« November 2004 | Main | January 2005 »

December 31, 2004

ジャパニーズ・オルタナティブ「ガロ」

 アメコミに、オルタナティブ・コミックというジャンルがありまして、これが英語の苦手なわたしには、なんと訳していいかわからない。辞書ひいても、二者択一の、とか代わりの、とか書いてあって、「二者択一のマンガ」って何よ。

 「メインストリームのスーパーヒーロー・コミック以外の、別の価値観を持つムズカシげなコミック」とでも訳すべきなんですかね。でも、オルタナティブ・コミックのもっといい日本語訳がありました。「アメリカの、ガロ系のマンガ」

 ガロが分裂しちゃってもう長くなりましたが、今も「ガロ系のマンガ」と言って通じますか。ガロも歴史が長いので、「カムイ伝」を思い出す人、つげ義春を第一に挙げる人、湯村輝彦の表紙をイメージする人、長井勝一引退後のツァイト時代しか知らない人、いろいろなんでしょうけど、ジャパニーズ・オルタナティブといえば、やっぱり「ガロ」。でも、いまやガロ系マンガは、大手出版社の各月刊誌に分散しちゃった感があります。

 ガロこそ、オルタナティブの牙城でした。ガロがもしなければ、日本のマンガはものすごく偏った進化をしたんじゃないか。片手にジャンプ、片手にガロ。おかげで日本マンガはオルタナティブの長い歴史を持つことができ、読者のマンガ読み能力が上昇しました。蛭子能収や根本敬を面白がることができるようになったのは、この雑誌できたえられたおかげです。

 ガロ末期の副編集長にしてやまだ紫の同居人・白取千夏雄のブログが始まっております。以前より自身のサイトがありましたが、ブログ形式になって書きやすいと見えて、更新速度が30倍増しぐらいになってます。「(連載)青林堂大学」に期待。


 というわけで、本年はこれでおしまいです。良いお年を。

| | Comments (2) | TrackBack (1)

December 29, 2004

名作になりそこねた「エマージング」

 外薗昌也「エマージング」が2巻で完結しちゃいました。けっこう評判になってたのにねー、長期連載とはなりませんでした。

 エボラ出血熱を描いたノンフィクション「ホット・ゾーン」が1994年。ダスティン・ホフマン主演の映画「アウトブレイク」が1995年。そして10年。SARSや鳥インフルエンザを経験しても、まだまだおそまつな日本の感染症医療や行政を背景に描かれたパニック・マンガが「エマージング」でした。

 エボラに似た症状をもつ新興感染症が日本で発生。感染力が強く、致死率も高い。もちろん治療法もない。

 この作品では咳をする患者がウイルスをばらまくシーンを、神の目で見ることから始まります。ホラーとして描かれるわけです。そして患者の急死のシーン。ここもホラーです。そして医療現場、報道、政府、市民のパニック。

 風呂敷を広げようと思えばいくらでも広げられる題材を手にしているのに、残念ながらすべてのシーンが不十分な描写となってしまいました。たとえば医療現場のパニックがこの程度であるわけがない。救急車を使う患者搬送で、救急隊員がどれほどの危険と隣り合っているか。一度使った救急車の消毒をどうするのか。感染を恐れる医療スタッフの現場放棄がどの程度あるのか。

 描かれていない部分もいかに多いか。世界に目を向けるとWHOはどう動くか。各国政府が日本に対してどのような対応をするか。感染症は感染ルートの検索こそミステリ的に面白くなると思うんですけどそれは。そして治療法の発見はどうなされるか。パニックに政治はどう対応するか。今ちょっと考えただけでも、ああ、あれも読みたい、これも知りたい。

 おそらく著者も描きたいこといっぱいあったんでしょうが、2巻の後半で事件をあっというまに収束させてしまいました。おそらくは打ち切りでしょう。すべてを描ききれば(すごく難しいことではありますが)、名作になるはずだったのに、惜しかったなあ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 27, 2004

風景が語る

 マンガの登場人物でなく、風景に語らせてうまいのが大友克洋。彼のマンガでは無機質の巨大ビル群がどれだけ饒舌に語りかけてきたか。

 大友が都会の風景なら、自然の山や森を描いて語らせる第一人者が谷口ジローでしょう。白土三平やさいとう・たかをの山と、どこが違うかといわれると困っちゃうんですが、あえていうなら、何かを語らせようという意思でしょうか。もちろん、超絶テクニックがあってこその話。

 このビッグ2に対して、誰かを忘れちゃあいませんか、と割ってはいってきたのが、秋本治です。

 集英社新書で出た「両さんと歩く下町 『こち亀』の扉絵で綴る東京情景」は、いい本ですよー。「こち亀」で描いた東京風景を見せながら、著者が東京案内をしてくれます。わたしは東京には土地鑑がないんですが、それでも面白かった。「こち亀」のトビラの東京風景も、これだけ集めると壮観だなあ。

 描かれたトビラ絵は、その時代に著者が取材した東京の、まさに普通のそのあたりの風景。ただし「こち亀」はもう30年近く連載が続いていますから、それぞれの時点で現在だったものがすでに失われた過去になっています。

 単なる街中の階段や陸橋がこれほど懐かしく感じさせるのは、著者の東京に対する愛のせいか。今や秋本治は使命感を持って、「現在」の東京の記録を続けています。

 大友克洋が都会、谷口ジローが自然を風景に語らせるなら、秋本治が風景に語らせているのは時間です。「こち亀」の長期連載が生んだ意外な宝物になりました。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

December 25, 2004

「ホムンクルス」をどう読むか

 宣言しておきますが、これから、けなします。ネタバレもありますので、既読のかただけどうぞ。

 映画の評判なら毀誉相半ばというのはよくあるんですが、マンガは長編で、かつ連載中から評価されることが多いせいか、評判が良いか、無視されるかのどちらかでしょう。世間で評価の高いマンガが自分の評価と異なる場合、多くはご縁がなかったと本を閉じるのですが、このマンガについては前から言いたいことがいろいろと。

 山本英夫「ホムンクルス」4巻が発売されました。世評の高い作品です。今年の「このミステリーがすごい!」の表紙にも選ばれましたから、今年を代表するマンガのひとつと考えられているのでしょう。しかし、わたしはどうしても楽しめない。以下にその理由を。

