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November 29, 2004

造形としてのドラえもん

 週末はBSマンガ夜話の予習として安彦良和の読み直し。「アリオン」から始めて「虹色のトロツキー」半ばまできたところでダウン。読み終われそうにないなあ。なんでかっていうと、ドラクエ始めちゃったからです。ははは。

 すでにあちこちで話題になっていますが、アメリカのFCC(Federal Communications Commission 連邦通信委員会)の子供向けサイト(kids zone)に、ドラえもんのパチモンが登場しており、著作権上の問題になっているようです。猫耳があるけど、アメリカ人、これをネコだと認識できるんでしょうか。こうやってみるとドラえもんってなにやら謎の生物ですね。肥満してるけどそれはアメリカ的に許されるのか。

 実際に見ていただくとわかりますが(すでに消されていたらごめんなさい)、Broadbandと名づけられたこのキャラクターは、顔はドラえもんそのまま。体形もダルマ型でまるきり同じ。手も足も丸く、どこが違うかというと、耳があるのと、服の柄だけ。

 アメリカでの議論を知らないので想像ですが、これは本職のデザイナーの仕事とも思えず、子供の描いた模写をもとにつくったキャラクターじゃないかしら。子供からキャラクター募集でもしたのかなあ。次のページの斜めから見たドラえもんの顔なんかよく描けてますが、耳の位置があまりにテキトー。

 ドラえもんがアジアでは大人気でも、欧米ではまったく売れないことについては、夏目房之介が、のび太への甘やかし構造があまりにアジア的だからと指摘していますが、キャラクター造形そのものはどうなんでしょう。ドラえもんのキャラクターはいわゆる欧米的キャラクターとは異なるセンスで作られているように思われます。

 たとえばパフィーのアニメみたいなアクの強いキャラクターデザインは日本じゃしないけど、けっこう日本でも受け入れられたりします(パワーパフガールズはそれなりに売れてるみたい)。ならば逆にのっぺりしたドラえもんデザインもアメリカで人気になったりするんじゃないか。実際にFCCはドラえもんを「カワイイ」キャラクターとして選んだわけですし。ポケモンやマリオ、ドラクエ=鳥山明に比べても、ドラえもんデザインは遜色ないと思うんですがいかが。

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November 27, 2004

ゴージャスばあさんが描きたい

 山下和美「不思議な少年」3巻と「寿町美女御殿」1巻が同時発売され、まとめて読んだんですが、今、著者はジジババが描きたくってしょうがないみたい。

 山下和美の昔からの読者じゃなくて、柳沢教授からなのでくわしくないんですが、少なくとも柳沢教授が始まったころは、ジジババを描くのがそれほど得意だったわけじゃない。初期の柳沢教授なんか、意外とすっきりした顔してます。それが脇役の年寄りたちを描くうちに、柳沢教授もどんどん頬がふくらんできて(というか、たれてきて)、いーい顔になってきます。

 現在の山下和美の得意の顔といえば、ゴージャスばあさん。背筋をピンと伸ばし、アゴをあげてひとを見下す目。プライドあくまで高く、エラソー、元・美人。「天才柳沢教授の生活」でいえば、9巻89話の黒川助教授、11巻101話の豪徳寺頼子、そしてなんといっても19巻からの昭和20年編の貝塚徳子。

 老いはわたしたちが生きている限り避けられないもの。ならばカッコよく老いたいというのは夢です。マンガがこれから老いを描いていくなら、カッコいいジジババの顔が見たいっ。老人と子供を描かせてうまいのは大友克洋といわれてきましたが、最近の第一人者は山下和美か。

 「不思議な少年」3巻10話「二人のレディ・エッシャー」で、ヒロインはちゃんと老いてみせました。「寿町美女御殿」では、ついに102歳のバーサン、エリザベスが主人公です。老年向けマンガはこういうところから誕生しつつあるのか。

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November 25, 2004

神は細部にやどる

 三宅乱丈「大漁!まちこ船」が発売されました。今回は、職業がマグロの餌である少女・まちこと、脱サラして漁師になった小川さんの恋愛であります。「職業がマグロの餌」という時点で、何が何やら、というマンガです。今連載中の「秘密の新選組」もそうですが、著者の頭の中はもう、何でもありだな。

 かつてBSマンガ夜話で「ぶっせん」がとりあげられたとき、ゲストの石堂夏央だけが幽霊があちこちのページに登場してることを指摘しましたが、よく見つけたもんだ、こりゃわかりにくいわ。というわけで、三宅乱丈では細部に注目。「大漁!まちこ船」では、ファッション。

 まちこはコスプレを続けてますが、初登場が花柄のワンピース。その後、メイド服、ナース服、体操服とブルマ、キャミソールとタップパンツ(こりゃコスプレじゃないか)、テニスウェア、パジャマ(これもちがうな)、チャイナドレスときて、ラストシーンがセーラー服。「マグロが好む臭いつき」の衣装は、お仕事のときの服なわけですね。

 まちこが投げられるとき(マグロの餌だから竿で投げられるんです、読んでない人は何やらわかるまい)、かならず何かがはずれて飛んでいってます。髪飾りの花、メイドキャップ、ナースキャップ、テニスラケット。ちなみに表紙カバーではケータイが飛んでってます。衣装はセーラー服ね。

 まちこの子供の「メジまちこ」たちも、お仕事のときは、着ぐるみでコスプレしてます。

 小川さんは、ワイシャツにネクタイ、「オーダーメイドの全身ゴム長」というファッションですが、髪は七三、櫛を胸ポケットに差し、腕時計は必ず右腕。小川さんは右手でハサミとか使ってるから右利きなんですが、右腕の時計って竜頭が逆になるから使いにくくないのかなあ。わたし腕時計しないんでよくわかりませんが。

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November 24, 2004

悲しいオビの話

 講談社アフタヌーンのサイトによると、2004年11月22日発売予定だったアフタヌーンKCは5冊(KCDXは除いて)。そのうち「無限の住人」17巻と「ヨコハマ買い出し紀行」12巻は、オビがついていませんでした。オビのついていた3冊のうち、「ああっ女神さまっ」30巻のオビはTBS地上波で来年1月から放映予定のアニメの話題。「げんしけん」5巻のオビも放映中のTVアニメと初版限定しおりの話題です。

 でもって問題が、田丸浩史「ラブやん」4巻のオビ。

 表側のコピー。

・増刷に次ぐ増刷。人気作かつ話題作。しかし……
 全メディア 黙殺!

 悲しい。しかし、もっと悲しいのがオビの裏側。

・アニメ化! ただいま好評放映中!!
 げんしけん
 前巻で超話題!「初版限定しおり」つき最新単行本第5巻も絶賛発売中!

