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August 11, 2004

「マンガ産業論」読みました

 中野晴行「マンガ産業論」、あちこちのサイトで必読、必読と書かれているわけですから読まんわけにはいかんでしょ。というわけで読みましたぞ。造本がねー。ソフトカバーで字だけの表紙デザイン。1600円でまずベストセラーになることはない(であろう)本ですからしょうがないのかなあ。ちょと悲しい。

 中野晴行のマンガ関連著作としては「手塚治虫と路地裏のマンガたち」「手塚治虫のタカラヅカ」に続く第3作。とくに大阪の赤本マンガ・貸本マンガの歴史を追った「手塚治虫と路地裏のマンガたち」は中央の出版社とは違うマンガの流通を取材したもので、これが本書執筆のきっかけになったんじゃないか。

 文化としてのマンガでなく、産業としてのマンガを語ります。第一部「マンガ産業の基本的構造」、第二部「マンガ産業の三十年」、第三部「マンガ産業のあしたはどっちだ」。第一部で、なぜマンガが戦後急成長し、大人がマンガを読む不思議の国・日本ができたのかを考察。この回答はこれまでたいてい「日本には手塚治虫がいたから」ですまされてきたのですが、著者は戦後ベビー・ブーマーの存在と高度成長期の消費行動の変化がマンガ市場を成長させてきたとして、「マンガ市場膨らむゴム・ボール説」をとなえます。つまりこの年代の読者の成長に合わせて、マンガ雑誌をつぎつぎ作ってきた結果がマンガ産業の歴史。そしてTVアニメとマーチャンダイジングがマンガ産業を巨大にした。

 新しいのは読者と消費者を分けた考え方です。読者は子供。でもマンガを買うのは親。この関係が続く限り、ある年齢以上になるとマンガ離れがおこる。戦後日本で子供のマンガ離れがおこらなかったのは、経済成長と社会の変化で子供自身が消費者となったから。いやこれは面白い。誰が金を持ってるのか、消費者が誰かを生産者は常に考えているはずですが、マンガ評論でこれが語られたのは初めてでしょう。

 第二部では1970年代、1980年代、1990年代に分けて産業から見たマンガ史。1970年代、1980年代はマンガの成長期ですし、今まで他で語られてきたことと重なり、固有名詞と数字が続いてややキツイ。ここでマンガ産業が巨大化するのは、前述の「ゴム・ボール説」のとおりベビー・ブーマー世代の年齢上昇と後続の若年読者が続いてきたから。1990年代になってマンガ産業が凋落に転じる部分の記述は刺激的です。ここでは情報の消費という言葉が使われます。「マンガが売れていたのはマンガそのものだけが売れていたのではなく、マンガそのものが売れた上に、情報として消費された分が上乗せされていたのだ」

 この層はヒット商品がなくなればすぐに手を引き、他に移る。マンガ以外にも消費しなければならない情報は、コンピューター・ケータイ・ゲーム・アニメなど山のようにあるわけですから。著者は「売れたことも売れなくなったことも根は同じ」であると言います。マンガ市場の構造的な問題点のためにマンガは売れなくなっている。決してブック・オフのような新古書店やマンガ喫茶のせいではないぞと。

 第三部は今後への提言の部分です。ここからは多岐にわたっていて要約がむずかしい。竹熊健太郎は「マンガ原稿料はなぜ安いのか?」で「描きおろし単行本の復権」を主張していましたが、中野晴行は「核となっている雑誌が元気にならないと」と逆に雑誌の重要性を言います。また赤本や貸本のような第二の市場が欲しいとも。みんな日本のマンガ産業(=文化)の将来に対する危機感を持っての提言です。ベビー・ブーマー世代はもうじき老年に入るわけで、そのとき、マンガを購買し読む習慣が残っているかというのが著者の注目点です。わたしとしては、それより年少の読者が高度になりすぎたマンガ表現についていけず、マンガを読む能力がなくなりつつある、という指摘にぞっとしますが。ああ、上も下もキビシイなあ。

 平易なわかりやすい文章で、数字の多さはしょうがない、というかこれこそ必要な部分。ただ固有名詞も多いんですよね。1990年代以降の記述にはわたしが知らない作家、雑誌もいっぱい出てきます。この点は読者を選ぶかもしれません。たとえば、手塚治虫の功績は映画的手法の採用よりも複雑な物語の導入にある、という文章もあまりにあっさりしていて、他のいろんな人の論を合わせて読まないと意味が通じにくいんじゃないか。水野良太郎の本書の書評伊藤剛に批判されてましたが、水野良太郎は読んでないんじゃなくて、自分に意味がわかる部分だけをつなげていったらああいう論旨不明の文章になっちゃたんでしょう。

 いろんな人が言うように確かに必読の書だと思います。第三部にはまだ結論が出ていないことが書いてあります。10年後にはどんな結果が出ているでしょうか。

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