 この作品が注目された原因のひとつはトレパネーションの奇妙さ。頭蓋骨に小さな穴をあけることで超能力を得る。あまりに簡単すぎる手法。金も修行も必要ない。こんなことなら自分にもできちゃうじゃん。スゴイ。

 トレパネーションで超能力を得られる理由は、「頭蓋骨内の圧力が変化し」「脳に大量の血液が流れるようになり」「脳の活性化した状態を取り戻すことができる」 と説明されます。

 そんなことはありません。

 脳外科の分野では手術で頭蓋骨に穴を開けることなど日常茶飯事です。多いのが慢性硬膜下血腫の手術。特に高齢者などで頭部打撲などをきっかけにゆっくりと脳と硬膜の間に出血がおこり、脳を圧迫して神経症状が出る病気です。治療はどうするか。局所麻酔で頭蓋骨に直径1cm強の大きさの穴を開けて、中の血液を吸い出します。

 まさにトレパネーションでしょ。作品内じゃ半径3mmの穴ということになってますから、これより大きい。こういう手術が日常的に行なわれているんですよ。だったら世界中スーパーマンばっかりになっちゃうじゃないか。

 開けた穴はどうなるか。穴を閉じるようなことをしなくても、こんな小さな穴が開いたままなんてことはありません。頭の皮膚を縫合しておけば、皮下の結合組織が盛り上がってきて数日で骨の穴を埋めてしまいます。

 じゃあもっと大きな穴を開けたらどうなるでしょう。実は脳外科手術では頭蓋骨の一部をはずしたまま、その骨を戻さずに皮膚を縫合してしまうことがよくあります。これは脳のむくみで頭蓋内圧が上昇するのを予防するため。つまりこの状態では頭蓋骨の一部が大きく欠け、皮膚の下にやわらかい脳があることになる(ま、実際は硬膜その他の組織が間にあるんですけど)。

 この状態で数ヶ月すごす人もいるんですが、彼らはどうなるか。「sinking skin flap syndrome」という病気があります。頭蓋内圧よりも大気圧のほうが高いため(←ココ重要ですよ!)、骨のない皮膚の部分が、ぼこんとへこんじゃうんです。

 へこんだ皮膚が脳を圧迫して、ひどいときは手足のマヒをきたすこともありますが、意欲の減退とかぼーっとしてしまうといった軽い症状が多い。どうすれば治るかというと、はずしてあった骨をもとに戻せばいいんです。

 というわけで、頭蓋骨に大きな穴を開けたとしても、脳に大量の血液が流れることはありません。

 お話の前提にこのようなトンデモ理論を持ち出されると、その段階で待たんかーいと叫びたくなっちゃう。ウソはついてくれてかまわんのですよ。ただ、もっとましなウソをついてくれ。これなら宇宙人にさらわれて超能力を植え付けられるほうが、よっぽどストーリーにはいっていけます。

 さて、主人公の得た超能力とは。

 片目をつぶると人間が別のモノに見える。「人の心の歪みが見えるんですよ!!」

 ヤクザの組長がロボットにはいった少年。ケータイギャルが六つに輪切り、腰だけ回転してる。デブサラリーマンが横から見るとペラペラ。カップルの男の頭が亀頭で、女の腰が金庫。

 何やねん、このわかりやすさは。

 これって新聞の風刺マンガの世界じゃないのか。「ホムンクルス」で異形に見える人間たちの顔を、政治家の顔に入れ替えて考えてみてください。毎朝、わたしたちが広げる新聞の中で、必ず読まされる面白くも何ともないマンガと同じ。

 あまりに定型、あまりに陳腐。人の心を形にあらわすのが難しいとはいえ、このレベルでいいのか。わたしは「まんが甲子園」の作品を読んでるのか。

 4巻では男女の恋愛ゲームを砂と水で絵解き。砂からできている万引き少女は、実は記号の集合で、それを作っているのは世間体を気にする彼女の母親。わかりやすいっ。

 人の心がこんなに簡単にわかるなら、だーれも苦労はしません。心ってもっとフクザツで訳わからんものだろう。だからこそわたしたちは自分の心すら理解できず、日々悩みながらも生きているんです。わかりやすく世界を絵解きするのがマンガの役目であるとはいえ、「ホムンクルス」、現代日本マンガとしては、底が浅いぞ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 23, 2004

いがらしみきお「sink」の実験

 やーなマンガ読んじゃったなあ。いがらしみきお「sink」が2巻で完結。1巻が刊行されたのが2002年で、2年ぶりの2巻は、本の厚さも1巻の2倍という変則。

 大学教授の山下は郊外の造成地に一戸建ての家を新築したところ。ところが、彼の周囲に奇妙な事件や人物が出現。もっとも大きなトラブルはひとり息子・高校生の駿がある暴力事件をきっかけに引きこもりになってしまったこと。その後、奇妙な事件は彼の周囲だけでなく、地域のあちこちで起こっていることがわかります。頻発する自殺や殺人、事故の陰で暗躍するのは何か。

 「ぼのぼの」の作者が「劇画」で「ホラー」を描きました。ネットで連載されたもので、モニタ上でソフトを使ってモノクロの濃淡をつけた絵。薄墨でもなく、スクリーントーンでもない中間濃度は、光と影をまったく新しく表現しておりこういうのは見たことがなかった。ただしあとに続く作家がいるかどうか。

 モニタ上ならモノクロよりカラーが使いたくなるでしょ。でも著者がモノクロを選んだのは、ホラーにはモノクロが似合うこと、出版を考えていたこと、新しい表現に挑戦したかったことなどが理由でしょうか。実はモニタで見たほうが「クリアな中間濃度」にはずっと良かった。紙に印刷してしまうと、かなり眠たい画像になっちゃってます。ですから著者の意図した絵はモニタ上にしかないんですが、やはりマンガは書物のかたちのほうが読みやすい。ジレンマですなあ。

 と、その先進性を十分認めながら、この作品、怖いというより気持ち悪いんですよー。救いのないラストで読後感も悪いんですよー。ホラーなんだから当然と言われそうですけど。作品内で怖がるのは主に中年男なんですが、これがイヤ。ホラーで真面目なオッサンが怖がると話が深刻になっちゃうなあ。