 自身の単行本のオビで、他のマンガの広告をされてしまうという仕打ち。季節のキャンペーンのオビじゃないのよ。初版のオビですよ。「ラブやん」に対する言及はないのか。ありました。

・「ラブやん」「げんしけん」が好評連載中の月刊アフタヌーンは毎月25日発売です。

 うーむ。悲しかろう、くやしかろう。わたしだけは応援してるぞ、田丸浩史。(でも「げんしけん」5巻はコミケで盛り上がってて面白かったねー)

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November 22, 2004

「夕凪の街」の日

 本日はわたしにとって、こうの史代「夕凪の街 桜の国」の日でした。

 ひとつは、コミックパークのいしかわじゅん「秘密の本棚」第57回「主に夕凪の国」。「夕凪の『国』」ってなんだよ。タイトルは改変しないでいただきたいが、メジャーからいよいよ注目され始めたってことでしょう。いしかわじゅんのコミックパークのエッセイがメジャーかどうかは微妙ですが。予言しますが、これから来年にかけていろんなメディアにこうの史代の名がいっぱい出るに違いない(といいなあ)。この作品はそのテクニックや絵は最先端のものとはとても言えないにもかかわらず、日本マンガのひとつの到達点であるからです(と断言します)。

 もうひとつは「映画秘宝」2005年1月号、大西祥平の「ニュー漫画大学秘宝分校」「こうの史代先生インタビュー!」。短いものなので、不満・不満・不満なのですが、著者御近影が見られます。興味深いのはこのあたり。

・資料集めから数えたら、3部作でまる2年です。

・最初、あらすじをファックスしたら、編集さんは引いてました。もっとトゲトゲしい内容だったので(笑)。

 そうか、そうだったのか。

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November 20, 2004

出直してきたまい、クロマティ高校っ

 野中英次「魁!!クロマティ高校」11巻を読んでおりました。あいかわらずだなあ、はははは、へらへらへら。毎回のラストページの欄外にあるコメントも笑えるんだよね。担当編集者が書いてるんだっけ。と、このような文章が目に。

・たぶん体積は一緒だと思う。

 どういう話かというと、クロマティ高校に通学するロボットのメカ沢。こいつは円筒形の体をしておりまして、こいつが坂を転げ落ちて側溝にはまりこんでしまい、直方体になっちゃう、というマンガです。でもって、上記のコメント。

 ぶわっっっかもーーーんっっっ!!!

 メカ沢の身長が変化しないとしたら、体積は底面の面積の問題として考えることができます。つまり、円周と四角形の周囲の長さが同じ場合、どちらの面積が大きくなるか、ということ。

 たとえば半径rの円の円周は 2πr
 四角形が正方形であるとすると正方形の一辺の長さは 2πr/4
 円の面積は π×(rの2乗)
 正方形の面積は (2πr/4)の2乗
 これで 円の面積:正方形の面積 の比を計算すると
 答えは 4:π で、円の面積のほうが大きい。
 正方形が長方形になっても、面積は正方形よりさらに小さくなるばかり。
 やはり円の面積のほうが大きい。

 つまり直方体の体積のほうが円筒形より小さくなるのは、あったりまえだっ。

 だいたい円筒形をぶつけてひしゃげたとき、体積が同じと思うか? こんな小学生の問題を間違うようじゃ「面白くてためになる」講談社はいったいどうした。加藤謙一と野間清治が泣いておるぞ。小学校から出直してきたまいっ。

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November 19, 2004

マンガの中の中国人

 「ケロロ軍曹」がアニメ化されたとき、地球人を表す「ポコペン人」がアニメ版で「ペコポン人」に修正されたのはすでに有名な話。これでポコペンが中国人の蔑称であるということを初めて知った人も多かったようです。

 ネットなどを見ると、日清戦争時代の「兵隊支那語」によるもので「だめ」の意味の「不〈句多〉本」(ブーコウベン、bugouben)からポコペンに変化したという説(安藤彦太郎「中国語と近代日本」)がよく引用されています。日本兵が中国商人と値切りの交渉をしたときの相手の言葉かららしい。

 この言葉、子供の遊びの「ポコペン、ポコペン、だーれがつっついた」で、かなり後年まで残っていましたが、ある程度以上の年令の人間はこれが中国人の蔑称として使われていたことを覚えているはずです。マンガの中でも、先日刊行された伊東章夫「狼少年ケン」(1965年)に、中国人ギャングが登場しますが、丸い帽子に中国服でナイフを投げるといういかにものステレオタイプ。「ぼくはポコペンあるよろし」と自分で名乗ってますが、あとで狼に「このポコペンめ」と鼻にかみつかれてます。ここでのポコペンはあきらかに名前というより蔑称でした。

 中国人のセリフとして「…アルネ」「…アルヨ」というしゃべり方もあります。「アルヨ」を使い出したのはゼンジー北京だとかアグネス・チャンだとかおバカな話がでまわってますが、これはもちろん戦前から華僑がしゃべる日本語として実際に使われていた言葉。ある時点から中国人を戯画化するときに使用されだしました。

 代表的なのが藤村有弘(元祖・ひょうたん島でガバチョの声やってた人ね)。1950年代後半からの映画の中でいつも「アルネ」「アルヨ」と言いながら怪中国人を演じてましたが、こういうひとりの役者がけっこうイメージを作っちゃうんですね。多くのマンガのキャラクターが演じていたのは「中国人のマネ」ではなく、「中国人をマネする藤村有弘のマネ」でした。「サイボーグ009」(1964年)の中国人006は登場したとたん「はらへったあるなあ」「ああ はたらけどはたらけどわがくらしらくにならざり…」「じっと手をみる」「よごれとるあるな」

 しかし、実際の中国の生活を描くマンガにはこういうステレオタイプは登場しません。上田トシコ(当時はとしこ)「フイチンさん」(1957年〜1962年)は登場人物のほとんどが中国人で、しゃべってるのは中国語のはず。当然「アルヨ」なんて言葉は出てきません。かれらは大家の使用人であったり、街の物売りであったり、女学生であったり。普通の人々でした。

 中国人といえば一時、娯楽作品内では全員カンフー・マスターなんてことがありました。マンガでは、梶原一騎・つのだじろうの「虹を呼ぶ拳」が1969年、「空手バカ一代」が1971年から連載開始されてましたが、後者は翌年には影丸譲也にタッチ。ここで中国人はやられ役か老師でした。

