愛と生の物語「愛人」
田中ユタカの作品集といえば、1998年末に発売された「いたいけなダーリン」しか持っていませんでした。ばっちり「成年コミック」マークがはいっておりまして、ロリロリの女の子がアレコレする「ラブラブなエッチマンガ」ですが、意外と性器の直接描写はなくて(比較的)マイルド。田中ユタカの特徴は、縛りや強姦がなくて、愛するふたりのエッチで統一されているところですねー。
で、この後ヤングアニマル1999年11号から連載されたのが、エッチマンガじゃない「愛人 [AI-REN]」です。2002年に連載終了してから2年以上たって、5巻が発売され完結しました。エッチマンガじゃないとはいえ、小学生にしか見えない女の子が表紙なもんで、あなたがご家庭でこれを読むには「お前はロリか」との罵倒を受ける覚悟が必要(実話)ですが、この作品、それでも読む価値あります。
SFです。陸地の多くは水没し、人類は種の終焉に向かっている未来。生後すぐの事故のため余命短い主人公イクル(吉住 生、♂、15歳?)と、生まれてから10ヵ月しか生きられない人造遺伝子人間のあい(♀)。「愛人(アイレンと読みます)」は中国語で恋人・配偶者の意味だそうで、余命少ない人間に市の福祉課が支給する人造遺伝子人間の通称。イクルとあいのふたりの生活の話と、滅亡に向かう人類の話がからみあいながら同時進行します。
この時代、性交は忘れられた行為となっており、愛し合う彼らも基本的に裸でじゃれあうだけ。最初の設定から、主人公たちはもうじき死んでしまうことになっていますから、彼ら自身、死を意識する毎日での恋愛。しかも主人公たちだけでなく、人類そのものも死に向かっている二重構造です。
物語の最初から死に向かって話は収束し、最終5巻で主人公たちの死が描かれます。ただし主人公のうちのひとりは、予定された死でなく、暴力による死を迎えますが。すでに失明していたイクルの死のシーンでは、黒ベタのコマが連続し、「夕凪の街」の空白のコマのシーンと対照的です。
いずれ死んでしまうという意味では、主人公たちも読者も同じ立場です。愛する人と別れる時がくるという覚悟は、わたしたちの頭の片隅に必ずあるはず。この作品を読むことは自分の心を見つめる体験であり、読者を冷静ではいられなくさせます。
「愛人」の主人公たちは、よく生きた、よく愛したと、ほほえみながら死んでいきます。ラストシーンは未来に対する希望で終わります。死を扱いながらもハッピーエンディング。著者は理想の死を描こうとしたようです。
ふたりの世界と人類の話を交互に語る構成や設定がエヴァに似てるとか、あまりにロリで気恥ずかしいとか、いろいろあるんですが、愛と生と死をど真ん中ストレートに描いた作品。心ゆさぶられます。
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