 とはいうものの、人体や建造物が○○される描写は、すごく斬新です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 21, 2004

さらに酒井七馬と紙芝居について

 先日のエントリ、酒井七馬の話の続きです。

 佐久良五郎(さくらごろう)=酒井七馬の紙芝居「原子怪物ガニラ」の絵元は、「三邑会」です。

 三邑会=「さんゆうかい」と読みます。1939年ごろから大阪で紙芝居を演じていた塩崎源一郎(2000年に88歳で没)が、戦後に立ち上げた絵元。それまで大阪の紙芝居演者は東京から紙芝居を借りていたそうです。絵描き7、8人が住み込みでもちろん手描きの絵。全盛期が1950年ごろで、東の加太こうじ、西の塩崎源一郎とまで呼ばれたそうです。

 ここに酒井七馬も参加して、紙芝居を描いていました。

・その塩崎氏が育てた紙芝居作家の中に、佐倉五郎という人物がいた。彼は、後に酒井七馬(しちま)と名を改め、新人漫画家手塚治(治虫)と出会って「新宝島」を出版する。

 上記のような記述もありますが、これには誤解があるようです。「新宝島」が発行された1947年には酒井七馬はすでに40歳。戦前、1934年から1935年ごろには日活京都漫画部で、1942年には日本映画科学研究所でアニメーション制作もしており、当時はすでにベテラン作家。塩崎が「育てた」わけではありません。酒井七馬にとって紙芝居への参加はあくまで生活のためであったでしょう。

 酒井七馬の絵はどのような感じのものか。ネット上で探すとこのようなものがあります。

正義の一弾:表紙もおそらく酒井七馬が描いています。このあくの強い絵が後期酒井の特徴。

雑誌「ハロー・マンガ」の表紙は酒井七馬のようです。童画タッチ。

ココでは佐久良五郎名義の紙芝居を見ることができます。「恐怖のフランケン」と「鉄人ちびっこ」

 「新宝島」以後の酒井七馬の仕事として紙芝居以外に、なんと1965年からのTVアニメ「オバケのQ太郎」に演出・絵コンテの一員として酒井七馬の名前が発見できます。

 最晩年には西上ハルオと組んで「ジュンマンガ」(これに掲載されたのが西上ハルオ模写版の「新宝島」)を発行したり、文進堂「マンガのかき方」「ストーリーマンガのかき方」の監修などをしていました。これらは彼にとって幸せな仕事だったでしょう。

 酒井七馬を愛読していたマンガ家も多く、さいとう・たかを、楳図かずお、鴨川つばめ(彼は「マンガのかき方」を読んでたらしい)などが、後年に影響を受けた作家として酒井の名を挙げています。

 最後に、酒井七馬とは早々に袂をわかった手塚治虫の文章から。

・ところで、ぼくとコンビを組んでいた酒井七馬氏だが、「新宝島」のあと、たいへんな密画の絵物語を数冊出したきり、ブームに乗ろうともせず引きさがってしまったのである。聞けば、あまりに凝りに凝った画風のために、時流に乗った多作ができず、やがて新人達に押し流されてしまったのであろうという。

・ぼくが東京へ居を移してからは、全然音信が絶えていたが、二十年近くたった昭和四十三年の春、久し振りでお目にかかった。いつものごとく瀟洒な服をりゅうと着こなし、長老然として磊落に世間話などをする氏に接し、ああ、老いてなお健在だなと思った。それから一年もたたないある日、とつぜん、氏が肺結核で亡くなったという知らせがはいった。なんでも、入院費も治療費もなく、バラックの自宅にたったひとり、寝たきりのままコーラだけを飲み、スタンドの灯で暖をとっているのを人が発見した。が、そのときはすでに手遅れだったそうである。生活はよほど困っていたらしいが、仲間に会うときには、きちんと背広を着、胸ポケットからハンカチをのぞかせて出席するだけのプライドをまだ持っていたので、誰一人、氏のからだが病魔に蝕まれていることに気づかなかったという。漫画家の孤独と宿命を背負った最期だった。(手塚治虫「ぼくはマンガ家」改訂版・1979年)

 酒井七馬は1969年1月23日亡くなりました。享年62歳。

| | Comments (6) | TrackBack (1)

December 20, 2004

あまりにフツー「ガラスの仮面」42巻

 美内すずえ「ガラスの仮面」42巻を読んで、何に驚いたかって、そのあまりの変わらなさ。

 そりゃま、ケータイが出てきて衝撃、とか、登場人物のファッションはいつの時代やねんってなツッコミもできますが、この巻のスゴイところは、大きな盛り上がりのあとの地味な展開を地道にやっているところ。

 40巻が1993年発行。41巻が1998年。今回の42巻が6年ぶりなわけですから、発行自体がビッグニュースになるような作品です。まして40・41巻の最高のクライマックス、宗教的アッチニイッチャッタ?展開のあとを受けての42巻。これは読者期待するでしょ。何がおこるのか。

 ところが、この巻、いつものガラスの仮面でした。マヤは「いつものように」紫のバラの人にふられて落ち込み、桜小路くんにはげまされて復活してるし、大事故にまきこまれても平気。真澄さまは桜小路くんに嫉妬の炎をメラメラと。亜弓さんは「いつものとおり」の珍特訓。今回は部屋の環境を昔風にして、食事も肉・魚禁、そしてオリンピック並のトランポリン。いつもと同じだ。

 (フツーとはいっても「ガラスの仮面」世界でのフツーではありますが)6年待ってこのフツーさは、かえって驚きです。悠揚せまらぬ堂々たる展開(悠揚せまらぬすぎ)。紅天女の試演や本公演まで期限を切ってのラストスパートです。雑誌やプラチナ増刊版の展開によると姫川亜弓はこれから○○するはずですが、ホントにそうなのか。さらにこの刊行ペースでホントに完結するのかという心配をしながらさらに6年(?)、克目して待つべし(泣)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 19, 2004

南湖寄席と酒井七馬の紙芝居

 旭堂南湖の講談の会に行ってきました。上方講談の若手の方で、明治時代に流行した「探偵講談」を現代に復活させて話題になっております。「まだらの紐」とか「六つのナポレオン」とか。

