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July 10, 2004

観客:この偉大なる者たち

 以前のブログでわたし自身は、ハロルド作石「BECK」をスポーツ・格闘マンガと呼びましたが、これは物語の構造が似ているという意味。一方、マンガ夜話の「BECK」の回では、岡田斗司夫がバトルマンガ、夏目房之介からは格闘技マンガという言葉が出てました。こっちは物語じゃなくて、マンガ表現・手法の話題であります。

 バトルマンガ・格闘技マンガの手法とは。これは「技のスゴさを語ってくれる観客の存在」です。

 夏目房之介が「BECK」で出していた例は10巻、BECKのグレイトフル・サウンドでの演奏中、「実質日本No.1のロック・バンド」「ラウドの片平」が「すごいがや」「あるんだわこういうライブ」「自分たぁの実力以上のもんが出る時」と語るシーンでした。夏目は「梶原一騎以来の」と言っていましたが、もちろん梶原の発明ではなく、それ以前のマンガ表現の進歩の蓄積によるものです。1959年寺田ヒロオ「スポーツマン金太郎」の中で、観客の驚いた顔といっしょにアナウンサーは「ふしぎです!あのちいさいからだのどこからあの速球がうまれるのでしょうか?」と叫んでいました。1965年ちばてつや「ハリスの旋風」で石田国松と教師の剣道の稽古での観客の言葉。「先生の足はかすかだがみだれているぞ」「呼吸もあらい」マンガの絵であらわせない細かい描写を観客に言わせることで表現しています。

 かつて格闘技マンガでのクライマックス。赤道鈴之助やイガグリくんが、嵐の野原でライバルと相対する。姿三四郎以来、たいてい私闘は禁じられてるからこっそりと闘うわけです。闘いの中で内面はモノローグで表現されます。「む、やるな」「苦しい、しかしぼくは負けないぞ」

 さてここに、この決闘をこっそり見つめる第三者が登場したとき。「な、なんてすごい技なんだ」他者の視点を導入することで、マンガ表現のレベルが一段上がりました。

 もしこの観客が、格闘技にくわしい人物ならば。「そ、その技はあの伝説の…」「今、日本で彼にまさる者はおるまい」権威づけをしてくれます。

 さらに観客の数が増えると。アナウンサー・解説者・多数の観客がまわりで口々に叫ぶという古典的野球マンガ手法が完成されるわけです。

 マンガではどんなに見事な絵を描いたとしても、主人公の投げた球の速さはわからない。誰かが「速い」と言ってくれなければならないのです。ライバルが言ってもいいんですが、闘いの最中、お互いにずっと誉めあわなきゃいけないということになってしまう。その時、観客がこれを言ってくれるんですね。しかも必殺技の解説までしてくれる。この手法はあらゆるスポーツマンガ、格闘技マンガで標準手法になっただけでなく、他のジャンルを侵食しました。「BECK」のような音楽マンガ(音楽は描けないからね)、料理マンガ(味も描けません)、マージャンマンガ(将棋や囲碁も含まれる)。

 さて、このように偉大な観客たちですが、この手法はあまりに有効だったので、日本マンガでは使われすぎて手垢のついたものになってしまいました。実作者たちはこの手法を使わない表現を模索し始めます。たとえばちばあきお「キャプテン」とコージィ城倉「おれはキャプテン」では共に、試合中にアナウンサーも解説者もいません。さて、今後日本マンガはこの観客の呪縛から解放されるでしょうか。

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Comments

はじめまして。

ちばあきお「キャプテン」ですが、練習試合はともかく、青葉との公式試合には全てアナウンサーと解説者がセットでいませんでしたっけ?指を負傷した谷口君が続投の際に、眼鏡をかけた解説者が「無謀ですよ!」とか叫んでいたような記憶があるのですが。
中学野球なのにテレビ中継するんだあ、高校野球みた〜い、と子供ゴコロに感心していた想い出があります。

Posted by: とんがりやま | July 12, 2004 12:04 PM

げげっ(はじめましてコメントありがとございます)。なるほど、「キャプテン」読み直してみますと、アナウンサーと解説者、全国大会などではけっこう登場してますねー。うーん、ただ後半になると試合開始前にチラッと出てくるだけで、試合中の発言はどんどん少なくなってくるようです。「プレイボール」になるとほとんど登場しませんし、おそらくちばあきおは意識的にアナウンサー排除しようとしてたはず、ということでひとつご容赦願います。

Posted by: 漫棚通信 | July 12, 2004 09:30 PM

 気になったのでワタシも押入の奥底からジャンプコミックスを引っ張り出して、数年ぶりに読み返しました。
 なるほど仰るとおり、この作品は「アナ×解説者=読者を煽る(村松友硯ふうに言えば)過激な視線」をそうとう排除してますね。「解説者のセリフが物語を一層ドラマティックに盛り上げる」効果で言えば、上記の「無謀ですよ!」のシーンがほぼ唯一といっていいくらいでした(だからこそ、余計に印象に残っていたのかもしれません)。
 ともあれ、きちんと確認しないまま失礼なコメントを書いてしまい、大変申し訳ありませんでした。

 しかし、この作品、あらためて読むとそうとうムチャというか荒唐無稽してますねえ。むかし読んだ印象ではものすごくリアルなマンガだ、と思っていたのですが。
 そのリアリティは「アナウンサー・解説者・多数の観客がまわりで口々に叫ぶという古典的野球マンガ手法」に拠っていないが故のものだったのですね。目ウロコものです。

Posted by: とんがりやま | July 13, 2004 10:34 AM

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