 中国人がカッコよくなったのはいつからか。これはもう、間違いなく1973年ブルース・リーの「燃えよドラゴン」公開からです。このときのカンフー・ブームったらものすごいもので、どいつもこいつもアチャーオチョーと言いながらヌンチャク振り回してました。

 カッコいい中国人は映画先行で、続いてジャッキー・チェンの「酔拳」の日本公開が1979年。ジョン・ローンの「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」の日本公開が1986年。映像作品が先行してブームが起こり、その国のイメージが変わっていくというのは今の韓流ブームに似てますね。

 マンガの中でのカッコいい中国人といえば、吉田秋生「BANANA FISH」(1985年〜1994年)でしょうか。でも華僑の大物=黒幕か、ストリート・ギャング。三宅乱丈「ペット」の中国人もそう。そろそろマンガにもフツーの中国人が登場してもいいんじゃないかしら。ってもう出てるのかな。

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November 17, 2004

愛と生の物語「愛人」

 田中ユタカの作品集といえば、1998年末に発売された「いたいけなダーリン」しか持っていませんでした。ばっちり「成年コミック」マークがはいっておりまして、ロリロリの女の子がアレコレする「ラブラブなエッチマンガ」ですが、意外と性器の直接描写はなくて(比較的)マイルド。田中ユタカの特徴は、縛りや強姦がなくて、愛するふたりのエッチで統一されているところですねー。

 で、この後ヤングアニマル1999年11号から連載されたのが、エッチマンガじゃない「愛人 [AI-REN]」です。2002年に連載終了してから2年以上たって、5巻が発売され完結しました。エッチマンガじゃないとはいえ、小学生にしか見えない女の子が表紙なもんで、あなたがご家庭でこれを読むには「お前はロリか」との罵倒を受ける覚悟が必要(実話)ですが、この作品、それでも読む価値あります。

 SFです。陸地の多くは水没し、人類は種の終焉に向かっている未来。生後すぐの事故のため余命短い主人公イクル(吉住 生、♂、15歳?)と、生まれてから10ヵ月しか生きられない人造遺伝子人間のあい(♀)。「愛人(アイレンと読みます)」は中国語で恋人・配偶者の意味だそうで、余命少ない人間に市の福祉課が支給する人造遺伝子人間の通称。イクルとあいのふたりの生活の話と、滅亡に向かう人類の話がからみあいながら同時進行します。

 この時代、性交は忘れられた行為となっており、愛し合う彼らも基本的に裸でじゃれあうだけ。最初の設定から、主人公たちはもうじき死んでしまうことになっていますから、彼ら自身、死を意識する毎日での恋愛。しかも主人公たちだけでなく、人類そのものも死に向かっている二重構造です。

 物語の最初から死に向かって話は収束し、最終5巻で主人公たちの死が描かれます。ただし主人公のうちのひとりは、予定された死でなく、暴力による死を迎えますが。すでに失明していたイクルの死のシーンでは、黒ベタのコマが連続し、「夕凪の街」の空白のコマのシーンと対照的です。

 いずれ死んでしまうという意味では、主人公たちも読者も同じ立場です。愛する人と別れる時がくるという覚悟は、わたしたちの頭の片隅に必ずあるはず。この作品を読むことは自分の心を見つめる体験であり、読者を冷静ではいられなくさせます。

 「愛人」の主人公たちは、よく生きた、よく愛したと、ほほえみながら死んでいきます。ラストシーンは未来に対する希望で終わります。死を扱いながらもハッピーエンディング。著者は理想の死を描こうとしたようです。

 ふたりの世界と人類の話を交互に語る構成や設定がエヴァに似てるとか、あまりにロリで気恥ずかしいとか、いろいろあるんですが、愛と生と死をど真ん中ストレートに描いた作品。心ゆさぶられます。

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November 15, 2004

仮想敵国アメリカ(その2)

(前回からの続きです)

 まず、池上遼一。

 池上遼一・小池一夫(当時は一雄)「I・餓男 アイウエオボーイ」が開始されたのが1973年。週刊現代で始まり、劇画ゲンダイでしばらく連載されたあと、講談社「GORO」で再開されたのが1975年。ちょうど少年サンデーでの「男組」とダブる時期。

 本来の悪役は、日本の大物政治家と羽島重機工業グループ。恋人の復讐を誓う主人公は日本からアメリカに渡りますが、ここでも警察に追われ、軍の下部組織DIA(DEFENCE INTELLIGENCE AGENCY)からはさしむけられた殺し屋が主人公を襲います。敵はアメリカです。

 実はDIAという組織は実在するようですが、マンガの中のDIAは警察組織を完全に支配しており、殺人などの非合法活動もやり放題。軍であり、政府であり、ギャングであるという、これ以上の悪役はないというくらいの設定でした。日本人の悪役より、非情で残酷、人情なんぞカケラもない。現代アメリカだからこそ、こういう「敵」が設定できました。ここを舞台にして日本人主人公のアクション(といっぱいのエッチシーン)が展開されます。この時期、池上遼一の描く人物は、線がどんどんシャープになり完成されていきます。

 背景はもちろん池上遼一自身の絵ではなくアシスタントのものでしょうが、ニューヨークのデモ、ロサンジェルスのかわいた夕陽、ハリウッドのレストラン、スラムのすえた匂い、西海岸の海水浴場、ラスヴェガスの夜景と、次々に場面が変わります。のちの大友克洋や谷口ジローほどではありませんが、「風景に語らせる」ことをしようとしています。ここで初めて日本マンガはアメリカ人、アメリカの風景、アメリカの暗部を描写し、それを娯楽マンガにとりいれることができるようになりました。

 続いて、大友克洋。

 まず矢作俊彦と組んだ「気分はもう戦争」(1980年〜1981年)では、戦争は中ソ戦争でした。アメリカは何やら暗躍しております。

 続いて「アキラ」の連載は1983年から1990年。アキラの中での反政府活動は、すでに大衆のデモではなく、地下にもぐった非合法テロ活動となっています。ゲリラの敵は当初日本政府と軍でしたが、東京が壊滅してからは、いよいよアメリカが敵として登場します。

 アメリカは壊滅した東京にアキラを追って軍を侵攻させ、ついには東京を爆撃。スーパーマンと化した鉄雄との戦いで、空母は撃沈させれられます。艦載機や空母の破壊、津波などのスペクタクルシーンはおそらくそれまでマンガが到達したことのない描写でした。

 アキラのラストシーンは、国連監視団として派遣されたアメリカ軍と対立する、不良少年たちの大東京帝国。ここではアメリカは傲慢な国家として描かれます。「敵」はそれぞれのアメリカ人、個人ではなく、アメリカという国になっています。