 見台に拍子木も置いてあったようですが、ほとんどそれを叩くこともなく、ほら、講談って台をぱんぱん叩くイメージじゃないですか。それがなくって意外と静か。でもしゃべりは講談ですからあくまで滑舌よく、落語とは違いますねー。

 当日の演題は、「赤穂義士銘々伝より堀部弥兵衛」、「SF講談紙芝居/原子怪物ガニラ」、「探偵講談/くろがね天狗」の三本。

 このうち「くろがね天狗」は、日本SFの先駆者・海野十三の作品。海野十三は戦前に科学推理小説(乱歩の命名)「電気風呂の怪死事件」でデビュー。以後科学小説や探偵小説で人気となり、作品数は長短あわせて数百といわれています。とくに少年向け冒険小説は、手塚治虫らが子供時代愛読した作品として海野十三の名をあげることが多い。周期的に再評価される人ですが、実は作品そのものは現在読んでみるとヘナヘナとなるようなモノで、決して面白いものではありません。

 「くろがね天狗」も、大江戸の町を荒す辻斬りの怪剣士。刀も鉄砲も平気。実はテレパシー(!)で操作されるロボット。という、現代から見ればちょっと待てーっといいたくなるような作品で、聞いていてアゴががくんと下がりました。

 お目当ては紙芝居「原子怪物ガニラ」。作者は佐久良五郎(さくらごろう)こと酒井七馬。酒井七馬は手塚治虫との合作「新宝島」で歴史に名を残しましたが、晩年は恵まれていたとはいいがたい。1969年に62歳でなくなっていますから、1947年の「新宝島」発行のころ40歳です(当時手塚は18歳)。

 「ガニラ」の制作時期は、南湖さんは1950年代というだけではっきり言ってくれませんでしたが、「ガニラ」はネーミングからしてゴジラの影響下にあるよう。しかも北の海が舞台ですからイメージとしては第2作「ゴジラの逆襲」(1955年)が元ネタか。神戸で紙芝居を描いていた水木しげるが、いよいよ食べられなくなって上京するのが1957年。アトムのテレビ放映開始が1963年。1960年代半ばにはわたしの周囲からは紙芝居は消滅しました。

 「原子怪物ガニラ」、どんな話かというと。

 北の海を行く2隻のカニ漁船。船長は彫りの深い西洋顔。漁船の船長とは思えない、外国航路のキザな船長のような帽子と服装。息子の少年・シンイチくんも乗り込んでいますが、かれも派手な顔に黄色のセーター。今見ると、ファッションセンスや顔は吉田戦車の人物のよう。

 大漁に喜んでいたところ、突然大きな氷山が割れて巨大なカニが現れます。「原子怪物ガニラだっ」

 このあたりお約束ですが、初登場時から名前がついています。おお、カニを食べ、原子をもてあそぶ人間への自然界からの復讐がテーマなんでしょうか。漁船の1隻はガニラのはさみで壊され沈没。シンイチくんの船も全速力で逃げますが、船員が胴体をハサミではさまれちゃったりします。けっこうスプラッタ。

 ついに追いつかれて船の後部をガニラのハサミでちぎられてしまう。そこから船の燃料の重油が海に流れ出すのを見て、シンイチくん、「そうだ、海に火をつけよう」

 シンイチくんの計略は成功。ガニラは火につつまれ海中に一時逃げます。再度ガニラがあらわれたらどうする。シンイチくん、さらに提案。「船を燃やして自分たちは海へ逃げよう」

 おーい。北の海でそれはあまりに無謀ちゃうんかい。というところでこの日は6巻までで終了でした。

 展開はすごくのんびりしていて、いつまでたってもガニラと船がおっかけっこしてるばかりで、お話が進みません。これが紙芝居のペースだったのかなあ。わたしの記憶ではそうじゃなかったような気が。絵は海と船と巨大カニだけなんで、怪獣モノの迫力はあんまりありません。せめて都会が舞台だったら。

 あははと笑えてしまう紙芝居ですが、酒井七馬のようなそれなりに名を知られた人物の作品であることを考えると何か悲しくなっちゃいますね。

 南湖の講談には川崎ゆきお原作の「猟奇王」もあるそうで、こ、これは聞いてみたい。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

December 16, 2004

シガテラとは

 最近のマンガでもっとも楽しみに読んでいるもののひとつは、古谷実「シガテラ」です。稲中以来の「ヘンな顔のアップ」や「若い恋愛の気恥ずかしさ」などがいっぱい詰まってて読みながら笑えるのに、この不安感は何だ。

 特に2巻までの、へらへら笑いながらも、このままですむはずがない、絶対カタストロフィがくるに違いないと思いながら読む、奇妙な感覚。今までに出会ったことのないオモシロサです。ついに3巻になって悪意と暴力が渦巻き始めていよいよこれからに期待。

 シガテラ(ciguatera)とは何でしょうか。熱帯・亜熱帯の魚によっておこる食中毒で、通常日本でよくおこる腸炎ビブリオなどの細菌性食中毒とは異なり、シガテラ毒といわれるシガトキシンやマイトトキシンなどの神経毒によって引き起こされるものです。神経毒ですから症状は下痢や嘔吐よりも、四肢のしびれ、重症になると呼吸困難となることも。

 シガテラ毒のおもしろいところは、魚がもともと毒を持っているのではなく、サンゴ礁についている有毒な藻類を草食魚が食べて、体内に毒を蓄積する。さらに草食魚を肉食魚が食べて、毒はどんどん高濃度になっていく。これをヒトが食べて中毒になるんですね。

 実は、身近なところではフグ中毒もこのパターンです。フグも、もともと毒をもっているわけではありません。フグ毒の本体、神経毒のテトロドトキシンも、藻類に付着する微生物→これを食するヒトデなど→これを食べる貝類→これを食べるフグと食物連鎖の中でバトンタッチされていきます。フグ毒も神経毒で、呼吸筋マヒで死亡します。

 興味深いのはこれらの毒は、サカナにとっても毒なんですね。毒に弱いサカナは毒を食べて死んじゃって、毒に強いサカナだけが生き残っていく。そして最後に食べた人間に害をおよぼすのです。

