「夕凪の街 桜の国」マンガでなければ表現できないもの
こうの史代「夕凪の街 桜の国」は、おそらく今後いろんなところで感想が語られることになるでしょう。まず、マンガで原爆をテーマにしたものがひさしぶり(かどうか実はよく知りませんのですが)。そして何より作品の力。
表現力があってこそ、作品はひとを感動させる事ができる。すなおに泣いていればいいんですが、どうしても分析的に読んでしまうたちなので。以下、作品の内容に触れます。未読の方はご遠慮ください。
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・表紙カバーは川端を裸足で歩く皆実。桜の花の季節で、上着を着ています。マンガの内容とは季節がずれており、表紙カバーの絵は「夕凪の街」と「桜の国」を合体させたものです。
・目次(2-3p)に橋の欄干にすわる皆実。着ているのは、あこがれていたけど自分では袖を通すことのなかったワンピース。地面には打越さんがくれた草履。当然、このシーンは現実ではありません。手に持っているウクレレらしきもの。これについては不明。
「夕凪の街」
・昭和30(1955)年の広島。もうすぐ原水禁第1回世界大会ですから、季節は7月か。主人公・平野皆実、23歳。
・6pに出てくる型紙。昔はみんな手作りで新聞紙でつくるのがあたりまえでした。
・8-9pの情景描写。こうの史代の絵は、人物も背景も同じ線で描かれます。定規も、スクリーントーンも使わないフリーハンドの線は、背景すらも暖かい。遠景で川にはいっている人物が見えます。皆実の歌う「お富さん」の歌詞は「しんだはずだよ」「いきていたとは」です。自分の境遇と重ね合わせている。
・14-15pにそれぞれ一瞬、原爆投下の日の回想。その後16pに皆実の自虐の言葉。「そしていちばん怖いのは あれ以来 本当にそう思われても仕方のない 人間になってしまったことに 自分で時々気づいてしまうことだ」 皆実が何を悔やんでいるのかは、ここではあかされません。
・21pでの打越さんとのデート。ページをめくって、ふたりのキスシーンのバック、川の中、橋の上に多数の遺体。もっとも衝撃的なシーンです。現実と過去が同じ画面に。皆実の回想が現実を侵食しているともいえます。
・22-23p、走る皆実のバックは、8月6日の悲惨な光景。マンガでなければ表現できない心理描写が続きます。ここで皆実が感じていた罪悪感が何かが明かされます。
・26pの皆実の言葉「わたしが忘れてしまえばすんでしまう事だった」を受けて、27p、原爆ドームを見つめる皆実。忘れない、という決意表明。これは作者の意思表明でもあります。
・28p、皆実と打越さんの会話。自分は被爆者であることを伝えます。当然そこには84pの母の言葉「…あんた被爆者と結婚する気ね?」で示される、被爆者に対する結婚差別が背景にあります。
・31p、吐血あるいは喀血をインクの大きなしみで表現。
・32-34p、皆実の目が見えなくなってからは、何もかかれない白いコマ連続するだけです。現実のセリフはバルーンにかこまれ、皆実のモノローグはワクなしでただよう。そして完全に空白のコマも存在します。死に向かう表現。大島弓子が描いていたセリフだけが空白のコマに浮かぶ表現がこういう形に変化しました。
・16pの「わかっているのは『死ねばいい』と 誰かに思われたということ」、33pの「十年経ったけど 原爆を落とした人はわたしを見て 『やった! またひとり殺せた』 とちゃんと思うてくれとる?」という言葉が、皆実の病気が、実は病気でなく、戦争という名の殺人である事を示しています。
・34p、「ああ 風…… 夕凪が終わったんかねえ」のモノローグと同時に白いコマに景色が見え出します。白いコマの消失→皆実の死。9月8日没。
・34p、「このお話は まだ終わりません」「何度夕凪が 終わっても 終わっていません」 ここで初めて作品の外から作者の声が聞こえます。
「インターミッション 36pのイラスト」
・おそらくは2歳上の姉・霞と皆実。これからお出かけするところ。お祭りでしょうか。
「桜の国(一)」
・昭和62(1987)年4月、東京都中野区。主人公・石川七波、小学5年生、11歳。祖母・平野フジミが80歳で8月27日没。
「桜の国(ニ)」
・平成16(2004)年夏、主人公・七波、28歳。弟・凪生が浪人したうえ研修医だから26歳ぐらい。
・62p、幼なじみの東子と再会して「あいたくなかった」 祖母の死、そして母の死を思い出すかららしい。
・64p、父・旭が会っているのは、おそらく古田さん(髪どめが…)。
・65p、会っている3人は、32pに出てきたひとたちか。
・67pで会っているのは、ハゲてるから、打越さんに間違いなし。
・69pであかされる、凪生と東子の愛と、被爆者家族の結婚差別。
・70-71p、同じ構図で回想シーンへジャンプ。父・旭は皆実の友人たちに会うために広島に来たのですが、ここからお話変わって、自分と妻の京花の回想に入ります。旭がすわっている場所はおそらく自宅の前、13pで皆実と打越さんがすわっているところと同じ。以下回想シーンではベタがなく、黒は斜線で処理される。厳密にいうと、最終コマでは旭がいなくなって、回想とはいえなくなります。
