仮想敵国アメリカ(その2)
(前回からの続きです)
まず、池上遼一。
池上遼一・小池一夫(当時は一雄)「I・餓男 アイウエオボーイ」が開始されたのが1973年。週刊現代で始まり、劇画ゲンダイでしばらく連載されたあと、講談社「GORO」で再開されたのが1975年。ちょうど少年サンデーでの「男組」とダブる時期。
本来の悪役は、日本の大物政治家と羽島重機工業グループ。恋人の復讐を誓う主人公は日本からアメリカに渡りますが、ここでも警察に追われ、軍の下部組織DIA(DEFENCE INTELLIGENCE AGENCY)からはさしむけられた殺し屋が主人公を襲います。敵はアメリカです。
実はDIAという組織は実在するようですが、マンガの中のDIAは警察組織を完全に支配しており、殺人などの非合法活動もやり放題。軍であり、政府であり、ギャングであるという、これ以上の悪役はないというくらいの設定でした。日本人の悪役より、非情で残酷、人情なんぞカケラもない。現代アメリカだからこそ、こういう「敵」が設定できました。ここを舞台にして日本人主人公のアクション(といっぱいのエッチシーン)が展開されます。この時期、池上遼一の描く人物は、線がどんどんシャープになり完成されていきます。
背景はもちろん池上遼一自身の絵ではなくアシスタントのものでしょうが、ニューヨークのデモ、ロサンジェルスのかわいた夕陽、ハリウッドのレストラン、スラムのすえた匂い、西海岸の海水浴場、ラスヴェガスの夜景と、次々に場面が変わります。のちの大友克洋や谷口ジローほどではありませんが、「風景に語らせる」ことをしようとしています。ここで初めて日本マンガはアメリカ人、アメリカの風景、アメリカの暗部を描写し、それを娯楽マンガにとりいれることができるようになりました。
続いて、大友克洋。
まず矢作俊彦と組んだ「気分はもう戦争」(1980年〜1981年)では、戦争は中ソ戦争でした。アメリカは何やら暗躍しております。
続いて「アキラ」の連載は1983年から1990年。アキラの中での反政府活動は、すでに大衆のデモではなく、地下にもぐった非合法テロ活動となっています。ゲリラの敵は当初日本政府と軍でしたが、東京が壊滅してからは、いよいよアメリカが敵として登場します。
アメリカは壊滅した東京にアキラを追って軍を侵攻させ、ついには東京を爆撃。スーパーマンと化した鉄雄との戦いで、空母は撃沈させれられます。艦載機や空母の破壊、津波などのスペクタクルシーンはおそらくそれまでマンガが到達したことのない描写でした。
アキラのラストシーンは、国連監視団として派遣されたアメリカ軍と対立する、不良少年たちの大東京帝国。ここではアメリカは傲慢な国家として描かれます。「敵」はそれぞれのアメリカ人、個人ではなく、アメリカという国になっています。
さらに、かわぐちかいじ。
「沈黙の艦隊」(1988年〜1995年)での戦闘シーンは、実は大友以前の戦記モノマンガの印象が強い。武士道、騎士道を感じさせ、意外な戦法で読者を驚かせるという、古いパターン。戦闘だけとりあげると、決して新しいものではありませんでした。「沈黙の艦隊」の新しさは、会話・ディスカッションドラマである点です。アップの人物が語るハッタリをきかせたセリフこそ、このマンガのキモです。
ここでのアメリカはもちろん最大の敵なのですが、当初傲慢な国家であったのが、海江田の存在が大きくなるにつれだんだんと相対的に小さなものとなり、最後は好敵手といったところになっています。これは会話中心のマンガにおける、著者の「話せば分かる」という思想のせいでしょうか。
さて「サムライダー」でのアメリカに対する「気分」は、「アキラ」でのそれにきわめて近いものです。やっぱりアメリカってヘンな国だし、このわたしたちのフクザツな感情はまだまだ続くでしょう。アメリカを仮想敵国にしたマンガは、きっとまた出てくるに違いない。
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