのか。

・“萌え”って言われたとき最初に思ったのは、女の子のセカンドキャラ好き、敵キャラ好きの歴史があるでしょ? それとそんなに変わんないんじゃないのって。主人公は熱血で前向きだし、当たり前すぎてつまんないから、裏がありそうな敵キャラか、二番手キャラの方に人気が集中し始める。

・萌えって複数出てくる中に存在するもんじゃない。で、戦隊ものに男の子が四人いても女はピンクだけだったりするわけじゃん。それじゃ萌えないでしょ。

 うーむ、「萌え」は最初、女の子文化から発生したと言われておりますが、女性たちの中では萌えとはこういうモノだったのか。どうしても男のほうがああでもない、こうでもないと言葉をこねくりまわしてしまいますね。

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January 06, 2005

バカよ、まさに同人誌バカ

 googleで「バカ一代」を検索すると58800件、「馬鹿一代」が31000件、「ばか一代」が1800件。なんとこれだけの「○○バカ一代」の元祖が「空手バカ一代」なんですから、梶原一騎のネーミングは偉大だ。印刷物でも「課長バカ一代」とか「浪費バカ一代」とか「手塚治虫バカ一代」とかいろいろ。

 これに新しく加わった「同人誌バカ一代 〜イワえもんが残したもの〜」読みました。昨年3月に亡くなった、イワえもんこと岩田次夫氏の追悼出版です。

 コミックマーケットにスタッフとして参加しその運営改革をなし、いっぽう読者・コレクターとしては同人誌の鬼であるところの著者が、商業誌・同人誌・ネットに書いた評論・エッセイ・レビュー。

 もっとも興味深かったのは2000年に書かれた(インタビューをまとめたもの)「同人誌、その歴史」です。同人誌の歴史を主に資金面から語ったもので、わたしにこういう視点がまったくなかったので、いや、勉強になりました。

(1)古典的な肉筆回覧誌時代
(2)文章はガリ版、マンガは青コピーの時代
(3)高価なオフセット印刷→年会費を取り会誌を会員に通販する形のサークル
(4)1980年ごろから残りを即売会で販売することで、資金に余裕
(5)雑誌のマンガ講座の充実、画材の普及→マンガ作画技術の向上→青コピーの消滅
(6)オフセット印刷をする印刷所の増加とコストの低下→コスト低下に伴う大型・広域型漫研の解体→数人のグループへ
(7)作者と読者の分離=感想を語らない読者の増加
(8)マンガ講座の単行本化、画材のさらなる進歩→全国的なマンガ作画技術の向上
(9)ワープロの普及による編集技術の向上
(10)即売会と通販での資金回収→会員制の崩壊
(11)オフセット印刷の増加が印刷価格の低下を引き起こす
(12)1985年「キャプテン翼」のブーム→即売会参加者の急激な増加
(13)参加者の低年齢化、画材の価格低下、カラー化など印刷技術の向上、印刷価格のさらなる低下、部数の増加、経済的な安定などの大きな影響
(14)グループが解体して個人誌へ

 論はまだ続きますがこのあたりにしておきます。こういう視点でのマンガ史は同人誌界では常識なのかもしれませんが、わたしが同人誌に(ほんのちょっとだけ)足つっこんでたのは(1)のころですもんね。知らなかったなあ。

 こういった同人誌の歴史を書けるのは、あと阿島俊こと米沢嘉博ぐらいしかいないでしょう。ただし「漫画同人誌エトセトラ '82-'98」は、タイトルにも書いてますが「状況論とレビュー」ですから、作品・作家の紹介とその時点での状況分析が主です。岩田次夫のマンガ史総括は、部数増加・コスト低下という資金面をサークルの解体とからめて論じ、さらにそれは作品の変化を語ることにもなるという高度なことをやってます。お見事。

 同人誌を愛し、膨大なコレクション(およそ4トン)のために同人誌以外の本を処分してしまった著者の書棚はまさに壮観。ご冥福をお祈りします。

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January 04, 2005

ふたりでひとり:ほったゆみ

 小学館新人コミック大賞の一般コミック部門、1986年第20回は、入選が川田潮と長尾浩義、佳作は加藤元浩と堀田清成でした。この4人のうち、現在のところ、もっとも名が知られているのは加藤元浩かしら。「Q.E.D.」と「ロケットマン」はなかなか読ませます。

 で、堀田清成ですが、このときの作品タイトルが「春の蹄音」。タイトルからしてどうも、競馬マンガらしい。その後もビッグコミックやみこすり半劇場で競馬マンガを描き続けていたそうです(未見です)。名古屋方面では中日新聞上で特に有名な人らしい。

 一方、小畑健・ほったゆみの「ヒカルの碁」最終23巻の制作スタッフ・クレジットに堀田清成の名が出てきます。おお、そうか、堀田清成は、ほったゆみの夫にして、半身であったか。