 さらに、かわぐちかいじ。

 「沈黙の艦隊」(1988年〜1995年)での戦闘シーンは、実は大友以前の戦記モノマンガの印象が強い。武士道、騎士道を感じさせ、意外な戦法で読者を驚かせるという、古いパターン。戦闘だけとりあげると、決して新しいものではありませんでした。「沈黙の艦隊」の新しさは、会話・ディスカッションドラマである点です。アップの人物が語るハッタリをきかせたセリフこそ、このマンガのキモです。

 ここでのアメリカはもちろん最大の敵なのですが、当初傲慢な国家であったのが、海江田の存在が大きくなるにつれだんだんと相対的に小さなものとなり、最後は好敵手といったところになっています。これは会話中心のマンガにおける、著者の「話せば分かる」という思想のせいでしょうか。

 さて「サムライダー」でのアメリカに対する「気分」は、「アキラ」でのそれにきわめて近いものです。やっぱりアメリカってヘンな国だし、このわたしたちのフクザツな感情はまだまだ続くでしょう。アメリカを仮想敵国にしたマンガは、きっとまた出てくるに違いない。

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November 14, 2004

仮想敵国アメリカ(その1)

 ヤングマガジンアッパーズ廃刊にともない、いろんな作品が終了しましたが、その中のひとつ、すぎむらしんいち「サムライダー」が5巻で完結。

 旧「サムライダー」が、高校生のお気楽バイクアクションだったのに比べて、新「サムライダー」はバイクに乗った妖怪(ゴーストライダーの日本版みたい)と暴走族の闘い…かと思ったら、ラストはとんでもない展開に。

 近未来の日本、20XX年。10年前の条約調印により、日本国は日本州としてアメリカ合衆国51番目の州となっています。東京は風俗特区となり、都庁はピンク色に塗られてカジノとラブホに。連載第1回で、アメリカ軍のジェット機が都庁に激突し2000人以上の死者。「突っ込んだのかよ!? マジかよ!?」「また酒のんでたんじゃねえの」「あいつら好き放題やりやがって…」「ファックされっぱなしだぜニッポンはよ」「俺たちゃアメリカのオモチャじゃねえ!!」というのが街の声。

 北関東の地方都市、賽木原市に、バイクに乗った妖怪・サムライダーが10年ぶりに出現。暴走族の首を刎ねていくお話。サムライダーが帰ってきた理由は。「日本がメス犬に成り下がった日とその10年後の今」「サムライダーは…」「俺たちが戦いから逃げた時…」「俺たちが戦いを忘れた時…」「地獄から甦る…」「そして殺しまくる…」「腐り果てた日本人を!」

 もうひとつの説。「奴らは」「日本がひとつの国だった頃の亡霊だ…」「我々が失くした誇り…不安…」「恨み…後悔…狂気…」「それらが」「ああいう邪悪な姿で甦ってくるのさ…」

 ちょうどそのころ、アメリカと中国が一触即発の戦争の危機。アメリカ大統領は、この日のために日本とアメリカがひとつの国家になったと語ります。サムライダーが相手にしていたのは暴走族でしたが、FBIのテロ対策部隊が出動。続いて陸軍の巡航ミサイル、戦闘ヘリコプター、戦車など。そしてついには核ミサイル。ラストシーンは、サムライダーがアメリカの○○を△△して、世界戦争勃発。

 いつものすぎむらしんいちのように、ストーリーはイキオイでどんどんエスカレートしていきますが、底に流れているのは、日本人のアメリカに対する、好きなんだけどキライ、というフクザツな感情です。

 なんたって日本人はアメリカと戦争して負けてますから、戦争そしてその後の占領を考えると恨みもあるわけです。一方で、アメリカ文化はあこがれの対象でもありました。戦後60年たった現在でも、アメリカかっこいい、でもブッシュみたいなバカ多いし。あこがれる、でもイラク戦争なんかしやがって極悪。ひるがえって日本は、政治的にアメリカべったりの方針を続けてるわけで、ああ、もうっ、と身をよじるような感覚。

 日本マンガの中のアメリカのイメージは。とくに敵としてはどうか。

 このテーマでかすぎるんで、今回は簡単に。

 戦後まもなく1951年、手塚治虫「来るべき世界」には、日本・スター国・ウラン連邦が登場します。二大国が戦争となりますが、日本はどうも戦争に参加していないようです。超人類フウムーンに攻撃されたスター国の人々は日本に逃げてきます。日本は戦争・紛争から中立でいたいという夢。ここではアメリカもソ連も、日本の敵としては描かれませんでした。

 貝塚ひろし「ゼロ戦レッド」(1961年)、辻なおき「0戦はやと」(1963年)、ちばてつや「紫電改のタカ」(1963年〜1965年)などの戦記マンガも多く描かれましたが、ここでは当然アメリカは敵です。のちのかわぐじかいじ「ジパング」のような架空戦記モノも同様。ただし、マンガの中では戦闘をかっこよく見せなきゃいけないので、戦いは武士や騎士の決闘、あるいは秘術を尽くすスポーツの試合の如し。敵のアメリカ人も、戦闘を離れればリッパな個人として描かれます。

 日本では60年安保、70年安保の時代。アメリカの外ではベトナム戦争、内では公民権運動の嵐。ベトナム戦争をしているアメリカ国家は敵でしたが、ヒッピーやフラワー・チルドレンは味方の気分。こういう現実とは別に、日本マンガにとってアメリカはまだまだ遠い国。

 マンガの中のアメリカの代表的なかたちは、まだ見ぬあこがれの国です。ちばてつや「ハリスの旋風」最終回(1967年に終了)に代表されるように、多くのマンガ主人公はアメリカに旅立ちました。アメリカのハリス学園に留学するんですね。夢の国、希望の国へ。たいてい飛行場(まだ羽田ですな)で、みんなに見送られて最終回。しかしアメリカでの日本人の活躍が描かれることはありません。日本マンガはリアルアメリカを描くほどの実力がまだなかった。

 青年マンガは、まだまだ自分の身の回りの小さなオハナシに目が向いていて、アメリカ人が登場しても、ギャング、脱走兵、セックスの対象としてでしかありません。少年マンガの悪役は、まだまだ世界征服をねらう架空の○○団か、その上は悪の宇宙人。せいぜい日本の支配者層でした。

 おそらく少女マンガこそ、もっともアメリカを描いたのでしょう。お気楽なコメディ、「キャンディ・キャンディ」のような歴史モノ、樹村みのりの政治的社会的主張をこめた作品まで。ただこのジャンル、わたしの知識が足りませんので今回パス。

