« 夏目房之介:マンガコラムニストの誕生(その3) | Main | 雑誌の終わらせ方:「斬鬼」の場合 »

September 20, 2004

夏目房之介:マンガコラムニストの誕生(その4)

(前回からの続きです)

○マンガ表現論の成果

 戦後マンガ評論のなかで最重要と考えられる一作は何か。わたしは間違いなく「別冊宝島EX マンガの読み方」(1995年宝島社)であると考えます。いやホントにそう思ってます、これ以上の基礎研究はない。

 マンガ評論はきわめて遅れた分野でした。なぜか。まず、マンガの歴史が浅い事。子供マンガは戦前、サブカルチャーの一分野にすぎず、評論はこのようなものまで相手にするほど目配りしていたわけではない。一方、大人マンガは一枚絵の世界で、ほとんどユーモア・ジョークの文脈で語られているだけでした。戦後子供マンガは手塚治虫で始まりましたが、語られるべき作品の蓄積には時間がかかります。戦後50年のマンガの進歩が、この本の刊行をうながしたともいえます。

 そして、マンガ評論はそれまで、ストーリー・テーマを語る事しかできなかった。マンガをもっともマンガたらしめている、絵を、コマを、表現を、語る言葉をまだ持っていなかったのです。たとえば、田河水泡が発明したとも伝えられる、歩くとき足のうしろにできる土煙。これをどのように呼ぶかも決まっていない。わたしたちがマンガの読むにあたって、無意識に納得しているルールを説明できていませんでした。

 「マンガの読み方」は夏目房之介・竹熊健太郎を中心としたグループの著作。執筆量がもっとも多いのは夏目房之介です。この本は、マンガはなぜマンガとして成り立っているのか、読者は記号の集まりであるマンガをどのように読む事ができているのかを、解明しようとした意欲作です。夏目房之介自身においても、この本はそれまでの自身の研究成果の上にたち、総論的なものをめざして書かれました。

 各章は以下のとおり。「マンガとは『線』である」「マンガという『記号』」「『言葉』がマンガを規定する」「マンガをマンガにしているのは『コマ』である」

 線の問題はむずかしい。これまでの評論の中では「中性的な線」「絵画的な線」「デザイン的な線」「有機的な線」などとわかったような、わからないような言葉で語られてきました。本書はこの線の問題に多くのページを割き、できるだけ具体的に説明を試みました。

 記号の章では、「形喩」「漫符」という言葉を提案。とくに後者は一般的になったかなあ。それぞれの漫符の意味を解説してくれます。漫符はマンガ表現の進歩に大きく寄与した発明ですが、日本マンガ、海外マンガの差で、わたしがもっとも気になるのはこの漫符の問題です。わたしたち日本人にはお約束として自明の事である漫符の意味は、他国のひとにわかるのか。これは日本マンガが世界進出するときの障害にはならないのか。

 言葉の章では「音喩」「吹きだし」などを考察。言葉については、さすがに各国それぞれの文字、擬音があるわけですから、もっとも多様性のある部分。

 コマの章はその多くを夏目房之介が書いています。コマこそ、現代マンガをマンガとして成立させているものであり、研究してもしつくせぬもの。夏目房之介ももっとも力をいれている部分ですが、残念ながら、これでもまだ不十分。1998年にスコット・マクラウドの「マンガ学」が発行されましたが、ここには「マンガの読み方」では触れられていないコマ内部での時間経過を指摘しており、刺激的でした。このようにコマ研究にはきっとまだまだなされるべきことが残っているはずです。

 「マンガの読み方」はマンガ各論ではなく、今後のマンガ研究の基礎となるべきものを示した教科書といえるもの。ただ基礎研究はまだまだ不十分。「マンガの読み方」に続くマンガ表現についてのまとまった本といえば、上記「マンガ学」と、長谷邦夫「マンガの構造学!」(2000年)ぐらい。今後もっともっと読みたい分野です。「マンガの読み方」は現在手に入らない本になっているようですが、後世に残すべき名著である上、娯楽としてもムチャ面白い。なんとかならないものでしょうか。

○それから

 その後の夏目房之介の仕事については細かく触れません。ただ「マンガ 世界 戦略」(2001年小学館)で、夏目房之介はマンガ表現以外の分野に進出しています。世界の中の日本マンガ、文化と同時に商品としてのマンガが視野に加わりました。これは本来、夏目以外の人のするべき仕事のように思われますが、世界のマーケットの中で日本マンガビジネスは甘い、情けない、誰も言わないならわたしが言いましょう、ということでしょうか。エライなあ。

 というわけで、夏目房之介の仕事はまだまだいっぱいあるようです。

|

« 夏目房之介:マンガコラムニストの誕生(その3) | Main | 雑誌の終わらせ方:「斬鬼」の場合 »

Comments

>ifiwerabellさま
ご指摘ありがとうございます。そういえば、大城のぼると手塚治虫の対談でもそう呼んでましたっけ? あと、ほるぷ平和漫画シリーズについてはいずれ書こうとねらってましたが、先をこされちゃいました。

Posted by: 漫棚通信 | September 25, 2004 12:46 PM

はじめまして。こんばんわ。「田河水泡が発明したとも伝えられる、歩くとき足のうしろにできる土煙。これをどのように呼ぶかも決まっていない。」についてですが、これは「ケリダシ」と呼ぶようです。「冒険ダン吉」の島田啓三が言ってました。

Posted by: ifiwereabell | September 25, 2004 01:31 AM

>とりさま
コメントありがとうございます。ダー松氏がらみでときどき覗かせていただいてます。面白いと言っていただけると大変うれしい。今後もよろしく。

Posted by: 漫棚通信 | September 24, 2004 02:18 PM

●夏目さま、
「エロ魂!」ご推薦ありがとうございました。ジュンク堂にて、お目にかかりました、とりと申します。
漫棚通信さま、
かなり初期からの(かな?)、貴Webファンでございます。おもしろいんだもん!!。
その8「ダーティ・松本を読め!」ご執筆と追記、すっごく嬉しかった!!!!!。すぺしゃるさんくすです。

Posted by: とり | September 23, 2004 02:01 PM

あわわわ、コメントありがとうございます。ご本人からコメントいただけるのでしたらもっと誉めておけばよかった。失礼な事もいっぱい書いております。ご容赦ください。

Posted by: 漫棚通信 | September 21, 2004 09:03 AM

ありがとうございます。
うれしいような、くすぐったいような略伝で、楽しみに読ませていただきました。
僕のブログでも紹介させていただきたいと思います。
お礼まで。
あ、それと新潮社「學問」には「龍」と「虎」の2巻があります。それと漫画天国の連載は「粋なトラブル」(東京三世社 84年)にまとめました。補足でした。
今後ともよろしく。

Posted by: 夏目房之介 | September 20, 2004 08:19 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 夏目房之介:マンガコラムニストの誕生(その4):

« 夏目房之介:マンガコラムニストの誕生(その3) | Main | 雑誌の終わらせ方:「斬鬼」の場合 »