 さて、「シガテラ」の中でシガテラ毒が悪意だとすると、悪意は食べてられてその人間を殺すこともありますが、その悪意で死ぬことなく悪意を蓄積させる奴もいる。さらにその悪意が次の人間に食べられ、そいつが強ければ悪意はさらに濃縮されバトンタッチされる。このマンガのラストシーンでは、悪意はどの登場人物の中で、どこまで濃縮されるのでしょうか。考えるだにオソロシイ。

 というわけで、このマンガのタイトル、「シガテラ」じゃなくて「フグ」でもよかったんですが、さすがにこれではちょとまずいか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 14, 2004

ぽっこかぼっこか

 モニタ上の字ではわかりにくいのですが、このタイトルは「pokko」か「bokko」かと書いてあります。何のことかというと。

 先日、わが家の同居人その3が図書館から借りてきた本に「学研まんが人物日本史 福沢諭吉」(1980年)というのがありまして、著者は太田じろう。あらー、なつかしい名前。あいかわらずうまい絵だなあ。学習マンガあなどるべからず。

 太田じろう:1923年東京生まれ。児童マンガで活躍し1959年第5回小学館漫画賞受賞。

 いっぽうBSマンガ夜話のあすなひろしの回の流れで、ネット上にある、みなもと太郎があすなひろしのことを語ったインタビューを楽しく読んでいたのですが、ここに太田じろうの名が。

・太田じろうは少年誌でお相撲さんの漫画を、幼年誌では「こりすのぽっこちゃん」を、「りぼん」では可愛いのを描き分けて(以下略)

 さてここで、あれ、みなもと太郎は「pokkoちゃん」と言ってますが、「bokkoちゃん」じゃなかったっけ、と。わかんなくなっちゃいました。そこでgoogleで検索してみました。

・こりすのぽっこ(pokko):12件
・こりすのぼっこ(bokko):10件
・こりすのぽっこちゃん(pokko):13件
・こりすのぼっこちゃん(bokko):0件

 ぽっこちゃん(pokko)派優勢です。いろいろ読んでみますと、

・1963年「小学一年生」には「こりすのぽっこちゃん(pokko)」というマンガが連載されていた。

・そのころに「こりすのぽっこちゃん(pokko)」というタイトルの絵本(鈴木出版)もあった。

・1958年には「こばと」という雑誌に連載されていたらしい。

・1959年の受賞作タイトルは「こりすのぽっこ(pokko)」派と「こりすのぼっこ(bokko)」派が拮抗している。でもなぜかタイトルに「ちゃん」はついてない。

・日本児童教育振興財団のサイトでは「こりすのぽっこ(pokko)」ですが、小学館のサイトでは「こりすのぼっこ(bokko)」と書かれています。ともに「ちゃん」はついてない。

 印刷物ではどうか。虫プロ「COM」1970年7月号に御本人のインタビュー記事が載っていました。

 高等小学校を卒業後、いわゆる「かき版屋」に就職。その後映画の看板描き。ほかにも新潮社や東宝の美術部に勤めたこともあるそうです。戦前には絵本の仕事も。

 戦後「漫画自由人」に参加。井上一雄の急死にともなうピンチヒッターで少年クラブに「お山のくろちゃん」を連載開始、人気を得る。この記事にはちゃんと受賞作は「こりすのぽっこちゃん(pokko)」であると書いてあります。民放テレビでも4年間人形劇として放映されたそうです。

 ネットでもやっと書影をみつけました(古書店のサイトなので、売れたら消されちゃうでしょうが)。1960年の集英社「こばと」第3巻第2号は「お正月増刊ぽっこちゃん号」、第3巻第6号は「春の増刊ぽっこちゃん号」と題されてます。

 やっぱり「ぽっこちゃん(pokko)」だったか。

 おそらく諸悪の根源は小学館のサイトです。ここが「こりすのぽっこちゃん(pokko)」を、「こりすのぼっこ(bokko)」しかも「ちゃん」抜きで誤記したせいで、ここから引用されるかたちでまちがいが流布したのでしょう。

 このような戦後マンガ史の重要メンバーの主要作品が、こんなことでいいのか。小学館、しっかりせんかっ。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

December 12, 2004

安彦良和の選択:アニメよりマンガ

 先日放映されたBSマンガ夜話、安彦良和の回のため、「アリオン」と「虹色のトロツキー」を集中再読しておりました。安彦マンガじゃ二作とも、主人公何もしないで流されてるばかり、といった感想はさておき、安彦良和のように絵がやたらとうまくて語りたいお話を持っているヒトは、アニメよりマンガを選ぶのだなあ。

 「完全復刻版 安彦良和画集」という本があります。元版は1981年に発行されたもので復刻版が1998年。ガンダム放映が1979年、同年「アリオン」連載開始、小説「シアトル喧嘩エレジー」発行が1980年。この本の発行のころは「80%アニメーター」だったと。

 復刻版発行時の著者インタビューが載ってまして、「今は、漫画家?」と問われて「100%漫画家」と答えてます。「どっちがいいの?」という質問には、

・それはもう、全然今のほうがいい。それはこういうことなんだけど、辛かった。悪夢みたいな時期もあった。アニメには本当にいろいろ教わったしいろんな人にお世話になったけど、俺ってやっぱりあの世界には向かない。それはもうはじめっから感じてたから。

・わがままだからね俺って。やりたいことやりたい。やりたくないことはいや。

 要はアニメではやりたいことがやれなかったが、マンガ家としての今はそれができる、ということでしょう。商業主義を非難されながら、マンガというフィールドに今でもそれだけ作家的自由が残されている事は喜ばしい。

 この本には子供時代の習作マンガの一部が掲載されています。習作とはいえ、大学ノート2冊に描かれたもので堂々たる長編でちゃんと完結しています。

 タイトルは「遥かなるタホ河の流れ」。おお、タイトルからして大河ドラマっぽいぞ。小学三年からマンガ描き始めて10年、これが最後の「ちゃんと終まいまで描いた作品」と書かれていますから、高校三年ごろか。となると著者が1947年生まれですから1965年ごろのもの。