 日本マンガが本格的にアメリカとの戦いを描くテクニックを手にしたのは、1970代後半になってから。池上遼一と大友克洋の登場。

 以下次回。

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November 11, 2004

マンガを語る2冊の本

 マンガの歴史を語るとき、はずせない本が2冊、再刊されました。それぞれ「マンガの歴史」をあつかったものであり、その本の発行そのものが歴史の一部となっているもの。

 ひとつは、みなもと太郎「お楽しみはこれもなのじゃ 漫画の名セリフ」が角川書店から復刊。もともとは「マンガ少年」1976年9月号から1979年8月号まで連載されたもの。連載終了後10年以上たって1991年、やっとこ単行本にまとまりました。マンガに関するエッセイで、形式そのものが和田誠の映画エッセイ「お楽しみはこれからだ」のパロディ。マンガを「和田誠ふうに」模写するという超絶技巧が見られます。雑誌連載時は、ページの上2/3がイラストで下1/3に文章という、元祖と同じレイアウトでした。

 名作との誉れ高かったエッセイですが、とりあげられるマンガは、戦後すぐの赤本マンガはあまり触れられず、主に1950年代からの雑誌、貸本、そして1970年代初期の少女マンガまで。著者が1947年生まれですから、リアルタイム読者だった作品が多くなるのはあたりまえ。雑誌連載時の1970年代半ばの読者にとっては、ちょっとだけ前の作品群でした。ああ、あれあれ、あったねえあんなマンガ。

 ところが、単行本が出版されたときはニューウェーブも遠く去り、マンガ世代もひとまわりしてマンガ・バブルのピークを迎えようという時代。「お楽しみはこれもなのじゃ」に書かれたマンガははるか昔のものに。この本は1997年に文庫化されましたが、入手困難となっていました。そして今回の復刊。現代の読者にとって、ここに書かれた多くのマンガは初めて見るものかもしれません。ただそれぞれが、それぞれの時代の読者を楽しませてきた傑作ばかりです。

 みなもと太郎は、いかにも楽しそうにマンガを語ります。そうか、マンガを語ることは楽しいことなんだと、最初に教えてくれたのは彼かもしれません。しかも、知識は豊富、ウンチクいっぱい。今買わずしてどうする。さあ買えすぐ買え。

 もう1冊は、松本零士・日高敏「漫画大博物館」。こちらは1980年ブロンズ社発行「漫画歴史大博物館」の増補改定版です。原著が箱入りで5800円もしたことを考えれば、税込み3360円はオトクというべきでしょう。もともと松本零士のコレクションの紹介を中心とした本で(ま、蔵書自慢ですな)、大正時代から始まってマンガ週刊誌が創刊される1959年までの子供マンガ単行本が、書影・内容ともにずらっと。「お楽しみはこれものなのじゃ」の前世代のマンガですね。

 くわえてインタビューが、横山隆一・大城のぼる・小松崎茂・福島鉄次・上田としこ・ちばてつや・豊田亀市(少年サンデー初代編集長)・内田勝(少年マガジン第3代編集長)とイッパイ。これはオトク。日高敏の書く「近代漫画史ノート」も簡単ながら、マンガ史の要約としてリッパなものです。惜しむらくは書影のあるそれぞれのマンガの、ストーリー紹介はあるんですが、作者の紹介のほうがないんですね。これについては他の本をあさらなきゃいけなくなりますが。

 このヒトはこんな絵を描くんだーと、ながめていても楽しい本。マンガ辞典と思って一冊いかがでしょうか。

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November 10, 2004

祝! 妖怪少女復活

 朝日新聞連載いしいひさいち「ののちゃん」で、新展開。

 昨年8月以来登場のなかった、のぼるくんの同級生の妖怪少女・富田(とだ)月子さんが、この11月3日の第2688回から復活してます。長らく欠席してましたが、第三中学校の文化祭でひさびさに登校。以後、ちゃんと通学しているようです。めでたい。この子、昨年6/4掲載2185回では、のぼるくんのファーストキスの相手になってるんですよー。妖怪だから、生気吸い取ってましたけど。

 いしいひさいちのキャラクターにしては例外的に目が大きく黒目がち。美人です。中学校の中ではオトナっぽくってひとりだけ浮いてました。今年は、のぼるくん以外は彼女を見ることができない、という新設定です。別の言葉でいうと、のぼるくんとりつかれてる?

 完全に連続したストーリーとして語られますから、初見の読者は置いていかれます。でも、いいんですよ、新聞読者のほとんどは毎日読んでる固定読者なんですから、4コママンガで続き物やっても。今回こそ続けてほしいなあ。

 月子さんの母親は、ののちゃんが通学してる第三小学校の背の高い保健のセンセ。でも名前は吉田センセです。妖怪家庭にもなにやら複雑な家庭の事情があるのかしら。

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November 08, 2004

ヒーロー・チームは何人?(その3)

(前回からの続きです)

 さらに人数を絞って4人のチームは。

 石森章太郎・平井和正「幻魔大戦」(1967年)はガッチャマンに先行する作品ですが、ガッチャマンのバリエーションと考えたほうがわかりやすい。

 (1)主人公・丈(2)ヒロインであり、丈と対立するライバルでもあるルーナ(3)少年でありお笑い担当・サンボ(この名前も今は昔ですねえ)(4)力持ち・ベガ。犬のフロイは後詰の「博士」役と考えて、4人のチーム。ガッチャマン型から、気の強いお姫様ヒロインとライバルを同一人物にして、ひとり少なくしたパターンになります。

 これを始めるとガッチャマン型を基本としていろんなパターンが考えられて面白い。力持ちかつライバルとか、少年かつヒロイン(BLですな)とか。もう描かれてるかな。

 もっとも古い4人チームは西遊記でしょう。たよりない二枚目のまわりを固める3匹の妖怪。日本だったら桃太郎と3匹の家来。桃太郎チームは主従だからあまり面白みのあるチームじゃありませんが、西遊記のチームはしょっちゅうケンカしてます。しかも三蔵法師はオカマであったり(アニメ「悟空の大冒険」では野沢那智がオカマ風に声をあててました)、美女であったり(TV実写版の夏目雅子ね)しますから、ヒロインの要素もないことはない。

 マンガでこのパターンを考えるなら「ドカベン」(1972年)でしょうか。優男の里中を中心に、まわりを固める3人の異形の男、山田・岩鬼・殿馬。テーマが野球とはいえ、さすがにスターを9人そろえるのは難しい。

