平田弘史「血だるま剣法」復刊
本年5冊目の平田弘史の単行本は、長らく幻とされていた「血だるま剣法」の復刊「血だるま剣法・おのれらに告ぐ」(青林工藝舎)です。原著は1962年日の丸文庫から発売。もちろん貸本用単行本。同書は差別問題のため、回収廃棄処分となったとされていました。
1987年発行の日本文芸社・平田弘史選集第2巻所収の桜井昌一の文章から。桜井昌一は大阪出身の劇画家。「ぼくは劇画の仕掛け人だった」の著書もあります。
・そして昭和三十七年。被差別部落出身の主人公を扱った平田の単行本「血だるま剣法」が、部落の存在を流布する悪書として、部落解放同盟や、その他の組織から問題視された。激烈な抗議が「光伸書房」(当時は日の丸文庫)にとどいた。それはほとんど脅迫的といってもいいほどのものであったらしい。「光伸書房」の関係者は、大阪市西成区にある組織の本部に再々呼び出され、同盟側の膝詰め談判が行なわれた。(略)つまるところ、この悪書事件は、「光伸書房」が、全国の貸本店から「血だるま剣法」を回収し、解放同盟に手渡すこと、同盟の監修による改作を出刊すること、担当の編集者の首を斬ることで落着した。
次は2004年発行、青林工藝舎「日本凄絶史」の平田弘史年譜から。おそらくは平田自身の言葉ではないかと思われます。
・「魔像」別冊の「血だるま剣法」が部落解放同盟からの抗議を受ける。同盟は本の回収と焼却を希望したため、日の丸の社長と共に本を持参(実際は数冊しか回収できず、焼却された可能性は極めて低い。)和解の条件として同盟側の監修による改訂版を描くという案が出たが、用意された原作は劇画化しにくいもので、再度書き直しを依頼したものの実現には至らず、他の作品も描けず解決までの数ヶ月は仕事にならなかった。次の作品「刺客と少年」その「改定版」に当たるが、結局ストーリーは同盟の原作ではなくオリジナルで、この本の奥付に「お詫び」を入れることで決着がつく。
復刊された「血だるま剣法・おのれらに告ぐ」の呉智英の解説では、事件を報じた毎日新聞の記事が読めます。
記事中には、日の丸文庫は部落解放同盟大阪府連に「第一回分」として142冊を引き渡したとありますが、呉智英は実際に回収と引渡しが百冊単位でおこなわれたかどうか不明であるとしています。のちに日の丸文庫に編集者として入社した山松ゆうきち・山上たつひこが、同社の倉庫にある大量の「血だるま剣法」を目撃したそうです。実際に今回、復刊された青林工藝舎版の原本を提供したのは山松ゆうきちです。
今回の青林工藝舎版には、平田弘史自身がのちに「血だるま剣法」をリメイクした「おのれらに告ぐ」も同時収載されています。芳文社「コミックmagazine」1968年1月9日号に掲載されたもの。この作品は、1987年日本文芸社・平田弘史選集第1巻のタイトルにもなり、巻頭に収録。著者自身の思い入れを感じました。
「血だるま剣法」の主人公・被差別部落部落出身の幻之介は、剣で大名になり将軍に近づき、差別制度をなくしてくれるよう頼むために剣の稽古にうちこみます。しかし、彼のあまりに凄絶な稽古は同僚から忌避される事になります。ついに剣の師に裏切られた事を知ったとき、幻之介は師を殺し、同僚たちを次々と襲い殺人を繰り返していきます。そして、ここからが奇想なのですが、四肢を斬られ、なくした幻之介は、残った両上腕に剣を結わえ付け、訓練で腹をうろこ形に変形させ這いずり回り、高所より飛び降り斬りつけるという剣法を開発します。そして彼に対するのは、かつて彼に両上肢を切られ、含み針を使い、口に剣をくわえる剣士や、兜に長い剣を取り付けた剣士たち。
作品のテーマは明らかに差別に対する怒りでしたが、著者が差別問題に対して勉強が足らなかったのは確かなようです。ただしこの作品が抗議の対象になったのは、ひとつには奇想が過ぎたからではないでしょうか。この剣法は敵も味方もトンデモなさすぎ。差別を扱った作品にしては不真面目だと考えられたのでしょう。
わたし自身は、すべての創作が自由に発表されるべきとは考えていません。ある程度の規制はあってしかるべきと思っています。ただし抗議と反論は密室でなされてはならず、公の場での議論されるべきでしょう。差別問題は差別された人間とひとつの出版社の問題でなく、社会全体の問題と考えるからです。議論なしの抗議→自粛の繰り返しは生み出すものがあまりに乏しい。
リメイクの「おのれらに告ぐ」では、次の点が「血だるま剣法」と異なります。
1)主人公の出身を「流刑人の子孫」であるとはっきりさせる。
2)主人公の目的を「大名になる」といった夢物語でなく、「希望の抱ける道を開拓したい」と身近なものに。
3)主人公が物乞いの女とその子を助けるエピソードを追加。実は正義の士であったと。
4)主人公は四肢を斬られることなく、片足をなくすのみ。ですから「だるま」剣法は存在しなくなりました。
残念ながら奇想に満ちた「血だるま剣法」には及びませんが、著者がリメイクにあたり真摯な立場で臨んだことがよくわかります。
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