 ちょっと古くて短いものですが、ほったゆみのインタビューがこちらで読めます。

http://0845.boo.jp/times/archives/000567.shtml
http://0845.boo.jp/times/archives/000568.shtml
http://0845.boo.jp/times/archives/000570.shtml
http://0845.boo.jp/times/archives/000572.shtml

 これによると、

・(マンガ家になった動機は→)少女時代からの夢でした。大学を中退して名古屋に本社がある中部日本新聞社会部の片隅で編集の仕事を手伝っていました。

・日本棋院の「囲碁未来」という雑誌に囲碁漫画を連載していたのがきっかけでした。

・ヒカルの碁も(夫との)共同作業みたいなものでした。

・雑誌社も作家名は女性の方がよいと思ったのでしょう。囲碁とのかかわり合いが少ない少年少女向けの漫画雑誌ですから原作者を女性名で、監修も日本棋院の女流棋士梅沢由香里さんという組み合わせ。

 なるほど、実際は「ほったゆみ」という名前は夫婦の合同ペンネームみたいなものだったんですね。となると、「ヒカルの碁」という作品は、すごく多人数の手がかかった作品ということになります。原作者がふたり、原作はコマわり・レイアウト・スクリプトのはいった、いわゆる「ネーム」の状態で書いていたらしい。マンガ家とアシスタント・チーム、さらに編集者、監修や碁の棋譜を考えるひとたち。

 しかも「ヒカルの碁」は大ヒットしたわけですから、この多人数制作マンガというのは、十分今後のマンガ制作のお手本となるべきものでしょう。

 さらにさかのぼると、ミステリ作家・森博嗣が高校、大学時代マンガを描いていたのが名古屋のサークル「ドガ」。1970年代末、「ドガ」の編集長をしていたのが堀田清成でした。人に歴史あり。

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January 02, 2005

やっぱり難しいオルタナティブ

 あけましておめでとうございます。本年もよろしく。

 今年の年末年始は何をしてたかといいますと、日本語訳されたアメリカのムズカシげなマンガを集中して読んでおりました。買ったまま読んでなかったんですね。

 まず、デビッド・マッズケリ「シティ・オブ・グラス」。原作はもちろん、ポール・オースター。文学ですよブンガク。原作は読んでません。

 1995年に講談社から発行。内容はおそらく原作どおりなんでしょうが、間違い電話をきっかけにミステリ作家が私立探偵の真似事を始める、という話。絵は影を強調したモノクロです。こういうのもいいなあ。

 ナレーションは主人公の内面にまで踏み込みますから、神の声だと思っていたら、ラストで、主人公の知り合いの「ポール・オースター」という人物の、さらに友人が語り手でした。彼が主人公の残したノートを再構築したという体裁です。

 狂気をいかに表現するかという実験以外にも、変わった描写が多くあり(たとえばフラッシュバック的にコドモの落書きが繰り返し出現)、ちゃんとストーリーが展開するので面白く読めてよかった。

 「ロバート・クラム BEST」(2002年河出書房新社)も、「オチのあるマンガ」だから読むのは楽。1969年から1993年までの作品群。エロとグロをへらへら眺めていると話が展開してくれます。

 クラムのフリッツ・ザ・キャットを始めて読んだのが「WOO」の創刊号ですから、もう30年前。お下劣の服を着た風刺マンガと、欲望丸出しの親父セックスマンガに分かれますが、後者が今、再評価されてるらしい(うーむ、よくわからん)。

 続いて、ベン・カッチャー「ジュリアス・クニップル、街を行く」(2004年新書館)。奇妙な街の奇妙な人々のスケッチ。新聞連載マンガで、通常一回が8コマで完結。この8コママンガの登場人物は多弁で多弁で。笑いとか、オチとかを求めたマンガじゃないんで、読み通すのはかなりキツい。こういうのが新しいマンガなのかしら。

 もう一冊、映画になったハービー・ピーカー「アメリカン・スプレンダー」(2004年ブルース・インターアクションズ)。ピーカーはストーリー担当で、絵を描くのはロバート・クラムなどのいろんな人。

 ピーカーは病院のカルテ係をして生活費を稼ぎ、くすぶった人生を送っていたときクラムと知り合い、ダメダメでへろへろな自分の生活をマンガにしました。1976年に自費出版、以後30年続いていましたが、映画になってブレイク。映画は見てません。ピーカーのインタビューは「映画秘宝」2004年7月号に載ってます。

 こんなマンガが面白いかと言われると、なかなか面白いんですよ。ダメダメでへろへろな生活って、けっこう現在や過去の自分の姿であったりするんですね(こういう自虐的なマンガは日本の方が進んでるかも)。ただ、やっぱり字は多い。

 バットマンあたりなら、訳されてない英語版を読んでみようかという気にもなるんですが、さすがにこの手の作品は日本語でないとキビシイ。でも日本語で読んでもけっこうムズカシイなあ。

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