 さらにRPGになると、チームは性別・年令や人間関係でなく、能力によって決定されます。なんせ目的がゲームクリアですから。戦士、攻撃魔法使い、回復魔法使いの3人が基本でしょう。これにもうひとり、お笑い担当の遊び人、商人、盗賊などを加えると娯楽作品としてはバランスが良くなる気が。

 海外モノのヒーロー・チームも、一応は日本製と同じ様な構造をもっていました。ファンタスティック・フォーなどは、紅一点のヒロイン、少年、お笑い担当の力持ちが存在し、しかもメンバー固定で日本製に近い。ただXメンになると、チーム内に恋愛や確執があっても、離合集散がはなはだしく、モー娘。状態。しかも、能力・性別・年令に加えて、人種・民族を考慮しなきゃいけないという、日本とは違う大きな問題をかかえているからこれは同列には語れなくなります。

 とまあ、世界に目を向けると、日本とは異なるチーム編成となるというお話で、今回はおしまい。


 追記:ヒーロー・チームはいっぱいあるんで、書ききれなかったモノ。また機会があれば。

・ワイルド7(タイトル先行型か? メンバーに女性もいるけどヒロインじゃないところが新鮮でした)
・最近の戦隊ヒーロー(女性がふたり! パワーレンジャーの影響?)
・スラムダンク(バスケだから5人。あたりまえか。メガネ君はのぞいて)
・ワンピース(トナカイ含む7人組。性格設定がちょっと単調かな)
・美少女戦士セーラームーン(最強の5人組! でも個性に乏しくないか?)
・ルパン三世(ルパン・次元・五右エ門に不二子・銭形を加えた5人をチームとするのは無理があるかしら)

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November 07, 2004

ヒーロー・チームは何人?(その2)

(前回からの続きです)

 ガッチャマンの5人は(1)熱血主人公・健(2)クールなライバル・ジョー(3)ヒロイン・ジュン(4)力持ち・竜(5)少年・甚平で構成されています。

 ヒロインはチーム外でなくチーム内にいます。お笑い担当は力持ちと少年のふたり。漫才の伝統のせいか、日本ヒーロー・チームはお笑い担当をふたり置くことが多いですねー。今回、他のメンバーより若い甚平が参加しています。若いということは、未熟であり、トラブルメイカー、コメディリリーフ、けなげな行動、守られる対象など、いろんなシチュエーションを設定する事が可能です。これはオトクなキャラクターでした。そして決定的なのはジョーの存在です。

 主人公をおびやかすほどの実力をもったライバルがチーム内にいて、主人公との関係は微妙。ジョーと健は対立と和解を繰り返します。しかもジョーは陰のある人物として描かれ、人気も健をしのぐほど。

 ヒーロー・チーム内に対立・確執があれば、悪の組織との闘いのお話とは別に、チーム内部の人間関係のお話も描けるわけで、これもオトクな設定でした。東映のゴレンジャーでは、この5人の設定がまるきり踏襲されました。マネされることで、古典が確立されます。

 ガッチャマンのヒーロー・チーム設定には先行作品があります。TV実写ドラマ「忍者部隊月光」(1964年)。原作マンガはのちにガッチャマンを作る吉田竜夫の「少年忍者部隊月光」(1963年)で、少年キング連載でした。

 メンバーは月光、月形、三日月、月蝕、名月、月の輪、満月、月影の8人。(ココから先は現物持ってなくて記憶だけで書いてるんでちょと不正確ですが)たしか、TV版では5人のチームになってたはずです。ここでは半月が少年、三日月が女性でした(のちに銀月に交代)。女性、子供をふくめた5人のヒーロー・チームの先行作。作品的にも忍者部隊→科学忍者隊ですしね。

 チーム内対立の先行作品として、TVアニメ「冒険ガボテン島」(1967年)がありました。原案・豊田有恒、キャラクターデザインは久松文雄で、マンガ版を少年サンデーに連載。

 遊園地の潜水艦が漂流して、無人島にたどりついた5人の少年少女のサバイバル。主人公・竜太、その妹・トマト、竜太と対立するイガオ(イガグリのイメージらしい)、力持ち・カボちゃん(こっちはカボチャ)、「博士」役・メガネと学生服のキュウリ。無人島でのチーム内対立の元ネタは、もちろんヴェルヌの「十五少年漂流記」の中の主人公・ブリアンとライバル・ドニファンの対立です。

 閉鎖された空間での人間関係が、対立に向かうのはまあ当然でしょう。竜太とイガオは生活環境や性格の違いでケンカばっかりしてますが、無人島生活という極限状態の中では和解せざるを得ない。対立・和解の繰り返しが描かれます。

 そしてガッチャマンのチームは月光とガボテン島を合体させたものといえます。ガッチャマンの特徴は(1)紅一点のヒロイン(2)子供の参加(3)繰り返す対立・和解の構図です。これはすなわちホームドラマじゃないですか。ガッチャマンはこの3つをとりいれることで擬似家族となり、ヒーロー・チームのひとつの典型をつくりました。

 もうちょっと続きます。

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November 06, 2004

ヒーロー・チームは何人?(その1)

 録画したBSアニメ夜話をぽつぽつ見てますが、過去わたしがもっとも好きだったTVアニメは「ガンバの冒険」でした。1975年作品ですが、間違いなく、それまでに作られた日本TVアニメのうち最高傑作と断言します。現代の目で見てもなんら色あせることのない作品。原作は斎藤淳夫の児童文学「冒険者たち ガンバと十五匹の仲間」です。「グリックの冒険」から始まる三部作の2作目ですが、当時わたしはこれらの原作を読んじゃうくらいガンバにいれあげてました。

 アニメは白イタチに襲われた島のネズミたちを助けるために、ガンバと仲間のネズミたちが島をめざして旅をする話ですが、旅の仲間は7匹。主人公ガンバ、力持ちヨイショ、ひねくれ者イカサマ、この3匹が意地っ張りでケンカしながら話は進みます。その他に食いしん坊ボーボ、医者で詩人で酔っ払いのシジン、「博士」役のガクシャ、島から助けを求めてやってきたチビの忠太。アニメはヒーロー・チームを16匹から7匹に整理しましたが、このうち3匹がリーダーになりたがって対立する構図はめずらしい。

 あらすじと7の数字でわかるように、元ネタは映画「七人の侍」です。原作の計16匹てのは、いくらなんでも長編をささえるヒーロー・チームとしては多すぎる。キャラがたたない、というやつですね。小説版最大の欠点であり、原作者もここは自覚していました。ヒーロー・チームのお話は大きなストーリーを進めるだけじゃなくて、チーム内部の抗争と和解がなけりゃ。それにはそれぞれのキャラクターを細かく書き込んでいかなきゃいけないんで、16匹はムリ。7匹というのはぎりぎりの数字じゃないでしょうか。

