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December 25, 2004

「ホムンクルス」をどう読むか

 宣言しておきますが、これから、けなします。ネタバレもありますので、既読のかただけどうぞ。

 映画の評判なら毀誉相半ばというのはよくあるんですが、マンガは長編で、かつ連載中から評価されることが多いせいか、評判が良いか、無視されるかのどちらかでしょう。世間で評価の高いマンガが自分の評価と異なる場合、多くはご縁がなかったと本を閉じるのですが、このマンガについては前から言いたいことがいろいろと。

 山本英夫「ホムンクルス」4巻が発売されました。世評の高い作品です。今年の「このミステリーがすごい!」の表紙にも選ばれましたから、今年を代表するマンガのひとつと考えられているのでしょう。しかし、わたしはどうしても楽しめない。以下にその理由を。

 この作品が注目された原因のひとつはトレパネーションの奇妙さ。頭蓋骨に小さな穴をあけることで超能力を得る。あまりに簡単すぎる手法。金も修行も必要ない。こんなことなら自分にもできちゃうじゃん。スゴイ。

 トレパネーションで超能力を得られる理由は、「頭蓋骨内の圧力が変化し」「脳に大量の血液が流れるようになり」「脳の活性化した状態を取り戻すことができる」 と説明されます。

 そんなことはありません。

 脳外科の分野では手術で頭蓋骨に穴を開けることなど日常茶飯事です。多いのが慢性硬膜下血腫の手術。特に高齢者などで頭部打撲などをきっかけにゆっくりと脳と硬膜の間に出血がおこり、脳を圧迫して神経症状が出る病気です。治療はどうするか。局所麻酔で頭蓋骨に直径1cm強の大きさの穴を開けて、中の血液を吸い出します。

 まさにトレパネーションでしょ。作品内じゃ半径3mmの穴ということになってますから、これより大きい。こういう手術が日常的に行なわれているんですよ。だったら世界中スーパーマンばっかりになっちゃうじゃないか。

 開けた穴はどうなるか。穴を閉じるようなことをしなくても、こんな小さな穴が開いたままなんてことはありません。頭の皮膚を縫合しておけば、皮下の結合組織が盛り上がってきて数日で骨の穴を埋めてしまいます。

 じゃあもっと大きな穴を開けたらどうなるでしょう。実は脳外科手術では頭蓋骨の一部をはずしたまま、その骨を戻さずに皮膚を縫合してしまうことがよくあります。これは脳のむくみで頭蓋内圧が上昇するのを予防するため。つまりこの状態では頭蓋骨の一部が大きく欠け、皮膚の下にやわらかい脳があることになる(ま、実際は硬膜その他の組織が間にあるんですけど)。

 この状態で数ヶ月すごす人もいるんですが、彼らはどうなるか。「sinking skin flap syndrome」という病気があります。頭蓋内圧よりも大気圧のほうが高いため(←ココ重要ですよ!)、骨のない皮膚の部分が、ぼこんとへこんじゃうんです。

 へこんだ皮膚が脳を圧迫して、ひどいときは手足のマヒをきたすこともありますが、意欲の減退とかぼーっとしてしまうといった軽い症状が多い。どうすれば治るかというと、はずしてあった骨をもとに戻せばいいんです。

 というわけで、頭蓋骨に大きな穴を開けたとしても、脳に大量の血液が流れることはありません。

 お話の前提にこのようなトンデモ理論を持ち出されると、その段階で待たんかーいと叫びたくなっちゃう。ウソはついてくれてかまわんのですよ。ただ、もっとましなウソをついてくれ。これなら宇宙人にさらわれて超能力を植え付けられるほうが、よっぽどストーリーにはいっていけます。

 さて、主人公の得た超能力とは。

 片目をつぶると人間が別のモノに見える。「人の心の歪みが見えるんですよ!!」

 ヤクザの組長がロボットにはいった少年。ケータイギャルが六つに輪切り、腰だけ回転してる。デブサラリーマンが横から見るとペラペラ。カップルの男の頭が亀頭で、女の腰が金庫。

 何やねん、このわかりやすさは。

 これって新聞の風刺マンガの世界じゃないのか。「ホムンクルス」で異形に見える人間たちの顔を、政治家の顔に入れ替えて考えてみてください。毎朝、わたしたちが広げる新聞の中で、必ず読まされる面白くも何ともないマンガと同じ。

 あまりに定型、あまりに陳腐。人の心を形にあらわすのが難しいとはいえ、このレベルでいいのか。わたしは「まんが甲子園」の作品を読んでるのか。

 4巻では男女の恋愛ゲームを砂と水で絵解き。砂からできている万引き少女は、実は記号の集合で、それを作っているのは世間体を気にする彼女の母親。わかりやすいっ。

 人の心がこんなに簡単にわかるなら、だーれも苦労はしません。心ってもっとフクザツで訳わからんものだろう。だからこそわたしたちは自分の心すら理解できず、日々悩みながらも生きているんです。わかりやすく世界を絵解きするのがマンガの役目であるとはいえ、「ホムンクルス」、現代日本マンガとしては、底が浅いぞ。

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