 鉛筆描きじゃなくて、ちゃんとペン入れしてます。絵柄は横山光輝調ですが、デッサンきちんとできててたいしたもの。セリフは縦書きなのにページが左から右へ進行する変わった体裁です。

 スペイン内乱を舞台に男女の悲恋を描いた(らしい)作品。安彦良和は劇画と出会わなかったように書かれていますから、この作品も深刻な内容を横山光輝の絵で描いたもの(らしい)。これが後年の、あの絵で「トロツキー」のようなお話を描く、というアンバランスさの萌芽だったのでしょうか。


○おまけ:安彦良和から見た富野ソーカントクのこと

・頭こそ悪かろうはずはないが彼は御世辞にも器用ではなく(略)分別は世間的に見て並以下であって、我田引水の傾向が顕著だからそうそう話の通じ易い相手でもない。

 そうか、並以下か。

| | Comments (2) | TrackBack (1)

December 10, 2004

メガネは今でもムズカシイ

 山名沢湖「委員長お手をどうぞ」1巻は、ある高校のいろんな委員長(風紀委員長とか美化委員長とかね)を主人公にした短編集ですが、委員長といえばメガネっ娘だあ、というわけで6話中2人がメガネかけてます。著者のコメントによると、もっとメガネかけさせたかったけど多すぎるので控えた、と。

 さて山名沢湖の描くメガネっ娘はちょと変わった表現。メガネの下の部分だけを目の下に描いて、メガネ上部の線を省略している。メガネのつるも省略。この描き方、他のマンガでも見かけたことあったような。

 実はこれ、レンズが上下にせまいメガネの表現です。トミー・フェブラリーとかがかけてるやつね。つまり、このマンガの登場人物は古典的少女マンガに近い顔の造作なもんで、当然のように目がでかい。だから上下にせまいメガネをかけると、目のほうが大きくなっちゃって、きちんとメガネを描いちゃうと瞳のところをメガネの上部ラインが横切ることになる。だから線を省略してるんですね。こりゃかなり無理な表現だなあ。

 古典的マンガの登場人物がメガネをかけると、目は単なる点で表現されました。のび太くんですな。メガネのレンズの中でこの点は黒目としてみなされ、レンズ内のあちこちに移動して視線の方向をあらわします。でも「へ」の字になって笑ったり、片目をつぶったりも可能で、これは黒目であったり、目そのものであったりのファジーな物体です。

 この人物がメガネをはずしたときは、この点はあきらかに目そのものです。つまりメガネをはずすと、目がすごく小さい人物となる。近眼だからメガネをはずすとまわりが見えにくい、という表現にも使えましたけど。

 目の大きなヒーロー、ヒロインクラスの人物にもメガネをかけさせたい。次に考えられたのがメガネを描いて目を描かない手法。手塚治虫「リボンの騎士」の目だけおおうマスクもメガネのバリエーションでしょうが、少女クラブ版ではマスクの目の部分は空白でした。なかよし版では空白だったり、暗黒だったり。目を描いたカットもありますが、やはり大きな目の周囲がうるさくなってデザイン的にもうひとつ。

 メガネを描いて目を描かない手法は今でもあたりまえに使われています。これなら、メガネをはずすとあら美人、というサプライズを演出することも可能。本来の大きな目より小さなメガネをかけさせることもできなくはない。ただしメガネ人物に目がないということはサングラスといっしょで、感情表現ができなくなるのが難点です(ただし真っ白な目と同じ効果を期待する時は別)。

 というわけで、70年代少女マンガのメガネっ娘は大きな目にあった大きなレンズのメガネをかける、という表現をされてきました。多くは銀縁メガネか、レンズに直接つるをつないだタイプ。というか適当な丸でした。メガネに枠があるとただでさえ大きく複雑な表現をしている目の周囲がうるさくなっちゃうんで。ただしマンガの中での目の大きさとメガネの大きさの比率は、リアルのそれとはかなり違うものとなります。実はこの比率の違いこそ二次元メガネっ娘萌えのルーツじゃないか。現実にはありえない目とメガネの大きさの比率が微妙な「カワイイ」を誕生させたのかも。

 この表現はメガネをかけたままでの感情表現を可能としましたが、目が大きいとそれだけメガネも変形せざるを得ないわけで、他の服装を含めた小道具がリアルをめざしている中、メガネだけが取り残されることになります。

 1980年、画期的なメガネっ娘が登場。「Dr.スランプ」のアラレちゃんは、大きなマンガ的な目を持ちながら、きっちりした枠のある立体的メガネをかけました。しかも着脱可能、目の周囲もうるさいと感じられない処理。当時プラモデルでアラレちゃんを作ったことがありましたが、メガネも立体、顔も立体で、作ったあとにメガネかけさせてちゃんとアラレちゃんに見えました。鳥山明の画力はすごいなあ。

 以後マンガの中のメガネは、なんとかきちんと立体で描こうとする派と、どうでもいい丸に描いちゃえ派にわかれます。雑誌の表紙になる女の子などはかなりていねいなメガネ描き込みですよねー。ただ目がどうしても大きいので、メガネのリアルを求めると鼻メガネ化しちゃいがち。老眼鏡かっ。

 現代日本マンガの弱点というか、特徴というか、リアルから大きく外れているのが目と鼻の表現です。このふたつの間にあるのがメガネ。ですからメガネもムズカシイ。最近の目の小さなリアル系登場人物たちにはなんてことのないメガネですが、日本マンガの伝統的大きな目を守ろうとするグループにとっては、メガネ表現はまだまだ苦難の道のりが続きそう。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

December 07, 2004

マンガ描いてたころの森博嗣

 創刊当時の「だっくす」→「ぱふ」をひっくり返しておりましたところ、1979年11・12月合併号、この号は「特集・全国まんが同人誌地図」というやつなんですが、こんな人のマンガが。

 森博嗣(「むく」とルビがふってあります)

 ありゃりゃ。森博嗣といえば大学の建築学科助教授でありながら、1996年に「すべてがFになる」でミステリデビュー。以後すっごいスピードで新作を発表し続ける作家じゃありませんか。わたしも「すべてがFになる」「冷たい密室と博士たち」「笑わない数学者」まではおつきあいして読んだんですが、そのあまりの速い刊行ペースについていけず、脱落しました。