 「ガンバの冒険」のキャラクター書き込みは、連続TVアニメだからこそ可能でした。元祖「七人の侍」よりよくできてます。「七人の侍」では三船敏郎の乱暴者・菊千代、木村功の若い勝四郎、宮口精二の剣の達人・久蔵、リーダーの勘兵衛はいいとして、残りの地味な3人は整理してひとりにすることも可能だった(そんなこと誰も言いませんけど)。そして登場人物がみんな大人すぎて、菊千代のエピソード以外、内部の対立があまりなさすぎた(まあ映画でそんなことまで描いてたら、207分じゃ終わりませんわね)。

 映画「七人の侍」(1954年)はなぜ7人なのか。野武士集団に対抗するには7人は必要だと志村喬の勘兵衛が発言してますが、確かにひとつはそのとおりなんでしょうけど、もうひとつは「7」がカッコイイ数字だったからじゃないか。「八人の侍」「六人の侍」より7のほうがいいような気が。

 石森章太郎「サイボーグ009」(1964年)も実はタイトル先行の作品じゃないかなあ。米沢嘉博は野球の9人からの連想という説ですが、それは違うでしょ。単に「9」がカッコヨク思えたのと、世界中から戦士を集めてみたかったから。ただ、このヒーロー・チームも人数多すぎました。

 主人公009とヒロイン003は別として、ニヒルでデキる002と004、無口な005と008、コメディ・リリーフの006と007(007は中年男でしたが、アニメ版では子供にされちゃいました)。すべて2人ずつキャラかぶってますから、もっと少なくてよかった。さらにいうなら赤ん坊の001とギルモア博士もひとりに整理できます。ギルモア博士なんか、後半001を抱っこしてるだけですしね。

 石森章太郎というか、スタジオゼロ企画のTVアニメ「レインボー戦隊ロビン」(1966年)は人間はロビンだけで、他の6人は彼を育てたロボットだからちょっと集団ヒーローとはいえないか。主人公・ロビン、看護婦ロボットでヒロインのリリ、ガンマンのウルフ、力持ちのベンケイ、ロケット型ロボットのペガサス、「博士」役の教授、ネコ型ロボットのベル。教授とベルはコメディ・リリーフも担当。

 少し整理されてきました。博士役でかつお笑い担当というふうに兼務も始めてます。

 「ウルトラマン」(1966年)の科学特捜隊も一応はヒーロー・チーム。これはいかにもシンプルな構成で、主人公・ウルトラマンのハヤタ、ヒロインのフジ・アキコ、隊長ムラマツ、お笑い担当イデとアラシ。チーム内部に対立はありません。

 これまでのベストと考えられてきたヒーロー・チームは、1972年の「科学忍者隊ガッチャマン」で有名になり、1975年戦隊ヒーローモノ第1作「秘密戦隊ゴレンジャー」でも踏襲された組み合わせ(ただこれにも先行作品があるんですけどね)。

 以下次回。

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November 04, 2004

新書版コミックスの黎明期

 現在のマンガ単行本の標準の形は新書版といわれる大きさ。ジャンプコミックスとか少年サンデーコミックスとかの版形。おそらくどこのご家庭でも、最も多いマンガ単行本といえばこの大きさでしょう。

 今でこそ、雑誌連載のマンガが、その出版社より単行本化されるのがあたりまえのようになりましたが、これは比較的新しい習慣です。新書版がまだなかった時代、雑誌連載が単行本化するのはよっぽどの人気作品に限られていました。マンガブームは新書版と一緒に始まったといってもいいでしょう。新書版のおかげで、わたしたちの書棚に膨大な量のマンガが並び始めました。

 秋田書店サンデーコミックスは、現在も続いているのでご存知でしょうが、1966年石森章太郎「サイボーグ009」に始まります。もちろん009は少年画報社「少年キング」に連載されていたもの。少年サンデーのものも少年マガジンのものも、秋田書店から単行本化されたものは多い。

 朝日ソノラマのサンコミックスも1966年開始。虫プロの虫コミックスが1968年開始。自社に強力な雑誌を持っていなかったこれらの出版社の新書版は、他社で連載されたマンガをまとめたものが中心でした。サンコミックスの始まりが石森章太郎「黒い風」、虫コミックスの始まりも石森章太郎の「気ンなるやつら」。石森章太郎、大人気ですね。

 一方、講談社コミックスは1967年に始まり、自社で連載していた、ちばてつや「ハリスの旋風」、水木しげる「墓場の鬼太郎」など。少年画報社のキングコミックスも1967年で、望月三起也「秘密探偵JA」など。この2社は自社作品を中心に単行本化しています。

 意外なのが小学館と集英社。小学館のゴールデンコミックスは1966年開始。その初期は白土三平を刊行するためのシリーズといってもいいくらいでした。「カムイ外伝」「忍者武芸帳」「カムイ伝」など。「カムイ外伝」は週刊少年サンデー連載でしたが、「忍者武芸帳」はもちろん貸本からの再刊、「カムイ伝」はガロに連載中でした。

 集英社のコンパクトコミックスも、白土三平が中心でした。1966年から「サスケ」「風魔」「忍者旋風」「シートン動物記」。「サスケ」は光文社「少年」連載、「風魔」は自社の「少年ブック」連載、「忍者旋風」は貸本からの再刊。「シートン動物記」は新書版じゃなくて、ほぼ正方形の変形版。もとは小学館「小学六年生」に連載されたもので、白土三平はこの作品と「サスケ」で1963年の第4回講談社児童まんが賞を受賞していました。

 コンパクトコミックスは、なぜかこの時代絶滅状態だった絵物語、山川惣治「太陽の子サンナイン」も1967年に刊行してます。

 このあたりが新書版コミックスの黎明期。石森章太郎と白土三平こそ新書版コミックス初期のスターだったんですね。

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November 02, 2004

伊東章夫の「狼少年ケン」

 マンガとアニメのメディアミックスは1963年TVアニメ「鉄腕アトム」の放映開始に始まりました。すでに人気作品であった雑誌版アトム、爆発的人気となったTVアニメ版アトム、番組を提供した明治製菓の菓子、アトムのおもちゃ、アトムのイラストをつけた文具などなどマーチャンダイジングもいっぱい。マンガとしてもアトムの単行本はそれまでにも1956年〜1957年の光文社版、1958年〜1960年の光文社・手塚治虫漫画全集版がありましたが、人気を得たのはTV放映後の1964年から刊行が始まった光文社・カッパコミクス版アトムでしょう。

