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December 27, 2004

風景が語る

 マンガの登場人物でなく、風景に語らせてうまいのが大友克洋。彼のマンガでは無機質の巨大ビル群がどれだけ饒舌に語りかけてきたか。

 大友が都会の風景なら、自然の山や森を描いて語らせる第一人者が谷口ジローでしょう。白土三平やさいとう・たかをの山と、どこが違うかといわれると困っちゃうんですが、あえていうなら、何かを語らせようという意思でしょうか。もちろん、超絶テクニックがあってこその話。

 このビッグ2に対して、誰かを忘れちゃあいませんか、と割ってはいってきたのが、秋本治です。

 集英社新書で出た「両さんと歩く下町 『こち亀』の扉絵で綴る東京情景」は、いい本ですよー。「こち亀」で描いた東京風景を見せながら、著者が東京案内をしてくれます。わたしは東京には土地鑑がないんですが、それでも面白かった。「こち亀」のトビラの東京風景も、これだけ集めると壮観だなあ。

 描かれたトビラ絵は、その時代に著者が取材した東京の、まさに普通のそのあたりの風景。ただし「こち亀」はもう30年近く連載が続いていますから、それぞれの時点で現在だったものがすでに失われた過去になっています。

 単なる街中の階段や陸橋がこれほど懐かしく感じさせるのは、著者の東京に対する愛のせいか。今や秋本治は使命感を持って、「現在」の東京の記録を続けています。

 大友克洋が都会、谷口ジローが自然を風景に語らせるなら、秋本治が風景に語らせているのは時間です。「こち亀」の長期連載が生んだ意外な宝物になりました。

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Comments

あのアシスタントが死にそうな扉、まだ描いてるんでしょうか。

アニメ界で押井守なんかが東京の忘れられた風景を掘り起こす遥か以前から秋元治はやってたんでしょうかね。江戸、文明開化、大震災、帝都、戦中戦後と変貌する都市、東京。漫画の風景カットも一種の記録媒体となり得てるのでしょうか。

Posted by: ホタ | December 28, 2004 10:26 AM

雄弁な風景、ということでは、私は上條淳史『To-y』も印象に残っています。登場人物のファッションももちろんなんですが、あそこに描き出された東京の風景は、ひとつの「時代」とその「匂い」を、かなり正確に捉えていたように思います。

Posted by: とんがりやま | December 28, 2004 11:15 PM

コメントありがとございます。
>ホタさま。押井守では生活の場でも廃墟に見え、秋本治ではさびれた商店街もなぜか暖かい。「両さんと歩く下町」を読んでると、こち亀全巻読み直そうかという気になります(いやさすがにしませんが)。
>とんがりやまさま。なるほど上條淳士。やっと「sex」の刊行始まってますねー。今「To-y」ぱらっと広げてみましたが、まさにバブル絶頂。何やら恥ずかしいなあ。

Posted by: 漫棚通信 | December 29, 2004 08:18 AM

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