 かつてはマンガ描いてたんですねー。その筋では有名な話だったらしくて、1999年発行の「森博嗣のミステリィ工作室」というファンブックみたいな本には、自身のマンガや萩尾望都との対談(うわぁ)、山田章博のコラムなども載ってるらしい(未見です)。

 昔の森博嗣のマンガをネットで公開してるサイトもありました(と書いたとたんにタッチの差で消去されたみたい。著作権が問題になったのかしら。http://plaza.rakuten.co.jp/garret19xx/←ココだったんですけど)。

 「ぱふ」1979年11・12月合併号の紹介によると、参加サークルは名古屋の「ドガ」。東海高校まんが研究会を中心につくられたグループで、コミックカーニバルを主催するなど名古屋の同人誌界をリードする存在だったそうです。1957年生まれですから、このころは大学生かな。

・「ドガ」メンバーの中で特筆すべきは、何といっても森博嗣氏である。とやかく言うよりも、まず今号掲載の作品を読んでもらえば十分だろう。森さんの作品の特徴は細かく描き込まれたバックと実に繊細な感情のこもったネームとにある。ほとんど一篇の詩といっていい。森さんは現在編集長の堀田清成さんと一緒に「ドガ」の初めから作品を描き、かつ編集もやってきた。今では一応「ドガ」を離れているということだが、「描ける」人だけにこれからもまんがを描いていって欲しい。

 「ぱふ」のこの号では、さべあのま、けもこびる(高橋留美子)、いしいひさいち、まついなつきらと並んで作品が掲載されてるんですから、この時代のスターアマチュアだったんでしょう。

 掲載作品は「やさしい恋人へ 僕から」というタイトル。副題が「狂気と幻想の箱」で8ページ。ストーリーはないも同然。饒舌なセリフと当時の少女マンガ調のきれいな絵を楽しむ作品。

・季節の絶えた想いの森では
 羊歯の茂みに露がこぼれる
 大好きな魔法の風が微笑する
 悲鳴のテントをはりめぐらして
 プラスチックの青白い
 氷が自由を誓う時
 僕は絶望の船乗りとなって
 おぼろげな精霊の君にも
 やさしい別れの言葉をそっとおくろう
 「ひまつぶしに君を愛したのだ」
 困惑に疲労が僕の手足を眠らせ
 夢の手綱を彼方へと結べば
 今に悪魔も天使も目を覚ます
 今に幻影が吹きおこる
 そうして僕の行く手には
 セクシーな水平線が影を落す

 書き写しててちょっと恥ずかしいです。もし今もマンガ描いてたら、どんな作家になってたでしょうか。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

December 06, 2004

「よつばと!」終わらない夏休み

 あずまきよひこ「よつばと!」は、ある地方都市に翻訳家の小岩井とーちゃんと6歳のよつば(♀)が引っ越してくるところから始まります。ちょうど一学期の終業式の日で、これがコミック電撃大王2003年3月号掲載。以後1年半たってますが、まだ夏休み続いてます。

 1話で引越し、2話でその翌日、3話でも同じ日。4話で窓のサイズをはかって(なんとまだカーテンつけてない)、5話でカーテンを買いに行くというのんびりした展開。3巻でやっとお盆が終わって夏休みも後半だあ。

 子供時代の長い一日、長い長い夏休みをそのままマンガにするとこうなるんでしょう。このマンガを読んでよつばの行動を眺めて幸せになるのと同時に、ちょっと遠い目をしてしまうのは、「もうすぐ夏休みがおわる」というせつない気分の記憶がよみがえるのと、オトナにはもうこんな夏休みがこないことを知っているから。

 よつばは毎日が発見の日々。買い物に出かけ、高台より街をながめ、セミを取り、花火を見る。ですから成長してるんでしょうが、こんな短期間じゃわかりませんわね。むしろより子供っぽくなっていってるところも。

 あずまきよひこの絵では年齢が高くなるにつれて鼻も高くなるという原則があるようです。オトナははっきりくっきり鼻が描かれますが、子供になるにつれ鼻がなくなります。

 よつばは1巻の初めでは鼻は点で描かれていました。横顔もちゃんと鼻の隆起があった(1巻21ページ)。ところが1巻の後半になると、点すらも描かれなくなり鼻は消失しました(下からあおった構図は別として)。横顔でもわずかな隆起のようなひっかかりのようなという微妙な造形になってます。これは描くのがむずかしそう。

 よつばの鼻がなくなったころ登場した小学生のみうらちゃんは、横顔でもはっきり鼻がありました。2巻5ページにはみうらちゃんとよつばの横顔が並んでますがこの違いが年齢差。みうらちゃんと恵那ちゃんは今でも鼻はなくならず、3巻の44ページや170ページを見ると、角度によってはけっこう高い鼻。

 よつばの鼻が次第に消失していくのを見ると、よつばはむしろ幼児化しているようですね。

 よつばの髪の色はデフォルトで緑です(単行本表紙では)。いやセーラームーンの5人組といっしょでありゃデザインよと言われりゃそのとおりですが、髪以外の色が写実的なんで余計にによつばの髪が気になるところ。

 モノクロページではトーンはってます。他の子供の髪が写実的に黒ですから、よつばの髪は黒とはちょと違うだろ。緑じゃないにしても、ホントはなんなんだ。

 よつばは、初登場時から「外国の子?」とか言われてましたし、「外国でひろわれた」という出生の秘密が。ならば顔にも何らかの特徴がありそうですが、著者の描き方(というか現代日本マンガの描写力)ではそれは表現できません。

 日本語フツーにしゃべれてるから、日本語環境で育ってきたと思われます。年齢は6歳ですが、小学1年生じゃあるまい。来年小学校入学として、幼稚園には通園してたのか。9月から幼稚園に行くのなら(片親が働いてるから保育園か)、ストーリーがクレヨンしんちゃん化しちゃうかも。かといって幼稚園行かなけりゃ、となりの綾瀬さんちのみんな、昼間は学校行っちゃってよつばひとりぼっちになっちゃうぞ。

 夏休みの終わりがマンガの終わりなら、こんな見事な構成はないんですが、人気出ちゃったからなあ。キャラクターになじんじゃったし、冬のよつばも見てみたい。さあどうしよう(ってわたしが悩むことじゃないんですが)。