 日本TVアニメ黎明期1963年に開始された子供向けアニメは以下のとおり。

(1)鉄腕アトム
(2)鉄人28号
(3)エイトマン
(4)狼少年ケン
(5)シスコン王子(人形アニメ)

 このうちアトムと鉄人は、もちろんすでに雑誌「少年」連載されていた人気作品をアニメ化したもので、マンガの人気あってこその作品。

 エイトマンは少年マガジン連載開始が1963年4月、TV放映開始が1963年11月でマンガが先行していますが、企画自体がマンガとアニメを同時進行させる前提で開始されており、もっともメディアミックスらしい作品でした。桑田二郎(当時は次郎)はマンガを描いていただけでなく、アニメのキャラクターデザインも兼ねていたことになります。

 シスコン王子はタイトルからわかるように、シスコ製菓のシスコーンを売るための企画。藤子不二雄がマンガ版を「少年」に描いていました。TV用脚本にも参加していたらしい。

 「狼少年ケン」はアニメの老舗・東映動画が初めてTVに進出したもの。あくまでアニメオリジナルの企画で、この点が他とは違います。スポンサーはアトムの明治製菓、鉄人のグリコ、エイトマンの丸美屋に対抗して森永製菓でした。東映のTVアニメはこの後、「少年忍者 風のフジ丸」「宇宙パトロール ホッパ(のちに「パトロール隊 宇宙っ子ジュン」に改題)」「ハッスルパンチ」と続き、フジ丸をのぞいて、やっぱりアニメオリジナルが多い。フジ丸の原作は白土三平の「忍者旋風」でしたが、まったく違う作品になってましたね。

 「狼少年ケン」といえば最近、SMAPの草なぎ剛が出てるTVCMで主題歌が流れてるんでびっくりしましたが、先日、「ぼくら」に連載されていたマンガ版「狼少年ケン」が発売されました。作者は伊東章夫。「漫画少年」1954年2月号で、松本零士(当時は松本晟)が「蜜蜂の冒険」で長編漫画新人王をとったとき、短編漫画新人賞をとったのが伊東章夫。今も学習マンガなどで活躍中です。

 本人の文章によると、新人賞をとった当時は16歳で、金沢の中学校を卒業して印刷所に勤めていたとき。賞金二千円と記念品の時計が貰えるはずだったそうですが、時計は壊れて動かない安物のめざまし時計。賞金は催促しても送ってこなかったそうです。「漫画少年」はすでに末期でした。

 「狼少年ケン」は1963年11月より3年間放映されました。原作マンガは存在しません。この伊東章夫版はすでにアニメ人気が定着した1964年6月号から講談社「ぼくら」に連載されたもので、「マンガ化」というべきでしょう。この連載は、わたし記憶にありませんでした。ケンは好きだったんだけどなあ。ジャングルブックとターザンを合体させたアニメ。舞台はアフリカですが、実はオオカミはアフリカには生息してないはずだぞ。

 アニメをメインでつくっていたのは月岡貞夫。むちゃくちゃ絵のうまいヒトで、これをしのぐのはまず無理。アニメのスピード感あふれる動きもマンガ版では表現困難。くわえて、連載当時のままの絵だけじゃなく、現在描き直したんじゃないかと思われる絵が混じってるんですねー。これは残念。というわけで、あまりオススメできる本ではありません。

 出版元「マンガショップ」のホームページによると

・実は「狼少年ケン」には別作家による描き下ろし版もあるが、表紙に「東映動画制作」「森永製菓提供」と記してあるオフィシャルのコミカライズは、「ぼくら」に連載した本作品だけである。

 とあります。以前にわたしは東邦図書出版社版「狼少年ケン」のことを書きました。マンガ家は石川球太とカゴ直利。マンガショップは、東邦図書出版社版は東映に無断で出版された海賊版、パチモンであると言いたいらしい。

 東邦図書出版社は貸本マンガの版元。貸本じゃなくて書店販売用のB5版のシリーズがホームランブックスで、「狼少年ケン」のほかにも「伊賀の影丸」や「8マン」の雑誌からの再録、楳図かずおの描き下ろしなどもあったようです。

 わたしの手許にある「東邦のまんがホームランブックス 狼少年ケン(4)象牙の湖の巻」には、表紙にこそ東映動画とは書いてありませんが、表紙をめくったトップのタイトルページに、「企画制作・東映動画部、漫画・カゴ直利、原作・大野寛夫(実は月岡貞夫の別名らしい)、提供・森永製菓、放送 NETテレビ他全国テレビ放送中!」とちゃんと書いてあります。この4巻が1964年9月30日発行と記されてますが、実際の発売は7月30日ごろらしい。時期としては「ぼくら」連載と重なってますが、東邦図書出版社版1巻はおそらく「ぼくら」連載より早いようですね。さて、ホントに東邦図書出版社版が海賊版というには、根拠が乏しくないか。

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November 01, 2004

純クレ完結:読者年令限定マンガ

 松苗あけみ「純情クレイジーフルーツ(21世紀篇もう一度夢みたい!)」が2巻で完結。最初の「純情クレイジーフルーツ」が1982年ぶ〜け連載。次の「純情クレイジーフルーツ続編」が1985年から1988年にぶ〜け連載。でもって、今回の21世紀篇がヤングユー2001年から2004年連載。

 あいかわらずのドタバタコメディで、へらへらと読めて面白いんですが、進歩がないと言えばそのとおり。十年一日どころか二十年一日ですなあ。でもマンネリも味なわけで、これはこれでOKです。

 しかーし、少女マンガの王道が恋愛であるとすると、21世紀篇で恋愛(のようなもの)をするのは独身の沢渡くん、梅本竹子、実子の弟。主役(のはず)の実子は38歳で3人目の子供を妊娠し、えらいこっちゃがなー、とおたおたしてるだけ(3人目てのはタイヘンなのよ、イヤホンマ)。これを読む読者てのは何歳なんだ。

 私自身は最近の続編ブームはどうかなあと感じておるのですが、特に純クレ21世紀篇のような作品は新しい読者を獲得することをめざしているとは思えない。読者は原作品の読者に限られるのじゃないか。元の作品が長期連載だったので読者層が厚いとはいえ、読者の平均は登場人物と同い年の38歳前後か。若い読者が1988年に15歳だとして、現在34歳、高年齢読者は1982年に18歳だとして現在40歳(わたしのようなオタク読者はまあ想定外)。彼女らがヤングユーの読者かどうかは知りませんが、このあたりをねらっているのはたしか。

 マンガ世代の高年齢化に伴い、こういう読者年令を限定したマンガが増えていくんでしょうねー。

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