・79p、七波がカギでドアを開ける。ページをめくって80p、母が血を吐いて倒れている回想シーンへ。他の回想シーンと区別するために、コマの外側が黒ベタ。ここで「桜の国(一)」の39p、小学生の七波が家のドアを開けるときの緊張が何だったのかが判明します。七波は父と母の故郷、広島にやってきて、父が母の事を思い出しているのを知りました。そして自分も母の事を思い出している。
・83p、七波と東子がフタバ洋装店の前を通るとき、再度過去へジャンプ。この周辺には父・旭がいませんから、もはや回想じゃなくて過去そのもの。ここはむしろ七波が見ているように描かれる。
・87p、富士山のようですが、ちょっとこれは…
・89p、松ぼっくりを投げる七波。元野球部。
・91p、凪生の手紙を破り捨てる七波。手紙の破片が桜の花びらに変化して3回目の過去のシーンへ。父・旭が母・京花に求婚。このシーンにナレーションをいれるのは現代の七波という荒業。「生まれる前 そう あの時 わたしは ふたりを見ていた」「そして確かに このふたりを選んで 生まれてこようと 決めたのだ」 過去を見据える事で、七波も救済される物語となっています。
「夕凪の街」では、過去と現在が同居するというテクニックでしたが、「桜の国(ニ)」では、過去のシーンを、それを知るはずのない現在の登場人物が眺めるという手法を使っています。ひとを感動させるためには、テーマだけじゃなくて、複雑な表現・手法が必要なのだと再確認しました。
Comments
こんにちは。はじめまして。
「夕凪の街 桜の国」から調べて辿り着きました。
理解を助けて頂きまして、ありがとうございます。
リンクは自由に、ということでしたので、リンクさせて頂きました。
事後報告になってしまい、申し訳ありません。(2018/8/6の記事でリンクさせて頂く予定です。)
Posted by: takashi | July 26, 2018 03:38 AM
はじめまして
「花姥のつぶやき」というブログをやっております。
「夕凪の街 桜の国」を紹介したいと思い、検索していて、こちらに辿り着きました。
こちらの記事を紹介したいのですが、書かせていただいてよろしいでしょうか?
「引用自由」と出ておりましたので、ご好意に甘えさせていただきたいと思います。
もし不都合ございましたら、ご連絡くださいませ。
よろしくお願いいたします。
Posted by: 花姥 | July 23, 2008 01:07 PM
コメントありがとうございます。インターミッションのイラストにつきましては、確かに「夕凪の街」と「桜の国」をつなぐ絵として、皆実と京花と考えるのが正解のように思われます。何度読み返しても新鮮な発見がある作品で、おそらく数十年たっても読みつがれることになるのでしょう。
Posted by: 漫棚通信 | August 15, 2005 09:45 PM
>「インターミッション 36pのイラスト」
>・おそらくは2歳上の姉・霞と皆実。これからお出かけするところ。お祭りでしょうか。
こんにちは、やっとこのあたりまでさかのぼりました。大変興味深く読みました。
人に貸したので今手元にありませんが、
このイラスト、バラックの中ですので、皆実と京花であろうと思います。
バラック街で十年共有した皆実と京花の日々をこのイラスト一枚に託したものでしょう。
「凪生」のいわれはわかりやすいですが、
「みなみ」と「ななみ」口に出してみてあっと思いました。涙がこみ上げてきました。
京花さんはどうも胎児被爆者のようです。でないと、年齢があわなくなっちゃうんです。1946年4月生まれ。
細かい小道具など読み返せば読み返すほどテクニックとしてもすごいなと感心させられます。
わざわざと思ったのでここについでに書きますが、手塚治虫の経歴、
大阪大学医学部卒と医専卒では随分扱いや評価が違ったものだそうです。戦争さえなければ、旧制高校→帝大目指したかった、またそれを許されるお坊ちゃんだった手塚治虫にとって屈辱であったろうと思います。阪大卒なら医学博士をムリして取ることもなかったのではないかな。
ちなみに生前から、デビューした毎日新聞の学歴だけは大阪大医専になっていました。はじめっからは嘘は付いていなかったけど、誤解されるうちに阪大医学部で通してしまった。『化石島』でも名誉欲を自分の欠点として描写している人ですから。
Posted by: ありのみ | August 15, 2005 11:11 AM
おっと、これは完全に見のがしてました。ありがとうございます。腕の傷→ひとりだけ長袖という、物語の根幹にかかわる季節設定を、こんな消印で表現していたとは。
Posted by: 漫棚通信 | May 05, 2005 05:33 PM
>昭和30(1955)年の広島。もうすぐ原水禁>第1回世界大会ですから、季節は7月か。
P10 旭からの手紙の消印が「30・7・7」となっているので、7月上旬であることは間違いないと思います。
既出だったら申し訳ありません。
Posted by: 通りすがり | May 05, 2005 07:51 AM