○おまけ:ブランコの謎

 1話でよつばがブランコこいでます。ブランコってのは足でこぐんで、前方では足をのましますが、後方に行ったときは膝をまげます。ところがよつば、後方にこいだときでも足をのばしたままで、こ、これは超能力では。


○おまけその2:綾瀬ふーかのTシャツコレクション

 小学生のみうらちゃんに服のセンスが悪いと指摘されている高校生・綾瀬ふーかですが、確かにヘンなTシャツいろいろ持ってます。

 1巻1話でカエル(ピョン吉)Tシャツに始まり、2話でハートマーク、4話でJASマーク(どこに売ってるんだこんなもの)。

 2巻8話でわけのわからんオバケ、9話で「16才」Tシャツ。16才を主張する女子高校生とは。

 11話でハートマーク別バージョン、12話で1話のカエルTシャツをもう一度。お気に入りのようです。13話では「ラブパワー」いりのハートマークと、「風」Tシャツ。14話では無地を着てましたが、おみやげに沖縄限定「ゴーヤー」Tシャツをもらって喜んでました。

 3巻ではふーかのファッションがフツーでおもしろくない。わずかに18話トビラの天使コスプレでハートマークのシャツ別バージョンと、20話で「太ったオバチャンのバレエ」Tシャツ着てるだけです。夏休みはもう少しあるわけなんで、もっとヘンなTシャツが見たいぞっ。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

December 03, 2004

「物語消滅論」タイトルの意味がわかんないよう

 マンガについての本じゃないんで、このブログに感想書くのもアレなんですが、読むもの読むものにすぐ影響受けちゃうたちなので。大塚英志「物語消滅論 キャラクター化する『私』、イデオロギー化する『物語』」読み終わりました。

 「語り下し」というわりに整理されてます。第1章「創作する読者と物語るコンピュータ」、第2章「キャラクターとしての『私』」、第3章「イデオロギー化する『物語』」と分けられております。

 内容は多岐にわたるんですが、章タイトルの意味だけ書きますと、「創作する読者」ってのは、ビックリマンチョコや、やおいの二次創作に代表されるような、物語や創作を求めるような消費のあり方のこと。「物語るコンピュータ」は、そのものズバリ、小説を書く創作支援ソフトや、その前段階の物語の構造論、さらには物語の構造の教育についての話。

 「キャラクターとしての『私』」とは、近代の日本、とくに近代文学では「私」を求め表現することを目的としてきたが、「私」が仮想現実内のキャラクターと化してしまったこと。この章での結論は、現代の読者、とくに子供たちには「私」を求める文学はやっぱり必要だ、と文学を擁護しております。文学に対抗するのはサブカルチャー、マンガやライトノベルで、マンガ原作者でもある著者はサブカルチャーの限界を語っております。「おたく文化的サブカルチャーは実はファシズムの産物」とありますが、「大量消費される商品」っていう意味でしょうか。

 「イデオロギー化する『物語』」てのは、ソ連の崩壊によって世界をイデオロギーで理解することが困難になり、今では物語・説話で現実を理解しているということです。イラク戦争をイデオロギーで理解するのではなく、ハリウッド映画的善悪の戦いと眺める事。あるいは逆に、マイケル・ムーアの登場を「悪の主人公としてのブッシュを描き出す」オハナシとして見ること。なるほど、そういや自分もそうだったか、と膝をたたいたわけです。

 実はここでやっと1章に物語の構造論が書いてあることの意味がわかりました。確かに3章こそが結論なんですが、この部分最初に持ってきてくんなきゃわかりにくいぞ。このあたりが理系の論文と違うとこなんだよなあ。

 で、最後の結論が、文芸批評は物語を批判するだけでなく、社会を批判する武器になっていくぞ、というものです。

 わかんないのが「物語消滅論」のタイトルでして、この本の中で物語は消滅したのか? あるいはこれから消滅するのか? 文芸批評はジャンル内部の物語の批評はもうやめて、もっと上位の社会思想としての物語論が必要、と結論づけられてますから、批評すべき対象の物語を大きなものに、てのはわかるんですが、これでこのタイトルになりますか。それともわたしが読み落としてるんでしょうか。

 というわけで、一番わかりにくいのがタイトルの意味でした。ああもうっ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 01, 2004

近況など

 マンガばっかり読んでるとバカになりますよ、と言われ続けてン十年、すっかりバカになりました。マンガ読んで、ドラクエして、録画してあったBSマンガ夜話見て。こんな消費生活ではイケマセン。

 今日買った本。

・谷口ジロー「凍土の旅人」:短編集。この中では、昭和45年を舞台に作者の分身らしきマンガ家が登場する「松華樓」が毛色が変わってます。

・山名沢湖「スミレステッチ」:3冊同時発売のうち1冊だけお試し購入。

・村上もとか「龍」37巻:「虹色のトロツキー」と「龍」を比べるとよくわかりますが、「龍」がいかに当時の状況を単純化して描いているか。

・片山まさゆき「打姫(うたひめ)オバカミーコ」1巻:今、麻雀って娯楽のどの位置にあるのかしら。

・「comic新現実」2巻:相変わらずみなもと太郎全開です。

・尾形英夫「あの旗を撃て! アニメージュ血風録」:「comic新現実」にもインタビューが載っていた、アニメージュ創刊編集長・尾形英夫の自伝。わたしはヤマト劇場版(初日に見に行ったという忌まわしい過去が…)が大っっっキライな人間でアニメージュ創刊のころに無知、なのでお勉強のため。

・安藤健二「封印作品の謎」:やっと見つけた。セブンや怪奇大作戦の話だけなら買いませんが、ブラックジャック抗議事件の顛末が書いてあります。

・「前田建設ファンタジー営業部」:第一部のマジンガーZ編。今もネットで読めます(しかもカラーで)が、やはり書籍の形で。

 あと古書店で。

・しりあがり寿「リストラ軍師 大前鷹山」:2001年発行ですが、存在自体を知りませんでした。雑誌連載は1994年。

・安野モヨコ「トランプス」1・2巻:1993年から別冊フレンドに連載された初期作品。学園モノです。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

« November 2004 | Main | January 2005 »